“何度負けても立ち上がる強さ。それに勝る力は無いと。”
ブレイブ・ハート 〜戦士よ、誇り高くあれ〜 十二:レッド・シグナル
そして時は遡り、雷門がフットボールフロンティアで優勝した翌日に戻 る。
−−西暦2010年。
胸の奥が妙にもやもやする。うまく表現できないが、例えるならば苦い綿 菓子のようなものが気管支に詰まって、息は出来るけど違和感を覚えている ような。円堂守はしきりに首を傾げては、その正体を探ろうとした。
−−やっぱりそうだ。バダップから…電話があってから。
もう二度と会えないと思っていた相手と、電話だけでも出来た。サッカー をしようとも約束した。嬉しかったのは間違いない。なのに。
−−なんだろう…この感じ。
覚えの無い感覚だった。何がこんなに、胸の奥をもやつかせるのだろう。
「どうした、円堂?」
声をかけられて我に返る。目の前には訝しげな表情の染岡がいた。
「らしくねぇな。サッカーバカのお前が大好きなサッカー中に考え事かよ」
そう、円堂達は今河川敷にいた。フットボールフロンティアの翌日である 今日は日曜日。部活も休みで学校も休みな為、休養日に当てるようにと響木 には言われていたのだが。 もはやサッカーをしていないと落ち着かないのが円堂である。そんな円堂 に影響されてすっかりサッカー中毒なのが雷門イレブンである。誰ともなく 河川敷に集まりサッカーを始めてしまった次第であった。 「それともアレか。また新しい必殺技考えてるとか?」 「それならあり得るな」 一之瀬と土門がニヤりと笑う。円堂も笑うしかない。自分が悩むとしたら まずサッカーの事かサッカーに絡む何かだと思われているようだ。まあ、外 れてはいないのだから仕方ない。 「今はいいと思うんだけどなあ。オメガ・ザ・ハンドで止められないシュー トがあるか?」 「あー…それなんだけど土門」 円堂は頭を掻きながら言う。昨日の決戦の後、特訓で何度か試して分かっ た事があるのだ。
「オメガ・ザ・ハンドはさ、いい技なんだけど…まだ使いこなせてないんだ よな」
土壇場で創作したにしてはいい出来映えだったと思う。やっと完全したマ ジン・ザ・ハンドですらあっさり破られて、よくヘコまずに頑張ったなぁと 我ながら感心する。 だが、まだまだ大味で荒削りなのは確かなのだ。パワーはあるが、スピー ドとコントロールに難がある。オーガの技がスピードで翻弄するタイプでは なく、パワーで押してくるタイプだったから止められたようなものだ。 オメガ・ザ・ハンドは溜が長すぎる。ついでに調整に気を抜けば、キャッ チしたボールをすぐ零してしまったり、弾いたボールが明後日の方向に飛ん でいってしまうだろう。正直、扱いきれてないのが現状だった。 「もしかしたら…もう少しスピードタイプの技が必要になってくるかもっ て思う。まだ構想も出来てないんだけどさ」 「なーる。必殺技は奥が深いねえ」 わざと爺臭く言う土門に、周りの一年生達が吹き出した。その一年を一之 瀬や染岡がからかいながらつつき、さらに笑いが大きくなる。 ちょっとした事でみんなが笑顔になれる。楽しい気分になれる。だから自 分はこの場所が好きなんだよな、と円堂は思う。サッカーが大好きだ。雷門 の仲間達は最高だ。世界で自分ほど幸せなキャプテンはいまい。 フットボールフロンティアの決勝戦。波瀾万丈な一戦だった。怪我人は続 出するわ、危うく自分達のサッカーが出来ないまま大敗するところだった わ、未来からの助っ人なんてものまで現れるわで。 だが結果的に悲願の優勝も叶い、負傷した面々も思いの外軽い怪我で済ん でいた事が分かり(実際はもう少し安静にしていろと言われたメンバーもい るのだが、どいつもこいつもじっとしているのが苦手な者ばかりだった)。 こうしてまたサッカーができている。本当に幸せな事だ。これ以上ないくら いに。
