“今でも歴史の全てに責任が無かったとは思わないけれど、でも。”
 
 
 
 
 
 
 
イブ・ハート
〜戦士よ、り高くあれ〜
三十二:シンデレラ・ドリーム
 
 
 
 
 
 
 
雷門のキックオフで後半戦開始。鬼道の指示通り、豪炎寺がドリブルで上
がり、フォローの為にミストレとエスカバが一歩下がって追走する。そのさ
らに後ろには鬼道とサンダユウが。
 
−−このままボールを取られず、シュートまで持ち込むのが最善だが…奴ら
相手にそれは難しい。
 
 鬼道は駆け上がりながら考察する。
 ダンシングボールエスケープは、攻撃専用タクティクス。よってこちらが
攻めている限りは発動しないが。
 そう簡単に上手くいくほど甘い相手ではない。何せイービル・ダイスはパ
ラレルワールドの雷門イレブン。こちらの手の内は知り尽くしているだろう
し、バウゼン達からも情報提供されている筈。
 
「スピニングカットV2
 
 予想通り、『キドウ』が奪いに来た。豪炎寺もヒートタックルで応戦する
が、やはり地力の差が大きいのだろう。力負けしてボールを奪われてしまう。
 
「来るぞ!戻れ!!
 
 雷門が点を取るには奇策で上回る他ない。ボールを奪われ、必殺タクティ
クスを決められるのはピンチでもあるが−−唯一反撃出来るチャンスだと
も踏んでいた。あれだけの戦略、彼らも自信がある筈。それを破られれば、
動揺から来る隙が必ず出る。
 思った通り。ボールを奪った『キドウ』はボールを『ソメオカ』にパス。
ドリブルで上がり始めた彼の後ろに、『カゼマル』『ゴウエンジ』『ヒロト』
『フィディオ』の四人がつく。発動前のモーションだ。
 
−−ダンシングボールエスケープには、二回、大きな隙ができる。
 
 一つは、発動直前。『ソメオカ』が敵陣に突っ込み、援護役の四人が彼か
ら離れた直後。『ソメオカ』の周りにはフォローする人間がいなくなる。よ
ってマークされずに済んだメンバーの誰かが、素早く『ソメオカ』からボー
ルを奪えばそのままカウンターに入れるのだ。
 さっきと今回。二度とも『ソメオカ』をドリブル役に選んだ事で、鬼道は
一つの事実を確信した。彼は単体では、相手ディフェンスの突破が難しいの
だ−−何故ならドリブル系の必殺技が無いから。自分達の世界の染岡がそう
なのでもしやと思ったが、あちらも同じだったらしい。
 だから必殺タクティクスに頼って敵陣を突破する。リスクを背負って尚彼
をゴールエリアまで運びたいのは、それだけシュート技に自信があるからだ
ろう。ならば何としても彼をゴール前までドリブルさせる訳にはいかない。
 
−−このタイミングでボールを奪取出来れば怪我人は出ずに済む。だが…。
 
 問題は、隙が小さいこと。
 援護役の誰が誰のマークに入るかを素早く見極め、彼らの目をかわしてド
リブル役に近付かなくてはならない。のろのろしていたらタクティクスが発
動してしまう。
 だが、“自分はマークされない”と認識するまでも時間がかかるし、認識
した人間がドリブル役の元まで辿り着くのもタイムラグがある。さらにはそ
こで『ソメオカ』から手早くボールを奪えなければ意味がない。
 長年練習した作戦ならばまだしも、とっさのメンバーの付け焼き刃だ。残
念ながら成功率は低かった。
 
「くっ…!」
 
 予想は的中する。援護役四人がマークしたのは『ミストレ』『エスカバ』、
そして自分に『イッカス』だ。フリーになった豪炎寺が『ソメオカ』からボ
ールを奪おうとするが、彼の元に辿り着く前にタクティクスが発動してしま
った。
 
「ダンシングボールエスケープ、改!」
 
 彼らの声と共に、巻き起こる風。鬼道の周りを『フィディオ』が疾風ダッ
シュで起こした風が吹き荒れる。それらは真空の刃となって鬼道の腕を、足
を、首を、胸を、腹を、次々次々斬りつけていく。
 
