“心までは折られはしない。オレ達はオレ達の誇りを忘れない。” >>クリックすると音楽が出ます。
ブレイブ・ハート 〜戦士よ、誇り高くあれ〜 三十九:ローリン・ボーイズ
『フィディオ』は疑問でならなかった。
−−何で彼らは…こんなにも一生懸命なんだ…。
自分の前に立つ少年達−−雷門とオーガの混成チームを見る。彼らが何の 目的でこの試合に臨んでいるかは聞いていた。一つは人形のようになってし まったバダップを目覚めさせる為。もう一つはこの試合の中で、彼らの信念 を証明する為だそうだ。 彼らの信念−−サッカーは破壊の道具ではなく、あくまで楽しむ為のも の、という。
−−…最初は父さんも言ってたな。サッカーが楽しくて仕方ないって。
まだ父が現役で、プロとして最盛期を築いていた頃。幼い自分は無知で、 それゆえ幸せだった。休日に父とサッカーをやる時間が楽しくて、それを見 守る母も幸せそうに笑っていた。 父はサッカーを心から愛していたのだろう。同時にサッカーは皆に元気を 与えるものだと信じていたのだろう。自分も確かにそうだった。そんな時間 も、あった。それは否定しない。 だけど。その結果はあまりにも報われないもので。 サッカーとサッカーを愛する者達を信じた父は裏切られ−−全てを奪わ れた。父に怪我を負わせたアンチの連中は、ほんの些細な嫌がらせのつもり だったのかもしれない。だがそんな小さな悪意のせいで、自分達は救いよう のない地獄を見せられたのだ。 サッカー界を追放された父は荒れに荒れた。薬に溺れ、母を精神的に追い 込み、その母の目の前で何度も『フィディオ』を殴り暴行した。痛くて痛く て、怖くて怖くて、毎日涙を流していた。父が死んでも、その過去から解放 される事はなく。 昼はサッカーを汚したと父を恨む者達に罵られ。 夜は父に虐待される夢に魘され続けて。 きっと自分はこのままでは死んでしまう。過去と父の幻影に食い殺されて しまう。無気力に生きる自分に生きる糧を与えたのは−−似たような傷を持 つ者達だった。 『エンドウ』は言った。憎めばいいと。お前にはその資格があると。サッ カーとサッカーを愛する者達を憎み、絶望させてやればいい。そしてそれを 愉しめば生きていける−−と。
−−何処かが歪んでるって分かってた。でも…サッカーを憎む以外に、生き てく方法なんかなかったんだ。
信じれば裏切られる−−ならば信じなければいい。 『エンドウ』の事も信じたわけじゃない。ただ、感謝はしているのだ。生 きる事も死ぬ事も無気力なまま、屍のようになっていた自分に、生きる意味 を与えてくれたのだから。 サッカーを心から恨んでいるかと問われると、正直必ずしもイエスとは言 えない。だがそれ以外に生きていく方法がないのも確かだった。それに、『エ ンドウ』にある程度の恩返しがしたかったのもあるのである。 何より。自分達の全てが間違ってるとは思っていない。サッカーを破壊の 道具と考えている訳ではないが、それでもサッカーで誰かが救えるとは思え なかった。元は娯楽として生み出されたモノだとしても、所詮はスポーツ。 要は勝負事。敗者が幸福になどなれる筈がない−−父や自分達がそうだった ように。
−−でも…彼らは確かに、救ってみせた。
バダップ=スリードがああなった原因は、ざっくりとだが知っている。恐 らくこの今場所にいるあらゆる不幸な者達にひけをとらぬ、地獄を見せつけ られたのだろうという事も。あのままなら廃人として一生を終えるか、役立 たずとして秘密裏に処理されていたに違いない−−それを。 円堂達は、目覚めさせてみせた。他ならぬ彼らの信じるサッカーの力で。 奇跡は起こせると、信じ続ければ叶うものがあるのだと証明してみせたの だ。 何より。彼らに心を動かされたのはバダップだけではない。
