“それでもオレ達は、美しいモノもあると信じて今を生きていく。”
ブレイブ・ハート 〜戦士よ、誇り高くあれ〜 六:ビフォア・クライシス
なんとなく予想はしていたが。目の前の惨状に、エスカバは頭を抱えたくなっ た。 「エスカバ…助けて…」 サンダユウの部屋は、戦場と化していた。部屋の主は中央の机で屍と化し、ブ ボーとゲボーの双子は折り重なってひっくり返っている。ザゴメルは大柄な身体 を小さく丸めてオドロ線を背負い、イッカスはしゃがんでひたすらのの字を書い ている。 一体何がどうしてこうなったのか?すべては部屋中に散乱したレポート用紙 が物語っていた。 「…俺らさあ…任務の為にサッカーの訓練にかなり時間つぎ込んだだろ」 サンダユウがゾンビ化寸前の顔で言った。 「その間授業休みまくったじゃん。おまけに任務は失敗だしよ。クラスによっち ゃ…一部の教官から山のように代替課題出されちまったんだよな…」 「…ご愁傷様」 苦笑いする他ない。現在部屋に転がっているメンバーは皆、頭を動かすより体 を動かす方が得意な者ばかりだった。サンダユウの場合はパソコン作業は得意で も、アナログになった途端からきしという性分である。 コピペや使い回しを防ぐ為、全員直筆で紙のレポート提出を要求されたそう だ。確かに、面倒なのは間違いない。 「ちっくしょーこのご時世に紙レポとかマジ腐ってるぜ!」 「紙じゃ誤魔化しきかないもんな。まあ頑張れ」 「ちょ、何そのいかにも他人事!」 ちなみにレポート課題はエスカバも出されていた。が、こちとら頭を使う作業 は本業、伊達にバダップの副官は務めていない。出されて一時間も経たずに片付 けた。途中で呼び出しをくらわなければもっと早く終わっただろう。 念のため部屋を隅々まで探す。途中うっかりゲボーを蹴飛ばしたが無視する。 そんな場所で転がってるのが悪い。 「…やっぱりいねぇ、か」 エスカバか探していたのはバダップだった。昼前にふらりといなくなって以 来、姿が見えないのである。図書室や資料室にいる事が多いが今日はどちらも外 れた。誰かの部屋に上がり込んでいるのかと思って来てみたがここにもいないよ うだ。 一体何処に消えたというのだろう。寮からの外出はシステムでチェックされて いる。今謹慎中のオーガ小隊に外出許可が降りるとも思えない。抜け道が無いわ けではないが相当面倒くさい筈だ。 「…何だよ、誰か捜してんのか。隊長?副隊長?」 「隊長の方。副隊長の女王サマは今風呂だ」 くたばっていたザゴメルが少しばかり復活して言う。 「俺達今日一日この部屋にカンヅメだけどよ、隊長は来てないぜ。出かけてる… はねぇか。一応謹慎中だし」 彼にも心当たりは無いようだった。エスカバは困り果てて頭を掻く。どうして も早く訊きたいことがあったのだ。そう−−彼が行うであろうミッションについ て。 他言無用と念を押されているのだろう。だから誰にも言わない。増してやあの バダップだ、やすやすと落とせるとは到底思えない。 だが、それでもエスカバは尋ねたくて仕方なかった。本音は尋問にかけてても 真相を知りたかった。あまりにも、不自然に事が動きすぎている。 ぐう。 その時、やや間抜けた音が聞こえ、一瞬にして全員が沈黙した。次の瞬間素早 くアイコンタクトをかわし(こんな素早い連携では訓練でも実戦でもお目にかか った事がない)犯人探しをする。 「……ごめん、オレ」 ブボーが顔を真っ赤にして、おずおずと手を上げる。お前かよ!とゲボーがツ ッコミを入れるが−−次にはゲボーの腹の虫が鳴いていた。 「そういや、俺ら昼飯抜きだったんだよな…。課題終わるまで食わせねェとかマ ジ鬼だわ」 げっそりとした顔でイッカスが呟く。