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“どうか自分に、価値が無いだなんて思わないで。”
 
 
 
 
 
 
 
イブ・ハート
〜戦士よ、り高くあれ〜
五十二:スタンドアップ・ヒーローズ
 
 
 
 
 
 
 
“疑う事無き 哀れな勇者よ
 抗い続ける 愚かな道化よ”
 
 
 
「ミストレって歌上手いんだな」
「そう?」
「うん。キレーな声してる」
「ありがと。でも出来れば可愛い女の子に言われたかったなぁ」
「そりゃ悪かった。ここは俺で我慢してくれ」
「うーんいくら美人でも男は勘弁」
 ミストレが小さく歌を口ずさみ、『フィディオ』がそれについてコメント
する。バウゼンはそれを、どこかぼんやりとした気持ちで見ていた。
 長く前線に立っていた自分は知っている。戦場において軽口を叩き合う事
は、無事を確認する為の挨拶であり。まだ軽口を言う余裕があるから大丈夫、
と己や味方を励ます行為でもある。
 そして歌は。希望を紡ぐもの、そのものだ。苦境にあればあるほど歌う者
は増える。絶望から抜け出し、光を見つめる為に。まだ戦えるのだと言い聞
かせるように。
「それ何て歌なんです?未来の歌?」
「バダップから教わっただけだから俺もよく知らないんだよね『トラマル』。
案外古かったり…あ、もしかしたらバダップの自作かも!?
「そりゃすげぇ!あの隊長が作曲かよ!?
「いやいやイッカス君。これマジ」
「なになにサンダユウ君、何か知ってるわけですか」
「偶々な、バダップが歌ってんの聴いた事あんだわ。すっげぇ上手かった。
で、よもやと思ってこっそり部屋覗いたら、引き出しの中に手書きの譜面が
ごっそり!」
「へぇーふぅーん。“オレ達の”部屋勝手に入って物色したんだ?へぇー…」
「い!?あ、それはそのだなミストレ…っ」
 どうしてだろう。
 とても楽しげでさえある会話なのに−−どうして涙が出るのだろう。
 確かに今は戦闘中。軽口を叩きながらも彼らは必死の形相で武器を奮って
いる。自分と敵と味方の血にまみれながら。だが、理由はそれだけでないと
分かっている。
 聞こえて来るからだ。軽口に隠された、彼らの本当の心の声が。
 
『一度でいいから、バダップの歌を聴いてみたかった』
 
 彼らが楽しげであればあるほど思い知る。彼らが幸せであったことを。そ
れを奪い去ったのが自分達である事を。
 
−−泣くな。これ以上無様な姿は晒すな。
 
 言い聞かせ。言い聞かせ。亡骸を抱く腕に力を込める。
 
「今の私に…彼らの為に泣く資格など無いんだ…」
 
 だけど。心の奥底からもう一つ声がするのである。
 だからといって。このまま何もしないでいる気なのか?本当にそれでいい
のか?と。
 バウゼンは考える。正しい事が何一つ分からない世界で、ただ考え続ける。
 
 
 
“独りきりの舞台挨拶
 仮面はいつも標準装備
 貴方の姿を身に纏い
 大人の顔演じ繕い
 
 悲哀にすら理由が要るさ
 別れ際の君の虚しさ
 最初から俺らは不在だ
 赤信号点滅中だ”
 
 Stand up!
 この脚はまだ折れちゃいない
 答えを探求中だ
 だから足掻いてるんだろ
 たった一つ信じたネガイは消えない
 世界が手繰る糸は切れないとしても”
 
 
 
 お別れ。その言葉が円堂の胸の奥に重く落ちる。
 
「カノン…」
 
 こんな時。何て言うべきかが分からない。驚くほど言葉が出てこない−−
感情をそのまま表すのは、得意中の得意だと思っていたのに。
 行くな、と。引き止めるのが正しいのか?ああ、仲間の安全を想うならば
それも間違いではないのだろう−−究極的な意味で正解でないのだとして
も。
 だが、カノンが生半可な覚悟でそれを言っているわけでないのは分かって
いる。必ず生きて帰ると、少なくとも本人はそう決意している事も。それで
も迷うのは−−迷ってしまうのは。
 バダップが、死んだからだ。
 血だらけで、眠るように事切れた姿を思い出す。もう失いたくなかった−
−誰一人。あんな想いはもう、たくさんだ。
 
