懺悔します。 私は平和を愛しました。私は未来を愛しました。 だから私は殺しました。全てを鳥篭に閉じ込めました。 それが護る事だと、信じていました。
野薔薇が僕等の世界と繋ぐ1 〜秩序よ、壊れるなかれ〜
「今日も平和だね」
呟き、ティナはティーカップを手に取った。ハーブの香りがふわりと広がる。 最初はカップを割る事すらあったオニオンも、だいぶうまくなったと思う。 今度はもう少しお茶菓子の方もレパートリーを増やしてみようか。
「ティナがそう言えるようになったって事は…まぁ」
そのオニオンはと言えば。シートの上、ティナの真向かいに座り、紅茶をフー フーと覚ましている。子供っぽいその動作がなんだか愛らしい。
「…人間の適応力ってヤツは、素晴らしいって事だね」
彼が苦笑して見つめる先。ティナの背後から、再び爆音が上がった。それでも ティナは無視して黙々とクッキーを口に運ぶ。オニオンもそれに倣う。 うん。確かに、自分も随分スレてきたというか慣れてきたというか。なるほど、 屋敷の中から爆音やら悲鳴やら怒号やらが響いてくるのは、一般的には平和とは 呼ばない−−筈だ。 ティナも最初の頃は、止めるべきかとオロオロしたものだが。それも日常茶飯事 になれば耐性がついた。巻き込まれない限り、ほっとくのが吉。巻き込まれそうに なったら遠慮なくメルトン。なるほど、人間は学ぶ生き物らしい−−ごく一部を 除いて。 「こりないよねほんと…。今度は誰が何やらかしたのかなぁ。120%バッツが主犯 だろうけど」 「うーん…私もよく知らないけど」 お茶のおかわりをつぐ。今日は天気がいい。暑い、と言ってもいいかもしれない。 喉が渇くので紅茶の減りが早い。 「バッツとジタンとティーダの三人で、ブリッツボールで遊んでるのは見たよ」 「あー…それが原因か」 粗方、ボールがすっぽぬけて窓ガラスでも割ったのだろう。
「……いくつだっけあの人達」
オニオンの言葉に、ティナは苦笑するにとどめた。ティーダとジタンはともかく、 バッツが成人していると聞いて、誰もが驚いたのを思い出したのだ。正直、 自分より年下だろうと思っていたから。 再び断続的に上がる爆音。追っかけているのはライトだろう。素直に謝れば彼も そんなに怒らないだろうに、逃げるから火に油を注ぐのだ。そりゃあ外野としては 呆れたくもなる。
「あっちゃ…随分やられちゃってるな」
ふと、すぐ近くで呟きが聞こえ、ティナは段差の下を覗きこんだ。 そこは義士お手製の花壇になっている。庭の隅、崖のギリギリという位置だが、 日当たりがよく何より土が良い場所だ。 薔薇オンリーではないが、皆で持ち寄ったり見つけた花の種や苗を植えて、少し ずつ育ててきたものだった。 まだ小さな花が少し咲いているだけ。しかし、こんな戦場にも咲く花があると いうだけで、皆の心の支えになっているのも確かである。 手入れは専らフリオニールの担当。たまにティナやオニオンが手伝うくらいで ある。そのフリオニールは今、向こうから響く爆音をティナ達動揺シカトして、 一心に花壇を手入れしていた。
「フリオニールー…あっちでドカンバカンやってるの放置していいの?」
一応、といった風に声をかけるオニオン。バッツ達が面倒をやらかした場合、 捕獲兼説教はライト、フリオニール、クラウドの担当だ。それがいつの間にか暗黙 の了解になっている。 そして保護者三名のうち一人であるクラウドは、スコールと共にエリア調査に 行っていて不在。となれば必然的に彼とライトにお鉢が回ってくる筈だが。
「いいよいいよ。ライトさん頑張ってくれてるし。ヘルプが来るかこっちにまで 被害が及んだらストレートアローで黙らせるけど」
