“後悔は、無いのですか?” ブレイブ・ハート 〜戦士よ、誇り高くあれ〜 十六:ブラインド・ジャスティス 円堂は思った。死にたくない、と。 しかしそれ以上に願った。知りたい、と。ミストレは何も語ってはくれなかった。ただその憎悪の深さだけを見せつ けてきた。知りたければ力ずくで吐かせろと、そういう事なのだろう。尋問 のプロであろう少年兵相手に、まったくもって難易度の高いミッションだっ たが。ミストレのナイフは真っ直ぐ円堂の手を狙っていた。楽に死なせない、と 言った彼。GKの命たる手に傷をつける事で、さらなる絶望を味あわせてや ろうという算段だったのだろう。だが円堂とて、この展開を予期していなかった訳じゃない。寧ろこうなる 事を見越した上でこの場所に立っている。ミストレを捕まえ、止める為に。「ファイアートルネード!」ミストレが大地を蹴った瞬間、焔を纏ったシュートが二人の間に割って入 った。余波で雑草が燃え散り、熱風が周囲を揺らす。直前に攻撃に気付いた ミストレは素早く後ろに跳んでいた。無論円堂にも当たる筈はない。そしてミストレがバックステップした直後に第二激。気配に振り向いた彼 の目前に、吠える青い竜が迫っていた。「ドラゴンクラッシュ!」とっさに地面に伏せるミストレ。これも避けられた。だがそれすらもこち らの計算のうちだ。「竜巻旋風!!」 「!!」 伏せた彼の足元から巻き起こる風。草むらに潜んでいた小林だ。さすがに 反応が間に合わず、華奢な身体が宙に巻き上げられる。そこにさらなる一撃 が。「ツインブースト!」屋上で待機していた鬼道と一之瀬が、階下に向けて必殺技を放つ。空中で はいくらミストレといえど回避出来る筈もない。とっさに両腕をクロスさせ て防いだものの、ガードした体制のまま彼は地面に叩きつけられた。「ぐぁっ…!」 そこに、踊り出たのは−−秋。「ゴッドハンド!」具現化せる、金色。巨大な神の手が、地面にミストレを縫い止めた。ミス トレはもがくが、思いの外秋の力が強いのかはたまた女の子相手であるから か、抜け出す事が出来ないようだ。「くそっ…放せ!」「お願い、落ち着いて!私達はただ貴方と話したいだけなの!!」 暴れるミストレに叫ぶ秋。そこまできて漸く、円堂は安堵のため息を漏ら した。「や…やった。なんとかうまくいった…!」思わず地面に座り込む。そこに、木陰に隠れていた染岡と豪炎寺、草むら にいた小林が走り寄ってくる。「情けねーぞ円堂!まだ終わってないからな?」「あ、ははは…ごめん。腰抜けた」「さすが鬼道だな。ここまで計算通りとは」染岡と豪炎寺に支えられ、なんとか立ち上がり円堂は苦笑する。そう、全 ては鬼道の作戦だった。百戦錬磨のミストレを相手にするには数による奇 襲、波状攻撃で攪乱する他無い。さらには自分達には彼らのような武器もなく、下手に刃物を持ち出せば奪 われた時のリスクが高い。自分達が唯一彼と対等に渡り合えるとすれば−− サッカー。それを置いて他に無かった。よってサッカーの技を駆使して止める事にしたのだ。また、マネージャー と認識されているであろう秋が出て来るのは、ミストレにとっても計算外で ある筈。それがより隙を広げるのではという狙いもあった。「チェックメイトだ、ミストレ。今度こそ話してくれ」豪炎寺が口を開く。屋上から降りてきた鬼道と一之瀬が走ってくるのが見 えた。「俺達は軍人じゃない。ましてや一度試合したお前と…サッカー以外で争い たいとは思わないんだ。