“信じてきたものが間違ってるかもしれない、なんて。”
ブレイブ・ハート 〜戦士よ、誇り高くあれ〜 二十六:ライアー・ゲーム
考えなければ。『トラマル』の過去を聞き、円堂は思っていた。 考えなければ。この試合に勝つだけじゃない。本当のサッカーを彼らに教 えて−−救う為の方法を。もはや理屈ではなかった。このまま、暗い瞳のま まサッカーを続ける彼らを見て耐えられなくなったのだ−−絶対に違う、 と。
「いけっ!」
『キドウ』のスローイング。ボールは『フブキ』に渡る。あちら側は『ト ビタカ』と『エンドウ』を残し全員が上がってきていた。一気に畳みかける 気だ。 この場合大切なのはマークの徹底。数的有利に立って相手を翻弄、消耗さ せ支配権を奪うかにかかっている。パスを予測し、素早く『フブキ』の周り のメンバーを抑えにかかる雷門イレブン。セコいと言われそうだが、審判の 目を欺いてユニフォームを引っ張るなりの牽制をする事も度胸であり戦略 である。 孤立する『フブキ』に、ついに土門が仕掛けた。
「キラースライド!」
『フブキ』はにっこりと−−穏やかでさえある笑みを浮かべた。ふわり、 と舞い上がる肢体。軽やかに土門のスライディングをかわした彼は、そのま ま必殺技の体勢に。
「魅せてあげる…オーロラドリブル」
空中で両手を広げた『フブキ』。銀の髪と白いマフラーが靡いた。その背 中の向こうに輝いたのはオーロラ。冷ややかな虹色の光が魔法のように土門 達を魅了し、捕縛する。まるで魔法のように。
「し、しまった!」
気付いた時、『フブキ』は囲みを突破していた。さらにマークが甘くなっ た隙を逃さず、『フィディオ』が最前線に走り出る。
「駄目だな、そんなんじゃ」
ふわふわとした、何処か大人びてさえ見える笑みを浮かべて『フブキ』は 言う。
「それでは、完璧には程遠い」
円堂は違和感を覚える。あの試合で自分が吹雪と話したのはほんの僅か だ。しかし、あの吹雪は、穏やかながらももっと幼くて−−喋り方も柔らか かった筈。 この『フブキ』は何かが違う。静かな声は少年というより大人の男性のよ う。あまりに年不相応に落ち着き払っている。まるで、別の人間が乗り移っ たように。
「お前は…誰だ?」
それは無意識に、円堂の口を着いて出た。『フブキ』は振り返り、この殺 伐とした場にはあまりに不似合いなほど優しい笑みを浮かべた。 瞳に緑色の光をちらつかせながら。
「僕は吹雪士郎…だよ。ただし、三人目になるけれどね…」
−−−−−−−−−−−−−−−−−− 『吹雪士郎』
白恋中二年男子。父と母と弟。幼少期は優しい家族と裕福な家庭に恵まれ て育つ。早くからサッカーの実力に頭角を表し、ディフェンダーとして将来 を有望視されていた。 しかし七歳の時に、試合の帰りに雪崩の事故に巻き込まれてから、坂を転 がり落ちるように転落していく。父母と弟が事故で死亡。吹雪自身も大きな 後遺症、PTSDと解離性同一傷害を負った。 生まれた弟、“アツヤ”の人格。試合の度に切り替わり、プレースタイル も性格も変わる様は、異様の一言に尽きる。明らかな精神障害者としての様 に周囲は彼を持て余し、遠ざけ、吹雪は孤立の一途を辿った。 彼を気味悪がったのは親戚も同じである。事故後すぐは叔父夫婦の下に身 を寄せていたものの、それもすぐに破綻。長い間親戚中を盥回しにされ、最 終的には中学生にして一人暮らしを余儀無くされる。 やがて現れたのが三人目の人格である“カナデ”。それは“士郎”と“敦 也”の父である“奏手”を模倣した人格だった。“カナデ”は二人を守る父 として生まれた。完璧な存在となって息子達を護る。普段は穏やかだが、二 人を傷つける者には容赦なく制裁を下した−−全てのきっかけになった、サ ッカーによって。 