“これが僕等の物語。そして彼が生き抜いた、その歴史。”
 
 
 
 
 
 
 
イブ・ハート
〜戦士よ、り高くあれ〜
四十四:ジ・アース
 
 
 
 
 
 
 
 ズキズキと身体を苛む痛みが、鬼道を現実に引き戻した。揺さぶられる脳
が不快で、思わず呻き声を上げる。
 背中に堅く冷たい感触。どうやら自分はベンチで寝かされているらしいが
−−一体何があったのだったか。
 
「……!!
 
 急激に全てが蘇り、鬼道はバッと目を見開いた。そのまま慌てて身体を起
こそうとし、体中に走った激痛に叶わず小さく悲鳴を上げる。
 
「お、お兄ちゃん!」
 
 春奈の焦った声が聞こえた。
「まだ駄目よ、起きちゃ!酷い怪我なんだから!!
「春奈…」
 思い出した。自分達はオーガと組んで、イービル・ダイス−−パラレルワ
ールドの雷門である彼らと戦っていたのだ。バダップを蘇らせる為に。そし
てサッカーの未来を守る為に。
 
「試合は…どうなっている?」
 
 腕と頭だけを動かして時計を見れば、時間は驚くほど経過していなかっ
た。スコアは3−2。いつの間にか雷門がリードしている。
 
「オーガが、三点目を入れたんだ」
 
 答えたのは春奈ではなく、自分と同じように負傷し、ベンチに下がってい
る一之瀬。その向こうにはイッカスとジニスキー、栗松、豪炎寺の姿もある。
 
「見てみろ、フィールドを」
 
 言われるままフィールドに視線を向けて−−驚愕した。
 
「バダップが…!」
 
 バダップがフィールドに、出ている。FWとして。ミストレ、エスカバと
共に。
 自分が負傷して意識を飛ばすまでは、まるで人形のように車椅子に座って
いるだけだった彼が。
 
「雷門のサッカーが…カノン達の言葉が。届いたんだ…バダップにも」
 
 だから彼は今、あそこにいるんだ、と。一之瀬は言う。
 鬼道が思い出したのは、バダップの病室で円堂が言った言葉だ。
 
 
 
『サッカー、やろうぜ!そうしたらきっとバダップも思い出してくれる。あ
の日の試合で見つけた、大切な事をさ!!
 
 
 
「まさか、本当に…現実にするだなんてな」
 
 信じられないが、納得したのも事実。
 これが円堂の力、雷門の力なのだ。奇跡をあっさり起こしてしまう−−当
たり前のように。
「それだけじゃない。雷門のサッカーは…イービル・ダイスのメンバーも、
引っ張り上げつつあるんだ」
「そうなのか?」
「ああ」
 もう少しだ、と豪炎寺。
 
「俺達のサッカーは…みんなを幸せにする魔法。誰かを傷つける為の手段な
んかじゃないと…証明出来る」
 
 そうだ、と鬼道も思い出す。すっかり頭の隅に追いやられていたが、この
試合はこの未来世界で、全国に中継されているのだ。自分達のゲームを、自
分達の姿を、自分達のサッカーを。日本中の人々が、見ている。
 
「俺達が勝つ事で…それが未来のサッカーへ、未来の子供達へ繋がっていく
…か」
 
 壮大で、見当もつかないような話だ。だが鬼道は自然と笑みを零していた。
 自分達のサッカーが、世界を変えるかもしれない。だとしたらそれはなん
て−−。
 
「素敵じゃないか」
 
 なんて、凄い事なんだろう。
 
「こうなったら意地でも負けられないでやんすよ!フレーフレー!雷門!!
オーガ!!
 
 栗松が声を張り上げ始める。鬼道と豪炎寺と一之瀬、ジニスキーとイッカ
ス。五人も互いの顔を見て、頷きあった。
 怪我をして交代した自分達はもうフィールドには戻れない。だが心は、共
に戦う事が出来る。マネージャー達がいつもそうしてくれていたように。
「ら・い・も・ん!」
「オーガ!!
「ら・い・も・ん!」
「オーガ!!
「みんなー頑張ってー!!
 五人と、秋達マネージャーの声が重なって、少ない人数ながらも大きな声
援になる。
 試合が動く。
 バダップを抜き去った『カゼマル』が『ゴウエンジ』にパスを出し、一気
に前線に上がっていく。イービル・ダイス、最後の攻撃だ。これが通れば同
点延長、そうなれば疲弊している雷門の勝ち目は薄くなる。
 
−−止めろ…円堂!!
 