「ぐぁぁっ!」
 
 痛い。痛いなんてものではないくらいに痛い。ゴーグルをつけていて良か
ったと今日ほど思った事はない。おかげで目をガードせずに済み、最後まで
状況を目に焼き付けられたのだから。
 風が病むと同時に、鬼道は膝から崩れ落ちた。全身痛いが、肩と首筋が特
に痛い。手で押さえると、生ぬるい液体がべったりついた。少々、まずい場
所を斬られてしまったらしい。
 だが意識を飛ばしている場合ではない。鬼道は死力を振り絞って叫んだ−
−サンダユウ!と。
 
「任せておけ!」
 
 発動直後。まだ援護役が『ソメオカ』の側につく直前、サンダユウが彼の
正面に立ちふさがっていた。
 ダンシングボールエスケープ、その二回目の隙。それは発動直後。こちら
の四人を無力化してすぐは、援護役もフォローに走れない。そこに、マーク
されなかった中盤の人間がボールを奪いに走るのだ。
 仲間の犠牲と惨状を予め覚悟してさえいれば、出来ない作戦ではなかっ
た。
 
「グラビテイション・改!!
 
 地面に両手を叩きつけるサンダユウ。生み出された重力場が、『ソメオカ』
にのしかかる。普段のおよそ十倍のG。地面に身体を押し付けられるように
してうずくまった『ソメオカ』から、サンダユウは見事ボールを奪ってみせ
ていた。
 
「まさか!!
 
 『エンドウ』が、『フィディオ』がはっとした顔になる。よもやこんなに
も冷静に対処されるとは思わなかったのだろう。
 ダンシングボールエスケープは恐ろしい必殺タクティクスだ。だが、一度
に五人の人間を密集させる為、発動直後は中盤に大きくスペースが空く。守
備に大きな穴が出来るのだ。これ以上ないカウンターの好機だった。
 
「クイックドロウ!!
 
 『マックス』がボールを奪いにくるが、サンダユウは素早く上に飛んでか
わしていた。鬼道は傷の痛みに油汗を流しながらも、つい感嘆してしまう。
良い動きだ。クイックドロウが低い位置でしかボールを奪えない必殺技だと
よく分かっている。
 
「現役軍人ナメんなよ…豪炎寺!」
 
 ボールは豪炎寺へ。彼は頷き、スペースの空いた正面からゴールに切り込
んでいく。
「幸せな世界しか知らない…悲劇を知らないお前のシュートなんかで、俺の
ゴールは破れない!!
「何を勘違いしてるんだか知らないが…『エンドウ』」
 豪炎寺は身構え『エンドウ』に、はっきりと言い切った。
 
「人を強くするのは悲劇じゃない!絶望を前にしても諦めず戦おうとする
…その想いだ!悲劇を享受して諦めたお前じゃ、俺達には絶対勝てない!!
 
 はっと目を見開いた『エンドウ』に向けて、豪炎寺は力強くシュートを放
っていた。
 
「マキシマムファイア!!
 
 焔を纏い上げる脚、舞い上がる身体。炎のストライカーの名に相応しい、
苛烈な一撃がゴール目掛けて走る。それを、まるで親の敵でも見るように睨
みつけた『エンドウ』は、ジャンプしてグローブで覆った拳をボールに叩き
つけていた。
 
「怒りの…鉄槌!」
 
 鬼道にとっては見たことの無いキーパー技。もしかしたら円堂が未来の何
処かで身につける技なのかもしれない。拳をシュートに叩きつけて相殺する
技は今まで幾つかあったが、上から押し潰すのは新しい発想だ。−−なんて、
こんな時まで分析してしまうのは司令塔の性なのか。
 豪炎寺のシュートと威力と、叩きつけた『エンドウ』の拳。二つの力は拮
抗しているように見えた−−だが。
 結末はどんな勝負にも必ず訪れる。シュートを抑えこむ『エンドウ』の身
体が僅かに跳ねたように見えた瞬間、勝敗は決していた。
 『エンドウ』の手を弾き飛ばしてゴールに突き刺さるシュート。二対二。
これでやっと追いついた。
 
