その少年は、確かに病んでいたのだろう。 しかし彼にとって最大の不幸は、気が触れた事でも闇の淵に片足を突っ込んだ事でもあるまい。 多分−−完全に、自分を失いきる事ができなかった事、なのだろう。「お前…」 久しぶりに大きな戦闘の無い、穏やかな日だった。少なくともジェクトはそう思っていた−−このカオス神殿で、彼に出逢うまでは。「オニオンナイト…だっけか。何でお前がここに居るよ?」氷漬けの イリアゲート カオス陣営のベース、そのすぐ近くである。コスモスの戦士が−−それも子供がたった一人で来るような場所ではないし、時間でもない。 夜。なんとなく寝付けなくて散歩していたジェクトが見たのは−−明らかに様子のおかしい少年の姿であった。遠目から見ても分かる小柄な体は、ふらつきながらも何処かへ向かおうとしている。向こうはまだ、気付いていない。 それでも声をかけたのは−−ひとえにジェクトの善意と親切心によるものだった。お節介なお人好し。たまにクジャやケフカに呆れられる性分だったが、ジェクトはそれが自分の性なんだといつも突っぱねてきた。 間違った事はしてない。別に厚意を押し付けるつもりなど無いのだから。正義感と呼ぶにはあまりにもささやかなその感情を、それなりに誇りに思ってきた。 相手が子供なら、尚更だ。 前にティナには差別だと若干嫌な顔をされたものだが−−それでも、女と子供と老人には優しくせねばという気持ちが何処かにある。自分も大人の男だ、無意識の区別くらいは許して欲しいと思ったり思わなかったり。 ああ、やや話が脱線したが。 とにかく−−様子のおかしいオニオンナイトを、ジェクトは放っておけなかったのだ。だから声をかけた−−後先を考える事もなく。「……誰?」 突然目の前に、大男に立ちふさがれたのだ。怯えさせてしまったかな−−と後から思った。しかし、オニオンの反応はやや予想外のものであった。 少年は本当に自分が分からない様子で−−顔を上げ、小首を傾げている。通路が暗いせいでその表情では窺えない。「誰…って…ジェクト様だ。ティーダのオヤジのな。何回も戦ってんだろうが、名前くらい覚えとけや」 自分で言っておいてアレだが−−そうじゃないだろう、と頭の中でもう一人の自分が否定する。 今のオニオンの“誰?”は。名前が分からないだけの相手に向けられたものではない。名前も顔も分からない赤の他人を目の前に、子供が悪意なく尋ねる“誰?”だと感じた。 寝ぼけているのだろうか。いや−−それも違う気が、する。「……ああ」 かなり長い時間考えて。少年は緩慢な動作で頷く。「ティーダの…お父さん、か。どうしたの。僕に、何か用?」「いや…用っつーか…ってかお前。何時だと思ってやがる。一人でこんな場所まで来やがって…お前こそ何してんだこんなトコで」 小さな子供。なんとなく、大人として息子を持つ父としてお節介を焼きたくなる。このままほったらかしてオニオンが危険な目に遭ったら間違いなく寝覚めが悪い。うまく言いくるめてコスモス陣営のホームに帰してやらなくては。 しかし、そんなジェクトの想いをよそに、少年は問に答えない。変な奴だな−−と思い、内心で首を捻る。 彼はこんな、大人しい子供−−だっただろうか。 以前見かけた時は、子供らしく無邪気に喋っていた気がする。ややマセてはいるが、大人っぽく振る舞おうと必死になるのもまた可愛らしかった。 また、彼は恐怖を紛らわせるだろう−−怖い目に遭うと普段より三割り増しで饒舌になる。つまり、眠い時や余程弱ってでもいない限り、オニオンが無口になることは無い筈だった。彼と戦った他のメンバーや、この少年が気を許しているゴルベーザまでもが言うのだからほぼ間違いない。 結論。やはり−−様子がおかしい。「…一つ、訊いてもいい?」 ようやく口を開いた彼が言ったのは、ジェクトの問いとは何ら関係のないことだった。「子供を愛さない親はいないって…ほんと?」 何を藪から棒に。一体何の話だ。