“歴史に全ての責任を押し付けて、楽しようったって 虫が良すぎるでしょう?”
ブレイブ・ハート 〜戦士よ、誇り高くあれ〜 三十三:ファイナル・ディスタンス
久々の緊張感だな、とミストレは思う。 前線にいる時と同じ。生きるか死ぬかの境目に立つこの感覚。血か沸き立 つ。身体中の産毛が逆立つ。そして妙に頭は冴えていたりする。
−−まさかサッカーの試合で…ここまで追い詰められる事になるとはね…。
イービル・ダイス側のベンチにいるであろうヒビキとバウゼンを睨む。彼 らはこの展開を予期していたというのか。イービル・ダイスのからしてもネ ックであっただろう、オーガの存在。それがここまで痛めつけられる事にな ろうとは。 ミストレは自らの現状を、冷静に判断する。
−−脚は平気。ただちょっと…肩を深く切られすぎたかな。血がうまく止ま ってくれないや…。
応急処置の時にうまく誤魔化したつもりだが。雷門のメンバーや敵方に知 られるのも時間の問題だろう。そうなる前にケリをつける。他に選択肢は、 ない。
−−多分、オレとエスカバが一番の障害になるって分かってたんだろう。ど さくさに紛れて反則かましてくれやがった。
二回目の必殺タクティクス発動で。疾風ダッシュのカマイタチで斬りつけ ると同時に、自分達は二発ずつ蹴りを貰っていた。一発目はガードしたが二 発目は間に合わず、肋に一撃くらってしまった。恐らくエスカバも同じだろ う。 多分罅が入っている。切り傷と相まってなかなか素晴らしい痛みだ。最後 の理性でポーカーフェイスを装うも、血の気の失せた顔と滲み出る汗は隠し ようがない。
−−まだだ。まだ倒れるには早い。戦場じゃもっと酷い怪我だってしてるん だから。
全身複雑骨折だったり、手脚に切断寸前の傷を負ったり、はたまた内臓破 裂なんてのも経験している。その度死の淵から生還して今の自分が此処にい るのだ。あれらに比べたら今の怪我など怪我のうちにも入るまい。 まだ立てる。まだ走れる。まだ生きている。今はそれが全てでありそれで 充分だ。生きて身体が動く限り自分達は考える事が出来、戦い続ける事が出 来るのだから。
「世界を変えるのは争いじゃない。人の想う心。戦う勇気が世界を動かすん だ」
あえて信念を声に出す。目の前に対峙する、悲劇に踊らされた少年達を見 据えて。
「まだ終わっちゃいない。絶対に…諦めない!!」
ミストレの言葉に、ピクリと『カゼマル』が反応した。それはほんの一瞬 だったけれど。彼は一体何を思ったのだろうか。
『…さっき、必殺タクティクスに参加したメンバーのうち…『カゼマル』と 『ソメオカ』なんだけど。妙な癖があるんだ。最初は偶然かと思ったけど二 回ともそうだったからまず間違いない』
先程の一之瀬の言葉を思い出す。
『ダンシングボールエスケープ発動直前に、左脇腹を庇うんだ。怪我してる のかとも思ったけど、別に動きが鈍い訳でもない。単純な癖なのかもしれな いけど…とにかく、奴らが揃ってその動きをしたら、タクティクスが来る合 図だ』
二人揃って左脇腹を庇う。奇妙な事だ。昔傷を負った事があって、その時 の名残だとか−−そういう理由だろうか。にしても二人が二人ともというの が気にかかる。
−−タクティクスは二回とも、同じメンバーとポジションで行われた。多分 それが一番奴らが得意な配置なんだろう。
他のメンバーでも発動可能と思っておいた方がいいが。二回同じ構成で来 たならばやはりそれにも訳があって然りだろう。 まずは『ソメオカ』を徹底マーク。あとは攻撃の要となるであろう『カゼ マル』と『ゴウエンジ』−−特に『カゼマル』から目を離したくはない。あ とは別件で『トラマル』。彼にボールが渡ったらまたあの殺人シュートを打 たれてしまう。
