“幸い、オレ達の世界はまだ終わっちゃいない。”
ブレイブ・ハート 〜戦士よ、誇り高くあれ〜 三十四:マインド・ブラスト
『カゼマル』がアンドロイドだった。その事実が、ミストレに一つの仮定 と、恐ろしい推測を立てさせる。
−−脇腹を庇う癖。あれはひょっとしたら…そうするようにプログラムされ た結果じゃないのか?
機械ならば当然電源はあるだろうし、核となるシステムやリセットボタン もある筈だ。増してやアンドロイドを兵器として使う国も増えている昨今。 緊急停止スイッチも必須である筈。 左脇腹を庇うのは、一定の衝撃を受けると作動する何らかのスイッチが、 そのあたりに存在するからではないか?そして同じ癖は『ソメオカ』も持っ ている。改めて観察してみればもう二人いた−−『キドウ』に『マックス』 だ。
「アンドロイドは…『カゼマル』だけじゃないんだな?」
同じ事に気付いたのだろう。豪炎寺が呻くように言う。
「その通りだ。『ソメオカ』『マックス』『キドウ』…この三人も同じくア ンドロイド。つまりは死者だ」
ヒビキは事も無げに言う。そして例のごとくデータを提示する。 『エンドウ』は動かない。色の無い瞳でこちらを見ているばかりで。
−−−−−−−−−−−−−−−−−− 『染岡竜吾』
雷門中二年男子。雷門を形作る、悲劇の歯車の一。 彼自身は平凡な存在である。喧嘩っぱやいが仲間想いで負けず嫌い。スト ライカーの座に執着し、最初は転校生の豪炎寺に辛く当たっていた。しかし 彼の過去と実力を知り、自らの言動と無配慮を謝罪。フットボールフロンテ ィアが開催される頃には、互いに良きライバルとして、雷門の2トップとし て、良好な関係を築いていた。 それが壊れたのはフットボールフロンティア地区大会決勝。影山零治が仕 組んだ鉄骨落下事件。染岡は豪炎寺を庇って鉄骨の下敷きになり、死亡。仲 間達の心に深い傷を刻む事になる。
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あちらの『ゴウエンジ』が一瞬、俯いて下唇を噛み締める。見なければ良 かった、とミストレは思った。あんな−−苦悩と後悔にまみれた、今にも死 んでしまいそうな顔。
「…俺は、守れないんだ。何一つ」
自らの誇りを、痛みを、傷を。その全てを賭けて耐えて尚、恩師を失い、 妹を失い、友を失った少年は言う。
「守られてばっかりで、何一つ守れやしない。だから…守る為なら強くなる と決めた。強くなって、何だってすると」
−−−−−−−−−−−−−−−−−− 『松野空介』
雷門中二年男子。愛称はマックス。気紛れな天才だと言われ、何でもこな すが飽きっぽいのが玉に瑕と言われていた少年。そんな彼が初めて本気にな ったのがサッカーであり、初めて心からの仲間になれたのが雷門イレブンで あった。特に同じMFである半田真一とは中が良かったとされている。 だがそんな彼は、エイリア学園襲来時の最初の事件で命を落としている。 ジェミニストームに破壊された雷門中。彼は崩壊する校舎に取り残された半 田を助けるべく単身戻り、結果二人共が助からなかったのだ。 イービル・ダイス。その悲劇を語るのに欠かせないその事件。雷門中校舎 が破壊された際、命を落とした人間は生徒と教師と近隣住民、併せて百三十 人は下らないと言われている−−。
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「今にも耳に残ってるんだ」
『エンドウ』はくしゃりと顔を歪めて、現実よりも遙か遠い場所を見つめ た。
「助けてって。誰か助けてって叫ぶ友達の声…。『ごめんね』って言って校 舎に戻ってった『マックス』の声…」
ミストレはベンチを見る。そこに控えたメンバーの中には『ハンダ』もい た。まだ試合に出ていない彼だが、きっと『カゼマル』達と同じ癖を持って いるのだろう。 無感動な『ハンダ』の瞳。彼もアンドロイドなのだ。死んだ人間の写し身。 脳の情報と姿形をコピーされた、残酷な紛い物。
−−−−−−−−−−−−−−−−−− 『鬼道有人』
雷門中二年男子。元、帝国学園の生徒会長。両親は航空機事故で死亡。妹 と共に施設に預けられるが、六歳の時養子縁組でバラバラの家に引き取られ る。 鬼道を引き取ったのは鬼道財閥であったが、実質的に父親代わりを務めて いたのは教育係の影山零治である。影山は父に、虐待されて育った大人であ った。その影山が暴力なくして鬼道を“教育”出来なかったのは偶然ではな いだろう。鬼道は引き取られてからの八年間で、幾度となく虐待死しかけて いる。 また、影山と義父は鬼道に、妹と連絡を取り合う事を頑なに禁じた。それ が彼の唯一の家族との絆に罅を入れる結果となってしまう。 影山が支配していた頃の帝国学園は、表向きは輝かしい王者であったが、 裏では凄惨を極めていた。サッカー部の子供達は鬼道以外の面々も影山の虐 待に晒されていた。時には影山の部下達が罰を与えに来る事もあり、彼らの 精神状態は限界に来ていた−−特に佐久間と源田の二人は。 地区大会決勝の一件で、影山が帝国学園総帥の任を解かれ。帝国は解放さ れたかに見えたが、実際は何も終わっていなかった。影山は新たに世宇子中 を率いて表舞台に現れ、今まで天塩にかけて育ててきた筈の帝国を叩きのめ し、彼らを病院送りにしたのである。 世宇子を倒し、仲間達の仇を討つ為。鬼道は雷門への転校を決意する。帝 国の仲間達は彼に想いを託し、快く送り出した−−筈だった。 だが、歯車は最初から噛み合ってなどいなかったのである。 暴力に晒され、身も心もボロボロだった佐久間と源田を支えていたもの。 それは鬼道への忠誠心であった。もはや信仰心と言うべきかもしれない。帝 国イレブンは皆一様に鬼道を敬愛していたが、彼らはことのほかそれが顕著 であった。 鬼道が去った帝国は荒れ、統率がとれなくなり。そこを、影山に付けこま れてしまった。史実にもある真帝国事件である。違うのは雷門と真帝国が戦 うより先に、暴走した佐久間と源田が鬼道を殺害してしまった事だ。 帝国の体育倉庫にて。惨殺された鬼道の遺体を最初に発見したのが円堂だ った。後に彼は語る。あれこそが現実を超越した悪夢であった−−と。
