ごめんなさい。
 
 何度謝っても、謝り足りないと分かっています。
 死の螺旋を、ただ見ているしか出来なかった罪。
 悲劇を何度も止められなかった罪。
 神などとおこがましい称号を得ながら、結局は傍観者でしかなかった罪を。
 赦してだなんて、言いません。
 そんな資格、私には無い事くらい承知しています。
 それでも言わずにはいられない。
 それでも願わずにはいられない。
 
 ごめんなさい。
 
 だから私は購いの為−−祈ります。
 最後まであなた達に全てを背負わせる、愚かな愚かな私達を−−どうか赦さな
いで下さい。
 ただ願い、信じる事だけを赦して下さい。
 あなた達が希望を手にしてくれる事を、この閉じた世界の果てに幸せを見出し
てくれる事を。
 
 お願い。
 
 どうかクリスタルを−−最後の希望を。
 そしてその意味に気付いて。
 
 この悲しい幻想を、終わらせる為に。
 
 
 
 
 
Last angels <語外し編>
0-1・おわりの め〜
 
 
 
 
 
 奇妙な夢を見た。
 
 夢と呼ぶにはあまりにリアリティがありすぎたが−−それでも確かに、夢では
あった。自分はその光景をただ見つめるのみ。まるで幽体離脱でもしたかのよう
に。
 ここは、星の体内か。今にも崩れそうな足場の上で、二つの人影が交錯してい
る。闘っているのか−−しかし様子がおかしい。
 ゆっくりと近付いていく景色の中、その二人の正体が判明する。分かったと同
時に−−そのあまりに凄惨な姿に愕然とさせられた。
 刃を交えていたのは金髪の少年と銀髪の青年。ジタンとクジャの兄弟。二人と
も何かを喚いているが−−音声は耳に届かない。
 そしてジタンには右腕がなく、クジャには左足が無かった。他にも全身に数多
の傷。動くたびに血が吹き出し、二人の足元は大きな血だまりができている。
 二人は血だらけになりながら−−殺し合っていた。泣き叫び、何かを喚き散ら
しながら、それはあまりに壮絶な光景。やめろ、やめてくれ−−そう叫ぼうとし
て、声が出ない事に気付く。
 
「嘘だっ!」
 
 音の無い惨劇の中、その一言だけが耳に届いた。振り向くと、別の足場で叫ぶ
人影が見えた。あの銀髪は、クラウドか。自分の意志をよそに、視点はそちらに
移る。
 多分−−絶叫しなかったのが奇跡だ。
 クラウドと−−その膝に乗るそれは。あの儚げな少女の−−ティナの首だ
った。夥しい血の海の中、彼女の首の無い体が横たわっている。
 そのすぐそばには、虚ろな目で虚空を見上げたまま、人形のように座り込んで
いるティーダ。胸に一文字の傷。死んでいるのは一目瞭然。
 
「嘘だっ!嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だっ!!
 
 クラウドがまた叫んだ。半乱狂だ。普段の冷静な彼の姿からは想像もつかない。
 
「信じられずとも事実だ」
 
 もう一つの声。クラウドの前に、男が一人立っている。
 皇帝だ。何故奴が此処に?よもやこの凄惨な状況は彼が作り出したのだろうか。
しかし、少なくともクジャはカオスサイドの筈だが。
 一体何を話しているのだろう。クラウドの取り乱し方が尋常ではない。
 
「運命を変えたくなければ私の支配を受け入れ、絶望を悦楽とするがいい。だ
がもし運命を変える事を望むならすべき事は分かっているな?」
 
 今が好機と知っているだろう?皇帝は青年に歩み寄り、囁くように言う。その
顔は見えない。
 
じる、ものかっ……!!
 
 ガシッ、とクラウドはバスターソードに手をかける。
 
「お前らの言う事なんかっ、誰が信じるものかぁぁぁ−−ッ!!
 
 青年は少女の首を抱えたまま、飛び上がる。大剣を振りかざす。皇帝は−−逃
げる事をしなかった。
 刃は男の左肩から脇腹までを一気に切り裂いた。吹き出すは、深紅。
 
 
 
愚かな……
 
 
 
 その一瞬の−−何もかもを諦め、静かな憎しみに満ちたその眼を、忘れる事が
出来ない。皇帝もまた血の海に沈み−−そのまま動く事は、無かった。
 その一部始終を見ていた、一人の女。時を操る魔女、アルティミシア。
 
「何をしようと全ては無意味」
 
 次の瞬間、彼女の放った魔法がクラウドを直撃していた。遺体も足場も巻き込
んで、青年の体は落下していく。おそらく体より先に、心が死んでいただろう。
 地獄絵図を眺めながら、魔女は高笑った。笑いながら、叫ぶ。狂ったように−
−絶望したように。
 
「   」
 
 悪夢は−−そこで終わった。
 
 
 
 
 
タ ス ケ テ
 
 
 
 
 
「−−ッ!!
 