やがてエイリア学園襲来の折、吹雪はイナズマキャラバンにスカウトされ る。そこで得た友人達は皆、同じような心の傷を持つ者ばかり。特にある“親 友”に吹雪は心を開いていった。 しかし。詳しくは後述するが、その“親友”は試合中の事故で、吹雪の目 の前で死亡。それをきっかけに吹雪の精神は崩壊、“カナデ”は更なる暴走 を始める。 彼は信じているのである。完璧な勝利を捧げ続ければ愛する者を守れる と。亡くした人さえも帰ってくると。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−
『フブキ』のパスは『フィディオ』の元へ。気付いた仲間達が一斉に奪い に走るが間に合う筈もない。もはやシュート圏内。たった数メートルが絶望 的な距離だった。
「円堂守。君は言ったそうだね?一人では乗り越えようのない試練も…仲間 とならば乗り越えられるかもしれない。まだ人生という試合のホイッスルが 鳴っていないなら、諦めるには早い…と」
『フィディオ』は円堂を見つめて、小さく笑みを浮かべる。
「だけどね。やっぱり、無理なものは無理なんだ。俺達みんな、そう。生き ているけれど…最初から終わってる試合をやっているようなものだから」
胸の締め付けられる笑み。それは期待して期待して、頑張って頑張って、 その果てに諦めるしかなかった者の笑みだった。その笑みこそが絶望で、悲 しい魔法だった。
「乗り越えようのない絶望もあるって…教えてあげるよ。それがせめてもの 手向けだ」
『フィディオ』は脚を振り上げる。彼の足元に、金色に輝く魔法陣が出現 して−−。
「オーディン・ソード」
放たれた。破壊の為の、シュートが。
−−−−−−−−−−−−−−−−−− 『フィディオ・アルデナ』
イタリア代表オルフェウス所属、十四歳男子。父の名はシズマ・アルデナ。 祖母が日本人であり、その実フィディオは日本人クオーターである。 シズマはかつて、フィディオにとって自慢の父であった。往年の名プレー ヤー。イタリア黄金期を築いたとされるエースストライカーだった−−それ は長い栄光では無かったが。 有名になればなるほど、アンチも増えるし嫌がらせをするファンも出る。 その事件は、シズマの所属チームと同じリーグ内のチームのファンが仕掛け た、些細な嫌がらせが原因で起きてしまった。洗剤を撒かれた階段で転倒し たシズマは重傷を追い、最終的にはその怪我が元で戦力外通告を受ける事に なったのである。 シズマにとってサッカーは全てであった。父は酒に溺れ、家庭内暴力を繰 り返した。病弱だった母は入院しがちであり、その暴力の殆どは幼いフィデ ィオに向いたのである。 しまいには父は覚醒剤にまで手を出し。週刊誌にすっぱ抜かれ、サッカー ファンの嫌がらせは自宅にまで及び。家庭内は陰惨を極めた。 最終的に、母は病死。父親は自殺。父の首吊り死体を発見したのもフィデ ィオであった。 父譲りの才能に恵まれたフィディオ。フィディオにとってもサッカーは全 てであったが、全てを壊したのもまたサッカーであった。憎悪は日々募り続 けるばかりであろう。世界大会の代表に選ばれてなお、サッカーを汚した男 の息子であるからと、フィディオに嫌がらせをする人間は後を絶たないのだ から。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−
見せつけられる悲劇の歴史。円堂は耐えた−−歯を食いしばって耐えねば ならなかった。本当に辛いのも苦しいのも自分ではないと分かっている。泣 けない彼らの代わりに泣こうだなんて−−傲慢にも甚だしい。
「マジン・ザ・ハンド…改!!」