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「幸せに生きてきた…君達には分からないだろうね」
『フブキ』が泣き出しそうな眼で言う。
「大切だと。守りたいと思った矢先に…その全部が掌をすり抜けていく。力 さえあったら。そうしたら何かは違ったかもしれないって…僕らは死ぬまで 後悔し続けるをだろう。特に、キャプテンは」
その視線の先には『エンドウ』がいる。多分、彼は分かっているのだろう。 その願いがどれだけ切なく、虚しく、愚かしい事か。それでも取り戻したい と願うのが人間だ−−もう二度と還らないと分かっていても。 ああ、同じだ。ミストレはそう思った。自分も彼らと同じだったのだ。バ ダップを取り戻したくて、でも取り戻せやしないと諦めて憎悪に溺れた。似 て非なるが根本的には同じなのだ。そう、自分は危うくバダップを“死者” にしてしまうところだった。
−−死んだ人間は絶対還らない。『エンドウ』も他のみんなも…本当は分か ってて、諦めてるんだ。
それでも心は引き裂かれそうで。諦めきれなくて、願って足掻いて。 そうして望んでしまった。 偽物でも虚構でも構わない−−もう一度、いなくなってしまった人に逢い たい。その人と笑い合いたい、触れたい、抱きしめたい。 それがどれほど非道徳的な事だとしても。
「『キドウ』は…全てが終わったら帝国に帰るつもりでいたんだ。なのに想 いは届かなくて…殺されちまった。その後を追って『ゲンダ』と『サクマ』 も自殺して『カゲヤマ』も……。なぁ、そうなったら誰を恨めよって話だよ な?」
ははは、と『エンドウ』は乾いた声で笑う。笑っているのに−−ミストレ にはそれが、泣いているようにしか見えなかった。 実際彼は、泣いていたのだろう。涙もなく、声も出せないままに。
「俺は恨んだ。いもしないカミサマとやらを…まるで存在するかのごとく、 恨んだ。何でみんなは死ななくちゃいけなかった?何で俺達ばっかりこんな 目に遭わなくちゃいけない?」
彼の気持ちが分かるだなんて言えない。自分は彼ではないし、その心は彼 以外の誰にも見えないものなのだから。 それでもミストレには、分かる気がしたのである。自分も恨んだ。何故バ ダップは壊されなければならなかったのか?何故自分達はこんな想いをし なければならなかったのか−−と。 運命を憎み、妬み、恨み。最終的にはその想いを円堂にぶつけようとした。 それが幸せを諦める事と同義であると気付けずに。
「俺は運命を憎んで…今、お前達を憎んでる。俺達はこんな想いをしてやっ と生きてるってのに…当たり前のように仲間と幸せなツラしてサッカーや ってるお前らが、お前らのサッカーが…憎い」
修羅のような瞳。ああ、自分もそんな眼をしていたのだろう。 本当は逆恨みだと分かっていて。でも憎まずにはいられない。それ以外に 心を保つ方法なんて知らないから。
「この世界がどうなろうと知ったこっちゃないけど。ヒビキは俺達に救いを くれた…願っても願っても手に入らなかったものをくれると約束してくれ た!アンドロイドだろうとなんだろうと、『カゼマル』達の心と記憶が宿っ ているならそれは本物と同じだ…!みんなが帰って来るんだ!!」
違う。ミストレはそう叫びたかった。同じなはずがないじゃないか。どん なに姿形がそっくりで、思考が同じで、記憶を引き継いでいたとしても−− 彼の愛した仲間は世界に二人といない存在の筈ではないか。 叫びたかったのに言えなかったのは。 もし自分が『エンドウ』の立場だったら、きっと同じ事をしてしまってい たと分かっていたから。どんなに罪深いとしても、望んでしまったに違いな いから。
もうにどと、あえないひとを。
「だから何が何でも勝つ…お前らなんかに負けるもんか!」
『エンドウ』は。自分の憎むサッカーと、恨めしい幸福な“雷門イレブン” を破壊する為に此処にいる。だがそれだけではなかった。彼にもまた取り戻 したい大切なモノがあった−−それがどれだけ歪んであったとしても。
「なら尚更…オレ達も負けられない…!」
彼らに本当の救いを与えてやれるとしたら。過ちを正してやれるとした ら。それは他でもない、一度は同じ轍を踏んだ、自分ではないだろうか。 これはエゴだ。分かっている。彼らを救うことで自分達も救われると信じ たい、身勝手極まりないエゴイズムだと。嗤いたければ嗤えばいい。 何より。負けられない理由があるのはミストレだって同じなのだ。
「もう決めちゃったからね。バダップを一発ブン殴るまで、諦めないんだっ て…!だから、勝つのはオレ達だ!!」
その時、『エンドウ』を睨んでいたミストレは気付かなかった。否、フィ ールド上の誰ひとりとて気付かなかった。 ベンチの横。車椅子の上のバダップが−−その言葉に、ピクリと反応した 事に。
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精神、爆破。