“そして戦う勇気。”
 
 
 
 
 
 
 
イブ・ハート
〜戦士よ、り高くあれ〜
四十一:イナズマ・イレブン
 
 
 
 
 
 
 
 どうしてだ。
 何故こんな事になるんだ。
 『エンドウ』はギリギリと奥歯を噛み締めて、唸る。イジゲン・ザ・ハン
ドが破られるなんて−−いや、いや。そんな事よりもだ。
 バダップが帰って来た途端、奴らの動きが見違えるように変わった。オー
ガの連中−−殊にミストレとエスカバの身体はボロボロで、限界も近い筈な
のに。
 確かに連中が強敵なのは分かっていた。奴らは前線の兵士。いくら自分達
が数多の試練を乗り越えてきたといえど、死線をくぐり抜けてきた数は奴ら
が勝るだろう。個人勝負で勝てる相手だとは思っていない−−しかし。
 本来の予定ならば、雷門の連中が盛大にオーガの足を引っ張ってくれる筈
だったのだ。それが一体どういう了見だ?
 捨て身とはいえ自分達の必殺タクティクスを破り。チームメンバーの心を
揺さぶり。あまつさえバダップを蘇らせてみせた。完全に想定の範囲外だ。
 
−−俺達イービル・ダイス…その存在そのものが、雷門の連中を動揺させた
筈だ…なのに!
 
 何故こんな事になっている?
 誰のせいでこんな事に?
 
「くっ…!」
 
 八つ当たりと分かっていた。だがつい睨む視線は『ヒロト』に向かう。彼
女はびくりと肩を震わせて−−しかし、さっきまでのように謝り倒したり泣
き叫んだりはしなかった。
 ただじっと、悲しそうな眼で自分を見た。それすらも忌々しい。
 
「…『エンドウ』」
 
 さりげなく『フィディオ』が『ヒロト』の前に立つ。まるで彼女を庇うよ
うに。
「彼女のせいじゃないよ。…喩えこの試合に負けてもね。…まあ君も分かっ
てるんだろうけど」
「五月蝿い!!
 図星を突かれて、頭に血が上る。
 
「物の喩えでも…負ける事なんて口にするな!俺は絶対に負ける訳にはい
かないんだ…!!
 
 後半残り僅か。一点を追う展開。
 まだだ。まだ逆転のチャンスはある。地力でこちらが勝るのは明白なのだ。
増してやあちらは怪我人だらけ。ミストレとエスカバは勿論、病み上がりの
バダップも体力は残っていない筈。
 
 
 
「勝つ…!勝って取り戻すんだ!!
 
 
 
『お前らは…死ぬんじゃねぇぞ』
 
 
 
「この試合に勝てば、『カゼマル』達は戻ってくる…!!
 
 
 
『キャプテン…後は、よろしくね』
 
 
 
「そうしたら今度こそ…今度こそみんなでシアワセになれるんだ…!!
 
 
 
『円堂…ごめんな。もっとお前とサッカー、したかったんだけど…な』
 
 
 
 『ソメオカ』の。
 『マックス』の。
 『カゼマル』の。
 最後の声が反響して、消えていく。彼らは何故あんな理不尽に死ななけれ
ばならなかったのだろう。おかしいじゃないか。だってまだ十四歳で−−た
くさんの時間があった筈なのに。
 
 
 
『どんなに離れても。サッカーが俺達の絆になる。ずっと繋がっていられる』
 
 
 
 泣きそうになる−−死ぬ前の晩の、『キドウ』の言葉。蹂躙された過去を
持つにも関わらず、彼は最期まで綺麗なサッカーを信じていたのだろう。か
つてのチームメイトに惨殺される、その瞬間まで。
 『エンドウ』も信じようとした。何度も、何度も、繰り返し。だが駄目だ
った。世界は悉く自分を裏切り、残酷な現実ばかり見せつけた。まるで嘲笑
うかのように。
 
