“そして目の当たりにさせられたんだ。 オレ達が逃げ続けてきた問題から。” ブレイブ・ハート 〜戦士よ、誇り高くあれ〜 三十一:オールスター・ゲーム認めるのも悔しいが。時間に救われたな、と鬼道は思う。前半終了の笛が 鳴らなければどうなっていたか分からない−−一之瀬の怪我を見て思う。「どう見ても…試合続行は無理だよ、一之瀬君」秋が眼を真っ赤にして−−涙を乱暴に拭ったせいだ−−一之瀬に言う。応 急処置を受けた一之瀬は、苦々しい顔で押し黙る。彼の身体は包帯だらけだ。脇腹の傷は縫わなければならないかもしれない −−血が滲んでくるのも時間の問題だろう。ダンシングボールエスケープ。 あれは通常必殺技とは違う、必殺タクティクスというものだとエスカバは言 う。「チーム全員がかりの必殺技だと思ってくれりゃあいい。お前らの時間軸で …何ヶ月か後に行われるフットボールフロンティアの世界大会な。そこから 公式ルールに盛り込まれるようになるんだが」フットボールフロンティアの世界大会。非常に興味のそそられる単語では あったが、今訊くべきことではないのだろう。なんせ自分達の未来の話だ。何より今一番の問題はそこではない。あの残虐極まりない必殺タクティク スをいかに攻略するか、それが課題だ。「俺達が見た、フットボールフロンティアインターナショナルの資料でも、 あの必殺タクティクスは出てきた。だが俺達が知ってるモノとは全然違う… 多分、サッカーっていうより戦闘用に改良して、軍部が指導したんだろう」「ったく、悪趣味にも程があるぜ」 イッカスの言葉に、サンダユウが不快感を隠しもせず言う。「あれを攻略しない限り、勝ち目はない。…それに、怪我人を増やすばっか りだ」 それどころか次は死人が出るかもしれない、と円堂は苦しげに呟く。「鬼道。…何か思いつかないか?」鬼道は考え込む。話を振られる前から思考は回していた。こういった場合 の戦略を考え、対策を練るのは司令塔である自分の役目だ。時折一之瀬あた りがアドバイスをくれるが、彼は今それどころじゃない状態である。「春奈。…ビデオは回していたな?」「うん」彼女がさりげなくビデオ撮影をしていたことに気付いていた。いざという 時、映像を見直して相手の弱点を見つける事もままある。指示される前からマネージャーとして最善を尽くす妹を、贔屓目でなく純 粋に尊敬した。最近は彼女の観察眼に助けられる事も増えている。「さっきのシーンだよね。…ここだ」 小さな画面を数人で覗きこむ。やや狭くて暑苦しいが仕方ない。「…必殺タクティクスに参加しているのは…計五名だな」 さっきのケースでは、ボールを保持した『ソメオカ』を宙に添えて、FWの『カゼマル』に『ゴウエンジ』、MFの『ヒロト』と『フィディオ』が援護に回っている。援護役はまず『ソメオカ』の後ろから現れて、障害となる相手チームの前 線メンバーを一人ずつマーク。その後が視認出来ていなかったのだが−−。「疾風ダッシュか…!?」 風丸が驚きの声を上げる。スロー再生で分かったのだ。彼らが何をして、 あのような惨状を作り上げたのかが。それは−−疾風ダッシュ。援護役はマークにつくと同時に、疾風ダッシュ で対象の周りをぐるぐると回り、その風で発生させたカマイタチで相手にダ メージを与えていたのだ。援護役にマークされた人間は手傷を追って、その痛みに膝をつく。当然暫 く立ち上がれない。無効化させられた四人のメンバーの間を悠々とすり抜 け、ボール保持者は敵陣内に切り込むのである。「最前線に立っていたオレとエスカバより、後ろにいた風丸と一之瀬の方が ダメージ受けてるね」ミストレが、自分を含めてタクティクスを受けた四人の傷を見比べて言 う。彼の言う通り、一番重傷は一之瀬であり、その次が風丸だった。風丸は なんとかまだプレイ続行可能のようだが、ミストレ・エスカバ両名と比べる と傷が多い。「タクティクス発動後。援護役四人が後退してないせいだ。彼らは全員、ボ ール保持者を守れる距離を保って併走する。ひたすら前に走り続けるから、 風丸と一之瀬は前二人分の疾風ダッシュの余波も受けちゃったんだろうね」ポジション上前にいる分、エスカバとミストレが先に攻撃を受けた。その 攻撃の余波も、次に攻撃された風丸と一之瀬はくらってしまい、ダメージが 増加されたという事らしい。「…穴が無い訳じゃないが…危険な賭になるな」鬼道は呻く。どんな必殺技、どんな戦術にも必ず弱点はあり、この必殺タ クティクスはより顕著だ。向こうもそれくらい分かっている筈。にも関わらず平然とこのタクティクスを実行するのは−−破られない自 信があるからだろう。見た通り、残酷さ際立つ戦術。一度披露してしまえば 相手の恐怖心を煽るのには充分だ。脚が竦んで判断力が鈍った敵などもはや 怖くもなんともあるまい。そして仮に弱点が露呈しても。それを突くには相応の度胸が必要であり、 当然命の危険が伴う。理性的な者ほど恐れる筈だ。そして頭の悪い者に、突 けるほど大きな隙ではない。「…ポジションとフォーメーションを変えよう」 悩んだ末、決断する鬼道。「一番危険な役割は俺が担う。だが…怪我をするのが俺とは限らないし、今 度はもっと大変な事になるかもしれない。それでもみんな…ついてきてくれ るか」本当はもっと安全策を取りたい。自分が怪我をするだけならまだしも、仲 間を命の危険に晒すなど耐え難い事だった。