 大丈夫。
 彼なら、きっと。
 
 
 
 
 
 
 
 フィールドで戦う彼らは知る由も無いが。
 雷門。オーガ。
 その時。その二つの名を呼んで声を張り上げていたのは、ベンチに控えた
者達だけではなかった。
 中継を見ていた日本中の人々。
 試合に心を動かされ。サッカーを否定するなと、王牙学園の前まで押しか
けた多くのサッカーファン。
 多くの人々が雷門とオーガの勝利を願い、希望を託し、応援の声を上げて
いた。
 それはそう、雷門に起こるいつかの未来で−−彼らがダークエンペラーズ
と戦うその時と、同じように。
 
 
 
 
 
 
 
 既視感を覚える光景。雷門を応援する一之瀬や夏未達の声を聞きながら、
『エンドウ』は思った。
 同じだ。自分達がエイリア学園最後のチームを打ち倒した時と。仲間を失
い、ボロボロになり、絶望に打ちひしがれ。それでも勝利を掴みとった、そ
の時と。
 
−−日本を守る為とはいえ…壊す為の試合、酷い試合だった筈だ。それでも
俺達を応援してくれた人達がいたのは…きっと。
 
 少しでも届いたからだ。自分達の願いの強さが、幸せな未来への強い想い
が。
 僅かでも揺り動かしたからだ。自分達のサッカーが−−それを見ていた
人々の心を、世界を。
 
−−今、応援されているのは俺達じゃない。応援も『ライモン』だけど…俺
達のサッカーじゃない。
 
 今、人々を揺らしているのは雷門の、円堂のサッカーなのだろう。それは
『エンドウ』にも容易く想像できた。何故なら既に嫌というほど理解させら
れていたから。
 円堂守のサッカーが、どれほど大きな力を持った“魔法”であるのかを。
 
−−それでも、俺は。もう誰にも理解されなくたって、突き進むしかないん
だ…!
 
 本当は、分かっていた。
 間違っているのは自分だと、分かっていた。
 自分達の悲劇は、誰のせいでもないと分かっていた。
 無論サッカーやサッカーを愛する人々を恨むのは、逆恨み以外の何者でも
ないという事も。
 
−−取り戻す…絆を。命を。心を!
 
 一瞬、『ソメオカ』と目が合った。彼が悲しげに目を逸らした事には、気
付かないフリをした。
 だってもう、他に手段などないではないか。
 
「『エンドウ』!」
 
 『ゴウエンジ』が自分を呼び、パスを出してきた。それをがっちり受け止
め、『エンドウ』はシュート体制に入る。
 これで、終わりだ。
 
「勝つのは、俺達だ−−ッ!!
 
 『ゴウエンジ』と『フブキ』と自分。ボールを中心に置き、三人の気を集
約させる。立ち上るオーラの柱。それにあわせて三人は大地を蹴り、高く飛
び上がった。
 風に溶ける、一瞬。
 『エンドウ』は見た。全員守備−−ゴール前に集結する雷門とオーガの者
達と、こちらをひしと見据える円堂の姿を。
 
「来い!」
 
 ああ、彼は逃げる事など全く考えていない。
 
「受け止めてやる…お前達の、サッカーを!」
 
 だから−−強いのか。
 彼自身も。彼の元に集う者達も。
 
−−俺の絶望とお前の希望。どっちが強いか…勝負だ。
 
「ジ・アース!!
 