同時にゾンビ化していた全員がエスカバ を見た。いかにも訴えてます、な目線で。 「…俺に作れってか?」 エスカバは顔をひきつらせる。 「分かってんだろーエスカバ!この面子見ろよ、家事の出来そうな奴は一人もい ねぇ!」 「ああそうだな、特にザゴメルに作らせた日にゃキッチンが地獄絵図になるな… ってんな開き直って言うなアホ!俺は嫌だぞ!!」 「なんと!バメル准尉は瀕死の小官達を見捨てて敵前逃亡でございますか!!」 「やかましいっ!」 ふざけて軍人口調を発動させるサンダユウを思い切り蹴飛ばす。彼はけして不 器用ではないのだ。やる気さえあれば料理の一つくらい覚えられるだろうに、そ のやる気がナイ。エスカバからすれば腹立たしい事この上無かった。 「何を騒いでるんだ」 煩くなった空間に、突然呆れ果てた声が届き−−全員が反射的に、ピタリと動 きを止めていた。 悲しいかな、軍人の性である。隊長の言葉に反応してしまうのは。 「バダップ…!お前何処行ってたんだよ!!…って」 開け放たれたドアの前に立つ探し人の姿を見て、エスカバは固まった。文句の 一つも言ってやろうと思っていたのに、台詞の全てが明後日の方向にすっ飛んで いった。 無理もない。バダップは普段の軍服姿で−−しかしその両手には大きなスーパ ーの袋を握っていたのだから。 「お前…ガチで外行っちゃってたの?謹慎中に?」 「C棟三階の右から二番目の窓はロックが甘い。防犯カメラにも死角があるし、 少し弄れば簡単に誤魔化せる」 しれっとした顔でバダップは言う。エスカバは目眩がしそうだった。謹慎中に こっそり外出、をやる生徒は少なくない。そして少しデキる生徒ならば、どこが セキュリティーの穴か探し当てるのは造作もない。 しかし。だがしかし。 このド真面目を絵に描いたようなエリートが。僅か十四歳で中尉にまで登りつ めたこの天才児が。そのような真似をしようだなんて、一体誰が予想出来るだろ うか。 しかも。 「野暮用のついでに食材を買ってきた。どうせお前達、昼食も取ってないんだろ う?」 暗に、今から作ってやるよ、と意志表示。サンダユウ達は飛び上がって喜んだ が、エスカバは驚いたなんてものではなかった。あの天然魔人がどういう風の吹 き回しだ。これは明日辺り季節外れの雹でも降るんじゃなかろうか。それともハ リケーンでも吹き荒れるのか。 一人ぐるぐるし始めたエスカバを放置して、バダップはスタスタとキッチンに 歩いていく。床に転がる様々な障害物を避けるか蹴り飛ばすかしながら。その後 ろからついていくのがサンダユウだ。 「作ってくれるのは有り難いんだがよ、お前さんはいつからそこに居たんだ」 「何回もドアはノックしたぞ。気付かないくらい騒いでいた上、ロックを掛け忘 れてたのが悪い」 「うえ、最後に部屋入ったの誰だー…ってエスカバじゃん。でもエスカバもそう いや鍵開けないで入ってきたって事はその前の奴が…ってうっわ犯人俺だった わ」 「不用心過ぎる。気をつけろ」 「いえっさー」 基本無口なバダップにこれだけ喋らせる事が出来る人間はそうそういないだ ろう。基本誰とでも打ち解け、気安さが嫌みにならないサンダユウだからこそ成 せる技だった。自分も友人の数こそ多いが、なかなか同じ事は出来ないと思う。 けれど。それでも尚、いつにも増して喋るバダップに違和感が拭えないでいる。 エスカバは今朝聞いた話を思い出していた。今度のミッションで、バダップがど れだけの覚悟を決めているか、その片鱗も見た。 だから、見れば見るほど不安になるのだ。まるでバダップが−−最期の思い出 作りに勤しんでいるかのようで。 彼に限って有り得ない。