お前が話してくれない事には対処のしようがない」仰向けのまま地面に抑えつけられているミストレは、目だけを動かして豪 炎寺を見、再び円堂を見た。「……オペレーション・サンダーブレイクの企画段階でさ」「…?」「ヒビキ提督が一番最初に考えた事って、何だと思う?」 まったく予想外の話を始めたミストレに、円堂は眉を寄せる。「提督はさ…円堂守、君を殺して歴史から抹消する事を考えてたんだ。てっ とり早いだろ?でも…試算してみたら、君が死んだ事による未来への悪影響 が無視出来ないと分かったんだ。それほどまで君という存在は巨大なものだ ったのさ」 だから出来なかったんだ、とミストレは言う。「でも今は違う。だって君はもう…“俺達の世界の円堂守じゃない”」ぴしり、と嫌な音がした。何の音だ、と円堂が思うのと秋が呻くのが同時 だった。 まさか。顔から血の気が引いていく。それはミストレを押さえ込むゴッドハンド に、罅が入る音。「分かる?この世界はもう…俺達の過去じゃない。だからこの世界で何をし ても、俺達の世界を変える事は出来ないけれど」ミストレは−−微笑んでいた。優しげとすら見える笑み。しかし悪魔的な 美しさを称えた笑みで。「君を殺す事も…赦される。俺がまた過去に来れた事そのものが…証拠!」ビシリ、と一際大きな音がした。円堂は気付く。ミストレはただ押さえ込 まれていた訳でなかった。ナイフを持った片手を突き出す形で、ゴッドハン ドをガードしていたのだ。押さえ込まれれば押さえ込まれるほどナイフは神 の手に深く突き刺さっていた−−ミストレの計算した通りに。「くっ…ぅ…」「君は雷門のマネージャーだね。君まで戦えるなんて…そこはさすがに予想 して無かったな。喧しいだけの女共にはウンザリしてきたけど…君みたいな 強い子は嫌いじゃないよ」 呻く秋に、にっこりと微笑んでみせるミストレ。「けど残念だな。せっかくわざと捕まってあげたのに…結局、この程度か」次の瞬間。ゴッドハンドは粉々に砕け散り、秋は悲鳴を上げて吹っ飛ばさ れていた。ああ、と円堂は声を漏らす。確かにやけにあっさりと事が運びす ぎていたようには見えたけど−−まさか必殺技も使わずにゴッドハンドを 破るだなんて。けして秋が弱い訳じゃない。ただミストレの力が予想以上だったというだ け。「くっ…キラースライド!」こんな事もあろうかと、念の為姿を現さずにいた土門が草陰から飛び出 す。しかしミストレは土門のスライディングを軽々飛び越え、そのままのモ ーションで染岡に跳び蹴りをくらわした。「染岡!」頭を思い切り蹴り飛ばされた仲間を見て、豪炎寺に隙が出来る。それをミ ストレが見逃す筈もなく、素早く足を払われて転倒させられた。少年兵は止まらない。再びツインブーストの構えをとっていた鬼道の胸を 思い切り蹴り飛ばし、吹っ飛ばしたその身体を一之瀬にぶつける。地面を転 がる鬼道と一之瀬。「くそっ…ナイフだけでも…!」 木の上から様子を見ていた風丸が降りてきて攻撃を仕掛ける。「疾風ダッシュ!」素早い動きで翻弄し、刃物を奪おうとしたのだろう。だがそれ以上にミス トレは早かった。円堂に見えたのは風丸の肩に掌底が決まる瞬間のみ。木に 叩きつけられ、ズルズルと落ちていく風丸。「たかだか普通の中学生ごときが…俺達前線の兵士に勝てるとでも?」校舎影に隠れていた栗松の彗星シュートを軽くかわしてボールを蹴り返 す。一撃で伸びた栗松をミストレが鼻で笑う。 そして、豪炎寺達が使ったボールを一つ拾い上げて。「デススピアー」思い切り−−蹴りつけた。それは赤い光を放つ大きな槍。必殺シュートが 雷門イレブン目掛けて放たれる。