“オレ達は無意識に自分で考える事を放棄してきたんだろう。”
ブレイブ・ハート 〜戦士よ、誇り高くあれ〜 二十五:ドッペル・ゲンガー
なんて残酷な真似をするのだろう、響木は思う。それはバウゼン達が召喚 したイービル・ダイスに対してでもあり、バダップを含めたオーガの面々に 対してでもあった。 ちらり、とベンチを見る。車椅子に座ったまま、光の無い瞳でフィールド を見つめ続ける彼を。首と頭に真っ白な包帯が映える、隻腕になってしまっ た少年を。
−−こいつもまだ円堂と同じ…たった十四の子供じゃないか。
自分も今年で齢五十四。我ながら随分年をとったものだと思うが、それで も戦争を知る世代ではない。戦時中の話は父や祖父から耳にタコが出来るほ ど聞かされたものだが、己の実体験でない以上想像には限界があった。 自分でさえ遠い出来事。戦争。テロ。徴兵。その過酷な世界で、彼らは幼 いながらも渦中に晒されている。明日どころか今日生きていられる保証さえ ない、そんな場所に投げ込まれている。 彼らが自ら望んだのだろうか。それとも親の意向だろうか。それは本人達 に直接訊いてみない事にはどうしようもないけれど。
−−こんな目に、遭わなきゃならん理由は。何処にもなかっただろうに。
生まれた時代さえ違ったら。バダップもきっと、戦場など知らず、普通の 人として生きてこれただろうに。もしかしたら円堂と同じように、フィール ドを走り回っていたかもしれない。年相応に無邪気に笑っていたかもしれな いのに。 本当に、神というものがいるとしたら−−残酷な真似をする。
−−そしてイービル・ダイス…奴らもそうだ。
彼らのあまりに荒んだ人生もそうだが。彼らを連れてきて円堂達と引き合 わせた連中の、なんと情けのない事だと思う。バウゼン達はあくまで、円堂 達への拷問のつもりで彼らをスカウトしたのだろう。だが結果的には、イー ビル・ダイスのメンバーへの拷問でもある事に、彼らは気付いているのだろ うか。
−−イービル・ダイスが“悲劇の可能性”なら。雷門の連中は“幸福の可能 性”だ。
幸せになれたかもしれない可能性。しかし自分達には掴み取れなかった可 能性をまざまざと見せつけられて。彼らはどれほど辛い思いをしている事 か。彼らが嫉妬と羨望に狂えば狂うほど、雷門の勝機にはなるけれど−−。 円堂はそれを望まないだろう。彼が見せたいのはあくまで楽しいサッカ ー、希望としてのサッカーだからだ。相手が異世界の自分達だろうと関係な い、寧ろ異世界の自分達だからこそ願うだろう。 「愛情と憎悪は裏返し…ってよく言いますよね」 「ん?」 考えこむ響木に話しかけてきたのは、キラードだった。
「愛すれば愛するほど想いに縛られて、抜け出せなくなる。裏切られたと感 じた瞬間に、それは容易く憎悪に変わるものです」
あの子達もきっとそうだったんでしょうね、と。寂しげに笑うキラードの 横顔を、思わずじっと観察してしまう。 最初に見た時に驚いたが。やはり見れば見るほど似ている、と思う。 サッカーを憎む事でしか愛せなかった、あの男に。
「お察しの通りですよ、響木さん」
するとそんな思考を読まれてか、先に返事を返された。 「私は…影山零治の遠縁にあたります。影山は子供を残さなかったので、直 接の祖先ではないですがね」 「そして俺の未来の子孫があのヒビキ…という訳か」 「ええ」 話している間にも試合は進む。一之瀬は奪ったボールを鬼道にパスした。 しかしそこに、素早く『ヒロト』が立ちはだかりコースを塞ぐ。 必殺技、フォトンフラッシュ炸裂。眩い光に硬直した鬼道から『ヒロト』 はボールを奪って走り出す。
「影山と貴方。私とヒビキ。…根本的には同じなんです。サッカーが大好き で大好きでたまらないのは」
