“後悔だって無意味じゃないって、君はきっとそう云うんだろう。”
 
 
 
 
 
 
 
イブ・ハート
〜戦士よ、り高くあれ〜
二:オペレーション・シルバーブレッド
 
 
 
 
 
 
 

  第三会議室−−名前だけ聞けば古風なようだが、実際はソリットビジョンシ

ステムをフル活用した大会議場である。まるで最高裁判所のようだ、と例えたの

はミストレだっただろうか。

 バダップは表向きこそ平静を保っていたが、内心は気が気でなかった。呼び出

された用件は決まりきっている。オペレーション・サンダーブレイク−−人類の

命運を賭けたともいうべき大事な作戦で失敗したオーガ小隊。その処分がついに

決定したのだ。

 だが、一つ気にかかる。処罰を受けるならば何故自分だけ呼び出されたのか。

隊長の自分が責任を持って隊員に伝えよと、そういう意なのか−−。

「バダップ=スリード中尉」

「はっ!」

 正面の席に座る上官−−ドレイス=バウゼン教官。階級は大佐−−自分の四つ

上に当たる。名前を呼ばれ、びしりと背筋を伸ばすバダップ。

 

「貴官も既に承知と思う。今日貴官を呼び出したのは他でもない、ミッション失

敗によるオーガ小隊の処遇についてだ」

 

 やはり、と。バダップは心の中だけで渋面を作る。バウゼンの表情は一見すれ

ばいつもと変わらない。何を考えているのか読み取る事は出来なかった。

 

「決定した…と言いたいところだが。会議でも意見が分かれてな。貴官らの優秀

な能力は切り捨てるには惜しく、処分は最低限に留めよと言う者。生ぬるいサッ

カーの毒は断固として排除すべき、毅然とした厳しい対処をすべしという者もい

る。…隠し事はするだけ無意味、この際ハッキリ言わせて貰うが」

 

 バウゼンの眼に、険しい光が宿った。

 

「我々の断固たる姿勢を見せる為に…小隊メンバー全員を死罪にという意見も

上がっている」

 

 バダップは驚かなかった。想定の範疇ではあった事だ。自分達の犯した失敗の

大きさも、結局軍の嫌悪する円堂の主張に魅了されてしまった事も事実。不穏分

子は芽が出る前に排除したいのが本心だろう。

 ただ。当たって欲しくない予想であったのも確かだ。死そのものが恐怖だとは

思っていない。罰は与えられて然るべきとも考えている。しかしそれは−−隊長

である自分が率先して負わねばならぬ責任の筈だ。

 仲間達にまで重罰が下るのは避けたい。そう思うくらいには、バダップは小隊

の皆を愛していた。

 

「そう身構えるな。…これはあくまで一部過激派の意見だ。大半の上層部の人間

は、貴官らの今日までの武功を高く評価し、一度の失敗で失いたくないと考えている」

 

 先程より少し軟化した口調でバウゼンは続けた。

「しかしだ。そういった意見を持つ者がいるほど、貴官らのミスは重大なものと

捉えられている事は理解して貰いたい。…分かるな?」

「イエス、サー」

「では本題に入ろう」

 バウゼンは机に両肘をつき、冷厳な眼でバダップを見下ろした。

 

「それらを踏まえて。貴官らをテストし、今後の処遇を決めようという事で話が

合致した」

 

 テスト。意外な単語の登場にバダップは眼を瞬かせた。

 

「ただし試すのはスリード中尉、貴官のみ。これから貴官にあるミッションを任

せる。数日がかりのミッションになるだろう。その間オーガの他メンバーは軽営

倉に入って貰う」

 

