“大人の引いたレールの上を走り続けるのは楽な事だった、いつだって。”
 
 
 
 
 
 
 
イブ・ハート
〜戦士よ、り高くあれ〜
二十三:カレイド・スコープ
 
 
 
 
 
 
 
 自分は円堂ほど、バダップに感情移入しているわけではない。風丸はそう
思う。円堂にしたってここまで必死になったのは、バダップの電話によると
ころが大きいだろう。
 バダップもオーガも敵だった。自分達にとっては脅威以外の何者でも無か
ったのだ。それが変わったのは試合をしたから。試合をして、分かり合えた
と感じた瞬間があったから。
 
−−フットボールフロンティアだってそうだった。汚い手段で勝とうとして
きた奴らもいたし…接戦続きだったけど。
 
 試合をして、終われば心が通じ合っていた。中には試合後に相手チームと
アドレス交換していた奴もいたし、鬼道が転校してくるなんて事になったの
もそこに生まれた信頼があったからこそ。
 幼なじみとして。長い間円堂を見てきたけれど。最近漸く彼と、彼のサッ
カーの凄さを実感したように思うのである。
 優勝したとはいえ、実力的にはまだまだなのだろう。フットボールフロン
ティアに出てこなかった影の強豪校もあるらしいし、世界へ出ればさらに上
の上があるに違いない。だから彼の凄さとは、単なる能力で推し量れるもの
ではないのだ。
 
−−円堂の言葉と、円堂のサッカーは…まるで魔法みたいなんだ。
 
 触れた者を皆惹きつける。堕ちた闇からも強引に、光の側に引き上げられ
る。嵌ったな、と気付いた時には既に虜になっている。彼ともっとサッカー
がしたくなっている。自分もそうだし、きっとオーガの者達もそうだったの
だろう。
 だから−−風丸にも分かる気がするのだ。何故未来の者達が総じて円堂を
畏れ、排除しようとするのかも。
 あの試合で。円堂の言葉は“呪い”だとバダップは言った。
 今日円堂を殺しにきたミストレは。円堂を“浄罪の魔術師”と呼んで襲っ
てきた。
 
−−魔法は。使う者と受ける者によって…きっと百万通りにも色を変えるん
だろうな…。
 
 呪いだと、そう決めつけてしまえばそれ以上のモノにはならないのだ。力
ある者を畏れるのは正しい。しかし、畏れて悪だと決めつけ、否定するのは
全く違う。
 少し見方を変えれば、いくらでも幸せな魔法に出来るのに−−人の心とは
厄介なものだ。敢えて自分を追い込んでしまっているのにも気付けない。
「…円堂の言葉をさ」
「ん」
「呪いだって思ってる奴も。この時代にはたくさんいるのかもしれないな」
 偶々側にいた一之瀬に、風丸はそう零す。
 
「だけど…そんな人達にも。円堂のサッカーはもっと…みんなで幸せになれ
る魔法だって、気付いて欲しい。その為にも全力で勝たないとな」
 
 オーガを救う為だけじゃない。この世界の幸せの為だけでもない。
 これは自分達自身の為の戦いだ。自分達のサッカーが正しいのだと証明す
る為の、自らの誇りの為の。
 
「当たり前だよ、風丸」
 
 一之瀬が笑う。
 
「これは…俺達の信じるサッカーを、守る為の試合。サッカーの未来を護る
為の戦いなんだ。絶対に負けられない。そうだろ?」
 
 この間の試合は、自分達の現在を守る戦いだった。これから守ろうとして
いるのは、未来という、さらに不確かで不確定なもの。しかも正確には試合
の観戦者達は、ミストレやカノン達も含めて自分達の直接の未来の存在では
ないという。オーガが襲来した時点で、全てはパラレルワールドになってし
まったのだから。
 それでも、無意味などではない。風丸は強くそう、信じている。少なくと
も自分達のしたことで、何処かの誰かは救われると言うならば。
 
