“僕等の夜は未だ明けていない。 もしかしたら、貴方の夜もそうかもしれない。” ブレイブ・ハート 〜戦士よ、誇り高くあれ〜 四十五:マジシャンズ・セレクト バウゼンは目を閉じ−−一つ、深く息を吐いた。試合の勝敗が全ての結果を物語る。真に敗れたのはイービル・ダイスでは なく−−自分とヒビキだという事も。 作戦は失敗。そればかりか全てが裏目に出る結果となってしまった。今やエレメンタルサッカーの起源とも言うべき伝説のイナズマイレブン。 彼らがイービル・ダイス相手に敗北し、絶望し、朽ち果てる様を日本中に見 せる。そうする事でサッカーという危険思想を排除する事が出来る筈だと信 じ、自分達は試合を全国ネットで流した。 ところがこれは一体どういう事か。雷門が試合に勝ったばかりではない。彼らはどんな絶望的展開であろうと 折れる事なく、立ち上がり続けた。己のサッカーを貫き続けた。バダップを救い。サッカーを憎んでいた筈のイービル・ダイスメンバーで すら救ってみせた。そして−−それを見ていた全ての人の心を揺さぶってみせたのだ。その 実、バウゼンも例外では、ない。−−サッカーは…何かを奪ったり傷つける為のものじゃない…救う為の、も の。バウゼン個人としては。何もサッカーを争いの道具と見ていた訳ではな い。もっと貧弱な、人々を弱体化させる娯楽でしかないと考えていたのであ る。だからサッカーを憎んでいた訳では無かった。ただ敬愛するヒビキに同調 し、人々に強い心を取り戻させ、争いのない平和な世界を築く為に−−。必 要だと思ったのだ。サッカーを、この国から排除する事が。−−だがそれは本当に…正しい事なのか?この試合を見て。サッカーが貧弱な娯楽であるなどと−−誰が嗤うだろう か。もはや誰もそう思わないかもしれない。少なくとも自分はそう。もしか したら、ヒビキ提督ですら。 今此処には確かに、一つの戦場があった。弾丸も飛び交わない。銃声も爆発音もない。それでも誰もが命と誇りを賭 けて戦った−−そんな戦場が。違うのは勝者がけして敗者の死などを望まないこと。勝者はあくまで敗者 を救う為に戦っていた事だ。−−だったら、私は。私のしてきた事は…。「バウゼン大佐!」 バタバタと慌ただしい足音が、バウゼンを現実に引き戻した。「お、王牙学園の前にサッカーファンのデモ隊が…!恐らく300人は下ら ないかと…!!」 真っ青な顔で部下が言う。予想された結果だった−−円堂達が絶望に負け なかった時点で。この試合の勝敗が決した時点で。「…如何なさいますか、ヒビキ提督」慌てふためくような無様な真似はしない。どちらにせよ自分達は全てを失 う覚悟で此処にいるのだ。結果が真逆の方向へ転んだところで何も変わりは しない。だがバウゼンは迷っていた。自分がこれからすべき事は。何が最前である のか。一人では決めあぐねているのが実際だった−−嗚呼、情けないと笑い たければ笑えばいい。だから気になったのだ。この試合を見てヒビキ提督は何を思ったのか。彼 もまた考えを変えつつあるのかを。バウゼンの中の答えは出ていないようで出ているのかもしれなかった。た だそれを明らかにするのが怖かったのかもしれない。彼に着いていく。そう決めた事は後悔していない。ヒビキには個人的に多 大な恩もあるし、その地位を抜きにしても尊敬している。この世界を平和に 導く為、紛れもなく必要な人材である事も。だから彼がそうと決めたなら、自分が逆らう事は無いのだ。軍の地位や権 力もあるにはある。しかしそれ以上に、究極的最終的に彼は必ずや正しいの だと、まるで刷り込みにも似た絶対的信頼がある為だ。だから−−だから自分は。どんな犠牲を払ってでも彼に従わなければなら ないから。彼が望む選択をしてくれる事を願っていた−−その時点で、何かが矛盾し ていると気付きながらも。「…中継をやめさせろ。今更遅いかもしれんがな」 やがて。ヒビキが口にした言葉は。「どんな結末になろうと、我々が揺らいだら世界は終わる。ケジメはつけな ければならん…そうだろう?」 バウゼンにとっての−−絶望。凍りついた時間の中、バウゼンは漸く口を開いた。希望が砕ける音を聞き ながら。「イエス…サー」 握りしめた銃は、氷のように冷たかった。「負けた…な」『エンドウ』と『カゼマル』の嗚咽が響く中。フィールドの真ん中に立っ た『フィディオ』がぽつりと呟いた。「そうですね」 そこに、『トラマル』が同意する。「俺達は、負けたんですね」 そしてその言葉を引き継ぐかのように、『フブキ』が言う。「負けたのに…不思議だなね。何も失わない、敗北なんて」茫洋と。呆然と。悄然と。しかし誰もがどこか吹っ切れたような、清しい 顔をしていた。少なくとも円堂にはそう見えた。試合の度。岐路に立つ度。何かしらの犠牲を払い、何かを奪われ、悲劇に 涙してきた彼ら。もしかしたら戸惑っているのかもしれない。初めての−− 何も奪われない結末に。喪わない結果に。いや。本当は、彼らが何も失わない訳と分かっている。こうなった以上、 『カゼマル』や『キドウ』、『ソメオカ』『マックス』『ハンダ』−−彼ら アンドロイドが完全な姿になる事はもう、無いのだろう。そもそも彼らは偽 物。オリジナルは死者だ。完全を装ったところで、最初から本物にはなれな かったのだろうけれど。それでも、『エンドウ』は彼らを望んでいたのだ。