「ミストレ達の事も…イービル・ダイスのみんなも。俺にとっては大事な仲
間だ。仲間として信頼してる。此処でひいじいちゃん達と逃げる事が、みん
なを見捨てる結果なんて…思わない」
 
 半分嘘で半分本当だろう−−そんなカノンの言葉。きっと理性では分かっ
ている。身を挺してミストレ達が自分達を逃がしてくれた事の意味。彼らは
見捨てられたなんて微塵も思わないだろうし、カノンが助けに戻る事を善し
としないだろう事も。
 だけど。
 万が一−−万が一。彼らがバダップのようになってしまったら。その結果
自分達だけ生き残ってしまったら。その恐怖と罪悪感が拭い去れないに違い
ない−−円堂と、同じように。
「だけど…やっぱり俺は、あそこにいなくちゃいけないと思う」
「…どうしてだい?」
「…うまく…言えないんだけどさ」
 静かに問い返す一之瀬に、カノンは頭を掻きながら、苦笑する。
 
「これは多分…大きな変革になる。サッカーにとっても、世界にとっても…
俺達にとっても」
 
 だってあの試合は中継されていたんだから、と。カノンは言う。
 
「世界はきっと、変わる。それがどんな形はは分からない。もしかしたら今
より酷い時代が来るかもしれない。…だけど」
 
 真っ直ぐ。曇り無い眼でカノンは円堂を見て。
 
「みんなが幸せで、一人でも多くの人が笑顔になれる世界になる。そう信じ
て…俺はその時、その場所にいなくちゃいけないんだ」
 
 笑った。
 恐怖を、絶望を押し込んで。精一杯の希望の光で。
 
「カノン…俺は…」
 
 円堂は考える。
 考えて考えて沈黙して−−答を、出す。
「俺はもう、誰にも死んで欲しくない」
「俺もだよ」
「本当はバダップを死なせたくなんて無かった。生きていて欲しかった」
「そりゃそうさ」
「何も出来なかった。目の前であいつが殺されるのをただ見てただけで…そ
んな自分が悔しくて」
「うん」
「無力で情けない。これ以上悲しい事が起きたら耐えられない…それしか考
えられない」
「…うん」
「だから、カノン」
 狡くて他人任せだなぁと我ながら思う。それでも円堂は、願った。
 
「もう誰も死なせない。お前自身も、オーガのみんなもイービル・ダイスも。
お前にそれが、誓えるか?」
 
 全ての悲しい事の。
 全ての悪い夢の−−終わりを。
 
「うん。…誓うよ。円堂カノンの名にかけて」
 
 カノンはそう言って力強い笑みを浮かべた。
 その言葉が。その笑顔が、全てだった。
 
 
“幼い眼に映った背中
 貴方に何を強いた彼方
 聖痕(スティグマ)を刻んで逝った 
 笑顔ももはや光に散った
 
 何もかもが遅すぎたのか
 君に未だ期待するのか
 振り下ろした刃の先に
 狂ったフリの骸の果てに
 
 Stand up!
 この声はまだ枯れちゃいない
 希望を発掘中だ
 だからもがいてるんだろ
 たった一つ叫んだコトバも咲かない
 カルマが廻る あの約束すら置いて”
 
 
 
 ミストレが唄う。銃声と悲鳴、爆炎と血煙の中で。誰もが満身創痍で、希
望を手探りするような場所で。
 その声が綺麗だと思ったのは『フィディオ』達だけではなかった。ヒビキ
もまた魅入られていた一人だった−−絶望の中にあって尚、希望を紡ぐその
音色に。
 