「…『トラマル』」
豪炎寺が倒れたその場所から動かず、未だに泣きじゃくっている少年に声 をかける。
「『フィディオ』さん…俺、俺は…」
『トラマル』は嗚咽しながら、切れ切れに言葉を紡いだ。 「初めて、だったんです。無駄じゃないって…頑張ったねって認めてくれた 人。病弱な母さんの前では弱音なんか吐けなくて…それ以外の人にはいつも 言われてばっかりだった。頑張れって。もっともっと頑張れって。そうすれ ばクラブにもっと出れるようになるし、みんなに迷惑をかけないようにでき る…今は辛くても乗り越えられるって」 「…そうだな」 きっとそう言った人達に、悪意は無かっただろう。寧ろ善意だったかもし れない。幼いながらも苦境に立たされた『トラマル』に、強くなって欲しい −−という。自分も同じような言葉をかけられてきたから、分かるのである。 彼らに罪があるとは思わない。ただ、彼らは気付いていないのだ。本気で 頑張っている人間に対し、その言葉がどれほどのタブーであるかなど。
「頑張れって…もう頑張ってるのに、これ以上どう頑張ればいいか分からな くて。頑張れって言われるのは、今頑張ってるって誰にも思って貰えてない からだって…そう考えたら辛くて辛くて」
十回。百回。千回。万回。 自分の身体をズタズタに傷つけながら転がってきた自分達。次こそは、次 こそは望んだ場所に辿り着ける筈だと信じて。信じなければ壊れそうで。
「もう全部どうでもいい。絶対に報われない努力ならもうしたくない。全部 壊しちゃえばいいって、そう思ってたんです」
もう一回。モウイッカイ。 僕らは今日も転がります、と。 彼らは言う。子供は云う。 言葉に意味を奏でながら。
「だけど…だけど!俺…もう駄目です」
もういいかい?と彼は尋ねた。 もういいよ、と彼は答えた。 がんばったね。そろそろ君も疲れただろう?と。 息を止めて、休んだっていいのだと。
「俺…やっぱりサッカーが好きです!大好きなんです…!あんな風に…頑 張ってねって、認めてくれる人と。俺のサッカーを分かってくれる人と…ず っとサッカーがしたかったんです…!!」
『トラマル』の心の叫びが、フィールドを裂いていく。『フィディオ』は 自分の頬が濡れている事に気付いたが、気付かないフリで放置した。泣いて いるのは自分達だけではない。 『トラマル』の言葉は、そのまま自分達の想いだった。自分達に罪が無い とは思わない。だけど、今日までの頑張りが無意味でないのだと、誰もがそ う労って欲しかった筈だ。 『ヒロト』も。 『フブキ』も。 『トビタカ』も。 『ゴウエンジ』も。 みんな。みんな。みんな。 円堂や豪炎寺は。自分達がサッカーへの憎しみの裏に隠していた本当の感 情を暴き、浮き彫りにしてしまったのだ。彼らの魔法にかけられるな、魔術 師の言葉に耳を傾けるなかれとヒビキには散々言われていたけれど。 どうやらそれは無理な相談だったらしい。彼とサッカーで向き合えば耳を 塞げど入ってくる。その熱い想いも、願いも。逃げられる筈が、無かったの である。
「…俺がサッカーをしていたせいで。俺のサッカーのせいで『ヒビキ』さん やみんなを不幸にしちまったって…ずっとそう思ってた」
『トビタカ』が悲しげに目を伏せる。 「だけど…俺は自分の悲運を…サッカーのせいにして逃げてただけなのか もしれねえ。…だって、少なくともあの響木さんは…あいつらの監督やって るあの人が。不幸そうには、見えない…」 「…あんまり自分を責めちゃ駄目だよ。言いたい事は分かるけど…逃げたっ て、それは罪な事なんかじゃない。君が悪い訳じゃない…いや…」 『トビタカ』を諭す『フブキ』も辛そうだった。きっと自分の中で今は眠 っている二人の息子−−『アツヤ』と『シロウ』の事を想っているのだろう。