それほどまでに仲間を 愛していたから。仲間を失った現実を受け入れ難かったから。もう一度−− 彼らに逢いたかったから。その『カゼマル』達はきっと−−失われてしまうだろう。負けた以上、ヒ ビキ達が報酬を払うとは思えない。オリジナルの記憶と容姿を受け継いだ彼 らは再びただの機械に戻されてしまうかもしれないし、廃棄されてしまう可 能性もある。それは『エンドウ』にとってはあまりに無慈悲で残酷な結末で ある筈だ。それでも。彼らにとっては初めてての、“何かを失うだけ”の試合では無 かったのだろう。それは同じほどに、あるいはそれ以上に得るモノがあった からこそ。少なくとも円堂はそう、信じている。自分がこの試合の中で手に 入れた力を、彼らもまた手に入れてくれている筈だと。「サッカーは憎むべき悪。…俺達もまた、ずっとそう思っていた」 静かに。バダップがそう告げる。「だが…違う。サッカー自体にはなんら罪は無い。罪があるとしたらそれは、 弱さを受け入れられなかった俺達自身。そう、気付かされた」そうだ。最初はバダップ達オーガのメンバーもまた、同じであった筈。確 かに彼らはイービル・ダイスメンバーのように、個人の感情でサッカーを憎 んでいた訳ではない。だが、サッカーを否定し、排除する事こそ世界の為で あり己の為だと−−そう信じていたのは、同じ。「円堂守と雷門のサッカーが、教えてくれた。大切なのは戦う心、立ち向か う勇気であると」トン、と。隻腕の少年兵は、右手で左胸を突く動作をした。それはあのフ ットボールフロンティアで、撤退間際の彼が円堂に示してみせたのと同じも の。 自分達の心は、確かに彼に届いたのだ。 だから今、バダップは此処にいて。自分の脚で立っている。「世界は…残酷かもしれない」そしてバダップとは違う意味で。違った感情と試練を乗り越えた、ミスト レが言う。「神様なんかいない。都合の良い奇跡なんか起こらない。願っても願っても …頑張っても頑張ってもどうしようもない事が、たくさんあるよ」でもオレ、分かったんだ。ミストレは笑う。泣きそうで、切なくて−−で も何かを見つけられた者の笑みを。「人は誰だって…幸せになる権利があって。幸せになれる力を持ってるん だ。願い続ければ、絶対じゃなくても…可能性の道は繋がっていく」 そう。 それがたった一つの、奇跡の起こし方。「同じだよ。君達も…オレ達も」『エンドウ』はバダップを見、ミストレを見、最後に円堂を見た。涙でぐ しゃぐしゃの顔だったが、それを醜いとは思わなかった。 だって彼はきっと−−やっと。涙を流す事を許し、赦されたのだから。「……試合に勝った後。復讐が終わった後。何がしたいかなんて…考えてな かったんだ」 『エンドウ』が言葉を絞り出す。「全部、壊しちゃえばいいと思ってたから。こんな世界も自分もどうにでも なれって…思ってた。だけど…それでも勝って、『カゼマル』達を取り戻し たいって思ったのは…」声に嗚咽が混じり、聞き取り辛かったが。フィールドに立つ全員が今、彼 の声に耳を傾けていた。憎しみに堕ちた太陽の、初めて語られる本音に。「もう一回…もう一回。『カゼマル』達とサッカーがしたかったからなんだ …!考えて、気付いちゃったよ。サッカーは俺からたくさん、たくさんのも のを奪って…憎んでいた筈なのに」 手で顔を覆い。『エンドウ』は、叫んだ。「友達をたくさん連れてきてくれたのも…出逢わせてくれたのもサッカー で…!俺は、やっぱりサッカーが好きなんだ…大好きなんだよぉっ…!!」 そんな彼に、バダップがゆっくりと歩み寄った。その顔は驚くほど優しく、 穏やかで。「もう一度、さっきと同じ事を言う」顔を上げる『エンドウ』。その頭に、そっと右手を乗せる。まるで幼子の 頭を撫でるように。あやすように。「サッカーを、捨てるな。それはお前達を幸せにする魔法なのだから」優しい声に。くしゃり、と『エンドウ』の顔が歪む。そして、小さな子供 のように頷いた。「うん…うん……!捨てない…捨てられるわけ、ない…!!」 『エンドウ』を覆っていた、黒い憎しみのオーラが消えていく。太陽は何度だって昇るのだ。何度沈み夜を迎えても、必ず自分達の夜は明 ける。必ず朝はやって来る。 そう信じ続ければ、きっと。「…どうすっか。これから」 気持ちを切り替えるように、エスカバが言う。「本音を言うと俺はまだ不完全燃焼だ。まる」「小官もバメル准尉に同意であります!」「君達ねぇ…ボロボロの癖に何言ってンの」「「サー・カルスほどではないかとー!!」」 「ブッ殺すよ二人とも」エスカバの言葉に、サンダユウが軍人口調で便乗し。さらにはミストレが 苦笑しながら悪乗りして二人をこずく。円堂はつい笑ってしまった。よく見ると他のみんなも笑っている。バダッ プやイービル・ダイスのメンバーですら。 だから円堂は言った。「じゃあもう一試合、やっちゃうか!!」 「出たよ無茶発言!」マックスが言い、さらに笑いが巻き起こる。仕方ないではないか。やりた いものはやりたいのだから。 それ、立派なサッカーバカと人は言う。「いいじゃん!サッカー、やろうぜ!!」 今度は最初から笑ってサッカーができる気がする。自分達も『エンドウ』 達も等しく。「さすが、“俺”だなあ」 『エンドウ』が失笑し−−しかし次の瞬間、その笑みは凍りついていた。 パァン!一発の、銃声によって。 NEXT |
魔術師の、選択。