“諦める必要は無いんだ、と。” ブレイブ・ハート 〜戦士よ、誇り高くあれ〜 四十九:ソウル・ウエポン 本当は、怖かった。いくらたくさんの悲劇を乗り越えてきたからといって−−軍人達に囲ま れ、銃を向けられる経験などある筈もない。喉はカラカラ、背中は冷たい汗 でびっしょり、油断すれば足の先から震えが来そうだ。何より撃たれた右肩 が痛くて堪らない。 それでも−−『エンドウ』は立ち上がり、ヒビキ提督を睨みつけた。「捨てないさ。もう此処にいる誰一人、サッカーを悪だなんて思ってないん だ」『サッカーは憎むべき悪。…俺達もまた、ずっとそう思っていた』「変わらなきゃいけなかったのは、自分達の悲運を全部サッカーに押しつけ て…悲劇の主人公気取ってた、俺達だ」『円堂守と雷門のサッカーが、教えてくれた。大切なのは戦う心、立ち向か う勇気であると』「戦わなきゃ…立ち向かわなきゃ、運命は変えられない。だから俺達は…あ んた達と戦って、未来を切り開いてやる!」バダップの言葉が蘇る。彼をあんなにも眩しいと感じた理由、その言葉に 力を感じた理由は。彼が既に乗り越え、闇から抜け出した者だったからだろ う。そうだ、バダップは自分達が辿り着くべき場所に、既に立っていたのだ。たった一度。たった一度試合をした相手だ。だから雷門の彼らの言葉を借 りるならば、試合をした自分達はもう“友達”だ。その友達が−−自分達に 大切な事を伝えてくれた彼が今、理不尽に命を奪われた。バダップともっと深い繋がりがあった者達とは、多分根本的な動機が違う だろう。悲しみも自分の比ではないに違いない。それでも今、『エンドウ』 は思う。このまま立ち尽くし、ヒビキが提示したままの選択に流されたら−−それ こそ命懸けで自分達を救ってくれた彼への冒涜。その意志を継ぎ、幸せになる為に戦う事こそ報恩。何よりの弔いになる筈 だと。「今、ハッキリと理解した。世界はサッカーを捨てちゃいけない」『サッカーを、捨てるな。それはお前達を幸せにする魔法なのだから』「サッカーは、みんなを幸せにする魔法なんだから!」 勝つ。どんな試合だって勝ってやる−−この魔法で。「我々を裏切る気か、イービル・ダイス」「裏切るも何も。最初から仲間だなんて思ってないくせに」まあ自分達もそれは同じだったのだが。偶々利害が一致したから手を組ん でいたに過ぎない。「それに俺達はもう…“悪の賽子(イービル・ダイス)”じゃない」 悲劇の一の目しか出ない賽子ならば、ブッ壊せ。「俺達は…こいつらと同じ、イナズマイレブンだ!」『エンドウ』を手当てしてくれた夏未と春奈が。悲嘆に膝をついていた円 堂とカノンと秋が。皆がこちらを見ていた−−はっとしたような眼で、見て いた。「…そうだな」 やがて。円堂が、立ち上がった。「ヒビキ提督。あんたは俺達が取り戻そうとしたモノは無駄になったって言 ったけど。本当に無駄になるのは…俺達が諦めた時だ」その眼に涙を溜めて。悲しみに、悔しさに心をズタズタに切り裂かれなが らも。「生きる事を。サッカーを守る事を。俺達が諦めた時…バダップは本当に無 駄死にになっちまう。だから!」 彼は、叫ぶ。 叫び、見据える−−己が倒すべき敵を。乗り越えるべき壁を。「絶対に諦めねーぞ…!サッカーも、未来も!!」 そして、涙を乱暴に拭い−−円堂カノンもまた、隣に立つ。「お前達を許さない…だから絶対、お前達になんか屈しない。これ以上俺達 の大事なモノを壊させてなるもんか!」涙でぐしゃぐしゃの顔で。それでも圧倒的力を前に立ち上がるのは。彼も また、円堂の血とバダップの遺志を継ぐ者である証拠。「暴力なんかで。俺達や世界の心まで支配できると思うな…!!」 今。三人の“浄罪の魔術師”が立つ。 生きて、幸せになる為に。「…どいつもこいつも…救いようのないサッカー馬鹿だな」 呆れ果て−−やや苦笑さえ滲ませながら、ヒビキは言った。「ならば仕方ない。…此処で全員、消えて貰う。サッカーしか知らない…素 人のお前達がどこまで戦えるか、見物だな」おいバウゼン、と。ヒビキが部下を呼んだ。しかし何故か百戦錬磨の筈の 大佐は、さっきからずっと沈黙したまま動かない。「バウゼン。聞いているのか。こいつらとオーガを始末しろ」流石のヒビキも訝しみ、やや苛立った口調で催促する。だがバウゼンは、 ヒビキを見なかった。バダップの遺体を抱きしめたまま−−やがて、声を発 した。「…出来ません」「なんだと?」バウゼンが顔を上げる。もはや中年を過ぎたと言ってもいい年に入る男は −−叩き上げの大佐は。泣いていた。「私には……出来ません」 バウゼンは思う。今まで何十人何百人−−否、何千人かもしれぬ数を殺してきた、自分。銃 を撃つのが初めてな筈もない。増してや自分の異名は“散弾銃の機械兵(シ ョットガン・サイボーグ)”。バダップに銃器のいろはを教えたのも自分な のだ。 だが。 泣きながら人を撃つのは−−初めてだった。「私には……出来ません」 そして、敬愛するヒビキ提督の命令を拒否した事も。「…ヒビキ提督。これは、何の為の戦いなのですか」もはや物言わぬバダップの遺体を抱きしめる。華奢な身体は血だらけで、 しかしまだ温かった。瞼を閉じた顔は穏やかで、まるでただ眠っているかの よう。撫でた髪は、幼い頃と変わらず柔らかくて綺麗なままだった。