「さすが豪炎寺!」
 
 円堂の歓喜の声が遠い。本当に良かった。鬼道は心からの笑みを浮かべて
−−地面に倒れこみ。そのまま意識を手放したのだった。
 
 
 
 
 
 
 
「お兄ちゃん!」
 
 春奈の悲鳴が上がる。円堂ははっとしてフィールドを見た。鬼道が倒れて
いる。その身体は一之瀬と同じように−−あるいはそれ以上に傷だらけ、血
だらけだった。しかもどうやら意識が無い。
 それにダメージをくらっているのは鬼道だけでは無かった。ほぼ同量のカ
マイタチを受けたイッカス、前衛にいたとはいえ二度目のアタックを受けた
ミストレとエスカバ。鍛えが違うだけあって彼らは鬼道より致命的ダメージ
を回避したようだが、それでも息が上がり膝を突いている。
「お兄ちゃん!お兄ちゃん!!
「音無さん、落ち着いて!大丈夫だから!!
 担架に乗せられた鬼道に縋り、取り乱す春奈。それをなんとか宥める夏未。
 
−−落ち着け…円堂守。
 
 円堂は自らに言い聞かせる。
 
−−こうなるかもしれないって分かってた筈だ。俺も…鬼道も。
 
 自分は司令塔なんてガラじゃない。冷静に、頭を使って作戦を練るなんて
まったく向いていない。それでも今は、考えなくてはならない。
 タクティクスをくらった面々。鬼道の戦線離脱は確定的だった。手足も胸
も腹も切り傷だらけだったが、特に首の傷が痛々しい。一歩間違えば頸動脈
をやられていただろう。血の流れ方、色からすればまだ静脈出血、動脈に傷
はついてなさそうだ。だが油断は出来ない。
 また、残るイッカス、ミストレ、エスカバ。彼らのダメージも無視出来な
いだろう。イッカスは下げるべきではないだろうか。さっき応急処置の為戻
って来る際、脚を引きずっていた。それでも鬼道より軽傷なのはさすがとい
うべきだが。
 ミストレとエスカバも本当は交代させたい。だが彼らは相手チームの指定
で、限界まで交代させてはならないと決められてしまっている。体力的には
かなりキているだろうが、恐らく交代を申請しても認められるレベルでない
だろう。何より本人達が拒むに違いない。
 
「これで追いついたけど…もう同じ手は使えないぞ」
 
 苦い顔で風丸。彼も一度あの攻撃を受けた人間だ。まだ身体中が痛むのか、
顔色が悪い。もう一回受けたら彼も下げざるおえなくなっていたに違いない
−−鬼道はそれを見越して、風丸をディフェンス最後方まで下げたのだろ
う。
 しかしだからといって、まだ無傷だった鬼道が負傷する必要は無かった筈
だ−−なんて、今更言っても仕方ない。危険な橋は自分が真っ先に渡る。有
事の際は恐ろしいまでに自分の身を顧みない。それが鬼道有人という男だ
と、円堂は痛いほどよく分かっていた。
 
−−どうする…この先。最初からタクティクスを発動させない…それがベス
トなんだけど…。
 
 肝心の方法がまったく思いつかない。円堂が頭を抱えた、その時だ。
 
「…円堂」
 
 一之瀬だった。彼はベンチに横になり、傷の痛みと戦いながらも、意志を
失わぬ目で円堂の方を見ていた。
 
「さっきと今。二回のダンシングボールエスケープを観察して…気付いた事
があるんだ。何か役に立つかもしれない」
 
 大怪我をして尚。フィールドの外に出て尚、戦う意志を忘れない。自分に
出来る事を探し続ける。サッカープレイヤーの鑑ではないか。円堂は素直に
感服した。
 
「…教えてくれ」
 
 試合の残り時間もそう多くはない。まだ全ては闇の中。それでも円堂と、
雷門と、オーガ−−仲間達皆の気持ちは一つになっていた。
 勝ちたい。
 勝って魅せてやりたい。
 絶望に染まった者達に−−自分達の信じるサッカーを。
 
 
 
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灰かぶり姫の、夢幻。