−−だけどその全部を実行するのは…ちょっと非現実的だ。
試合の中で活路を見いだすしかない。残り少ない時間の中、至難の技では あったが。 ちらりと後ろを振り返る。イッカスの代わりにMFとして入ったのはカノ ンだった。彼の本領はFWだが、ミストレとエスカバは外せないし豪炎寺の 力もまだ必要。ならばいざという時サイドから攻め上がる役を任せた方がい い。悔しいが彼のシュートは武器になる。
−−『ソメオカ』と『カゼマル』が左脇腹を庇うのが古傷よる癖だったとし たら…。わざとそこを狙えば、相手の体制を崩せるかもしれない。
ミストレの提案に、雷門イレブンは揃って嫌な顔をしてきた。ラフプレー とまではいかないにせよ、相手の身体を直前狙うのは正攻法じゃないと言い たかったのだろう。だがミストレは説得した。これは彼らに傷を負わせるの が目的のプレーではない。それに綺麗なプレーばかりに拘っていられる相手 でもないのだと。 彼らの気持ちが理解出来ないではなかった。しかしそろそろ彼らも痛感し てきた筈だ。これはもはやただのサッカーの試合ではない−−弾の飛び交う 最前線に立たされているにも等しい、命懸けの勝負だと。
−−そして命懸けだからこそ、価値があるんだ。
失点したイービル・ダイスのキックオフで試合再開。『ゴウエンジ』がド リブルで走ってくるのを、エスカバが止めに行く。彼も限界が近い。それで も手を抜く事はない−−それもまた誇りであるのだから。 エスカバのチャージを、『ゴウエンジ』は『カゼマル』にパスする事で回 避した。やるなら今しかない−−ミストレは一気に前に躍り出た。
「!!」
『カゼマル』の目が見開かれる。ミストレをかわそうとフェイントで応酬 するがなかなか抜けない−−しかしそれ以上に気付いたのだろう。審判の死 角になる位置で、さりげなくミストレの肘が『カゼマル』の脇腹を狙ってい る事に。 予想通りになった。彼は腕でそこを庇おうと身を引き、それが隙になる。 ボールをミストレは脚で引き寄せていた。だが『カゼマル』は、再度奪い返 そうとしつこく追いすがる。もはや執念だ。
−−必殺技を出される…その前に!
「ジャッジ・スルー2!」
ああ、後で絶対非難されるなぁ−−と思ったのは一瞬だ。これも戦略なの だから仕方ない。ミストレは奪ったボールを『カゼマル』の胴目掛けてぶつ けていた。当然手加減はするし、今回の目的は相手を倒す事ではない。 『カゼマル』が僅かに、サッカーのルールを失念した一瞬を見た。彼は弱 点を庇うべく手で腹をガードしたのである。ボールは『カゼマル』の腕に当 たり、ミストレはその上から連続で蹴りを見舞っていた。少年の細い身体が 地面に仰向けに倒れる。
「ハンド!」
審判の笛と声。ラッキーな事にこちらのファールは取られなかった。理想 的な展開だ。 だがミストレは−−倒れた『カゼマル』を見て絶句し、固まってしまって いた。そこにはあまりにも信じがたい光景が広がっていたのである−−ゴー ル前から『エンドウ』が飛んできた。
「『カゼマル』!!」
『カゼマル』が頭を振りながらゆっくりと身を起こす。大丈夫だ、と彼は 言った。なるほど大した怪我をしたわけではないのだろう−−否、この表現 には語弊がある。 彼が怪我などする筈が無いのだ。何故なら。
「アンドロイド…だと?」
エスカバが呆然とした声を上げた。ジャッジスルー2で倒される際、ミス トレの脚が『カゼマル』の腕を掠めていたのだろう。さらには倒れた際芝生 で切ったのだ−−腕が少しだけ裂けていた。そこから“中身”を覗かせて。 皮と肉の割れ目なんて本来グロテスク極まりないものだ。だが覗いていた のは肉でも血管でもなかった。『カゼマル』の皮膚の下に通っていたのは無 機質な配線だったのだ。