「何でだろうね。きっと誰も…誰一人悪く無かったのに。彼らと僕らの命運 を分けてしまったモノは、何だったんだろう」
彼が見つめる先にも雷門イレブンがいる。必死で、一生懸命すぎて、傷だ らけで。それでも命懸けでサッカーを楽しもうとしている。 自分達とは−−大違いだ。
「俺達は悪の賽子…悲劇ばかりを集めた可能性。あのヒビキ提督は、そう言 ってた」
『ヒロト』は目に涙を浮かべている。そうしていると普通に女の子にしか 見えないな、と『フィディオ』は思う。 二分の一の確率で男として生を受けていた筈の少女。そうしていればまだ 幸せになれたかもしれない−−少なくともこの年で二児の母になる羽目に はならなかっただろう−−流星のストライカー。 「雷門のあの子達を見て…思っちゃったよね、俺達。どうして…どうしてあ の子達は幸せそうなのに、俺達ばっかりこんな辛い目に遭わなきゃいけない んだ…って」 「醜い嫉妬…だよなあ」 分かっている。分かっていた。ただ改めて言葉にした事で思い知ったとい うだけ。 彼らのサッカーを潰す為に選ばれ、しかし自分達の意志で集った『フィデ ィオ』達。その根元にあったのは、サッカーに憎悪を押し付けた身勝手さと、 幸せな彼らへの嫉妬。
「俺達を本当の意味で不幸にしていたのは…他でもない、俺達自身だったの かもしれない」
どんな悲劇に見舞われていたとしても−−目の前の不幸しか見えず絶望 に溺れていたのでは、奇跡など起きよう筈もない。 そう。久しく忘れていた。父のかつての口癖。現役時代、どんなに点差が 開いた試合でも諦めなかった父の言葉を。
「奇跡は起こるものじゃない。人の手で起こすものだ。…彼らがそうだった ように」
眩しいな、と初めて思った。嫉妬でも羨望でもなく、ただ彼らが眩しいと。 それは届かない光に焦がれる羽虫のように。 雷門イレブン。彼らが幸せなのは運があっただけじゃない。きっとその心 が引き寄せたのだ−−光に満ちた“今”を。
「お前達、そろそろ試合が再開する。ポジションに着け」
すたすたと歩いてきたのは『キドウ』だった。ゴーグルを外したルビーの 瞳に感情の色はない。それは彼がアンドロイドであるからか−−それとも。 「…『キドウ』、お前は…」 「言うな」 「……!」 言葉を紡ぎかけた『フィディオ』を、『キドウ』は端的に遮った。
「…俺も…このままでいいと思っているわけじゃない、だが…」
彼は本物の『鬼道有人』ではない筈だった。だがその声は苦悩に満ちてい る。その眼は悲しげに『エンドウ』を見つめている。
「だが…頼む。お前達まで『エンドウ』を否定しないでくれ。あいつを…独 りにはしないでくれ」
多分、自分達が雷門イレブンに感化され始めているのが分かったのだろ う。『エンドウ』は忌々しさを隠しもせず、自分達を、そして雷門イレブン を見ている。ゴール前。この距離からでも伝わる−−−殺気。憎悪。 かつては共感していた。だが今は−−哀れだとすら思った。勝手な事とは 分かっているけど。 高らかに試合再開の笛が鳴る。『フィディオ』はちらりと隣に立つ『キド ウ』を見、前にいる『ソメオカ』と『カゼマル』を見た。 彼らは今、何を思っているのか。偽物の身体に偽物の記憶。本物の身代わ りとして景色を見て。 残念ながら自分にとってそれは、想像可能な域を超えた事だった。
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転がる、少年達。