確かにそうだな、と響木は思う。影山はサッカーを愛していた。だから憎 んだ。本人は気付いてなかったかもしれないけれど。 「それが何の因果か運命の悪戯か…未来において立場が逆転した。だけど、 あのヒビキ提督も同じなんですよ。サッカーを愛していたからこそ憎み、否 定しようとしている。…提督がそうなった原因の一端はね、響木さん。貴方 にあるんですよ」 「…どういう意味だ?」 「ヒビキはサッカーのせいで…祖先の貴方が不幸になったと思っている。そ の不幸が始まりで、自分もまた不幸になったと。…まあこれ以上は貴方の未 来の話になってくるので、語れませんがね」 『ヒロト』からパスを受け取り、『トラマル』が上がっていく。その様を 見ながら、キラードは言う。
「…彼は今、何を思っているのでしょうね。雷門の監督を勤め、それを疑う 事もない貴方を見て」
響木は沈黙する。するしかなかった。自分のせいで彼がサッカーを憎むよ うになった?まったく意味が分からない。仮にだ。今、このフィールドで事 故が起きて自分が酷い怪我を事になったとしても−−それでサッカーを憎 むようになるとは考え難い。 キラードはきっと、これから先響木や雷門の身に起きる事を知っているの だろう。知りたい気もするし、知りたくない気もした。どちらにせよ彼はこ れ以上を語ってくれないだろうが。
「グラディウス・アーチ」
そうこうしているうちに、フィールドの上では『トラマル』がシュートを 放っていた。オーバーラップしたわけではない。どうやらあの必殺技はロン グレンジ対応だったらしい。 幾多の剣がボールと共に空を切り、円堂の方へ向かう。まともに食らった ら怪我ではすまない、殺人シュートだ。唯一救いなのはゴールまで相当距離 があること。威力は落ちるし、シュートブロックもしやすくなる。
「行かせるか…!ボルケイノ・カット!!」
ジニスキーの脚が弧を描く。噴き上がる焔の壁に、刃をまとったシュート が突き刺さった。 「ぐぁぁっ!」 「ジニスキー!」 前線のミストレが悲鳴に近い声を上げる。防ぎ切れない。焔を切り裂いた 刃がジニスキーの体をも抉る。ギリギリのところで腕をクロスさせて体を丸 め、ガード体制に入ったあたりは流石軍人というべきか。急所は外れたが、 切り裂かれた腕から血が飛沫を上げた。 刃の数は半減したもののまだ止まっていない。恐ろしいシュートに恐怖を 張り付かせながらも、壁山がディフェンスに入る。全ては、勝つ為。そして 敬愛するキャプテンを守る為に。
「ザ・ウォール!」
せり上がる岩の壁とぶつかるシュート。力は互角になっていた。刃は岩壁 に突き刺さり、相殺されて粉々に砕ける。しかしそれは壁の方も同じだった。 勢い余って壁山が後ろに転がる。
「ぎゃっ!」
シュートブロック成功。だが、二人がかりですらシュートを完全に止める 事は叶わず、コースを変えるだけで精一杯だった。ボールはラインを割って 外に出る。コーナーキックにこそならなかったものの、ゴールに近い、面倒 な位置だ。 「壁山!大丈夫か!?」 「お、俺はなんとか…かすり傷っす。でもジニスキーさんが…」 駆け寄った円堂に、壁山が起き上がりながら答える。その視線の先には腕 を押さえるジニスキー。その両腕はパックリと切り裂かれ、だらだらと血が 流れている。 あの出欠の仕方からして動脈には至ってないだろうが、やや出血が多い。
「交代だ!ジニスキー、下がれ。代わりにダイッコを入れる!!」
響木の決断は早い。応急処置をすればなんとかなるだろうが、普通の試合 ならまず審判からストップがかかるレベルだ。万が一の事があってからでは 遅い。
「…イエス、サー」