「…殆ど、覚えないけど…ちょっとだけ。昔…友達が言ってたんだ。もうその友達の顔もよく思い出せないんだけどさ。…もし親が子供に酷いことをするようなら…それは必ず理由がある筈で。愛さない親なんかいないんだよって…そう言ってた」 彼の虚ろな声に、戸惑うジェクト。そしかし、少年がねぇ、どうなの?と急かすので、答える。「…うまく、言えないけどよ。その友達の言ったことは、間違ってないと思うぜ」 少なくとも、自分は。たとえ敵同士になっても、離れ離れになっても−−ティーダのことを忘れた事など無かった。 父親らしい事は何一つしてやれなかったかもしれない。これはもう一方的な気持ちで、息子は自分を憎しみの目でしか見てくれないかもしれない。 それでも、言い切れる。自分は心から我が子を−−ティーダを愛していると。 オニオンの両親は、違ったのだろうか?「……そっか」 長い沈黙の後、オニオンは小さくそれだけを口にした。 もういいだろ、早くうちに帰りな−−ジェクトはそう言いかけて−−声になる前に、遮られた。オニオンの静かで、それでいてあらゆる暗い感情を閉じ込めた−−その一言に。「嘘つき」 絶句した。その瞬間−−月が雲間から顔を出し、窓から差し込んだ光がオニオンの姿を照らし出す。 一瞬。ほんの一瞬だったが、確かに見えた。 少年は−−全身血まみれだった。「お…お前…!?」 何があったのかを尋ねる前に。オニオンはこちらにむけて全速力で駆け出してきた。ジェクトは凍りついたまま動けない。少年はぽっかりと穴の空いたような色の無い瞳で何処かを見据えたまま−−ジェクトの横を抜け、走り去っていった。とんでもないスピードで。 風が過ぎ去った後−−遺されたのは呆然と佇む幻想一人。 自分は夢でも見たんだろうか。そうは思ったものの、夢では無い事は明白。少年が立っていた場所は転々と赤黒い染みが飛び散っていた。 現実だ。全ては悪夢のような、現実。 逃げられない運命を、翌朝になってジェクトは悟る事になる。 コスモス陣営のホームで何かがあったらしい。異変を知らせに来たクジャは血まみれな上ほぼ錯乱状態。胸騒ぎがする。ジェクトはそのまま秩序軍の屋敷に飛んでいった。 そこで見たものは−−まさしく地獄絵図で。「何だよ…これ…!?」 逃げようとしたのか。玄関前に倒れていたセシルは、手足が歪な形に折れ曲がっていた。高い場所から転落したのだろうか。 扉は魔法による爆発で消し飛び、そのすぐ側では上半身と下半身が離れた場所に落ちている旅人。獅子と盗賊はそれぞれ背中を斬り裂かれ、折り重なるように事切れている。 何が起きた!? 何が起きた!? 彼らは昨日の夕方までは確かに生きてた筈なのに−−!夢か。これは夢なのかまた悪い夢なのか。だとしても質が悪すぎるだろう、そうだティーダ、ティーダは何処だ、仲間達がこんな有り様なら彼もいやまさかそんなはず信じたくない、だけど、でも、だけど。 錯乱一歩手前の混乱。答えは、目の前にあった。「…何でかなぁ」 消え入りそうな呟き。ホールの中央に、ティナがいた。正座して、何かを大事そうに抱えて。「何がいけなかったのかしら…」 何か。 それは。 氷の破片が全身に突き刺さり、血まみれになった−−オニオンナイトの遺体。「何がいけなかったの…ねぇ何がいけなかったの…。私…私はただ幸せになりたくて生きてたくてそれだけで…この子と一緒にいられればそれでよくて他にはなぁんにも要らなくて、何の罰なの、もう操りの輪はないのに私は自由なのに何でこの子が」 まるで壊れた機械のように、ボソボソと呟きを繰り返す。ジェクトは愕然とした。 この、目の前にいる存在は誰だ。オニオンナイトが姉のように慕っていて、コスモス陣営の優しくて強いお姫様で、引っ込み思案だけど思慮深くて。 そんな彼女の面影が一切ない。 ジェクトは理解させられた。理由は分からないまでも−−本能的に。 目の前にいるのは、息をしているだけの死体だと。