正直今の時点で公開している。 自分が相手の動きを読み切っていたら−−一之瀬にあんな怪我を負わせず に済んだのではないかと。だが、後悔してばかりでは先に進めない。望む未来を掴みたいなら、世界 を変えたいならとにかく動いてみるしかない。自分は円堂に、豪炎寺にそう 教えられた。だから影山の檻を壊して、雷門に転校して今に至るのである。ならば。危ない橋でも渡るしかない。渡り切れた先に、願った景色がある と信じて。「俺は、鬼道の策を信じる」 発言したのは豪炎寺だった。「この試合には、たくさんのモノがかかっている。サッカーを信じる者、全 ての希望と未来が俺達に懸かってるんだ」だから負ける訳にはいかない。そう言う彼の瞳には確かな光があった。本 当に強い者だけが抱ける光が。「本当の負けは…試合に負ける事じゃないんだ」その光の−−最初の信託者。円堂はその大きな眼に仲間達を映して、豪炎 寺の言葉を引き継いだ。「自分に負ける事だ。誰かに流されて、自分が一番正しいって思ってる事を 主張出来なくなる事。自分の信念に誇りを持てなくなる事だ。それは…説得 されて考えを改めるのとは全然違う」 そうだ。一番大切な事は揺らいではいけない。 自分達はサッカーをする為に此処に来た。 自分達の信じるサッカーを示す為に此処に立っているのだ。「だったら!勝つ為に…諦めないで、やれる事全部にチャレンジしなきゃ。 痛い思いをするのも、失敗するのも怖いけど…本当にそうなるかなんで誰に も分からないし」 円堂の言葉が、魔法が全員の心に染み渡る。全員の勇気になる。「信じれば信じただけ、可能性の道は広がるんだ。だからきっと大丈夫!っ て信じて。やってみようぜ…みんな!!」 おう!!とあちこちから声が上がった。鬼道は思う。そして笑う。ああ、そうなんだ。だからだ。「ありがとう…豪炎寺、円堂」 だから自分は、こんなに彼らが好きなんだ。「ポジションを言う。みんな、今から言う事をよく聞いてくれ」FW ミストレ 豪炎寺 エスカバ MF サンダユウ 鬼道 イッカス DF風丸 土門 壁山 栗松 GK 円堂 フォーメーション名はムカタ・マーチ。木戸川清修が使う、攻めに貪欲な 速攻型陣型だ。「さぁ、行くぞ!まずは一点だ!!」 「おー!!」 大切なのは諦めない心。 大事なのは戦う勇気。鬼道はちらりと、ベンチにいるバダップの方を見た。自分達は示してみせ る。未だ闇の中に囚われた彼に、光の射す場所を教える為にも。後半が始まる。『ヒロト』はポジションに着いて、相手のベンチの方を見 た。「大丈夫…かな」「ん?」どうやら口に出してしまっていたらしい。すれ違った『フブキ』−−今は カナデの人格でいるだろうから、そう呼ぶのが正しいのだろうか−−が振り 向く。「…さっき交代になった…一之瀬君。結構酷い怪我だったから、大丈夫かな って」こんな言葉、『エンドウ』に聞かれたらまた殴られるだろうが。『フブキ』 になら聞かせてもいいかな、と思ったのである。『シロウ』は臆病で『アツ ヤ』は好戦的、彼らの保護者である『カナデ』は異常なまでに完璧主義者。 彼は敵と見做した者には容赦無かったが、自分が認めた相手には温厚で優し い人間だった。特にチームの人間。『シロウ』を大切にしてくれると分かっている人間に は、優しい。大人としての愛情さえ向けてくれる。何より彼は他メンバーのように、サッカーを憎んでいる訳では無かった。 ただ完璧でありたい、完璧であって息子達を守りたい。それだけなのだ。「…そうだね。彼はチームにとっては“敵”だけど…僕にとっての敵では無 かったし。大事に至らなければいいね」 思った通り、彼は『ヒロト』に同意してくれた。「でも…これは試合。僕達はいつだって完璧に勝たなくちゃいけない。子供 達を傷つけるのは心が痛むけど、ある程度は割り切らなきゃ駄目だよ、『ヒ ロト』」「うん…分かってる、けど」 この感情をうまく説明できる気がしない。だから、思ったままを口にした。「いいチームだね。あの子達がやるサッカーは本当に楽しそう。あれが円堂 守のサッカー、なんだなぁ」サッカーは、好きだった。何故ならサッカーを一生懸命やれば、父が誉め てくれたから。あの人が息子を思い出して優しくなったから−−痛い事をさ れずに、済んだから。だから段々負けるのが怖くなって、必要とされなくなるのが恐ろしくて。 試合の最中も怯えるようになってしまったけれど。「努力してるって。幸せになれる権利があるなんて…そんな事言ってくれた 人達、初めてだった。だから嬉しくて。…ね。『カナデ』さんは分かるでし ょ?」「…そうだね」 『フブキ』は目を細めて−−少しだけ寂しげに、呟いた。「『シロウ』にも、そんな事を言ってくれる人がずっと側にいてくれたら。 あの子が死なないでいたら。…僕は生まれないで済んだかもしれない」彼も分かっているのだろう。本当は『フブキ』の中に、自分のような人格 がいるべきではないのだと。「どうして僕達は…彼らと同じ世界を生きられなかったんだろう。彼らとサ ッカーしていたら…もっと早く、救われたかもしれないのに」「…うん」それは願っても仕方のない事だけど。『ヒロト』と『フブキ』は悲しい笑 みを向け合った。自分達の世界の『エンドウ』にもはや期待出来ない事であ るのは、分かりきった事だったから。笛が鳴る。いよいよ、後半戦が始まった。 NEXT |
総力戦、遊戯。