“だって生きてるってコトはそれだけで、頑張ってるって事だから。”
 
 
 
 
 
 
 
イブ・ハート
〜戦士よ、り高くあれ〜
四十七:ラスト・メッセージ
 
 
 
 
 
 
 
 恐らくだが。自分の受けた傷は致命傷なのだろう。
 恐らくだが。自分はもってあと数十分の命だろう。
 バダップはどこか他人事のように、自らの現状を観察していた。不思議な
ものだった。今まで何度も死に瀕する事はあったのに−−こんなに穏やかに
結末を見つめるのは初めてだろう。
 横たわる自分を見つめるエスカバ、秋。駆け寄ってきた円堂守とカノン。
その前で、自分は一番言いたかった事と訊きたかった事を口にする。
 
「エスカバ。…お前は、後悔していないか」
 
 バウゼンの腕ならば一発で心臓を撃ち抜けただろうに。外したのが意外だ
った。だからこうして、最後に話が出来る。おかしな事だが感謝したい気分
だ。
「こんな…事になって。オーガに選ばれた事を、悔いていないか」
「馬鹿言ってんじゃねぇよ!」
 バダップの言葉に被せるように、エスカバが叫んだ。
 
「俺はお前のこと…確かに最初は思ってたさ、勝手な奴だって。いきなり自
分の部隊に入れとか訳わかんねぇって。でも…」
 
 叫ぶ声が、震えている。
 
「でも…お前みてぇな凄ぇ奴は…世界の何処探しだっていない。そんな奴に
選ばれた事は誇りだった…いや、オーガは俺ら全員にとっての誇りだ…!」
 
 震わせているのは、自分。
 
「お前は違うってのかよ、バダップ!!
 
 違わない。違うものか。
 バダップは小さく息を吐いた−−もはや呼吸さえ辛かったが、心は穏やか
だった。
 
「…本当に、良かった」
 
 ずっと恨まれてるのではと思っていた。それが闇から抜け出せずにいた理
由の一つでもあった。だが。
 彼らが自分を愛してくれていると。待っていてくれると気付かされて。こ
うしてまた同じ場所に戻って来れて。
 
「俺はたくさん…間違った事をしてきたのだろうけど」
 
 改めてその言葉をちゃんと聴いてみたくなったのだ。もう忘れる事のない
ように−−消えないように。
 
「お前達を、選んで良かった」
 
 彼らはバダップにとって初めて友と呼べた存在であり。
 チーム・オーガは。生まれて初めての居場所だった。大切だと、他の何に
代えても守りたいと思えるモノが、出来た。
 
「俺にとっても、お前達は誇りだ。だから…頼む、エスカバ」
 
 自分は、幸せだ。
 
「これから先…どんな事があっても。お前達はお前達の誇りを、捨てるな。
そして出来れば、納得するまで生き抜いてくれ…世界は」
 
 この世界は醜くて。
 汚いもので溢れているけれど。
「世界は残酷だけど…お前達と出会えた世界は美しい。納得出来ないものが
あるなら、それを変えるまで生きるんだ。お前達なら、きっと出来るから」
「ふざけんな!」
 エスカバが叫ぶ。悲鳴のような声で叫ぶ。
 
「約束しただろうが…世界を変えるって!俺達はその為に軍にいるんだっ
てよ!!
 
『変えようぜ…世界を。俺達の手で、必ず』
 
「お前がやんなきゃ誰がやるんだ!こんな場所で勝手に死ぬなんざ許さね
ぇぞ!!
 
 そうだったな、とバダップは思う。思い出したのはいつかの戦場。血にま
みれた場所で肩を抱き合って誓った言葉。
 それまで生きると決めた、あの日を。
 
「そう、だな…」
 
 死にたい訳じゃあない。未練が無い訳でもない。
 でももう、分かっている。どうしてかは分からないが、例えこの傷が癒え
ても−−。
 
「すまない」
 
 自分はきっと、此処で死ぬだろう。
 
「ありがとう」
 
 バダップは思う。短い時間だったかもしれないが。自分は彼らを救う為に、
仲間達の想いに応える為に、この命を延ばしたのだろう。あの戦場から生還
し、闇の中から這い出してきたのだろう。
 それはきっと、意味ある事だから。
 