−−要らない。要らない。要らない。こんな理不尽なだけの世界なんて。
 
 自分にとってただ一つの真実は。こんな世界でも出逢えた仲間達の存在。
亡き者達の記憶が日々美化されていく事に気付きながらも、『エンドウ』は
それをやめようとは思わなかった。
 彼らに報いる事。まだ生き残っている仲間達を全力で護る事。
 そして全てを奪ったサッカーに復讐する事。サッカーを愛する者達に絶望
を見せつける事。
 それが今の自分の存在証明。生きていく僅かな糧なのだ。
 
「許さない…お前らは“シアワセ”なくせに!」
 
 『エンドウ』は吼える。雷門イレブンに向けて−−パラレルワールドの自
分に向けて。
 
「俺達の…たった一つの生きていく理由すら壊す気なのか!これ以上俺達
から何を奪う気なんだよ!!
 
 この試合に負ける事は。
 生きていく意味を失うのと同じ。
 
 
 
「死ねよ…死んでしまえ!全部全部全部呪われてしまえ!滅んじまえ!ど
うせ救いなんかありゃしないんだ!!
 
 
 
 その声に−−ミストレが一瞬泣き出しそうな顔になって、『エンドウ』を
見た。
 『エンドウ』は知る由も無い事だ。つい数時間前、ミストレが殆ど同じ台
詞を円堂に投げつけた事など。その姿があまりに悲しいものだと、思い知ら
された事などは。
 
 
 
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『円堂守』
 
 雷門中二年男子。全ての始まりにして全ての終わりである存在。
 元々、円堂という存在には二つ呼び名がある。“浄罪の魔術師”と、“断
罪の魔術師”である。
 前者は言葉の力で他人を魅了し、自らの側に引き上げ、同じ思想を感染・
共有させていく力。白き魔法、と呼ぶ者もいる。
 対して後者の力は似て非なるもの。言葉の力で他者を洗脳するのは同じだ
が、性質は真逆である。他者の心を果てしなく突き落とし、精神的に殺して
しまう事さえある。黒き魔法と称する者もいるほどに。
 この円堂は、その“断罪の魔術師”としての力ばかり特化された存在だ。
それは無論第三者が手を下した結果ではない。一千万二千八百五十三分の一
で発生した悲劇により運命が動いた為である。
 祖父、円堂大介は伝説的なサッカープレイヤーであった。だが影山との確
執により無残な死を遂げ、娘であり円堂温子にトラウマを植え付ける事にな
る。
 サッカーをする者は、不幸になる。
 そう考えた彼女は息子である円堂にサッカーを禁じた。折檻には至らなか
ったが、時にはその憎しみから円堂の前でボールを傷つけたりしたという。
祖父と同じサッカーがしたいと願っていた円堂は相当なストレスだったに
違いない。
 中学生になった円堂は、サッカー部を設立する。当時雷門中にはサッカー
部が無かった為である。原因は件のイナズマイレブンの悲劇。サッカーをす
る者は不幸になる−−そう思っていたのは円堂温子だけではなかった。雷門
中の教員達もである。加えて雷門には影山の配下が何人もスパイとして送り
込まれていた。彼らは円堂の部活動を妨害し続けた。
 スパイは大人ばかりではない。生徒の中にもいた。円堂は何度も苛めまが
いな目に遭いながらも一人ボールを蹴り続けた−−染岡と半田が入部する
までは。
 だが彼らや一年生達が入部した後も、サッカー部への嫌がらせは耐えず。
止めようとしたマネージャーの秋は殴られて重傷を負い、今尚意識不明のま
ま入院し続けている。
 そして始まるフットボールフロンティア。悲劇の連鎖。
 地区大会にて。染岡は帝国の罠にかかり死亡。
 エイリア襲来。最初のジェミニストームの襲撃にて、半田と松野が崩れる
校舎から逃げ遅れて死亡。小林寺、影野、宍戸は試合にて重傷。
 また、影山脱獄の折、真帝国設立の際は鬼道が犠牲になった。エイリア石
の力で洗脳された佐久間と源田が暴走したのである。彼らと影山は試合の
後、円堂の目の前で自殺した。
 さらに最初のジェネシス戦。試合中の事故で風丸が死亡。
 そして星の使徒研究所崩壊の際は、綱海条介と立向居勇気が瓦礫の下敷き
になって死亡している。
 度重なる悲劇は円堂に確信させるに充分だった−−サッカーに関わると、
皆が不幸になる。自分は大切なモノを失っていく、と。実際エイリアメンバ
ーの多くが最終的に、生体実験と虐待の影響で死亡している。
 フットボールフロンティアインターナショナルは陰惨を極めた。円堂はサ
ッカーで、対戦チームを次々血祭りに上げていったのである。観戦者達に、
絶望を見せつけるように。
 大会、決勝戦前日。この円堂達がイービル・ダイスメンバーとしてスカウ
トされた時期である。全てを終わらせる直前。彼らは何を見ているのか。こ
の試合で−−幸せを享受してきた者達を見て。
 