振り返らず、ひらひらと手を振るフリオニール。どうやら自分達と同じ考えら しい。根は真面目な彼も、段々おふざけ組の正しい対処方を勉強してきたらしか った。 つまり、長い説教よりも一発ブン殴ってペナルティ。特にバッツはごはんを抜 かれるとダメージが大きい。−−どう考えても、成人男子に課す罰則じゃない気が するが、ツッコミ始めたらキリがないので以下略。 そんな事を考えていたら、いつの間にか紅茶とお菓子を食べ尽くしていたらし かった。ティナが何かを言うより先に、皿のカップを片付け始めるオニオン。 ちょっと無茶なところがあるけど、気の利くいい子だ。一緒に片そうとしたら、 一人で足りるから大丈夫だよ、と微笑まれた。そのまま食器を持った小さな背中が 屋敷の中に消える。 さあて、キッチンが戦場になってなければいいのだが。
「手伝おうか?なんか困ってるんでしょ」
フリオニールの側に歩み寄り、手元を覗き込む。義士はティナに苦い笑みを見せ、 見てくれよ、というようにその場所を指差した。
「わ…これ全部、虫なの!?」
植えられた花の中には、ユリ科のものが混じっている。その白い花の葉を中心に、 白くて小さな虫がびっしりとまとわりついていた。 無事な花もあるようだが−−虫につかれた花は明らかに他のそれより元気がな い。
「ハダニ。厄介だよまったく。消毒薬撒くしかないかな…」
明らかに枯れてしまった枝を切りながら、フリオニールは溜め息をついた。 「お花育てるのも大変なのね。…私にもうちょっと知識があれば、お手伝いでき るんだけど」 「俺だってそんなに詳しいわけじゃないさ。殆ど手探りだよ、こんなのは」 じょうろで少しだけ水をあげる。種類によってあげる量を変えなければならな いんだ、と以前彼が言っていたのを思い出す。干からびさせてはいけないが、 あげすぎると根を腐らせてしまう事もあるという。 本当は違う種類の花を何本も同じ花壇で育てるのはよくない。しかし、今はこの 場所以外に花壇に適したところがないのが現状だった。
「大きくなって、綺麗な花を咲かせてくれればそりゃ嬉しいよ。けどどんなに 頑張っても、失敗しちゃう事もある。最初のうちなんて特にそうだ」
でも今は、それでもいいんだよ、と彼は笑う。 「ちょっとずつ。ちょっとずつ大きくしていけばいい。その姿そのものが、俺達 にとっての夢で、希望なんだから」 「…そうだね」 虫に食われて、それでも精一杯太陽に向けて伸びる小さな花達。その愛らしい 姿に、心の中で小さく呪文を唱える。 大きくなぁれ。ちょっとずつちょっとでいいから、背を伸ばして。精一杯の花 を咲かせて。 自分にも、見守るくらいはできるから。
「あ、フリオニールはっけーん!」
その声に、途端フリオニールが身構えたのが分かった。そういえば少し前まで 断続的に響いていた爆音が消えている。 まったく逃げ足の早いこと。ティナは呆れ半分感心半分で、駆けてくる二人組 を見つめる。
「ジタン、ティーダ…。ライトさんに追っかけられてたんじゃないの?どうやって 逃げてきたの」
お調子者二人組は顔を見合わせて、ペロリと舌を出した。
「「バッツ生贄にまるっと押し付けてきた」」
ああ道理で、と妙に納得してしまう。仲間に見捨てられた哀れな旅人は、勇者に 見事捕獲されたのだろう。今まさに現在進行形で説教タイムだろうな、と推察する。 「ライトさんもキレすぎなんだよなー。ボールで遊んでてうっかりガラス割っ ちゃっただけじゃんか」 「ああそうだなティーダ。…それが三十八回目じゃなければな」 言葉のストレートアロー、見事クリティカルヒット。あっさり正論で返されて、 ぐうの音も出ないジタンとティーダ。しかしフリオニール、よく数えてらっし ゃる。 「…後でちゃんと謝りにいけよ。それと割った窓の修理な。でないと今度は俺がEX モードでお前らを追っかけ回すから」 「……すみません」 「分かればよし」 他二人に比べ、フリオニールの説教は優しめだ。本気でキレない限り、今のよ うな脅しも実行には移すまい。それが分かっているからこそ、逆にティーダやジ タンのようなタイプには効果があるのだろう。