「…話、逸れたけど」
話すべきか話さざるべきか。一瞬迷って−−円堂は前者を選択する。 「今考えてたのは、必殺技の事じゃないんだ」 「うん?」 「バダップのこと」 円堂は皆に話した。今朝未来からかかってきた電話の事を。 八十年後の未来から、一般回線で電話がかかってくるとかどんな状況だと 思う。有り得ない。だから信じない。そう言って否定してしまうのは簡単だ。 しかし世の中は実際、一筋縄ではいかなくて。有り得ない事は有り得ない と、雷門の誰もが今知ってしまっている。オーガ襲来がその最たるものであ り、ならば電話くらい可能ではないかと思ってしまう。
「大した話、したわけじゃなかったけど。あいつ様子がおかしくて」
任務失敗の責任を取らされ、オーガのメンバーが営倉入りになる事を話せ ば、仲間達は一様に眉を顰めた。 「失敗なんて、誰にでもあるじゃないか。ましてや戦争してるわけでも何で もない、試合に負けただけなのに」 「それが軍隊ってヤツなのかもしれないよ」 苦い表情の風丸に、マックスが言う。
「僕達は戦争を知る世代じゃないし、徴兵制もないから軍なんて場所と無関 係でいられる…幸運にもね。だから想像がつかないだけで、案外他の国じゃ 当たり前の事なのかも。一人のミスが全員を危険に晒す事もあるだろうし」
一理あるな、と円堂は思う。自分達は平穏な世界に生き、平和を当たり前 のように享受できる世代だ。それが今のこの国だ。いくら年輩者の経験談に 耳を傾けようとも、想像には限界がある。所詮遠い出来事でしかない。 だから軍とひとくくりで言っても形態は様々だろうし、例えば北のあの国 のような場所ではもっと悲惨な現実もあるかもしれないと−−推測する他 ない。マックスの考えが正しいかも確かめようがない。
「心配するのは分かるが円堂。…俺達に何かが出来るとは思えない」
腕組みをして鬼道が言う。そういえば彼は腕組みをしている事が多いな、 と不意に思う。特に難しい顔で、現実を語る時には。 「あいつらは未来…八十年後の存在だ。もはや異世界の存在と言ってもい い。俺達からコンタクトをとる手段は無い…向こうが何かアプローチをかけ てこない限りは」 「…うん。わかって…る」 自分達は無力だ。時間を越える科学もなければ、世界を架ける魔法もない。 まさしく正論だった。いくら悩んだところで何も出来ないばかりか、彼らの その後を知る事さえ叶わない。
「それでも…考えちゃうんだよな。俺に出来る事は、本当に何も無いのかっ て」
そんな自分を、子供だと人は嗤うだろうか。理想ばかり見て何になるのだ と嘲るだろうか。
「円堂は…それでいいんじゃないか」
そう言ったのは豪炎寺だった。彼は小さく笑みを浮かべていたが、それは けして円堂を見下したものでは無かった。
「理想を見て走るのはお前の役目。現実を見て考えるのが俺や鬼道の役目 だ。今までも…これからも」
それでバランスが取れてるんだから丁度いいさ、と笑う。そういうものな のかなあ、と首を傾げる円堂。分析型と行動型。既にその思考の差そのもの が役割分担の現れだとは気付かない。 その時、不意に半田が明後日の方向を向いた。何度も橋の方を眺めては首 を捻っている。 「どうしたよ中途半田?」 「ちょっと待てその呼び方!ってかやめてマジやめて本気でヘコむから!!」 「はいはい。で、どうしたのハンパ」 「ちがーう!!」 お約束でからかいの言葉を投げる松野に、半ば涙目の半田。そこで張り合 うからますます松野を面白がらせてるんだよな、と円堂は思う。