 三人でエネルギー弾に向けて脚を振り下ろす。願いを込めた強烈な一撃が
雷門ゴールへ向かう。イービル・ダイスの最強シュート。フットボールフロ
ンティアに優勝した頃の自分ではまったく相手にならなかった筈だ。
 だが−−あそこにいるのは同じ『エンドウ』でも自分ではない。絶望を打
ち破り、幸福な未来を手にしてきた円堂守だ。
 ならば−−もしかしたら。
「スピニングカット!」
「グラビテイション・改!」
「ザ・ウォール!」
「ボルケイノカット!」
「デーモンカット!」
「メガトンヘッド・G2!」
 風丸が、サンダユウが、壁山が、土門が、エスカバが、カノンが−−。次々
シュートブロック技を放つ。
 シュートはそれらを悉く打ち破ったが、威力は大きく軽減された。そこに
待ち構えるのは円堂。『エンドウ』さえ修得出来なかった最強のキーパー技
を引っさげて。
 
 
 
「オメガ・ザ・ハンド……G2!!
 
 
 
 金色の、光。
 『エンドウ』は思い出していた。自分の原初の技−−ゴッドハンド。それ
を習得した日の事。自分の、サッカーの、全ての始まり。まだ何の悲劇も知
らず、ただ毎日新しい発見に目を輝かせていた−−あの頃の事を。
 家の倉庫で。祖父のボールとノートを見つけた瞬間に自分のサッカーは始
まった。ただのボールを蹴り続ける事が楽しくて仕方なかった。文字が読め
もしないのに、祖父のノートを見るたびにワクワクした。その必殺技を習得
出来れば、きっとそれが祖父と自分との絆になると信じて。いつの間にかサ
ッカーが大好きでたまらなくなっていた−−あの頃。
 円堂の得たオメガ・ザ・ハンドは、そのゴッドハンドの究極進化系と言っ
ていい。
 
 サッカーは楽しいもの。
 サッカーは皆を笑顔にする魔法。
 キーパーの役目は全てを受け止めること。それはボールのみならず、あら
ゆる心を、相手の信念を受け入れる事。
 キーパーの役目は全てを守ること。それはゴールのみならず、あらゆる誇
りを、仲間の願いを守り抜く事。
 
 確かに−−ああ、確かに。祖父はノートにそのような事を書いていて。自
分も確かにそれを信じていた頃があったのだ。
 だけど度重なる悲運に心をすり減らし、絶望に負けて。祖父の願いを、望
んだサッカーを否定してしまった。しかし。
 あの円堂守は、そんなサッカーを護り続けたのだ。
 だから辿り着いた。全てを護り、受け止めるあの技−−ゴッドハンドの進
化の先へ。修羅の道を歩んできた『エンドウ』にさえ、否『エンドウ』だか
らこそ成し得なかったその境地へと。
 
−−ああ。じいちゃん。…俺に足りなかったのは。
 
 シュートが巨大な神の手に、がっちりと収まる様を見て。『エンドウ』は
降下しながら、ゆっくりと目を閉じた。
 
−−全てを受け止める、覚悟。立ち向かう勇気…だったんだ。
 
 スコアは、変わらず。3対2、雷門の一点リードのまま。残り時間は、あ
と−−。
「絶対に、勝たなきゃいけなかったのに…」
「『エンドウ』」
 ポツリ、と。呟いた声を拾った『カゼマル』が、悲しげに言った。
 
「もう…いいよ」
 
 アンドロイドそのものに、設定された感情は無い。だから今『カゼマル』
に涙を流させているのは、彼のオリジナルの“風丸一郎太”の記憶なのだろ
う。
「もう…頑張らなくていいんだ。お前が苦しんでいるのをもう見たくない…
本物の、“風丸”だってきっとそう言う」
「『カゼマル』…」
「受け入れてくれ」
 言葉が、風の中に溶けていく。
 
「死んだ人間が生き返る事なんかない。此処にいる俺は…俺達は偽物なん
だ」
 
 そんな事言わないで、と願う。
 でも『エンドウ』の声は嗚咽になって、言葉にはならなくて。
 
 
 
 
 
「“俺達”は…もう死んでるんだよ。『エンドウ』」
 
 
 
 
 
 叫んだ。張り裂けそうな胸の内を、声にならない声の限りに。涙を散らせ
ながら。
 
「−−−っ!!
 
 ラストホイッスルが鳴る。試合終了。
 雷門&オーガ対イービル・ダイス。勝ったのは、雷門&オーガ。
 
 日本中のあちこちで歓声が上がった。
 
 
 
NEXT
 

 

僕等の、地球<ホシ>。