ジニスキーは悔しげに下を向いたが、すぐに返事を返した。これはサッカ ーの試合だが、指揮官に当たるのが誰かと言われれば響木にあたる。上官の 命令は絶対遵守。そう徹底的に教育されているのが目に見えて−−感嘆と同 時に、複雑な心境になった。 自分達の時代。日本は戦争放棄を憲法で唱い、戦力を持たない事を誓って いる。自衛隊が既に違憲ではないかという声もあるが、少なくとも自衛隊は 自ら志願してなるものであって徴兵制ではない。幼いうちから兵になる為に 教育される機関がある訳でもない。 何か一つ。事あるごとに響木は思い知らされる。自分達の世界が、時代が、 いかに平穏であるのかを。突きつけられて、酷い罪悪感と惨めさに見舞われ る。それは無意味であると同時に、いわれないものだと分かってはいるのだ けども。
「なぁんだ。もう交代しちゃうんですか?つまらないなあ」
ダイッコに後を託して立ち去るジニスキーに、これみよがしに言う『トラ マル』。
「確かにそっちは人数制限ありませんけど。その程度で交代していたら、い くら人がいても足りませんよ?地獄は、これからなんですから」
安い挑発だった。ジニスキーも『トラマル』を振り返り、一瞥するに留め る。『トラマル』もさほど効果は期待してなかったのだろう。笑顔のまま肩 を竦めた。
−−−−−−−−−−−−−−−−−− 『宇都宮虎丸』
稲妻小六年男子。父母共に身体が弱く、父は昨年病死。治らない病気では 無かったが、手術費用を払う金銭的余裕が彼の家には無かった。 以来、母と二人で料理店を切り盛りしてどうにか生計を成り立たせるも、 生活は極貧。原因は母の薬代と医者代。また、長年店を手伝ってくれていた 弁当屋の梨本乃々美が、男に貢ぐ為に店の金を持ち逃げして行方をくらまし てしまったのも大きい。 サッカーの才能には恵まれたが、ボールとシューズは担任教諭が自費で買 ってくれたものが一つだけ。服はいつもボロボロで、サッカークラブの経費 は滞納し、店の為休みがちになる始末。にも関わらず試合では一人で活躍し てしまう為、チームメイトに嫌われ孤立して育つ。 さらに彼がサッカーを憎む、というより嫌悪するきっかけになったのが、 愛媛で起きた事件である。エイリア学園襲来と同時期。影山は真帝国を設立 するにあたり、地域のサッカー少年少女を洗脳して回っていた。貯めに貯め た金で母と旅行に来ていた虎丸も巻き込まれ、殺人シュート開発に手を貸し てしまう。 その最中、練習中の事故で、真帝国学園のキャプテン候補だった不動明王 を、そのシュートで殺害してしまう。影山の洗脳の後遺症もあり、以来虎丸 は他者を傷つけるサッカーをするようになった。 後に日本代表として世界大会に出るが。彼のシュートで、同じく死傷した 選手は後を絶たない。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−
ヒビキは愉しげに『トラマル』の過去を暴露する。 「間違ってる…相手を殺すようなサッカーが楽しいのか!?」 「愉しいに決まってるじゃないですか」 激怒する円堂に、けらけら笑いながら『トラマル』は言う。
「このシュートがあれば、仕返しできるんだ…!俺を爪弾きにしたガキども にも、裏切ったあの女にも!!これが愉しくないわけないでしょぉ?」
狂っている−−彼自身も、彼らの運命も。 響木は膝の上でぎゅっと拳を握りしめていた。過去のせいで歪みきってし まった彼らに、本当のサッカーを教えてやるだなんて不可能なのだろうか。 諦めたら負けだと知っている。知っているのだけれど。
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同じカオの、幻影。