“綺麗なだけの言葉と言うかもしれないけれど、
僕等は彼の言葉で救われた。”
 
 
 
 
 
 
 
イブ・ハート
〜戦士よ、り高くあれ〜
五十一:シャイニング・ウィザード
 
 
 
 
 
 
 
 爆発音。修練場の扉が吹っ飛ぶ。それはジニスキーの投げた手榴弾による
ものだった。吹っ飛んだ扉がヒビキの部下達にぶつかり、怯ませるのも彼の
計算のうちだろう。
 その間に円堂達が壊れた扉から通路に出る。脱出の直前、一度だけ秋がこ
ちらを振り返ったので−−ミストレは安堵させるように、微笑んでみせた。
 
−−心配しないで。オレ達は、負けないから。
 
 目だけの合図。それでも何かは伝わったのだろう。彼女は目に涙を溜めて
頷き、走り出した。もう振り返る事なく。
 
−−君達に、逢えて良かった。
 
 失われた命があり、日常があり、幸せがあり。その上でなおミストレは思
う。
 これで良かったのだ。
 本当に強くなる為には−−バダップとの約束を守る為には。
 
「オレ達が世界を、変えるんだ」
 
 過去ではない。現在という名の現実を。
「チーム・オーガ!戦闘開始!!
「イエス、サー!!
「見せろ、稲妻魂!!
「おー!!
 オーガメンバーとイービル・ダイスが、ヒビキの部下達の前に次々飛び出
していく。
 
「追え!」
 
 円堂達を逃がすまいと、兵士達が出口へ走る。その前に立ちふさがったの
はザゴメルとブボー、ゲボーだ。
 
「此処から先…一歩たりとも進ません!!うぉぉぉ!!
 
 ザゴメルの武器は、巨大なハンマー。重さ数トンのそれを軽々振り回すの
は、彼の剛腕あってこそ。そしてそれは掠るだけで十分相手に深刻なダメー
ジを与えるのだ。
 腹に一撃をくらった兵士は口から潰れた内臓を吐き出して悶絶し、頭を掠
った兵士はそのまま頭蓋と脳の一部を持って行かれる。サブマシンガンで中
距離から撃つ者もいるが、ザゴメルの超合金ハンマーは頑丈な盾にもなるの
だ。そこらの銃撃ではびくともしない。
 隙を見てザゴメルの脇から飛び出そうとした者は、鉄線のトラップに引っ
かかって感電させられた。ブボーが仕掛けたものである。どうにかトラップ
を避けた者も、ゲボーの電気鞭の一撃で感電死する。見事なコンビネーショ
ンだ。
 見た目は愛らしい双子も戦場では悪魔と化す。彼らは電撃で敵を仕留める
のを得意としていた。トラップマスターのブボーと電気鞭のゲボーである。
「オーガの誇る鉄壁ディフェンス!ナメんなよ〜!」
「ナメんなよ〜!」
 けらけら笑いながらブボーとゲボーが言う。
 チームオーガのメンバーは、基礎能力だけで見ても他を凌駕するが、特に
恐れられるのはそれぞれが卓越した武器の技能を持つことだ。
 ミストレは格闘技。
 エスカバは短刀。
 ザゴメルはハンマー。
 ブボーはトラップ。
 ゲボーは電気鞭。
 サンダユウは長刀。
 ジニスキーは爆発物。
 イッカスは遠距離射撃。
 ダイッコは鉄球。
 ドラッヘはサブマシンガン。
 そして中でも恐怖の象徴として恐れられていたのが、銃器を自在に操るバ
ダップである。誰もが何かしらの達人でありエキスパート。その上で連携力
でも群を抜く。軍史上最強の特殊部隊と呼ばれる所以だった。
 
−−もう、隊長はいないけれど。
 
 彼以外にオーガの隊長は有り得ない。ミストレですらあくまで“副隊長”
だと、自分自身ですら分かっている。それほどまでに彼の存在は大きなもの
だったのだ。
 いくら権限を引き継ごうとも変わらない。隊長の空席は彼がそこに生きた
証。その上で−−自分達は彼がいずとも戦えることを証明する。バダップに
心配かけないように。安心して天に昇れるように。
 
「これが俺達からのレクイエムだ…なんてね」
 
 そして今はオーガだけではない。もう一チーム、頼もしい味方がいる。
 
「正義の…鉄拳、G5!!
 
