“そんなつもりで生きてきたワケじゃないけど、きっとそう。”
 
 
 
 
 
 
 
イブ・ハート
〜戦士よ、り高くあれ〜
二十四:イービル・ダイス
 
 
 
 
 
 
 
 人の運命とは、賽子のようなものである。岐路に立った時、1を出るか6
を出るかは誰にも選べない。そして偶然出た目のせいで後の運命が大きく変
わってしまう。神の悪戯と言わんばかりに。
 バウゼンが探し出したそのパラレルワールドという名の欠片は−−一千
万飛んで二千八百五十三分の1という、あまりにも低い確率で生まれる世界
だった。
 
「雷門イレブンよ。お前達は偶然にも、あまりにも幸せすぎる人生を歩んで
これた。何故ならば運命の賽子は極めて平等にその目を示したからだ」
 
 雷門の連中にも分かるように、バウゼンは説明してやる。奴らには完璧に
理解して貰わなければ意味がないのだ。自分達の敵が、どれほど絶望に満ち
た存在であるのかを。
 
「だがイービル・ダイスの奴らは違う。賽子を振れども振れども1の目ばか
りに巡り合う。絵に描いたような悲劇ばかりに見舞われる。私はそんな世界
を探し出し、最後の切り札としてスカウトした」
 
 事実は小説より奇なり。バウゼンとて、実際に目にするまでは信じがたか
ったのだ。それほどまでに彼らの人生は、自分達の知る円堂や豪炎寺とかけ
離れていたのだから。
「例えば…その『ゴウエンジ』」
「!」
 誰もが一斉に『ゴウエンジ』を見る。
 
「そいつの過去のデータだ。見るがいい」
 
 バウゼンは画面に、彼のプロフィールデータを表示する。
 
 
 
−−−−−−−−−−−−−−−−−−
『豪炎寺修也』
 
 雷門中二年男子。元・木戸川清修在籍。母は幼少時に死亡。父は多忙な医
師であり、近年は殆ど顔を合わせていない。
 木戸川時代、ほぼ豪炎寺頼みのチームであった為、学校全体のプレッシャ
ーが非常に大きかった。FWにも関わらずチームが失点したりミスをしたり、
ましてや練習試合でも敗北すれば全て豪炎寺の責任になった。
 よって影で凄惨ないじめに遭う。一年の頃には投石により頭蓋骨骨折の瀕
死の重傷を負っている。唯一の味方は二階堂監督だったが、止めようとした
彼は割られたガラスが原因で失血死した。
 妹、夕香が事故で昏睡状態になったのを契機に、雷門に転校し、戒めとし
て一度サッカーをやめる。しかし円堂守と出逢い、再びストライカーとして
フィールドに舞い戻った。
 帝国との試合で影山の起こした鉄骨落下事件により、雷門の一部メンバー
が死亡。それを乗り越えてフットボールフロンティアに優勝するも、エイリ
ア学園襲来により雷門中は崩壊。校舎の下敷きになり、さらに仲間を失う。
 また豪炎寺自身も、事件が始まってすぐエイリア学園のエージェントに拉
致。まだ昏睡状態であった夕香を人質に、二週間に渡って監禁、暴行を受け
る。最終的に自力で脱出するも、人質にされていた妹は拉致された段階で殺
害されていた事が発覚。
 エイリア学園事件、FF世界大会をえて今に至る。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 
 
 
「な…何だよ、これ…!?
 
 土門が呆然と呟く。当然の反応だろう。そこに表示された『ゴウエンジ』
の人生は、あまりに悲惨極まりないものだった。特に豪炎寺の顔色が悪い。
一歩何かが違えば自分もそうなっていたのか−−とでも思っているのかも
しれない。
 
「サッカーは、俺達を不幸にしただけだった」
 
 『ゴウエンジ』が、無感動な声で言う。
 
「サッカーに関わらなければ。俺は何一つ…誰一人喪わずに済んだのに」
 
 円堂の顔が、くしゃりと歪む。目の前にいるのは豪炎寺であって豪炎寺で
はない。平行世界に生きる、同じ魂を持った全く別の存在だ。
 だが理性では分かっていても。聞きたい言葉ではなかったに違いない。
 
