“忘れないで下さい。彼が、彼らが生きた証を。その物語を。” ブレイブ・ハート 〜戦士よ、誇り高くあれ〜 五十八:ディスティニー・ドロー−−西暦2010年。 タイムワープした後の、独特の浮遊感。まるで世界の靄が晴れるかのよう に、白んでいた景色が明るくなった時−−円堂達は、鉄塔広場にいた。赤々と照らす夕焼けが眼に痛いほど鮮やかだ。皆の陰が長く伸びて、地面 に濃い陰影を形作る。烏の鳴く声と、木々の合間を渡る風の音、六時を告げ る古めかしいチャイムの音がどこか遠くから聴こえる。静かな田舎町独特の、懐かしい稲妻町の香り。その全てが自分達に教えた。 自分達が元の時代に帰ってきた事を。「なんか」 ぽつり、と半田が呟いた。「なんだか…長い夢を見てた気分だ」 その感覚は、円堂にも分かる気がした。未来に生きる者達に出逢ったのは初めてじゃないけれど。でもひょっとし たら心の何処かでまだ、疑っていたのかもしれない。確かにカノンは祖父の ノートを持っていたし自分そっくりの顔をしていたけれど、現実感というの はまた別の問題だ。しかしそれが、実際に未来に飛んで。その進歩と実情を目の当たりにして。 驚くべき事も、怖い事も、悲しい事もたくさんあって。あまりにも怒涛の一日だった。今日だけで一生分の奇運を使ったのではと 思うほどに。まだしっくりこないのも当たり前といえば当たり前だろう。 でも。「夢じゃ…ないさ」確かめるように、自分に言い聞かせるように。円堂は自らの手を見つめ、 握りしめた。「夢じゃ、ない。あいつらは確かに…いた。あそこで、生きてた」 カノン。 オーガ。 イービル・ダイス。 ヒビキとバウゼン。 王牙学園の少年兵達。 鬼道の血筋らしき少年。「そして俺達と…出逢った」証拠らしい証拠は何一つ持ち帰っていない。だが自分達の身体に刻まれた 無数の傷が、あの激しい試合を物語っている。そして円堂のユニフォームに僅かに染み付いた赤は。バダップの血が、飛 んだもの。彼が生きていた、その証明だ。「もう…あの世界のあいつらに出逢う事は、無いんだろうな…」僕達の未来は、あの世界に繋がらないんだから、と。どこか寂しそうに松 野が言う。彼らの話が正しいのであれば、フットボールフロンティアにオーガが介入 した時点で平行世界は始まってしまっている。仮に今ここで自分が死んで も、あの世界のカノンは消滅しない。そして自分達が長生きしたところで、 あの世界のカノンに出逢う事はもう無いのだ。それこそ彼らがまたこの時代のこの世界にタイムスリップしてこない限 りは。「…寂しいけど、それでいいのかもしれないわ」 夏未が静かに言葉を紡いだ。「彼らの未来は、彼らだけのもの。それを知ったからといって、過去の私達 が好き勝手にしていいものじゃない…。だから、歴史が変わらない事で…私 達は自由でもあるんじゃないかしら」「自由?」「ええ」 聞き返す春奈に、彼女は続ける。「彼らの未来が彼らだけのものであるように…私達の未来も私達だけのも のだから。これから好きなだけ自由な未来を作っていけるって事よ。あの未 来と同じ世界にするも、違う世界を作るも、私達次第なんだわ」 自分達、次第。 ひょっとしたら、と円堂は思う。ひょっとしたら運命は、その為に自分達を巡り会わせたのかもしれない と。あの未来の全てを否定するつもりではない。だが平和憲法がなくなり、 徴兵制が復活し、科学技術の進化と引き換えに大切なものを見失ってしまっ たあの世界が−−自分達に一つの警鐘を鳴らしたのは事実だ。その現実を受け入れつつも、どう立ち向かっていくか。それが自分達に課 せられた大きな使命であり、課題であるのかもしれなかった。そうだ。変えたい運命があるならば−−望んだ未来があるならば。全力で 立ち向かっていくしかないのだ。オーガとイービル・ダイスがそうだったよ うに。「…なぁ鬼道」「何だ?」「フットボールフロンティアの決勝の後…お前言ったよな?カノンが本当 に曾孫かどうか確かめるには、その時まで生きればいいって」「…言ったが」何が言いたいんだ、とゴーグルごしに瞳をぱちくりさせる鬼道。なんだか 可愛らしい。彼にしてみれば冗談半分だっただろう。八十年だ。あまりにも、長い。生 きていれば自分は九十四歳になっている。男性の平均寿命を思えば少々厳し い数字だろう。カノンが生まれる時までにしたって自分は八十歳まで頑張ら なければらないわけで。 しかし、円堂はたった今決めてしまったのである。「それ…真面目に目指してみようかなあ」 非現実的な未来を、現実にしてみせる、と。「…この国がさ、戦争をやるような国になっちゃうのは…正直、嫌だ。変え られるものなら変えたいって思う。でも…それ以上に、俺」思い出した、あの瞬間。冷たい汗が流れ、声が震えそうになった。でも円 堂は、どうにか思い出してしまった恐怖と悲哀を振り解いて、決意を語った。「いつか俺達の…未来に生まれてくるバダップ達が。幸せに生きて…ちゃん と大人になれる世界を、作りたい」彼らがその華奢な手で冷たい銃を握り、血を浴びることなく。バダップが あんな風に、幼くして理不尽に命を奪われることのない−−そんな未来を。どんなに飾ってもこれは現実。自分達は結局、バダップを救えなかったの だ。彼の心は救えても、命は救えなかった。むざむざ目の前で死なせてしま った。たくさんの仲間達に悲しい想いをさせてしまった。