 軽営倉。営倉入り処分としては軽い方だ。重営倉なら半ば監禁のように閉じ込

められるらしいが、軽営倉ではそんな事もない。精々期間中一部私物が没収され

るのがキツいだけだ。時間も数日。

 しかし−−ネックは自分のミッション期間中という事。テストだと名言しても

いる。バダップの戦績如何で大きく処遇が変わって来るだろう事は目に見えてい

た。

「自分がミッションに成功すれば…皆の懲罰も軽くなるという事ですか」

「そうだ。貴官がミッションを成功させれば、メンバーはその時点で解放、オー

ガ小隊も存続。貴官がそれほどまでの逸材だと証明されれば、上の方々も納得す

るだろう」

 ただし、とバウゼンは続ける。

 

「失敗した時は……覚悟しておけ。チャンスが何度も与えられるほど、軍部が逼

迫していないと思うな」

 

 暗に“死罪も頭に入れておけ”、と示される。しかしバダップは、先程までよ

りずっと気が軽くなったのを感じていた。隊長として自分が名誉挽回の機会を与

えられている。寧ろ喜ばしいとさえ感じる。要は失敗しなければいいのだ。

 ただ一つ気がかりなのは。

 

「その上で尋ねる。貴官に任務を引き受ける気があるかどうか。これは命令では

ない。あくまで要請だ」

 

 バウゼンは−−ミッションの中身を語る前に自分に返答を求めている。先に中

身を教えて下さい、とは言えないパターンだとバダップは経験上学んでいた。そ

う言えばまた一つ評価が下がる−−正直不本意だが、それがバウゼンだった。

 何かある、のだろう。そして要請と言いながらも自分に選択の余地はない。要

請拒否すればすぐ様オーガ小隊の価値は転がり落ちるだろう。保身の為だけに仲

間を危険に晒す事など出来ない。プライドも許さない。それがバダップであり、

バウゼン達もよく知っている筈だ。

 まったく、何故こうも厄介な状況になってしまったのか。考えれば考えるほど

気分が沈みそうだったので、バダップはそこで思考を停止した。

 どっちみち、選択肢は一つしかない。

「謹んで引き受けさせて頂きます、サー」

「貴官ならそう言ってくれると信じていた」

 バウゼンが初めて笑みを浮かべた。そしてパネルを操作する。バダップの前に

小さくホログラム画面が現れ、資料を表示した。

 それは任務の詳細を示した文書。読み進めていくうちに−−さしものバダップ

も絶句せずにはいられなかった。最後の理性でなんとか驚愕を顔に出さぬよう努

めたが。

 

「オペレーション・シルバーブレッド。ターゲットは反政府テロ組織・レッドマ

リア。人数は千人余りと予想されている」

 

 そんなバダップの心中を知ってか知らずか。バウゼンははっきりとその旨を告

げた。

 

「貴官の任務はこの組織の壊滅……及び纖滅だ」

 

 

 

 

 

 

 

 何時もより心なしか控えめに聞こえるノック。多分エスカバと同じ印象をミス

トレも受けたのだろう−−ドアを見つめる彼の横顔も堅い。

 

「…入りな」

 

 意を決してエスカバが声を出せば、バダップが無言で入室してくる。いつもな

がら完璧なまでに礼儀正しい、硬質でさえある所作だった。バダップの顔もいつ

もと同じ無表情に見える。

 だが、エスカバは何故か違和感を覚えた。それは自分達の方が緊張しているせ

いだろうか。

 

「どうだったよ。処分、決まったのか」

 

 決まったから呼ばれたんだろうが、とは心の中だけで。案の定、ああ、と肯く

バダップ。

「三日後にミッションを命じられた」

「は?」

「因みに俺一人でだ」

「はぁ!?

「数日がかりのミッションになる。その間お前達は営倉入りだ」

「ちょ、ちょっと待って待って」

 混乱するエスカバ。淡々と述べるバダップにミストレがストップをかける。

 

「オレ達の処分はいいとして、ミッションて何。ちゃんと順追って説明して」

 