「どんな相手だとしたって…負けるもんか」
 
 オーガの地下修練場。やけにだだっ広く暗い色彩のその場所に今、雷門イ
レブンとオーガのメンバー、カノンとキラードはいた。
 あの後、結局現在に残ったメンバーも未来に呼ぶことになり、マネージャ
ーと監督も含めた全員が王牙学園に集合することになったのである。
 
「不気味だよな…敵チームの奴ら」
 
 染岡が舌打ちする。
 
「フードで顔隠してコソコソしやがって。気に入らねぇ」
 
 敵チーム−−イービル・ダイスのメンバーは既に逆サイドのベンチに集合
している。全員が全員、黒いローブを着込んだ異様な風体だ。側には今回の
責任者である二人の軍人−−バウゼン大佐とヒビキ提督がおり、キャプテン
らしき少年に何かを指示している。
 
「あのヒビキ提督って人が、オーガを現代に送り込んだ黒幕なんですよね
…」
 
 春奈が苦い顔で言う。
「どう見たって響木監督そっくりじゃないですか。あの人が監督の子孫な
ら、どうしてあんなにもサッカーを憎むようになっちゃったんでしょう?」
「……」
 当の響木は何も言わない。サングラスごしでは、その表情を伺い知ること
は叶わなかった。
 
「とりあえず…作戦を立てるぞ。一部メンバーは向こうから指定されている
が、残りの編成は自由だそうだ」
 
 鬼道が、ヒビキ側から指定されたルールを告げる。いわく、雷門は必ずス
タメンに円堂、エスカバ、ミストレを組み込む事。またこの三名は不測の事
態が起きない限り、交代させない事。
 代わりに、雷門は何人控えを用意しても良し、何人交代させても良し。逆
にイービル・ダイス側は公式通り控えは五名まで、交代は四名までと制限さ
れる。
 
「その上で、今回の作戦を考えてみた。スターティングメンバー及びフォー
メーションは以下の通りだ」
 
 
 
FW   豪炎寺
 エスカバ ミストレ
MF   鬼道
  風丸 一之瀬
   サンダユウ
DF土門 壁山 ジニスキー
GK   円堂
 
 
 
 フォーメーション名、ボー&アロー。シュートは打たせて取る、速攻に強
い4−3−2−1の陣型だ。
「中央の厚みを強くする。最終ラインに土門とジニスキーがいればサイドか
らもそうそう抜かれない。カウンターと速攻でなるべく早く流れを掴みた
い」
「相手は完璧未知数だもんな…」
 王牙学園の生徒だろうか。だとしたらエスカバやミストレなら心当たりが
あるかもしれない。
 
「エスカバ。あいつらについて…何か知らないのか?」
 
 風丸はそう尋ねて−−気付く。イービル・ダイス側のベンチを見るエスカ
バが、心なし青ざめている事に。
 
「…風丸」
 
 ちらり、と彼は風丸を見て。
「気をつけろ。もし俺の予想が正しけりゃ連中は……お前らにとって史上最
悪の相手だ」
「何?」
 どういう意味だ。史上最悪?
 しかしそれを訊き返すより先に、号令がかかってしまった。審判に呼ばれ、
フィールドにメンバー全員が整列する。
 
「お、おい!」
 
 円堂が声をかけるより先に、イービル・ダイスのキャプテンはくるりと背
を向けて走り去ってしまった。円堂と同じくらいの背丈。顔が見えないので
男か女かも定かでないが、ついたポジションから察するにGKであるらし
い。
 なんかカンジ悪、と後ろで松野が呟いた。
 
−−何だ…この感じ。
 
 全国生放送、しかも軍部要人であるヒビキが主催するこの試合。注目度も
高いのだろう、実況のアナウンサーが声を張り上げている。
 しかし風丸の耳に、その音は届かない。胸の奥から湧き上がるような暗雲
−−それが気になって、耳に入らなかったというのが正しい。
 
−−嫌な予感が、する。
 
 全員がポジションにつく。ピイィ!と甲高いホイッスルが鳴った。雷門の
キックオフで試合開始だ。ドリブルでエスカバが上がっていく。
 
−−向こうのフォーメーションはベーシック…いつも雷門が使うのと同じ
だな。どう出てくる?
 