辛うじて直撃は免れた円堂だったが−−地 面に突き刺さった途端、それは爆風となって一同を襲った。「うわあああっ!」まだ無事だった円堂と、土門と小林が、余波で纏めて吹き飛ばされた。突 風−−いや、もはやハリケーンか。吹き荒れる風がかまいたちのようにイレ ブンの身体に傷をつけ、ダメージを蓄積させる。 嵐が収まった時立っていたのは、ミストレただ一人だった。「これで邪魔者はもう、いない」 少年はゆっくりと、倒れ伏す円堂の前に歩み寄ってくる。「円堂守。君は此処で、死ぬ。俺の手で、殺される」 くるくるとナイフを弄びながら、いっそ爽やかなほどの笑みを浮かべて。「ふふっ…たまんないね、その怯えきった顔。死ぬのが怖いかい?絶望した かい?自分の運命を呪うかい?」駄目だ、立ち上がらなければ。立ち上がって−−戦わなければ。そう思う のに、円堂の手足はずしりと重く、動く気配も無い。身体の傷は大した事無 かった。ただ風にまかれ、振り回された為に目眩と脳震盪でやられている。動け、動け、動いてくれ。そう念じるのに−−手足にまるっきり力が入ら ない。「…でもね。君が今感じているよりずっと大きな絶望を、バダップは見たん だ。君達よりずっとずっと怖くて、痛かった筈なんだ」 絶望−−一体何の話なのか。バダップはどうなったのか。 円堂には何が何だかさっぱり話が見えない。「本当はもっともっと怖い目に遭わせてやろうと思ったけど…もういいや。 これ以上君の顔を見ているのも嫌だし」ミストレは円堂の前に屈むと、頬にナイフを押し当てた。ギラリ、と光る 刃には嗤うミストレとひきつった円堂の眼が映る。 秋が悲鳴に近い声で自分を呼んだ。 鬼道が動かない身体に鞭打ってこちらに這ってこようとするのが見えた。しかし全ては絶望的に遠い距離−−そう、絶望なのだ。自分はこんな訳も 分からないまま、何も出来ないまま死ぬしかないのか。恐怖はある。それでもこんな瀬戸際ですら、円堂の心を締めたのは、恐怖 以上の悔しさだった。諦めたくない。諦めてたまるものか。そんな感情を込 めて相手を睨みつける。「こんな時ですら…諦めないんだ?その精神には敬服するけど」きっとあの試合の時の事を思い出したのだろう。彼は少しだけ眼を丸くす る。「だけどもう…全部お終い。大人しく…死んでね」ナイフが振り上げられる。その瞬間ですら円堂は考え続けていた。何か無 いのか。この状況を打破する方法は。せめて第一撃で急所を外す事だけでも 出来れば−−。 カキィン!!その時だった。高い金属音と共に、ミストレが小さく悲鳴を上げ−−次の 瞬間パッと後ろに飛んでいた。一気に円堂と距離が開く。−−な、何だ?何が起きたんだ?段々とダメージも回復してきた。円堂はどうにか身を起こして−−気付 く。ミストレが持っていたアーミーナイフが地面に飛ばされている。そのす ぐ側にはもう一本ナイフが。理解が追いつく。何者かが、ナイフを投げつけてミストレが持っていたそ れの刃に当て、弾き飛ばしたのだ。「どういうつもりだ…っ」 低く、唸るようにミストレが言う。「何故お前が邪魔をする…エスカ!」いつからそこに居たのだろう。木陰から姿を現したエスカバが、両手にナ イフを数本ずつ構えて立っていた。憤りと、悲哀を滲ませた顔で。「…当たり前だろ」 彼はゆっくりと周囲を見回し、やがて悲しげな眼でミストレを見た。「てめぇのやろうとしてる事は…見当違いなんだからよ」静かに風が渡る。小さくも、苛烈な争いを見せたこの戦場に。 NEXT |
目隠し、司法裁判。