あんな悲劇がもう起こらないように。自分達の未来では、起こる事のない ように。サッカーが幸せの魔法だと、皆が気付いてくれる世界が来るように。そう すればきっと、無為な争いは起こらずに済む筈だから。「だからその時が来るのを…見届ける。生きてやるさ…2090年まで、いやもっと先まで!」 あまりにも途方もない未来だけれど。言葉にすれば叶えられる気がした−−なんてったって言葉こそ人間が使 える最大の魔法に違いないのだから。「キャプテンが言うと…あながち洒落になりませんよね。マジで八十年後も ピンピンしてそう」宍戸が誉めてるんだか貶してるんだから分からない事を言う。おまけに周 りの目金や小林まで納得したように頷きあっている。ふと、円堂は思った。さっきまでいたカノン達の世界−−そこにも当然平 行世界の自分達が存在していて、その上であのような未来に辿り着いた訳だ が。あの世界での自分達は、一体どうだったんだろう。円堂はまだ生きていた のか−−まあ高い確率で亡くなっていたとは思うが、それは何時だったの か。そして結局自分達は何故、ヒビキがあそこまでサッカーを憎むようになっ てしまったのか分からないままだ。名前といい容姿といい、響木監督の血に 連なる者ではるのはほぼ間違いない。だから余計気になるのだ。響木がサッ カーを愛しているのは周知の事実なのに、後世ではそれを覆してしまうよう な何かが起こるのか−−と。いや、よそう。それはいくら考えてもどうしようもない事だ。まだ起きて もいないし起きるかも分からない未来に悩んだところで手の打ちようはな い。同じ未来は作らない−−今まさにそう誓ったばかりではないか。悲劇が起きるなら止めるまで。未来は白紙から自分達で作る−−否、作ら なくてはいけない。それは権利であり義務でもある。幸いにも自分達は今日まで誰一人理不尽に欠ける事なく、幸せな日々を歩 んでこれたのだから。「…絶対に忘れないようにしよう。オーガの事、カノンの事、イービル・ダ イスの事…未来の事」 鬼道が思いを噛み締めるように、言った。「サッカーを楽しむ気持ちを忘れない限り…俺達はきっと幸せでいられる。 いつか離れる時があっても、サッカーが俺達を繋いでくれる」 そう。サッカーが、自分達の絆だ。 今までも、そしてこれからも。過去や未来さえ超えて繋がっていける。もう二度と会えないだろうミストレ達とも、一生仲間でいられる。願い続 ける限り、ずっと。「俺達がその気持ちを広めていけば…サッカーが悪とされる、そんな時代を 迎えずに済む筈だ」「お前にしてはファンタジーな理論だな」「かもな。でもファンタジーも実現させてしまえば本物になる。そうだろ豪 炎寺?」「違いない」鬼道と豪炎寺がくすくすと笑いあい−−その身体が同時にふらついた。春 奈と秋が慌てて二人に駆け寄って支える。いけない、彼らが重傷なのをすっ かり忘れていた。「ヤバいヤバい!とりあえず病院!!」 「もう六時過ぎてるぞ…近くでやってるとこあるか?」「お前ら重傷だぞ!?救急車呼んでいいレベルだからな!?」 本人達が無駄に余裕ぶっこくので(多分豪炎寺も鬼道も血が足らなくて頭 がぼんやりしてきていると見える)、染岡がキレ気味に喚く。二十四時間救 急に駆け込むかなぁ、でも理由どうやって説明するかなぁ、と悩む円堂。ま さか未来でサッカーやってて怪我しましたというわけにもいかないし。 悶々としているうちに、ついに一之瀬までもがぶっ倒れた。「きゃぁ、一之瀬君!」「か、川の向こうで死んだお祖母ちゃんが手を振って、る…」「それ三途の川ー!!」 騒げるのもまた生きているからだ。円堂は心から思った。 今日という日を、忘れない。 もう二度と逢えない人達を、失った人を、そして彼らの想いを。 それから。 円堂がカノン達と逢う事は−−無かった。これから君達の身に、歴史に残る大きな事件が起こる−−。鬼道の子孫と 思しきあの少年が言った事の意味はすぐに分かる事となった。悲劇は、鬼道 達の怪我が治りきる前に降りかかってきたのだから。 中学校連続破壊事件−−後に語られる吉良事変である。エイリア学園の力を前に、何度も敗北し、仲間を傷つけられ、誇りを奪わ れる事になる雷門イレブン。特に円堂が個人的にショックだったのは、助っ 人で窮地を救ってくれたヒロトが敵として登場した事だった。だが当然、このヒロトはあのヒロトではないし、それは後に彼とも仲間に なれる事への布石でもある。迷いを振り切り、未来を信じ、円堂達は立ち向 かった。立ち向かう事が出来た。何故ならば自分達は史実の雷門イレブンに はない力を持っているから。それはオーガやイービル・ダイスが教えてくれた事。世界を変える、強い 願いの力だ。 それがある限り、イナズマイレブンの伝説が終わる事は無いのだろう。 一度だけ。カノンは円堂の家に、留守伝を入れた。 そのメッセージは以下のようにして締めくくられている。『みんなのおかげで、俺達の世界も変わったよ!大丈夫。ミストレ達も元気 に頑張ってる。逮捕されたヒビキ達も少しずつ前に向けて歩き出してる。も う誰も、サッカーが悪だなんて言わないよ。俺、曾祖父ちゃんに負けないからね!曾祖父ちゃんの作る未来よりずっと ずっと素敵な世界にしてみせる。みんなが笑顔でサッカー出来る世界にさ!だってサッカーは幸せになれる魔法なんだから!!』 NEXT |
運命の、引き札。