そうは思う、思うのだけど。 「ごはん♪ごはん♪」 「な〜にかな、な〜にかな〜」 さっきまで屍と化していたくせに、ご飯と聞いていつの間にか復活しているゲ ボーとブボー。きゃっきゃきゃっきゃとはしゃぎながら走り回る姿はまるで幼稚 園児だ。まあ、それが微笑ましいのも間違いない。 王牙学園の食堂は、健康バランスはピカイチなものの、イマイチ味気ないと誰 もが言っていた。多分、味覚に関しては考慮してないのだろう。実際戦場では現 地調達やら食料不足やらに見舞われ、贅沢を言っているどころでない場面もしば しばある。もしかしたらその為の訓練の一環かもしれなかった。 反面、部隊内でさりげなく評判だったのが、隊長のお手製料理だった。エスカ バとミストレも上手いがバダップには届かない。しかも派手で豪華な料理のみな らず、庶民の家庭で出て来る定番メニューも作れる事が評価を上げている。何か ら何まで器用な事だ。 −−俺としても、助かるんだけどよ…。 キッチンはいいから机を片付けろ、とバダップに追い出されるサンダユウを見 ながら思う。 自分が料理をしなくていいのは助かるし、バダップの料理は美味いから自分と しても嬉しいけども。時間が経つにつれエスカバの不安は色濃く首をもたげてく る。 そもそも、買い物は“野暮用のついで”だと言っていた。このド真面目な隊長 様が、校則と軍規をまとめて破ってまで外出したかった用事とは一体何だろう。 「うわぉ」 しまった、まだ鍵が開いたままだった。部屋の入口に立つダイッコとジニスキ ーを見て、エスカバは思う。いや別に彼らに非があるわけではないのだが−−人 が増えれば増えるほどバダップを問い詰めにくくなるのは事実なので。 二人は辺りの惨状を見回し(彼らもその手にレポート用紙と筆記用具を抱えて いる)、次いでキッチンを見る。 「レポート助けて貰おうと思って来たら…やっぱり!」 「何がやっぱりなんだダイッコ」 お前らもかいな、とうんざりするエスカバ。 「サンダユウの部屋で隊長の手料理が食えそうな気がしたんだ!」 「どんだけ具体的な予感だよ!!しかもドンピシャリだし!!」 ああ悲しいかな、身体が反射的にツッコミに走ってしまう。さすがオーガの食 い意地No.1のダイッコだ。 そんなやり取りをしているうちに、ジニスキーはずかずかと上がりこみキッチ ンに侵入している。 「よっしゃ餃子確定!」 餃子の皮でもあったのか歓喜の声が届く。 「なんかさりげなく小隊メンバー集合しちまってんな。あといないのはドラッヘ とミストレか」 イッカスの言う通り、いつの間にかオーガメンバーのうち九人までが集合して いる。狭い部屋はだいぶ窮屈だが、まだ余裕が無いわけではない。誰かの部屋で 総員で書類や課題退治、もままある事だ。 そのまま、せっかくだからあと二人も呼んでみんなでご飯にしようという話に なる。エスカバはミストレの現状を思い出していた。あの女王様は風呂に入って からは部屋から外に出たがらない。声をかけても大丈夫だろうか。 ブキチレた彼の恐ろしさは、同室の自分が一番よく分かっている。想像して、 思わず身震いした。 「俺は呼んでも構わないが」 そんな中、さらにバダップのレア中のレアな発言が。 「偶には賑やかなのも悪くない」 「おぉ!」 マジでか。今日のアンタは一体どうしちゃったんだ。もはやエスカバは言葉も 無い。 しかしそんな疑問は、不機嫌に現れたミストレと巻きぞえを食ったドラッヘが 現れ。やんややんやと大騒ぎをしているうちに、頭の隅に追いやられていったの だった。
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崩壊、直前。