逃げる?一体、何処へ。
救うと告げる君は滑稽で――眩しかった。
その光は私には強すぎた。だから目を逸らさなければ、息が出来なかった。
知らない君は愚かで、知った私は惨めで。
ラストダンスは悪夢の隣
逃げ場の無い悪夢に囚われていたのは、一体誰だっただろう。
おそらくは神であり、自分であり彼であり彼らであり。誰もが醒めない夢の中で、虚しく踊らされる盤上の駒にすぎなかったのだ。
真実に気付いた者は絶望し、気付かぬ者は哀れな人形と成り果てた。
一番不幸な者の中には、ガーランド自身や神々も入っている。それは単なる自惚れではなく。
何故なら知っていたから。この迷路に出口が無いことを。
次に不幸なのは皇帝やアルティミシア達だろうか。彼らは真実の全ては知らないが、ゆえに憐れなのだ。
何故なら知らなかったから。この迷路に出口が無いことを。
他の者達は−−ひょっとすると幸せなのかもしれない。
何故?簡単だ。彼らは自分達が迷路の中にいる事すら気付いていないのだから。
永劫の時を繰り返すばかりの世界。その終わりのパターンは大抵決まりきっている。
記憶を消されているゆえ保たれている正気が決壊して、必ず誰かしらが悲劇を招くのだ。
それは力の暴走であったり、誤解とすれ違いによる共倒れであったり。
その経過と結末を、ガーランドは逐一この世界の真の支配者に伝えていた。
場合によりそれは本人ではなく、かの者の二人の従者を通す事もあったが。
確かなのは、この世界を真に統べている存在は、神々ではないということ。
神々もまたかの者の駒にすぎないていうことだ。
「“報告”の時は近い…か」
それはつまり、今回の世界に終わりが近いということ。
分かりきってはいたが、また惨劇に満ちた物語を語らなくてはならないらしい。
ここまで繰り返すといっそ喜劇だ。砂を払った玉座に座り、崩壊した天井を見上げる。
雨風すら凌げない有様の向こうに、斑尾な紫色の空が見えた。この色も見飽きてきたな、と今更すぎる事を思う。
しかし、空以外を見つめる気にはならなかった。
神殿の中は、鉄錆の臭いと死臭に満ちている。出来立ての遺体が広間の中に四つも転がっているのだから当然だ。
フリオニール。皇帝。スコール。
先程までガーランドの目の前で壮絶なバトルロワイヤルを繰り広げていた三人は、ほぼ同時に力尽きていた。
それぞれが原型を辛うじて留めてはいるものの、手足がひしゃげていたり千切れていたりで生前の雄々しさは見る影もない。
このパターンも見覚えのあるルートだった。
こうなる事は予想の範疇だったので、ガーランドだけは巻き込まれる前にうまく逃げられたが。
逃げ遅れた者もいる。
柱の影。フリオニールのウェポンに刺し貫かれ、半ば壁に張り付けられて事切れているのはケフカだ。
彼は運が悪かった。まあ、この結果を承知で首を突っ込んだのかもしれないけれど。
「…愚かなことよ」
呟きは誰にあてたものか。自分でもあるし、こたびの悲劇を招いた全員でもあるかもしれない。
仲間に裏切られたと思い込み、暴走したスコール。
間接的にとはいえ原因を作った皇帝。
スコールを止め、皇帝から真実を聞き出そうと戦ったフリオニール。
この場合、正気を保っていたフリオニールが判断を誤ったと言うべきか。
一人でスコールを止めに来なければ、こんな結果にはならなかったかもしれない。最終的な結末は変わらないにしても。
皇帝も皇帝だ。彼が輪廻を断ち切ろうと立ち回った行動は、今回もまた裏目に出た。
いい加減諦めてしまえば楽になれるものを。彼といいアルティミシアといい往生際が悪すぎる。
足掻いて足掻いて。足掻き続けた先に一体何が遺るというのか。
勝てど負けれど地獄は地獄。未来永劫続く、阿修羅の道に終わりは無い。
そして繰り返される責め苦の果ては完全なる無だ。
いずれにせよ自分には関係の無いこと。