−−本当は…確かめたかったのかもしれんな。
 
 ヒビキは思う。戦場で一人、思う。
 
−−俺は間違ってない。そう信じたかったのかもしれん。
 
 イービル・ダイスのメンバーの一人である『トビタカ』は。仲間の狂乱と
惨劇−−そして自らをサッカーに導いた師の死から闇に堕ちた。
 本来の歴史において、『トビタカ』の仲間の暴走行動は起こらない。だが、
その実一つだけ歴史に違わない事があるのである。それが彼の師、『ヒビキ
セイゴウ』の死である。
 円堂達の世界でも、同じ。元々持病のあった響木は、彼らの世界から数年
〜十数年の後に病死する。これはまず確定的未来だ。彼の年齢を考えれば“若
くして”というほどではないだろうが−−問題は彼の死んだ原因と、その後
の出来事である。
 サッカーとサッカーを愛する雷門イレブンの為に。魂を削るようにして男
は生き、そして死んだ。その闘病の様を見ていた妻や子は願ったという−−
もうこれ以上サッカーに関わらないで欲しい、と。
 響木が死んだ後。収入をなくした家族は極貧に喘いだ。折り悪くその年丁
度大きな震災が起こり、日本はドン底の不況に落ちていたのだ。老いた妻は
無論、学生の娘と息子にも働き口は無かったのである。
 そして起こるテロ事件。
 あのエイリア学園を模倣した犯罪組織だった。サッカーは凶器になる−−
そう気付いた彼らは日本中を荒らし回り、恐怖を振りまいた。響木の妻と娘
もそのテロリストに殺されている。
 サッカーは、悪。犯罪組織が逮捕されて尚、日本にはそんな風潮が残った。
それを変えたのは、三代目イナズマイレブンの救世主、松風天馬という男で
ある。
 彼と彼のイレブンは、新たなサッカーの形を世間に広めた。不況と治安の
急速な悪化で落ち込む日本経済にもたらされた娯楽。それがエレメンタル・
サッカーだったのである。苦境に喘ぐ者達は皆その娯楽に縋った−−まるで
何かから逃げるように。
 
−−サッカーはこの国にとって希望の光のように扱われた…だが。
 
 響木の息子−−つまり『ヒビキ』の祖父は怒り狂った。自分と父の何もか
もを奪ったサッカーが、世界の救いであるかのように扱われる事が。
 サッカーを憎め。壊せ。この世から消せ。
 祖父は死ぬまで息子や孫達に言い続けた。その意志を継いだ父はサッカー
を世界から消すべく暗躍した後、戦禍の中で若くして亡くなった。その全て
を見た『ヒビキ』もまた誓ったのである−−サッカーをこの世から消す事を。
 
「サッカーは世界を滅ぼす…世界を不幸にする」
 
 声に出すと、気付いたサンダユウが振り返り−−哀れむような眼でこちら
を見た。もはや不快とすら思わなかった。ただ胸の奥が、少しだけ痛んだだ
けで。
 
「私はもはや、この正義を貫く以外に道は無いのだ」
 
 だが−−こうも思うのである。
 荒れ果てた世界の中。もしも円堂守がこの時代の人間であったなら。
 
「もっと早く円堂に出逢っていたら…何かは変わったのかもしれんがな」
 
 
 
Stand up!
 この脚が折れたとしても
 光に焼かれ爛れ
 闇に食われて溶けても
 たった一つ抱いたモノを忘れるな
 閉じた未来も力ずくで抉じ開け
 
 Stand up!
 魂はまだ砕けない
 明日を宣言中だ
 だから走り続けるんだ
 たった一つ誓ったオモイは消えない
 絆よ何時か何処かで巡ろう きっと”
 
 
 
 私もカノン君に同行します、とキラードが言った。タイムワープマシンの
起動の仕方とパスワードを教えた上で。
 
「戦いますよ。私もカノン君の友達ですからね」
 
 その手にはポケットピストル。実はキラードもかなり強いのかもしれな
い、と円堂は思った。
 
「カノン。エスカバ。キラード博士」
 
 もう二度と、逢う事は無いかもしれない。それでも円堂は笑って、言った。
 
「またな!」
 
 また逢いましょう。
 未来の何処かで、きっと。
 
 
 
“さあ立ち上がろう 救いの戦士よ
 さあ希おう 幸福の調べ”
 
 
 
NEXT
 

 

立ち上がれ、英雄達。

挿入歌『Stand up, Heros!
 by Hajime Sumeragi