「俺はサッカーを憎む。なんの悲劇も知らずのうのうと生きてきたお前達
を、憎む」
 
 サッカーを否定する、『ゴウエンジ』の言葉なんて。
 
「そんな…嘘だ…」
 
 呆然と円堂が呟く。
「豪炎寺がサッカーを否定する訳ない!だって豪炎寺はサッカーが大好き
で…なのに夕香ちゃんの為にってやめて…!」
「ああ、そうだな。俺も最初はそうだった」
 色の無い瞳を、『ゴウエンジ』は円堂に向ける。
 
「だがそれはお前の知る豪炎寺修也の物語であって、俺の物語じゃない」
 
 少年はくるりと背を向けてポジションに戻っていく。そこまできて漸く雷
門は、自分達が失点した事と、試合再開の為には早く位置につかなければな
らない事を思い出したようだ。誰もが戸惑いながらも戻っていく。
 『ゴウエンジ』の、暗く沈んだ声を聞きながら。
 
「サッカーは俺の全てを壊した。だから俺も…破壊する。サッカーを愛する
者、全ての幻想を」
 
 そう、それでいい。バウゼンはベンチで笑む。
 呪いには呪いで返してやれ。言葉という凶器で奴らの心を抉り、サッカー
が絶望であると教えてやれ。
 そうすれば救われるのだ。
 自分達の教え子達は−−オーガのメンバーは。そして世界は。
 
 
 
 
 
 
 
 豪炎寺は動揺を押し殺しながら、目の前の存在を見た。サッカーへの憎悪
を口にした、『ゴウエンジ』を。
 
−−平行世界の…俺。
 
 彼の資料にあった、エイリア学園というものが何なのかは分からない。だ
がそれ以前の出来事がどのようなものであったかは、想像つかないわけでも
なかった。
 自分の母も、幼少時に亡くなっている。医師の父が多忙である事も同じだ。
だが機会が少ないとはいえ、軋轢があるとはいえ、父と顔を合わせる機会が
無いわけではない。
 そして木戸川時代のこと。チームは自分に頼っていたが、仲間達にも相応
の実力はあった。ただ若干メンタルに問題があっただけだ。プレッシャーは
あったがイジメなんて陰湿な事をする生徒は一人もいなかった。
 影山の起こした鉄骨落下事件。事件そのものは起きたものの、鬼道のおか
げでメンバーは無傷で済んだし。妹の夕香は先日意識が回復し、快方に向か
っている。
 『ゴウエンジ』の世界より遙かに幸運に運命が動いた世界。それは間違っ
ていないだろう。しかし、一歩違えば自分達も同じルートを辿っていただろ
う事は想像に堅くない。その可能性をまざまざと見せつけられたようで、心
中とても穏やかではいられなかった。
 だが。
 
−−間違ってる。…己の不幸を全部…サッカーのせいにするだなんて。
 
 同じ顔、同じ魂を持つ者だからこそ。豪炎寺にはそれが許し難いように思
えた。
 
−−それとも…本当の悲劇を知らない俺には、そんな綺麗事を言う資格もな
いのか…?
 
 もしそう言われてしまえば、反論の余地がないのも確かだった。どんなに
『ゴウエンジ』の悲惨な過去を想像したところで、それはあくまで彼の物語。
自分はただ予想する事しか叶わない。
 
−−いや…考えるな、そんな事。
 
 駄目だ、と豪炎寺は思った。このままではいけない。このまま呑み込まれ
てしまったら、バウゼン達の思う壺だ。
 
「…予想外だった。いい技、持ってるじゃないか」
 
 あえて平然と−−挑発的でさえある様を装って言う。余裕があると思い込
まなければ、崩れ落ちてしまいそうだった。
 
「…お前がFWをやるとはな」
 
 豪炎寺の言葉に、『カゼマル』はニヤリと嘲りに満ちた笑みを浮かべた。
なまじ容姿が整っているだけに、背筋が凍るような笑顔だ。
 この平行世界の風丸も、きっと『ゴウエンジ』と同じように、悲惨極まり
ない人生を送ってきたのだろう。
 『カゼマル』が正体を明かすと同時に、他のメンバーも次々とフードをと
った。ベンチにいたカノンが驚愕の声を上げる。
 