 『エンドウ』の必殺技が、兵士達を薙ぎ倒す。その顔が苦痛に歪み、傾い
だ。撃たれた肩の傷に響いたのだろう。
 その背中を狙う兵士に気付き、ミストレは拳を振り上げる。
 
「はいはい、邪魔だよ邪魔っ」
 
 悲鳴さえ上がらない。首を折られた身体がどう、と音を立てて崩れ落ちる。
パタパタと血の滴が散った。ズキリ、と体中の傷に響き、呻くミストレ。
「大丈夫か?」
「そりゃこっちの台詞。素人なのは分かってるけどね、背中側の注意を怠る
なっての」
「次から気をつけるよミストレ。ま、ある程度は慣れてないってことで勘弁」
「それで死んだら意味ないでしょ。まったく」
 しかし、憎まれ口を叩きながらも、ミストレは彼らの能力を高く評価して
いた。戦闘経験はない筈なのに、なかなかどうして様になっているではない
か。足手まといになるどころか充分に戦力だ。
 特に『エンドウ』。きっと鍛えれば自分に次ぐ拳士になれるだろう−−無
論、この苦境を打破出来たらの話だが。
 
「そろそろ頃合い、か」
 
 突然。『キドウ』が拳を振り上げ−−自らの脇腹を殴打した。すると『カ
ゼマル』や『ソメオカ』達も意図を悟ったように、同じ行動をする。
 
「何だ?」
 
 ミストレの疑念に気付いてか、『カゼマル』が苦笑して言う。
「コントロールパネルを破壊したんだ。これでもう…俺達アンドロイドが遠
隔操作されることはない」
「その代わり、充電池も壊れたからな。時間が経てばいずれ俺達は充電切れ
で動けなくなるだろう」
 『キドウ』が彼の言葉を引き継ぐ。その意味するところを悟り、息を呑む
ミストレ。
 
「たとえ偽物でも…俺達の心は俺達のモノだ。創られた記憶だって俺達には
たった一つの真実なんだ」
 
 他の誰かに奪わせたりしない。
 彼の眼には強い決意と覚悟があった。
 
「俺達は俺達のまま…最期まで生き抜いてやる。『エンドウ』の為に…そし
て俺達自身の為に!」
 
 『キドウ』を先頭に、アンドロイド達が駆け出していく。素材が一般人と
は思えぬ俊敏な動きで兵士達を翻弄し、必殺技を駆使して一人ずつ確実に倒
していく。
 やがて『カゼマル』が叫んだ。さぁ、俺達のサッカーをしよう−−と。
 
「必殺タクティクス…真・ダンシングボールエスケープ!!
 
 必殺タクティクスが炸裂する。彼らの巻き起こす風は嵐になり、カマイタ
チになり、ハリケーンになり−−敵を次々と切り裂き、倒していく。血煙が
上がる。悲鳴が上がる。それでも彼らが止まることはない。
 ダメージを受けるのはヒビキの部下達だけではない。元は素人なのだ。攻
撃の防ぎ方、避け方、受け身の取り方−−様々な面で未熟さが露呈する。
 『マックス』の足首を銃弾が貫いた。
 『フィディオ』の腕を軍刀が切り裂いた。
 『キドウ』の腹に穴が空き、『ヒロト』の肩から血飛沫が上がった。
 『エンドウ』の手がみるみる血だらけになっていった。
 それでも彼らは止まらない。ただ運命を、未来を切り開く為に戦い続ける。
どんな痛みも、恐怖にも耐えて。
 
−−見ろよ、ヒビキ。アンタも目を逸らさないでこいつらを見ろ。
 
 ボロボロの身体で。サンダユウが振るった刃が兵士の首と胴を切り離す。
その彼の背中に容赦なく突き刺さる銃弾。それでもサンダユウは歯を食いし
ばって反撃し、狙撃手を一刀両断する。
 その向こうではダイッコが鉄球を振り回し、次々と兵士達を肉塊に変えて
いった。頭から大量に血を流し、意識さえ怪しくなりながらも。
 
−−こいつら、強いだろ。何でだと思う?
 