ガーランドは近付いてくる足音に耳をすませながら、椅子に座り直した。
ここが舞台の上である以上、役者に筋書きを変える権限など無いのだ。
望もうが望むまいが、最後に行き着く結末は同じ。そしてまたオープニングに戻って全てを繰り返すだけ。
そう、無関係だ。自分が関係あると、そう思えるのは−−。
「ガーランド」
鎧の足音−−その軽さは、本人の体重のせいなのか。
しかしいつもよりは足取りが鈍い。簡単だ。
現れた青年がその腕に、幼い少年を抱きかかえているからだ。
「…意外な事よ」
ガーランドは素直に感想を漏らした。
「おぬしが最後の一人とは」
ウォーリア・オブ・ライト。
彼は高確率で−−物語の序盤で命を落とす運命にあった筈だ。
それは自殺であったり、“それ以外の要因”であったりするわけだが−−今の今まで生き残るのは極めて稀なパターンと言えた。
彼の“死”はたびたび、多くの惨劇の引き金となってきた。それがライトの意志に反する事であるにせよ。
ライトが死んでいないにも関わらず、悲劇は繰り返されコスモスサイドもカオスサイドも死屍累々の有様。
やはり、どれほど不確定要素が重なろうとも、物語の大筋は変わらないという事らしい。
「スコール…フリオニール…」
ライトは血の気の失せた顔で、床に横たわっている二人の仲間の名を呼んだ。
そして抱きかかえていた少年−−オニオンナイトの遺体を、そっと地面に寝かせる。
その所作の一つ一つが慈愛に満ちていた。血みどろの戦場には不似合いなほどに。
「皆…死んでしまったのか……」
呟くと同時に、青年は体をくの字に折り、激しく咳き込んだ。床に大量の血がまき散らされる。
口元と腹を抑え、ヒューヒューと喘ぐライトの顔は真っ青だ。余程苦しいのだと見える。
やはり、いつもと同じだ。ライトが“自殺”しなかった場合の死に方は全て同じ。
どちらにせよ他の者達の比でないほど苦痛に満ちている。
じわじわじわじわ、その身体に植え付けられた種に蝕まれ、生きたまま身体を食い破られる。
当然だ。自分がそうなるように−−仕組んだ。大いなる意志が命ずるままに−−青年の腹に“欠片”を仕込んだ。
愛する彼が苦しみ抜いて死んでいくと、分かっていながら。
「わしとお前で最後。もはや他に生き残りはいない…」
手駒が全て滅べば、召喚主である神々も代償を背負う。
ライトが死ねば、コスモスも消える。
それは仮初めの死にすぎないのだけども−−此処は、そんなルールで動く世界だ。
“今回”は、カオスの勝利となるだろう。もはやライトはあと何分生きられるかも怪しい身体。
対してガーランドはここまで無傷で生き残った。
「冥土の土産だ。…真実を教えてやろう。せめて知りたい筈だ…今、己の身に何が起きているのかくらいは…」
言葉を続けようとして、息を呑む。
ライトが、こちらを見ていた。度を超した激痛に苦しみながらも、透き通るような蒼い眼で射抜いてくる。
愕然とさせられた。何故、何故今になって尚そんな眼が出来るのか。
目の前には憎悪の対象とも言うべき宿敵。
仲間は死に絶え、自らも謎の“病”で力尽きんとしていると言うのに。
「……知っている」
膝をつきながらも、青年は言葉を紡いだ。
「全てを……思いだした、からな。私も…この子も」
「……!」
この子、と青年が指し示したのはオニオンナイト。
ガーランドは目を見開く。思い出した、と?今この青年は言ったのか?
「思い出したから…この子は、自ら命を絶ってしまった。あの時の後悔を思い出し、て……」
ライトの瞳に、幾つものの色が混じった。悲哀、空虚、後悔、絶望−−そして、憎悪。
「何故あの日、この子に全てを見せた…っ!」
血を吐くような声が、死臭に満ちた神殿を揺らす。
あの日。そう言われて意味が掴めぬほど、ガーランドは鈍くなかった。
まさか、本当に思い出したというのか。コスモスの助けもなく、かつての記憶を?二人同時に?
