“僕等の世界が僕等の為にあるように、 貴方の世界は貴方の為にある。”
ブレイブ・ハート 〜戦士よ、誇り高くあれ〜 五十四:リアル・ファイト
円堂達の足音が遠ざかっていく。 葛藤しながらも自分達の意志を尊重してくれた彼らに、エスカバは心から 感謝していた。否、感謝すべき事だらけだ。自分達を闇から引っ張り上げ、 最高の魔法をかけてくれた浄罪の魔術師。もはや恩返しの機会さえ無いだろ う事が、残念でならない。
−−いや。一つだけ…ある。
道を引き返しながら、エスカバは思う。彼らに報いる方法が、たった一つ だけある事を。
−−それは俺達が…幸せになる事だ。あいつが愛したサッカーをみんなが愛 せるような、そんな未来を作る事なんだ。
その結果を知らせる事は出来ないとしても。自分達が覚えて、理解して、 心に刻み込む誓いには意味がある。 いつか空の彼方で出逢う時、胸を張って生き抜いたと言えたら。それ以上 の報恩は無いではないか。
−−だから生きて、生きて、生きてやらあ。こんな場所で死んでたまるかよ。
そしてもう二度と、誰も死なせはしない。 バダップならば願った筈だから。 全ての悲しい事を。 悪い夢を。 どうか自分で終わりに、と。
「…円堂カノン」
だから後悔しない為にも。エスカバは隣を走る彼に問いかけた。
「良かったのか。お前は一緒に行かなくて」
カノンはこの時代の人間だが。元はといえばこの事態はオーガと軍部が招 いたもの。彼が最後まで付き合う義理は無い筈である。と、いうとやや冷た い言い方になってしまうけれど。 それに、心配だった筈だ。この道の先、研究所まで無事に辿り着ける保証 は無い。無論引き返すより安全なのは間違いないが、彼らにだって命の危険 はあるのである。敬愛する曾祖父に最後までついていかなくて良かったのだ ろうか。 加えて−−自分達はまだしもカノンやキラードは元々一般人だ。戦闘能力 という意味では遥かに劣るだろう−−キラードは多少銃器の心得があるよ うだが。 ここから先は、一秒先の安全すら保証されぬ最前線。怖いと思うのが普通。 逃げたいと思うのが普通。何より彼は以前エスカバが研究所まで脅しに行っ た時、一丁の銃にビビッて腰を抜かしていたほどなのだ。
「怖くねぇ筈ないだろ。…何で一番危ない場所に戻ろうとする?」
何が彼にそうさせる? 何がそこまで彼を突き動かす?
「……うん。正直…めっちゃ怖い。怖くて足もガクガクしてるし、冷や汗び っしょりだ」
カノンはそう言って、乾いた声で笑った。それは恐れる者の笑みだとわか った。
「死にたくないよ。痛い思いなんか、したいもんか」
だけど。 だけど彼は、怖れて尚向かっていこうとしている。
「でも……これ以上、仲間が死ぬのは絶対に嫌だ。俺臆病だけど欲張りだか ら。死にたくないし死なせたくない。両方叶えなきゃ、気が済まないんだよ」
それは、円堂守の強さとは種類が違うのかもしれない。きっと精神的な意 味でも、魔術師としての才も、カノンはまだまだ曾祖父に遠く及ばないのだ ろう。 しかし。エスカバは思う。 怖れないフリをして虚勢だけを張るのはただの愚か者だが。 怖れる自分を認めて受け入れて、その上で立ち上がる者こそ真の勇者であ ると。
「ミストレ達も、イービル・ダイスも死なせるもんか。だってあいつらが救 われなかったら…きっとバダップだって悲しむし」
俺勝手に決めちゃったから、とカノンは言う。
「みんなでまたサッカーするって、あの試合よりもっともっと楽しいサッカ ーをするって。そう決めちゃったんだもん!」
怯えながら、震えながらも前を向く少年。その姿は不器用だけど、格好良 かった。否、不器用だからこそと言うべきか。 またサッカーを、しよう。 それは約束。それは誓い。 それは−−未来。