 風丸がそう思った、次の瞬間だ。エスカバを止めに、相手側のFWが攻撃
をしかけてきた。
 
 
 
「分身ディフェンス」
 
 
 
 相手の姿が三つに分裂し、三人がかりでボールを取りにきたのである。不
意をつかれたミストレはボールを奪われてしまった。その瞬間、相手の姿は
再び一つに戻る。
 
「なっ…!?
 
 ボールを取られたミストレも、見ていた風丸も硬直していた。それは相手
の必殺技があまりにスピーディーであった事だけではない。
 
−−い、今の…声…。
 
 まさか。そんな馬鹿な事があってたまるか。
 風丸は完全にフリーズする。その横をさっきのFWは悠々と走り抜けてい
く。一瞬。ほんの一瞬だが、フードの隙間から長い髪が見えた。その色が予
想を外れたもので無かった為に、風丸は益々混乱する。
 
「ちょ…何棒立ちしてんだ!止めろって!!
 
 ぎょっとしたようにサンダユウが叫び、件のFWに向かっていく。すると
相手も逃げる事なく真っ直ぐ走ってきた。一対一の勝負を、正々堂々受けて
立つと言わんばかりに。
 そして軍配が上がったのは。
 
「風神の舞」
 
 細い体が竜巻を作りながら、踊るように跳ねてサンダユウを翻弄した。自
分達と同じ事に気付いたのだろう。固まったサンダユウはなすすべなく風に
巻き上げられ、吹き飛ばされた。
 その様を見て−−FWの少年が高々と嗤う。
 
「はははっ…史上最強と言われたオーガもこの程度か!傑作だな!!
 
 その声は全員に届いた筈だ。瞬間、魔法にかけられたように誰も彼もが動
きを止めてしまう。風丸が思い出したのは、かの尾刈戸の必殺タクティクス、
ゴーストロックだ。まるでアレを見ているかのよう。
 誰もが見えない手に縛られた。少年の声と、言葉によって。
 
「決めろ!」
 
 少年は、別のFWへとパスを出した。受け取った少年を止めるべく、なん
とかフリーズを振り切った壁山が立ちはだかる。
「い、行かせるわけにはいかないっす…!ザ・ウォール!!
「…邪魔だ」
 せり上がった大きな岩壁。それを一瞥し、少年は冷たく言い放った。さっ
きのFWより低く、落ち着いた声。
 だが恐ろしい事に−−その声もまた、聞き覚えのあるもので。
 
「ヒートタックル・改」
 
 炎を纏い、壁に思い切り体当たりされた。壁山が動揺したせいで、さらに
強度は下がっていたのだろう。一撃で岩壁には亀裂が入り−−粉々に砕け散
る。仰向けに倒れた壁山を見向きもせず、少年は走った。もはやゴールは目
前だ。
 
「円堂!」
 
 マズい、と思い、その名を呼ぶ。だが混乱していたのは円堂も同じ。とっ
さに反応が遅れてしまう。
 少年は高々と回転しながらジャンプして−−高々と足を振り上げた。
 
「真・ファイアトルネード」
 
 炎のシュートは、円堂の頭のすぐ横を通過した。ゴール。だが円堂はボー
ルの行方を追うのも忘れ、目を見開いて、着地した少年を見ている。
 シュートの反動で、正体を隠していたフードが外れた−−少年の顔を。
 
「ご、豪炎寺…!?
 
 そう。円堂の目の前に立っていた彼は−−豪炎寺と、瓜二つの顔をしてい
た。
 
「イービル・ダイス。俺達のもう一つの呼び名を教えてやる」
 
 『ゴウエンジ』−−は。冷えきった眼差しで円堂を見た。
 
「裏・雷門。…バウゼンが平行世界を渡り歩いて探し当てた、パラレルワー
ルドのお前達。それが俺達だ」
 
 『ゴウエンジ』にパスを出したFWの少年もフードを取る。やはり、と思
ったがけして直視したく無かった現実があった。
 
「さあ、サッカーやろうぜ」
 
 風丸とまったく同じ顔が、そこにいた。
 
 
 
NEXT
 

 

万華鏡、キラキラ。