 兵士達の統制はあまりにとれていなかった。バウゼンが明確な指示を出さ
ないまま、動きを止めてしまった為である。だがそれを考慮しても、イービ
ル・ダイスとオーガの善戦はめざましいものがあっただろう。
 誰もが満身創痍で−−しかし諦めていない。諦めないでいられる。
 それは、何故か?
 
−−戦う勇気を持ってるからだよ。
 
 ミストレはふらつきながらも、襲ってきた相手に拳を叩き込む。顎を砕か
れた男は悶絶して地面を転がる。それを一瞥して、ミストレはヒビキを睨み
つけた。
 
−−無駄なことなんか一つもない。円堂守に教えられた“勇気”とバダップ
がくれた“希望”が…今の俺達を支えてる。
 
 だから。
 
「それでもアンタは…サッカーはこの世界を滅ぼすだなんて思ってるわ
け?」
 
 声に出して訊く。ヒビキは答えない。ミストレはさらに続けた。
 
「アンタも実は…イービル・ダイスと同じだったんじゃないの?サッカーが
偶々自分の幸せを奪う契機になったから…自分の悲劇を全部サッカーのせ
いにして逃げてんじゃないの?」
 
 だが、イービル・ダイスの彼らの方がまだマシだ、とミストレは思う。
 何故なら彼らは、憎み嫌いながらもサッカーを捨てなかった。サッカーに
真正面から向き合っていた。もがきながら、苦しみながら、自分の足で立ち
自分の手で答えを掴もうとしていた。
 それに比べて、彼のやったことは何だ?
 
「全部、全部、全部!他人任せじゃないか!最初は俺達、俺達が刃向かった
ら次はイービル・ダイスだ。自分自ら動こうともしない、サッカーに向き合
おうともしない!」
 
 ミストレは真っ直ぐヒビキに拳を向けて。断言する。
 
「そんなアンタに…世界を変えるなんてこと、出来るもんか!」
 
 世界が凍りついたかのように思えたのは−−一瞬。次にはヒビキは、弾か
れたように嗤い声を上げていた。
 
「この俺にそこまで言うか…いいだろう!」
 
 ヒビキの合図に、彼の後ろから新たな兵達が現れる。ヒビキ自身も重たい
銃を握った。
 
「俺とお前達…どちらが世界を導くに相応しいか!ハッキリさせようじゃ
ないか!!
 
 
 
 
 
 
 
 遠くで爆音や銃声が響いている。イザという時の為、安全な脱出ルートを
確保しておいたオーガは流石だ。カノンは心底感心して、先を行くエスカバ
を見る。
 
−−強いよね、君達は。
 
 油断するとまた涙が出る。バダップを、救えなかった。救えた筈なのに、
守れなかった。後悔で死んでしまいそうだ。もう一度サッカーをすると−−
そう約束した筈だったのに。
 
−−駄目だ。まだ…まだ泣き叫ぶには、早い。
 
 王牙学園の地下修練場で始まったこの戦いは。大きな革命の波となって、
この国を動かす契機となるだろう−−何故なら、試合の様子は中継で全国ネ
ットに流れていたのだから。
 何が正しくて何が間違いか。実のところそれはまだ誰にも分からない。そ
れでもサッカーを愛する者達は、試合で心を動かされた者達は。それが正し
いと信じて戦うのだろう。
 たとえ絶望ばかりの、修羅の道であったとしても。その先に幸せな未来が
待つと信じて。
 
「このダクトを抜ければ、キラード博士の研究所前に出る」
 
 どれだけ歩いたか。狭い通路の奥まった場所、金網を外しながらエスカバ
が言う。
「研究所まで行けば、タイムワープで元の時代に戻れる。俺の案内は、此処
までだ」
「エスカバ…」
 彼は修練場まで戻り、ミストレ達に加勢するつもりなのだろう。
 
−−だったら俺は…俺のするべき事は。
 
「ひいじいちゃん」
 
 カノンは考え−−結論を出した。真っ直ぐに円堂を見つめて、言う。
 
「俺も…みんなを助けに行く。だから此処で、お別れだよ」
 
 彼らは自分の、大切な仲間だ。
 だから共に戦う。誇りを賭け−−全ては幸せに生きる為に。
 
 
 
NEXT
 

 

閃光の、XXX