こうし ていると彼がまだ生きているかのように錯覚してしまいそうになる。 でも。「どうして私は…この子を殺さなくてはならなかったのですか」 引き金を引いた瞬間、全てが終わった。もう少年の心臓は使いものにならない。鼓動は途絶えた。呼吸も消えた。 自分が彼を、殺してしまった。 思い知ったのは、もはや取り返しがつかなくなってからだ。「こうまでして…私達は一体何を得るのですか」バダップの事は王牙学園の初等部から見てきた。専任の教官、というほど ではないが。彼の才能を見込み、付きっきりで訓練する事も少なくなかった。疲れ果て、ボロボロになった幼い彼を。眠れるまで見守った昔を思い出す。 自分にとって彼は、部下というより息子に近い存在だった。バウゼンがかつ て戦災で実子を失った父親である事もあるかもしれない。無意識にバダップ を、息子の代わりにしていた事も否定しないが。 世界が平和になったとしても。 その世界にはもう−−この子がいない。バダップの身体から力が抜け、その鮮血を浴び、その身が物言わぬ躯と化 した瞬間−−理解した。理解させられてしまった。 自分が欲しかった景色は。望んでいた世界は。 こんなに血に汚れた−−悲しいものじゃあ、無かったのだと。「サッカーがなくなれば戦争もなくなると?…そんな訳が、ない…!」今。バウゼンは真っ向から否定した。信じていたはずの人の思想を、拒絶 してみせた。「寧ろ…サッカーを嗜む円堂達は、こうして暴力に屈しない心を持っている …!立ち向かう勇気がある…!我々が逃げ出した現実に、彼らだけが向き合 ってる…違いますか!?」 「バウゼン、お前…」「私も円堂守の呪いにかかってしまったのかもしれないが…そう思いたけ れば思えばよろしい」感情が零れ、溢れて止まらない。バウゼンは泣いた。子供のように泣き、 少年の亡骸を掻き抱いた。「彼らから…世界からサッカーを奪う事は!戦う心を奪う事に他ならない のではありませんか!?」 間違っていたのは自分達だった。嗚呼−−そうだ、前提がまずねじ曲がっ ていたのではないか。サッカー云々以前の問題だ。どうして自分達は自分達を、絶対的に正しい と信じたのか。正義なんて概念なんか人の数ほどあり、その度悪も姿を変え る。サッカーを“絶対悪”と謳った時点で、何かがおかしかったというのに。 信念を貫く事と。過ちを認めずに盲目的に突き進む事は違う。薄々気がついていた筈なのに−−ハッキリと理解させられたのは、円堂達 の言葉を聴いてから。バダップを殺してしまってからだった。 どうしてもっと早く。もっと早く−−自分は。「私はもう…愛しい部下達を殺せない…たとえヒビキ提督、貴方の命令でも …!」抱きしめた亡骸がどんどん温もりを失っていく。それがまた悲しくて悲し くて涙が溢れた。「もうたくさんだ…これ以上、私は嘘など吐けない…!」 もうたくさんだ。たくさんだ。 こんな想いをするのも−−大切な者の血で手を染めるのも。 間違いに気付きながら、自分を誤魔化し続ける事も。「……ならば、バウゼン。お前はどうする?」 沈黙の後。ヒビキが口を開く。「我々を裏切り、刃を向けるか?」 刃を向ける。その一言に、すっと背中の芯が冷たくなった。命令拒否。それは軍におい て赦されぬ事。無論どんな事にも例外はあるが、今がその“例外”にあたら ぬ事など火を見るより明らかだ。愛しい部下であるミストレ達を。真の強さを持った円堂達を。殺すなんて もう、出来ない。だが。自分にとって恩師と呼んでも差し支えない上司に−−ヒビキ提督に。謀反 を起こすなんて、そんな事−−。「……申し訳ありません、ヒビキ提督」 そして。 バウゼンが選んだのは。「この子を殺した私に、仇討ちなどする資格もなく…この子の遺志を継ぐ権 利もない。何より貴方に楯突くなど有り得ない」 愛銃の銃口を、自らの顎下に当て。「しかし…本当の強さを持った彼らを。間違った正義で断罪する事も出来な い。ですから」 諦めと共に。「一足先に、退場させて頂きます」 自害を−−宣言した。「ば、バウゼン大佐…!?」 兵士達がざわめく。万が一の為にとこの地下修練場に配置され、オーガを 戰滅せよと命じられた彼らは。半分がヒビキの部下であり、半分がバウゼン の部下だった。動揺したのは無論、後者だ。彼らにも忍びなく思う。自分の感情と都合だけで振り回し、挙げ句目の前 で自決するなどと。本来あってはならない事。彼らの多くが自分を慕い、信 じて着いてきてくれると分かっているから尚更だ。 けれど。自分に残された選択肢はもはや無いに等しい。自分には雷門やオーガの子 供達は殺せない。そしてヒビキの事など殺せる筈もない。つまりは誰も殺せ ない。「私は…貴方の事もオーガの子供達も殺せない。他に償う方法も、無い」 負け犬と呼ばれても構わない。バウゼンは引き金に指をかけた。自分は此処で、この戦場から降りる。これ以上耐えられない現実を直視す る前に−−。「アンタは、卑怯だ」 その声に。バウゼンはゆるゆるとその方を見る。ミストレだった。オーガの副隊長を務めた少年は、泣き腫らした眼で−− こちらを睨みつけていた。「逃げるのか。そうやって自分の心からも…バダップの願いからも!」魂を打ちつけられた気が、した。 NEXT |
魂の、武器。