 ウォーリア・オブ・ライトは飛び起きた。
 
?」
 
 息が荒い。ぐっしょりと寝汗をかいている。その感触が教えた−−現実に、
戻って来た事を。
 ぐるり、と周囲を見渡す。いつもの自分の部屋だ。コスモスが世界の断片から
かき集め、一人一人に用意してくれた白い寝室。殺風景なのは単に、ライトが殆
ど家具などを置かない質だからにすぎない。
 ジタンやバッツの部屋なんて、足の踏み場もありゃしない−−と、スコールが
呆れ果てていたのを思い出す。
 ジタンの部屋は戦利品で、バッツの部屋は羽根飾りでいっぱいなのだという。
部屋から溢れて土砂崩れを起こした日には、流石に怒って説教となった。残念な
がら以後殆ど改善されなかったようだが。
 どうにか落ち着いてきたようだ。平和な話を考えられるようになったら、もう
大丈夫だろう。
 レースカーテンを、窓を開ける。朝の日差しが眼に優しい。ちょっと寝過ごし
てしまったかもしれない。
 
「嫌な夢を見たものだ
 
 ジタンやクラウドの狂った姿、血の海に沈むティナやティーダの姿−−思い出
すだけで体が震える。何故あんな夢を見てしまったのか。何にせよ現実でなくて
本当に良かった。
 簡素な棚の上から、お気に入りの紅茶の葉を取り出す。とりあえずこんな日は
一杯飲んで落ち着くに限る。まずはお湯を沸かすべくキッチンに入る。
 一息ついた時、ノックの音がした。どうぞ、と声をかけると銀髪の青年が顔を
だした。フリオニールだ。
「あ、起きてたのか。あなたにしては遅いけど」
「すまない。寝過ごしたようだ」
「いいって。昨日は大分疲れてたみたいだし連戦続きだったしさ」
 言われて、そういえば、と思い出す。昨日はイミテーションの軍勢に囲まれて
大変な思いをしたのだった。元はと言えば情報伝達のミスが原因だった。そうな
るように仕向けて来たのはカオス側だったのだけど。
 どうにか切り抜けた時はもう真夜中で−−夕食をとることすら惜しんで、泥の
ように眠ってしまったのだった。どうにかシャワーを浴びた記憶だけはある。随
分迷惑をかけたに違いない。
 これではリーダー失格だ。長い戦闘で、コスモスも皆も疲れきっている。自分
がどうにかしなくてはならないと言うのに。
「とりあえず、片付いたら次元城の方に来なよ。クラウドとティナが朝ご飯作っ
て待ってるからさ。昨日の報告もその時ついでにって事で」
「了解した」
 じゃあ俺はオニオンとセシルを起こしてくるから、と言ってフリオニールは再
びドアを閉めた。
 
「あの二人また寝坊か」
 
 今回に限っては、自分も人の事を言えたクチではないのだけども。寝坊常習犯
と言えばこの二人で、ついでバッツとティーダだった。一見ヌけてそうにみえる
がしっかりしているのはジタンで、このへんは育った環境によるところが大きい
のかもしれない。
 タイマーが鳴ったので、キッチンに戻る。ヤカンをかけた時は必ずセットする
癖がついていた。なんか主婦みたいッスね、とティーダにからかわれたのは記憶
に新しい。確かに、我ながら妙に律儀なところは否定できない。
 
「今日も騒がしくなりそうだな
 
 ヤカンの湯はまだ湧かない。さらに三分、目盛りを増やす。
 今日も普段と変わらぬ一日が幕を開けようとしている。ライトは無意識のうち
に、当たり前のごとくそう信じていた。
 
 
 
 
 
 
 
「本気で試す気ですか?」
 
 魔女は呆れ果てた顔でこちらを見た。常に冷たい表情をしている、と言われる
アルティミシアだが、こちとら付き合いは長い。
 エクスデスに言わせてみれば、彼女は冷静なようでいて、割合喜怒哀楽の分か
りやすいタイプだった。
 ちなみにこちらの軍勢で最も分かりやすいのはクジャである。彼の場合変なと
ころで生真面目なのも、ツッコミ癖に拍車をかけているのだろうが。逆に、見た
目に反して、読めないのがジェクトだった。
 人間観察はなかなか興味深い。それを言ったら目の前の彼女は怒るだろうか。
自分は人間なんて下等な存在ではない、と。
 
「何をしようと無意味よ。何も変わりはしないのだから」
 
 いや、既に苛立っている声だな、と分析する。苛立ちと、疲れだ。何に疲れて
いるのかは容易く察せられるので−−そこを詳しく突っ込むような野暮な真似は
しないけれど。
 無意味。確かに、それは今まで幾度となく証明されてきた事だ。試練を与え、
苦難に耐え−−結局は裏切られるばかりだった過去。
 繰り返し繰り返し。同じ譜面を綴るばかりのダ・カーポ。
 
だとしても……手をこまねいて見ているのが最大の無意味である筈だ」
 
 お前とて疲れた筈だろう?そう囁くと跳ねる彼女の肩。
 ああ、本当は分かっているのだ、この魔女も。
「たとえこの世界の果てが無であるとしても。次を無にしない為の策くらい弄し
ても良い。違うか?」
「しかし
 アルティミシアが迷うのも致し方ない。エクスデスのこの選択によって、ここ
から先の運命がさらに悪い方向に転ぶ可能性もあった。それほどまでの、賭け。
 けれど。
 
「ウォーリア・オブ・ライトあの男の光は本物よ。口惜しい事だがな」
 
 このまままた絶望に沈むのは−−耐えられない。自分達は人形ではないのだか
ら。
 真実を半分。あの青年に知らせてみる。果たしてその結果、彼がどんな選
択をするのか−−行動を観察するだけでも、参考にはなるだろう。
 
「失敗を恐れて諦めるとはお前らしくもない。どのみち、止められても私は行く
がな」
 
 彼女の本当の苦しみを、エクスデスは知らない。おそらく理解できるのもあの
男だけと分かっている。
 だからこそ、自分は。
 
「終わりの夢を見続けるのは御免でな」
 
 足掻き抜いてみせよう。
 その姿が、どれほど滑稽だとしても。
 
 
 
NEXT
 

 

その先の悲劇を、貴方は知らない。