「馬鹿な…一体どういう事なんだ!?」
ミストレの声も届かぬ様子で、『エンドウ』はしきりに『カゼマル』に声 をかけている。先程までの鬼畜ぶりからは一転して、心底心配した様子で。 彼らは−−イービル・ダイスは。悲劇的な運命ばかりに見舞われた、平行 世界の雷門イレブンである筈だ。なのにその一人である『カゼマル』がアン ドロイド?現代の技術では不可能でないが、とても八十年前に確立されてい たとは思えないのに−−。
「…君が察した通りだ」
混乱するミストレに答えを与えたのは、意外にも『フブキ』だった。 「その『カゼマル』はバウゼンが『エンドウ』に与えたアンドロイド…偽物 だ。本物は連れて来れないからね」 「連れて来れない…?」 「僕達の世界の…本物の風丸一郎太は」 彼は目を細めて−−苦しげに、言葉を紡いだ。
「福岡のジェネシスとの試合中の事故で…命を落としたんだ」
−−−−−−−−−−−−−−−−−− 『風丸一郎太』
雷門中二年男子。円堂守の幼稚園時代からの幼なじみであり、家も近所で ある。昔から脚が速い子供であり、そんな彼が中学生になってから陸上部に 入ったのも自然な流れだろう。 陸上部では副部長を勤め、全国大会でも短距離でめざましい活躍を見せ る。先輩後輩同僚、皆に慕われ、やや真面目すぎるきらいはあるものの理想 的人格者であった。 彼自身の生い立ちに、悲劇と呼べるほどの悲劇はない。フットボールフロ ンティアからエイリア襲来まで、チームとしての悲劇は幾つもあったがそれ は彼自身の悲劇ではない。寧ろ彼の存在そのものが、悲劇の歯車の一つであ ったのだろう。 実力の伸び悩みに苦しみながらも。乖離障害に悩む吹雪を支え、彼と親友 になる。しかしその彼と円堂の目の前で、風丸は命を落とした−−それも、 サッカーの試合の中で。 福岡県の陽花戸中にて。エイリア学園最強のチーム、ジェネシスが襲来。 雷門が応戦するも力の差は圧倒的だった。しかし風丸は諦めかけたメンバー を鼓舞し、先陣を切ってジェネシスに挑みかかったのである。そして僅かな がら対等な勝負をもしてみせた−−だがそれがいけなかった。 彼はジェネシスに目を付けられ、集中砲火を受ける。半ばリンチのような、 反則スレスレの攻撃。とはいえ多分ジェネシス側も、殺害する気までは無か った筈だ。だがボールをぶつけられ、吹っ飛ばされた彼はゴールポストに激 突し−−頭蓋骨骨折。即死だった。 それが円堂がサッカーを憎み、ヒロトを憎む理由の一つ。ヒロトはジェネ シスのキャプテンであり、リンチに反対したとはいえ荷担していた。 恐らく、風丸本人はさほど不幸ではなかっただろう。その死により狂った 二人の親友−−円堂と吹雪の姿や、闇に堕ちたイレブンを目の当たりにせず 済んだのだから。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−
「…今はまだ、インストールが完璧じゃないけど」
『カゼマル』を支えながら、『エンドウ』が言う。俯いたまま。
「ヒビキは言ったんだ。この試合に勝ったら…生きていた頃のデータを脳に 完全にトレースしたアンドロイドを作ってくれる。『カゼマル』もみんなも 帰ってくるんだ!!」
それは、胸が締め付けられるような悲しい狂気だった。死んだ人間が帰っ て来る訳ないのに−−ミストレは苦しくなり、次に恨んだ。あまりにも残酷 な夢を見せたヒビキ達を。
「だから勝つ…絶対に!」
『エンドウ』は吼えた。眼を哀しい色でギラつかせて。
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最後の、距離。