 バダップはいつも必要な事を最低限しか喋らない。それは軍人としては正しい

姿かもしれないが、その実バダップ自身が基本無口なせいもある。

 故に偶に−−いや、日常生活に限定すればほぼ頻繁に−−に意思伝達に支障が

生じる。必要なところまで省いてしまいがちな為である。彼と友人関係を結ぶに

到り、エスカバも嫌というほど実感させられた事だった。

 結論すれば、言葉に関して究極的に不器用なのだ。バダップ=スリードという

人間は。

「説明」

「うん」

「結論はさっき言ったままだが」

「じゃなくて過程を省くなって言ってるんだけど。この不器用隊長」

 ミストレにガミガミ言われ、やや顔をしかめつつもバダップが話した内容に−

−エスカバは溜息をつかざる負えなかった。

 重い処分を覚悟していなかったわけじゃない。実際自分達自身得るものがあっ

たとはいえ、お偉方からすれば無駄に歴史を弄っただけで終わったようなもの。

最終的に円堂が絶対的確定要素と分かり、作戦自体最初から無為だったと判明し

たものの−−オーガ小隊が失敗した事実が消えるわけじゃない。

 でもまさか−−死罪だなんて。そこまで考える者がいただなんて。自分で言う

のもアレだがたかが一度のミスではないか。

 上層部で何かが起きているのかもしれない。内部の派閥争いが泥沼化している

のは周知の事実だ。

 

「…まぁ、営倉入りは妥当な線かもね。問題は君が命じられたミッションだけど」

 

 話せる?とミストレが尋ねると、エスカバは無言で首を振った。極秘任務につ

き他言無用という事だ。

 しかし何故バダップはさっきからドアの前に突っ立ったままなのだろう。エス

カバが尋ねるより先に、ミストレが訊いた。

「色々ツッコミどころはあるんだけどね。どりあえず座れば。なんか気まずいん

だけど」

「ああ。…うん」

 珍しくバダップの返事が煮え切らない。それを見てエスカバは、彼が意図して

ではなく“なんとなく”棒立ちになっていた事を知った。

 上の空というか。あまりにも反応がぼんやりし過ぎている。珍しいなんてもの

じゃない。最初に感じた違和感が目に見えて濃くなった。

 

「なぁ、バダップ」

 

 不安の雲が、まるで曇天のように胸中に立ち込める。エスカバは意を決して口

を開いた。

「お前が受けたミッションって…」

「エスカバ、ミストレ」

 エスカバの言葉を封じるようにして−−いや、明白に遮ったのだ今−−バダッ

プが自分達の名を呼んだ。これまで一度たりとて無かった事を今、彼はした。

 

「三日ある。俺が発つまで、お前達が営倉に入るまで」

 

 その時になったら少なくとも当面逢えなくなるから、とバダップは続けた。

「時間は有意義に使わなくてはならない。やりたい事は今のうちにやっておくべ

きだろう」

「…例えば?」

 力技で話題を逸らされたと分かっていながらも、尋ねた。どこか遠くを見るバ

ダップの顔が、酷く消え入りそうなものに見えたから。

 

「例えば…今度は戦闘じゃなくて。円堂守の目指していたような…熱意のあるサ

ッカー。“楽しい”サッカー…とかな」

 

 あ、と。横でミストレが小さく声を上げるのが聞こえた。バダップが一瞬、綺

麗な笑みを浮かべたからだ。彼が笑ったところなど今まで殆ど見たことが無かっ

たのに。

 恐ろしいくらい、今日は彼に関して“初体験”ばかりしている。普段なら指摘

してからかうなり、レアな経験をしたと面白がるなりできるのに。

 

−−バダップ、お前。お前の受けたミッションって。

 

 訊こうとしたその台詞を、エスカバは口の中で噛み殺した。

 

−−お前が命を賭けなきゃ…出来ないほどのもんなのか。死ぬ気なのか、お前は。

 

 今のバダップのような眼をした人間を、前線で何度も見ている。だから、言え

なかったのだ。ふざけんな。身勝手すぎる。俺達の立場はどうなるんだ。そう怒

鳴れたらどんなにか楽になれただろう。

 知っていたから。

 それが護る者の眼であり−−同時に、死地に赴く事を覚悟した者の眼である事

を。

 
 
 
 
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作戦名、銀の弾丸。