オメガ・ザ・ハンドは間に合わなかった。とっさに、進化させたマジン・ ザ・ハンドで対応する。突き出した掌にボールが食い込む。凄まじいシュー トの威力に手首が悲鳴を上げる。 これは『フィディオ』の、心の痛みだと思った。血を流して、痛い事を痛 いとも言えない少年の叫び、その重さに等しいと。
「こんな凄い、シュートが打てるのに…」
ずずっ、と身体が押し出される。後ろ足が引きずられるように後退してい く。
「サッカーを…憎むしかできないなんて…楽しめないなんて」
指先が麻痺していく。力が、抜けていく。
「そんなの…悲しすぎるよ…!!」
パァン!と。まるで風船のように魔神が弾け飛んだ。パワーアップさせた マジン・ザ・ハンドでも圧倒的に力が及ばない。これがイタリアの白い流星 の実力なのか。 審判の笛が高らかに鳴る。ゴール。これで二失点。
「奴らまだ全然本気じゃないって感じだな…遊んでやがるぜ」
舌打ちするサンダユウ。彼の言う通りだった。じわじわと追い詰めて、し かしわざと希望を残す。だから一気に点差を開かせない、圧倒しない。ナメ られきっているのは明白だ。 だが、付け入る隙があるとすればそこにある。奴らは油断している。雷門 がイービル・ダイスに勝つなど夢のまた夢だ−−と。
−−それに…こいつら、チグハグだ。
円堂は気付いていた。悲劇に導かれた者同士、目的は一致している。しか し彼らはそれだけなのだ。ただサッカーを潰しだいから一緒にいるだけで− −誰もが何処かで“独り”なのである。独りきりでサッカーをしようとして いるのだ。 ならばその連携の穴を突けば−−。
「円堂!」
試合再開の為、ポジションについた鬼道が振り向き、自分を呼ぶ。どうや ら考えがあるらしい。円堂が気付いたことに、鬼道が気付いてないとも思え ない。
−−分かった…お前に任せる!!
ホイッスル。再び雷門のキックオフ。もうこれ以上点をやる訳にはいかな い。 指示を受け、豪炎寺はボールを後ろに下げた。パスを受けた鬼道がシュー ト体制に入る。センターラインを越える長距離砲だ。
「彗星シュート!」
体力消費の少ない彗星シュートは攪乱に最適である。ロングレンジシュー トの中では最弱であり、距離が伸びれば伸びるだけ威力が落ちるのは通常シ ュートと変わらないが、必殺技なしで止めるのは至難の技だ。 相手GKが止めに来れば、GKの消耗を狙えてかつ手の内を晒させることが できる。キーパーまで届かずDFにシュートブロックされても、DFを消耗さ せ必殺技を使わせることが出来る。 いずれにせよ彗星シュート一発分と引き換えならば充分にお釣りが来る んだ−−とは、全て鬼道の言だった。新たな戦術を広げる為に必要だと、FF 優勝直後にほぼ全員が覚えさせられた。まさかキーパーの自分まで叩き込ま れるとは思いもよらなかったけれど。 どうやらその苦労が、思わぬところで役に立ったようである。
「この程度…止めてやる!」
『トビタカ』がシュートブロックの体制に入った。他にも何人か反応した 者がいる。反応した人間はシュートブロックが可能な必殺技を持っていると いうことだ−−鬼道は見逃さなかっただろう。『トビタカ』以外には『ソメ オカ』、『ヒロト』、『ゴウエンジ』、『キドウ』、『フブキ』。 面倒なことに人数が多い。ならば、寧ろそこを利用してやればいい。
「真空魔!」
『トビタカ』が蹴りを繰り出す。切り裂かれた空間がパックリと黒く時空 の狭間を作り、真空の刃となってシュートを切り裂く。 ここからだ、と円堂は思った。 ここから自分達の反撃が、始まる。
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嘘吐き、遊戯。