「そ、そんな…!」
 
 そこには、彼があの試合で助っ人として呼んだ五人もいたのである。
 雪原の皇子、『フブキ』。
 幼き天才児、『トラマル』。
 蹴りのトビーこと、『トビタカ』。
 流星のストライカー、『ヒロト』。
 そしてイタリアの白き流星、『フィディオ』−−。
 
「あの試合で。こいつらはお前達にとって希望に等しい存在だった筈だ」
 
 だからスカウトは必然だ、とヒビキは言う。
 
「愉しい趣向だろう?お前達の希望だったこいつらが、今度はお前達の絶望
になるのだから」
 
 悪趣味な。らしくもなく舌打ちしたくなる。どうやら彼らは自分達にとこ
とん精神的ダメージを与えたいらしい。
 
−−狼狽えるな。どんな相手だろうと俺達は勝つ。勝って証明するんだ…俺
達のサッカーは間違ってないと!
 
 試合再開のホイッスルが鳴る。豪炎寺は素早く相手の位置を確認した。フ
ォーメーションはベーシック。雷門からすれば見慣れたものだが、風丸が
FWにいるなど、新たな要素が身受けられる。
 
−−ざっとこんな感じ…か。
 
 
 
FW   『豪炎寺』 『風丸』
MF『ヒロト』      『染岡』
    『鬼道』  『フィディオ』
DF『虎丸』       『松野』
    『鳶鷹』  『吹雪』
GK      『円堂』
 
 
 
−−メンバー的にも、超攻撃重視だな。『トラマル』ですらDFに持ってき
ているとなれば…。全体的に守備が甘い可能性がある。
 
 得点された雷門からキックオフだ。豪炎寺はドリブルで上がりながらも思
考は止めない。
 
−−『トビタカ』と『フブキ』さえ気をつければ、ディフェンスを破るのは
難しく無いかもしれない。
 
 まずは中盤を突破して−−と。そう思った時だ。
 
「スピニングカット」
 
 気付いた時には目の前に『キドウ』がいた。ゴーグルをしていない、真っ
赤な瞳に射抜かれる。足下から吹き上がる青い焔。豪炎寺はギリギリのとこ
ろで避けたものの−−ボールを死守するには至らなかった。
 
「豪炎寺。今、お前が何を考えているか当ててやろうか」
 
 くっ、と唇の端を持ち上げる『キドウ』。
 
「オフェンス本領の選手が多く超攻撃的な戦略が予想される。ならば守備は
脆いかもしれない…違うか?」
 
 図星をつかれて、押し黙る。豪炎寺は感情があまり面に出ない質だと自覚
していたが、どうやら『キドウ』には伝わってしまったらしい。
 
「やはり甘いな…ぬるま湯に浸かった“雷門”は」
 
 『キドウ』がパスを出した先、走っていたのは『フィディオ』だ。不味い、
と豪炎寺は冷や汗をかく。あのオーディンソードを、オメガ・ザ・ハンドが
未完成な円堂に止めきれるかどうか−−。
 幸い、オーディンソードはロングレンジではない。なんとかシュート可能
圏内までドリブルさせなければなんとかなる。
 
「一之瀬!」
 
 豪炎寺が叫ぶより先に彼は動いていた。地面に手を突き、焔を纏った足を
回転させる。
 
「フレイム・ダンス!」
 
 まさに間一髪。一之瀬がボールを奪い返す事に成功した。だが、ボールを
取られたにも関わらず、『フィディオ』も『キドウ』も余裕綽々で笑ってい
る。
 
「そうそう。そうこなくっちゃ、面白くないよ」
 
 にっこり。あまりにも無邪気な−−それゆえこの場においては異質な−−
笑みを浮かべて『フィディオ』は言う。
 
「だって…ねぇ?最初から絶望に沈むよりも…希望や期待が残ってた方が。
うまくいかなかった時のダメージも大きいもんね」
 
 その瞳には、暗い憎悪の焔を宿して。
 
 
 
NEXT
 

 

悪の、サイコロ。