「…お前は」
だからエスカバも、こっそりと身勝手な誓いを立てる。 全てが終わってもう一度カノンとサッカーをする時は。絶対に負けてやる ものか、と。
「お前は紛れもなく円堂守の曾孫だよ」
彼は間違いなく受け継いでいる。 円堂守の魔法も、円堂守の強さも。
「カノン君は武器なんて扱った事ないでしょうから、素手と必殺技で頑張っ て下さいね」
ポケットピストルを回しながらキラードが言う。ヘル・ブレイズU型。見 た目はただのポケットピストルだが、実際は超小型の散弾銃である。一発一 発の威力は極めて弱い。しかしピンポイントで狙えば対象はまず回避出来な い。そして貫通しないので確実に痛みで悶え苦しむ事になる。 さらには、ヘル・ブレイズU型には専用の弾丸が何種類も開発されている。 一発の威力が弱い分、掠めたり抉っただけで対象を麻痺させたり致死性の毒 を仕込んだりする事が可能だ。技術は要るが汎用性の高い銃である。ヘル・ ブレイズW型の特性をあれだけ詳しく語ってみせたキラードがそれを知ら ない筈がない。 「…何タイプの弾持ってきたんだよ、博士」 「速効性の弛緩性麻痺タイプです。撃たれたら内臓以外の筋肉がほぼ麻痺す るので、三時間ばかり地獄を見ますね」 「鬼だなアンタも」 だが致死性ではないんだな、と思う。出来る限り敵兵も殺したくないとい う、彼なりの意思表示だろうか。
「甘いのは分かってますよ。…でも私は、もう人を殺すだけの仕事はヤメた んです」
キラードは苦い笑みを浮かべる。その言葉で、今までの彼の言動が一本に 繋がった気がした。
「あんた…元軍属か」
ヘル・ブレイズシリーズは確かに今この国で一番流通している銃だ。しか しその歴史は浅く(そもそもこの国は数十年前まで平和憲法を謡い、銃器を 厳しく取り締まっていたのである)、今でも一般人が持つには大きく制限が ある。ここまで詳しく知識を得る機会もあるまい。 だがそれも、彼が元々軍にいたならば頷ける事だ。
「メインは軍医でしたから…後方支援ばかりでしたけどね。そして医者と言 っても、いかに効率良く敵を殺せるか…そんな毒薬やら爆薬からの研究ばか りしてましたよ」
隣でカノンが驚いた顔をしている。どうやら彼も初耳だったらしい。
「最終的には医者として生きる気力もなくなって、軍を辞めて長くちんまり と研究者やるようになった訳ですが。…今はそれで良かったと思いますよ」
キラードはさっきとは違う、どこか吹っ切ったように笑った。 「だってカノン君と出会えて。誰かから何かを奪う事しか出来なかった私 が。今は誰かを救う為に戦えるんですから」 「キラード博士…」 「カノン君は友達です。ならカノン君の仲間は私にとっても仲間です。その 仲間を助けられる、これ以上に幸せなことはありません」 「…そうか」 本当は。何故引き返してきたんだという問いを、キラードに対してもする つもりでいたのだが。どうやらその必要は無くなったらしい。 友達の友達を助けたい。子供のように純粋無垢な、それが彼の答えだった。
−−理由は違っても、いいんだよな。