「で…俺を捜してたんだろ。用は何だ?」
バッツを犠牲にしてライトを足止めしたとはいえ、フリオニールも保護者組の 一人。顔を見れば若干手緩くともお叱りを受ける可能性は、彼らとて十二分に考 えた筈だが。 「昨日、クリスタルワールド方面でさ、何本か花が咲いてるのを見たんッス。で、 植木鉢に移して今俺の部屋にあるからさ、フリオに渡そうと思って」 「本当は昨日のうちに見せるつもりだったんだけどな。フリオニール、昨日殆ど 前線出てて屋敷にいなかったじゃん。タイミングなくてさー」 そういえば、とティナは思い出す。昨日の夜キッチンで片付けをしていたら、 ティーダとジタンに声をかけられたのだ。あの時もフリオニールを捜していた。 しかし任務で疲れたのか、ジタン達がフリオニールを探し始めた時は既に彼は就寝 済みだった。
「凄ぇんだぜ!柱の…せっまいところに三本も咲いてんの。土だって少ないだろ うに、植物の生命力って強いのな」
身振り手振りで話すジタン。その様子に、フリオニールも嬉しそうに顔を綻ば せる。
「そうか。それは是非見てみたいな」
とって来るッス!とティーダがダッシュしようとして−−段差に思い切り躓い た。そのひっくり返りぶりがあまりに見事だったので、つい一同は吹き出してし まう。それでいいのかスポーツ選手。いや、そんな所も彼の魅力なのだけど。 ティーダとジタンの足は速い。コスモス陣営で一番鈍足なティナとしては羨ま しい限りである。彼らはあっという間に部屋から三つの植木鉢を持って戻って来 た。 植木鉢の中の土の量はあまりにも少ない。やはり花壇に植え替えるのが無難だ ろうという事で、四人で移し替えた。
「この花、ティーダに似てるね。太陽みたいな黄色い花」
タンポポみたいな可愛い花を指し、ティナは笑う。 「じゃあ…こっちの白くて鈴みたいなってるのがティナだな。レディらしくて可 憐だろ〜。で…」 「ジタンはそっちのわさわさしてる黄色くてちっさいのッスね〜!似合うだろ、 ちっさくて雑草っぽい」 「誰が豆粒ドチビだコラァ!」 「ジ、ジタン!なんかキャラ間違ってる!!」 わたわたしながら、怒り狂うジタンを止めるフリオニール。面白がるティーダ。 雑草ってとこにはツッコまないんだろうか、とティナは首を傾げる。もはやこの ノリにもすっかり慣れた。 「みんな元気でいいなぁ」 「…そう結論できるティナって大物だよな」 「そうかな?ふふ…フリオニールは…そっちの子、だよね」 ティナが指差した先を見て、フリオニール以外の二人は心底納得した顔になる。 そこには野薔薇に似た赤い花が、仲間達の花の後ろで凛と咲き誇っていた。 「みんなのオカンだもんなーフリオは」 「お前らみたいなデカいガキはごめんだぞ。面倒みきれん」 「酷っ!息子を捨てるのね、そーなのねーっ」 しなを作って大袈裟に嘆くティーダの頭、これも保護者のつとめと拳骨を落とす フリオニール。ジタンはチビ扱いされたのをまだ怒っている。 その時だった。屋敷の方から、オニオンナイトが真っ青な顔で飛び出して来た のは。 少年はティナ達の元へ走って来るや否や、叫んだ。
「クラウドとスコールが…っ!」
NEXT
|
ねぇ、誰が僕等を殺すの?誰が彼らを殺したの?