「さっきあそこの橋から、誰かがこっちを見てたんだよ、じーっと!」
その言葉に全員が揃って同じ場所を見る。が。
「誰もいないぞ?」
橋の上に立ち止まっている人間はいない。目に映るのは走り去る自動車や トラック、音楽を聞きながら歩いていく学生や自転車の少女達くらいだ。 でも確かに誰かいたんだよ!と半田はいつになく意地になって主張する。 「ただ見てたってだけなら俺だってそんな気にしないさ。でも……なんかス ゴく、怖い眼で見られてた気がして」 「怖い眼?」 「ああ。…まるで……親の仇でも見るみたいな…」 思わず隣の豪炎寺と顔を見合わせる円堂。親の仇−−憎悪?しかし自分達 は普通の中学生なわけで−−誰かに殺意を向けられるほど恨まれる覚えは ない。 だが、どうやら若干心当たりのある人物もいたらしい。鬼道の顔色が変わ った事に円堂は気付く。
「…残念ながら、恨まれる心当たりが多すぎてどれだか分からんな。…帝国 のやってきた事を考えれば」
それはお前のせいじゃないだろ、と円堂は思う。悪いのは帝国にそんなサ ッカーをさせ、裏であくどい手ばかり使っていた影山ではないか。それで鬼 道が恨みを買うなんて絶対におかしい。 だがそう口にする事はしなかった。言ったところで鬼道が納得するとも思 えなかったし、プライドの高い彼をますます惨めにさせてしまうかもしれな かったからだ。すぐ思ったままを口にしてしまいがちな円堂だったが、最近 は少しだけ勉強してきたつもりである。 「男?女?」 「あ…いや…はっきり見た訳じゃないからさ…」 「信憑性無いなあ。やっぱり中途半田は中途半田か」 「だからそれヤメテってばー!」 ぎゃいぎゃいと騒ぎ始めた松野と半田に、つい苦笑したくなる。場の硬質 化した空気を読んで、わざとふざけているのが分かったからだ。元々鬼道を 疎んじていた半田が、今は彼を気遣っている。その変化がキャプテンとして 嬉しくない筈がない。 「まぁ…気にするほどの事でもないだろうけど。一応気をつけた方がいいの かもな」 「…ああ」 よくよく考えてみれば。自分達はフットボールフロンティアで優勝したわ けで−−もしかしたらだが、負けたチームの関係者から逆恨みされている可 能性もないではない。 また、影山も結局釈放されてそれきりだ。雷門に憎しみを向けてくる事も 考えられなくはないだろう。 その後、メンバーは一時間ばかりサッカーに興じて解散になった。栗松と 目金がライブに行くからと言って抜けたり、豪炎寺が病院に行く予定があっ たりした為である。多少は休みもとらなきゃ、と誰とはなく言い出したのも 大きい。 「じゃあなー風丸!」 「ああ、またな」 帰り道。一番家の近い風丸と別れたのは住宅街に入ってからだ。ここまで 来れば家まですぐである。円堂は荷物を背負いなおして−−突然、勢いよく 背後を振り返った。
「−−!?」
何だ−−今のは。 視線の先。電柱の影には誰もいない。誰もいないのに−−円堂の背中は、 冷や汗で冷たくなっていた。
−−間違い、ない。今確かに誰か…。
誰かがいた。そして円堂の精神を−−その凄まじい殺気で切り刻んでいっ た。まるで辻切りのように。 初めて受ける感覚だった。ほんの一瞬憎悪の目を向けられただけ。それな のにこんなにも心臓が煩い。恐怖が体中を縛り上げられている。 さっきの半田の話。恨みを買うとしたら鬼道か、雷門そのものだと誰もが 思った。だが。
−−怨まれてるのは…俺?
逢魔が時。答えを返す者は、いなかった。
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