「…喩え、俺自身がその先を見れないとして、も…」
 
 激しく咳こみ、血を吐いた。鮮血がエスカバや円堂の顔を汚してしまう。
ゅーひゅーと嫌な音が喉から漏れた−−見苦しく生にしがみつく姿は、多分
みっともないものなのだろう。
 
「俺はもう、今日までの事を後悔しない。…幸せだったのだから」
 
 これでもう、充分。
 
「駄目だ…駄目だバダップ!」
 
 がっと。カノンが自分の右手を握った。温かいばかりではない、とても熱
い手だと思った。
 
「やっぱり駄目だ…死んじゃ駄目だ!諦めるなよ、最後まで…!」
 
 あちらで怒声と、銃声が断続的に響いている。こうしていられる時間も残
り僅かだろう。どうにかカノン達に銃弾が飛んで来ずに済んでいるのも、ミ
ストレ達が粘っているからこそ。
 
「カノン…君にも、礼を言わなければならない、な」
 
 あの日。もしカノンが自分達の、ヒビキ提督の作戦を邪魔しに来なければ。
あれがもし成功してしまっていたら。
 自分は今も、大切な事に気付けなかっただろう。
 
「フットボールフロンティア決勝戦。オペレーション・サンダーブレイク。
間違っていた俺達を…止めてくれた事、礼を言う」
 
 もしあの作戦が成功していたら。自分が死地に送られる事も、ミストレや
エスカバをこんな風に苦しめる結果にもならなかっただろう。
 だが。あれは失敗して然るべき事だったと今なら分かる。自分達は知らな
ければならなかったのだ。この世界で一番大切なモノが何であるのか。一番
の強さというものを。
 
「そして…さっきも。君の声が俺を闇から引き戻してくれたんだ」
 
 カノンの眼が見開かれ−−やがてくしゃり、と歪んだ。本当はとても泣き
虫なのかもしれない。きっとそんな優しい子だったから−−キラードも彼に
未来を託したのだろう。
 自らの、存在を賭けて。
「そして、円堂守」
「…何だ」
 いつもくるくると表情が変わる。眩しい、太陽のような少年。誰かを導き、
救う力を持つ浄罪の魔術師。
 その彼は今、涙をこらえて、しかし溢れそうな感情を眼の奥に必死に押さ
え込んだ−−そんな顔で、こちらを見ていた。
 
「サッカーは……楽しいな」
 
 円堂は一瞬目を見開いて、やがて頷いた。
「うん。…そうともさ。サッカーは楽しいんだぜ。試合したら、試合した数
だけ。試合した相手の数だけ…楽しいんだ」
「…そうか」
 サッカーは世界を滅ぼすものじゃない。世界を笑顔にするもの。同時に−
−平和的に、勝敗を決める事のできる手段でもあるのだ。
 どうしてそんな簡単な事に気付けなかったのだろう?
 
「お前は…それでいい」
 
 円堂守。
 どうか君は、誰かに汚されないで。
 そのままで、いて。
 
 
 
「お前はずっと…太陽でいろ。何度沈んでも…何度だって昇る太陽。それが
お前だ」
 
 
 
 そうやって何人も照らして。照らされて。
 
 
 
「そうすれば…きっと。世界だって変えられる」
 
 
 
 君の生きる未来がどうか。
 自分達のそれよりずっと、希望に満ちた未来でありますように。
 
 
 
「お前なら、出来る。俺達の未来を変えた、お前なら」
 
 
 
 その時だった。複数の悲鳴が上がり、何か大きなものがこちらに吹き飛ん
できた。それは傷だらけのミストレだった。反射的に必殺技の構えをとった
秋は流石だろう。
 
「ゴッドハンド!」
 
 金色の神の手が、ミストレの身体を受け止める。
「ミストレ君!…酷い怪我…!!
「ありがと。…大丈夫だよ、これくらい」
 言葉では強がっていたが、その口調は弱々しい。肩から、足から血を流し、
顔色は真っ青だ。只でさえ彼は試合で負傷していたのである。満足に戦えな
かったのだろう。
 