−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 
 
 
 目を逸らしてはならないのだろう。絶望に堕ち、憎悪に身を焦がすその姿
から。
 耳を塞いではならないのだろう。世界の破滅を願う、呪詛の言葉から。
 
−−俺は…俺達は。誰かの何かを奪う為にサッカーを…この試合をしている
訳じゃない。
 
 円堂は思う。寧ろ奪おうとしているのはあちらだった筈だ、と。別にそれ
は向こうを恨んでの考えではない。円堂達のサッカーを壊したいという願
い、それは彼らも自覚しているに違いないのだ。
 自分達はこの試合で、取り戻そうとしていた。闇に閉じ込められてしまっ
たバダップを。その目的は既に果たされたといっていい。
 残り僅かな試合を戦うのはもう一つの理由からだ。この試合に勝って、証
明したい。サッカーは何かを壊す道具ではなく、誰かを幸せにできる魔法で
あると。
 
−−それでも…あいつらは、奪われると感じるんだろうか。
 
 だとすれば。自分達にその気がなくとも、悪意がなくとも、それはまさし
く略奪行為なのである。ある者は『エンドウ』達の逆恨みだといい、被害妄
想だと嗤うだろう。だが、それは円堂には出来ない事だ。
 彼の痛みが分かるとは言えずとも。分かるような気はするから。
 
−−もし、俺があいつと同じ目に遭ったら…同じように仲間を失ったら。
 
 きっと耐えられない。
 狂って、憎悪すら抱く前にきっと。
「…お前、強いな」
「……え?」
 思ったままを口にすると、『エンドウ』は虚を突かれた顔をした。実際、
さっきまでの彼の叫びとなんら繋がらない言葉だ。だが、円堂は言いたかっ
た。どうしても伝えなければならない気がした。
 
「お前もさ、お前らみんなさ。本当に、強かったんだな…だって」
 
 自分の本当の気持ちを。
 ありのままの想いを。
 
「だって今日まで…頑張って生きてる。生きようと頑張ってる。…凄いよ、
ほんと」
 
 自分だったら、きっと死んでしまうだろう。絶望に押しつぶされて、狂っ
たまま命を絶ったかもしれない。
 なのに彼らは。こんな惨たらしい過去を抱えて、傷だらけで、世界を憎ん
で、不幸になって壊れそうで−−。
 それでも、生きてる。
 生きて足掻き続けている。
 
「俺達は…何かを奪い合う為に此処にいるんじゃない」
 
 破滅を願っていたかもしれない。
 だが今、自分はこう言いたい。
 
「大切なものを取り戻す為に、戦ってる。サッカーをしてる。そうだろ?」
 
 雷門は、自分達の愛したサッカーを。
 『エンドウ』は亡くした仲間達を。
 それは歪んだ理由なのかもしれない。自己満足なエゴの塊と称されるかも
しれない。
 だがその想いを、否定する権利は誰にも無い筈だ。
 
「残り時間…思いっきりやろうぜ、サッカー!」
 
 笑ってみせれば、『エンドウ』の眼が驚愕で見開かれる。時間は僅かだが
残っている。それで自分は自分に出来る事をしよう。
 救いたい。否−−救ってみせる。
 サッカーを憎む事でしか愛せない−−『エンドウ』達の事も。
 
 
 
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稲妻の、十一人。