「どうして、何がいけないの、私達の何が悪いの、悪い子だったの、何の罰なの、誰が誰がどうして何故誰が、何の」 ぐるん、と彼女の首が回った。濁った瞳がジェクトを射抜き−−気付く。 昨晩のオニオンナイトと、同じ眼だと。「誰ガ、あナたが、イけナカったの−−ッ!?」 少女は少年の体を投げ捨て、ジェクトに斬りかかってきた。いや、もうジェクトをジェクトだとも認識してなかったのかもしれない。彼女の世界には既に敵しか存在していなかった。護るべき物が既に喪われたという記憶すら硝子のように砕け散ってしまっていて。 幻想は、あらゆる痛みに歯を食いしばる。赦せ、と何に対してかも分からぬ呟きを漏らし−−拳を振り抜いた。「がっ!!」 少女の細い体は吹っ飛び、勢いよく壁に激突する。手加減はしてはならないと分かっていた。半端な手心は苦しみを長引かせるだけ。罪を感じるなら一撃で終わらせるべきと知っていた。激突の衝撃で、ティナの首はあらぬ方法に折れ曲がる。ひしゃげた体からも、口からも、大量の血と臓物が飛び散った。まるで赤い薔薇の花のように。 そのまま彼女が痙攣して動かなくなった時−−漸くジェクトは自分が全身に冷や汗をかいていた事に気付く。一度膝をついてしまったら、もう立ち上がれなかった。息子の生死を確認しに行かなければ。そう思うのに−−動けない。「畜生…っ」 何を罵ればいいのか。何を呪えばいいのか。昨晩のオニオンを思い出す。壊れてしまったティナを思い出す。『供を愛さない親はいないって…ほんと?』『どうして、何がいけないの、私達の何が悪いの、悪い子だったの、何の罰なの』何一つ、真実が見えない。 自分には何もできなかったかもしれない。だけど。意味も分からない後悔で死にたくなった。訳も分からず叫んで、あらゆる物を壊してまわりたかった。 人はそれを狂気と呼ぶのだろうか。 後に皇帝から聴いた話。 昨晩−−ウォーリア・オブ・ライトが何者かに殺害され。その遺体を見つけたと思しきオニオンナイトが突然暴走を始めたのだという。 ライトとティナ以外の仲間達は皆、オニオンによって殺された。そのオニオンを止める為に彼を殺したせいで−−ティナもまた壊れてしまった。 そして結局、大量死の引き金を引いた存在−−誰がライトを殺したのかは分からずじまい。カオス陣営の誰もが首を横に振った。 真実は闇に葬られる。 ジェクトに分かったのは、連中の自滅によりカオス陣営の勝利が確定した事と、ティーダもまた帰らぬ人になってしまった事だけ。『嘘つき』 少年の声が頭の中で回る。あの晩彼は何を視てしまったのか。 後悔。懺悔。悲嘆。呆然。混乱。ジェクトは一人頭を抱え、そして。 赤い光が世界を覆うのを、視た。 幻想は知らなかった。 それは悪夢の一部でしかない事を。 地獄は永遠に繰り返される。***「お前…」 久しぶりに大きな戦闘の無い、穏やかな日だった。少なくともジェクトはそう思っていた−−このカオス神殿で、彼に出逢うまでは。「オニオンナイト…だっけか。何でお前がここに居るよ?」Endless… |
それは悪夢のごとき現実。地獄よりも苛烈な楽園。
短編を書く時は、その時連載であんまり出てきてない人を使うことにしてます。
なので本当はオニオンとティナ中心だった筈が…何故だかジェクトさんが出張りました(笑)
当サイトの世界観をホラーチックに示した実例であります。こんな世界もありました、ということで。
勇者は何故死んだのか?少年は、少女は何故狂ったのか?答明かしは長編でどうぞ…(なんて不親切な)
真実を何も知らない人間=ジェクトから見れば、ワケの分からない事だらけの世界なんですよね…。
悪夢のような惨劇。惨劇の終わりは全員の破滅…世界はまた白紙に戻され、再び悪夢が繰り返される。
最後にジェクトが冒頭と同じ台詞を言ってるのと、Endlessの表記は、何度でも同じ事が繰り返されるという暗示であります。
…地味に怖いぞコレ、と思っていただければ幸いです…(笑)