「閃光の拳士(ライトニング・ファイター)ことミストレーネ・カルス小尉。
…貴官が万全の状態だったら、危なかっただろうな」
 
 両手に、小型のショットガン。両脇に迷彩服の兵士達を携えて、バウゼン
が言う。その前にはボロボロになったオーガのメンバーが膝をついている。
 
「お褒めに預かり光栄だね…散弾銃の機械兵(ショットガン・サイボーグ)
ことドレイス・バウゼン大佐」
 
 ミストレが忌々しげに吐き捨てる。致命傷は避けているとはいえ、度重な
るダメージ。ミストレもオーガの皆も限界に近い筈だ。
 それでも立ち上がろうとするミストレに、無理しないで、と秋が悲鳴に近
い声を上げる。
 
「…今一度問う。考えを改める気は無いか?」
 
 臨戦体制を取りながらも、バウゼンはまだ降伏を勧める。思い起こせばこ
の人は昔からそうだったな、とバダップは過去の戦場を思い出した。
 戦争においては。無慈悲にならなければ、味方も自らの命も失う。殺られ
る前に殺らなければ何も守れはしない−−それが現実だ。綺麗なヒューマニ
ズムを謡えるのは、最前線の苛烈さをまるで知らない人間だけだろう。
 だが。この人は叩き上げ軍人にも関わらず−−どんな相手にも一度だけ、
たった一度だけど必ず降伏を呼びかけた。そして断った相手を葬り去った
後、必ず祈りを捧げていた。
 本当はとても、とても優しい人なのだろう。自分は知っている。彼は訓練
中いつも厳しくて−−でも、全ては自分達が生き残れるように配慮したから
こそだった。
 今も、本当は。
 
「…悪いけど」
 
 緩慢な動作で立ち上がり、ミストレが言う。怪我を感じさせぬ、凛とした
声で。
「サッカーは、悪なんかじゃない。円堂守を悪者にして…逃げていた未来の
人間こそが弱かったんだ。変わらなきゃいけないのは過去じゃない、現在の
俺達だ」
「その通りだぜ」
 そこにエスカバが加わる。キッとバウゼンを見据えながら。
 
「この世界が荒れちまったのは…今を生きる俺達に勇気が無かったから。真
正面から向き合う勇気が無かったから…何でも力で解決しようとして、本当
の強さを見失っちまった。八十年前のコイツらは、当たり前に持っていたモ
ノをな…!」
 
 バダップは何も言わない。悲しいかな、もはや意識さえ朦朧とし、殆ど喋
る事が出来なくなっていたのが実状だった。
 しかし。もはや自分が言うべき事は何も無いだろうと思う。
 円堂守が。円堂カノンが。自分に伝えてくれた“勇者の心”は−−仲間達
にもしっかり届いていると、分かったから。
 
「俺達はサッカーを捨てねぇ。こいつらにも捨てさせねぇ…!それが俺達
の、答だ!!
 
 エスカバの言葉に。オーガの他メンバーも一斉に頷く。皆、心は一つだっ
た。
 バウゼンはそんな自分達を見て、眼を閉じ−−そうか、と。ただそれだけ
を言った。
 
「例え命を落とそうとも揺るがない……か。ならば、私も……こうする他無
いな」
 
 何をする気だ、と思った。バウゼンは銃を持ったまま一歩踏みだし−−。
 
 
 
「ダッシュストーム・V3
 
 
 
 凄まじい、風が。フィールドを襲った。バダップも、バダップの周りにい
た者達も散り散りになり、吹き飛ばされて地面を転がる。胸の銃創と治りき
っていない全身の傷に激痛が走り、バダップは息を詰めた。皮肉にもその痛
みが、霞みそうになる意識を繋ぎ止める。
 やがてバウゼンの足音で。彼がこちらに近付いてきている事を悟った。
 
「最終通告だ…オーガ諸君」
 
 足音は、横倒しに倒れたバダップの目の前で止まった。
 
「隊長を失っても…その信念は貫き通せるものかな?」
 
 
 
 
NEXT
 

 

最期の、言葉。