「オニオンは…私がこうなったのも皆が狂ったのも自分のせいだと…最期まで己を責めていた。こんな小さな子供がだ…!」
ガーランドも思い出す。あの日のことを。
世界の始まり−−神龍は輪廻を繰り返す為に必要な下準備を自分に命じた。
そのうちの一つとして、自分はオニオンナイトを捕らえ、彼を人質にライトを拘束したのだ。
そしてそのライトを、その身体と心が壊れるまで拷問した。
“仕込み”を入れる為には、彼を極限まで弱らせる必要があったからだ。
爪を剥がされ、腱を切られ、骨を砕かれ、生きたまま胸と腹を切り裂かれ。
血だらけで絶叫する青年の姿を、オニオンナイトは檻の中から見ていた。
その魂が粉々に砕け散るまで泣き叫び、小さな手が使いものにならなくなるまで檻を叩き続けた。
彼らは思い出したというのか。あの絶望を−−狂気を。
「お前の計画に私が必要だったのなら…私だけを連れてこれば良かった。
この子に惨い光景をどうして見せる必要があったのかっ…!…ぁ」
青年が息を詰まらせる。また発作の波が押し寄せたのだろう。
腹を抑えつけたまま、浅い呼吸を繰り返している。
座っている事もできなくなったのか、その身体が横倒しに倒れ、その衝撃にまた小さく悲鳴を上げた。
「…分かっている筈だ、ウォーリア」
ガーランドは立ち上がり、ライトの傍へと歩み寄る。
そして身体を小さく痙攣させる青年の身体をそっと抱き起こす。
「お前を、逃したくなかった。どんな理由だとしても」
神龍の命に従ったのは、かの者の意志が絶対であるからだけでなく。
ガーランド自身の独占欲が、全ての行動を後押ししたゆえ。
彼を捕まえ、痛めつけている間、その存在は自分だけのもの。
殺せばその烙印は永遠。輪廻が続く限り何度でも巡り合い続けられる。
「仮に、そうだとしても…」
もはや虫の息である美しい青年は。ガーランドの腕の中で小さく問いかけた。
「お前は、本当にそれで幸せなのか……?」
その言葉を。ガーランドは聞こえないフリをした。するしか、無かった。
分かっている。それでも、知りたくなどない。その先にあるかもしれない、本当の願いなんて。
「…今、楽にしてやろう」
自分の太刀では大きすぎる。ガーランドは青年の剣を抜き、弱々しい鼓動を刻むライトの心臓に押し当てる。
せめてもの情け。それはこれ以上彼の問いかけを聞きたくないが為の、逃げでもある。
振り下ろした剣は真っ直ぐに青年の胸元を抉る。
破壊されたライトの心臓が再び鼓動を刻む事は二度と無かった。
ウォーリア・オブ・ライトは死んだ。自分の、この手で。
「終わらせるものか…」
自力で記憶を取り戻した彼ら。筋書きの変わりつつある物語に気付きつつも。
ガーランドは祈るように言葉を紡いでいた。
輪廻は終わらない。
終わらせたくない。
たとえどんな残酷な手段を使おうとも、この閉じた世界を自分は守り抜く。
「貴様と巡り会わん世界になど…興味は無いわ」
歪んだ感情。果たして本当に狂っているのは誰なのか。自分か、世界か。
血に塗れた世界に、支配者の慟哭が響き渡る。
惨劇の舞台は、未だ終わらない。
FIN.
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最近専らCPモノは読み専だったのですが。突発的に書きたくなりました、ガーウォです。
長編番外編と銘打ってますが、実際の長編ではこの二人の間で恋愛感情は成立していません。
しかし異説短編の一発目がこれってのはどうなのか。グロ好きにもほどがある…(滝汗)
さりげなく、長編のネタバレや伏線を散りばめております。なので現時点だとかなり意味不明…。
時間軸としましては、序章『語外し編』と第一章『答捜し編』の間くらい?
当家の異説では、混沌サイドは2つの勢力に分かれてます。輪廻を続けたい派と、輪廻を終わらせたい派。
ガーランドは前者、皇帝は後者。で、長い間前者が優勢だった…という設定なってます。