サッカーを通じて出会い、分かち合えた自分達。そこに大人も子供も関係 ないのだ。それがエスカバは嬉しかった。 違う理由であっても、同じ願いを持って戦える。心と心で手を繋げる。そ れが、絆だ。 「因みにここまでの事態はちょっと予想外でしたので。マガジンの予備が一 つしか無いんですよね。エスカバ君、持ってます?」 「U型は使わねぇからな俺…基本ナイフだし。使ってもY型くらいだし」 ヘル・ブレイズY型は今エスカバのベルトに差してある。Y型は中型の銃 だが見た目より軽く安定した威力と射程を誇るので、軍の基本装備として指 定されていた。割と初心者向けの扱いやすい銃として知られている。 それに加えて、銃器の得意な者は自らの好むナンバーを標準装備にするの である。バダップは総弾数と跳弾が武器のヘル・ブレイズX型。遠距離スナ イプを得意とするイッカスは圧倒的射程距離を誇るヘル・ブレイズT型とい った具合にだ。 Y型以外のヘル・ブレイズシリーズはどれも多かれ少なかれ癖がある。銃 弾のサイズも威力も指定がある為、Y型の弾丸をU型で使うことは出来な い。 「可能性があるとしたらイッカスだが、奴もU型はあんま使わねぇからな。 予備は無いと思ってた方がいいぜ」 「うわ、これだけで戦うとかどんなピンチですか」 「準備不足は自分のミスだろ。頑張れ、一人で」 「エスカバ君が冷たいのはよ〜く分かりましたよ」 戦場で仲間とするように、キラードと軽口をかわすエスカバ。それが自分 なりの最初の挨拶だ。キラードも分かっていることだろう。 勝っても負けても。これより先は地獄だ。
「もうすぐ、着く」
カノンが青ざめながら、拳を握り直す。爆破された扉の前。三人は素早く 左右に分かれて身を隠し、様子を伺う。 その途端、まるでタイミングを見計らいでもしたかのように−−我らが副 隊長の叫ぶ声がした。
「デスレイン・V2!!」
どうやらド派手にブチかましたらしい。しかもさり気なく技を進化させて いる。満身創痍のくせになんて根性だ−−エスカバは小さく笑みを浮かべ て、キラードとカノンに突入の合図をする。必殺技のせいで起きた爆発が土 煙を巻き上げ、いい具合にブライトと化していた。 「カノンと博士は右から回れ。カノンは前衛で直接殴って博士は銃で後方支 援。アンタの腕は信用していいんだろ、博士?」 「まぁ、それなりには」 「ならよろしく」 有無を言わさず送り出す。彼らもそれが最善だと分かっているのだろう。 文句を言う事もなく走り出していく。 カノンはサッカーの実力からして、あれでも冷静に戦えばそれなりに戦力 になるだろう。いざとなればキラードが責任を持ってストッパーになる筈 だ。それにいくら素人と言えど、身の程を弁えないほど馬鹿ではあるまい。 何より彼は死を畏れている。死ぬ事が全く怖くないなんて言う人間は、余 程壊れているか余程のうつけだ。エスカバだって未だに戦場は怖い。怖くな かった時など無い。だからこそカノンを、カノンの強さを信頼出来るのであ る。 彼ならば無茶はしない。それが信じられるだけでどれほど安堵出来る事 か。 「只今戻りましたよっと」 「遅い」 ミストレの横に並ぶと、間髪入れずに苦情が来た。だが彼の眼は笑ってい る。相変わらずのツンデレめ、とエスカバまで笑いたくなる。 「戦況どーよ」 「五十八人くらいは行動不能にしたと思う。でもさっき、ジニスキーが動け なくなったから後方下がらせた。あとイービル・ダイスのアンドロイド組が ついさっき充電切れしたよ」 「…そうか」 目を見開いたまま倒れ、静止している『カゼマル』の姿が見えた。もう彼 らは、動かない。だが今は悲しんでいる暇などない。
「援軍は…キリ無さそうだなあ」
終わるかどうかも分からない戦い。それでも自分達は、願った終わりを奪 い取る為に此処にいる。まだ息をして立っている。 「ま、やるしかねぇんだけどさ!」 「当然!」 エスカバとミストレは拳をぶつけ合い、走り出した。 まだ見えぬ、望んだ未来を掴む為に。
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本当の、戦い。