懺悔します。 私は平和を愛しました。私は未来を愛しました。 だから私は殺しました。全てを鳥篭に閉じ込めました。 それが護る事だと、信じていました。
そして一枚、その羽根をもぎました。
野薔薇が僕等の世界と繋ぐ2 〜獅子よ、散り逝くなかれ〜
オニオン曰く。 クラウドとスコールの今回の任務は、ごくレベルの低いイミテーションしか出現 しないエリアの調査だったそうだ。ティナも以前何度か出向いた事がある。カオス 陣営の本拠地からも遠い上、ストレンジクラス以上のイミテーションは一切 見かけなかった筈だ。 だが、二人は帰って来なかった。 任務内容にもよるが、調査系は特に定時連絡を入れるのが決まりになっている。 二人が出発したのが朝食の後。多少遅めにはなるが、昼食時には帰って来れる筈 だったらしい。 出発直後と、一時間後。その二回はちゃんと無線機で連絡があり(提供者はク ラウドだ)、これといって問題は無かった。しかし、そこから四時間以上連絡が なく−−。 四時間後、つまりつい先程スコールから通信が入った。ノイズが酷く、聞き 取れたのは、僅かな単語だけ。
“逃げろ。” “殺しに来る。” “−−を疑え。−−を疑うな”
「すっかりホラーじゃねぇか」
話を全部聞き終えたジタンの第一声はそれだった。
「それも滅茶苦茶質悪ぃぞ。主演があのスコールかよ」
盗賊家業と一緒に芝居もやっていたというジタンは、たまにこんな言い回しを する。ある意味芸術的とも言えるその語り口は彼の兄とよく似ているのだが、 本人は気付いているのかいないのか。 「その通信、本当にスコールからだったの?ノイズが酷かったんでしょ?」 「断言はできないが…多分本物だろうってライトさんは言ってた。流石にイミテ ーションと本物は間違えないし、声の複製を作れるような技術がカオスサイドに あるかは怪しいからって」 確かに。自分達は皆、科学や魔法の発達度合いがまちまちな世界から来ている。 うち、スコールやクラウド、ティーダはある程度機械に手慣れているものの、 それ以外のメンバーはてんでその方面は駄目だった。そのスコール達もけして 専門家ではないので、精々機械が“使える”といったレベルである。 それはカオスサイドにも同じ事が言えた。そんな科学的な技術に精通していそ うな人間に心当たりはない。
「その最後の連絡があった時、クラウドは一緒じゃ無かったのかな」
とりあえず今は情報を整理して対策を練るべきだ。ティナは思いつくまま口に してみる。 「スコールしか喋らなかったんでしょ。今までの報告は殆どクラウドがしてた のに。クラウドとはぐれた可能性もあるよね」 「確かにな」 お喋り、という言葉から一番程遠いのがスコールだ。勿論語るべき事までだん まりなわけじゃないが、必要なければ喋りの担当は常に別の人間に任せるのが彼 だった。今回の任務も然りである。 それが、何故だか最後だけスコールが報告してきたという事は。
「クラウドが話せない状況だった…。つまり、クラウドと一緒にいなかったか、 クラウドが怪我か何かで話せなくなってた…って予想が立つよね」
自分で言っておいてアレだが−−気付かなければ良かったとすら、思った。 怪我や行方不明ならまだいい。しかし此処はまがりなりにも戦場、最悪の事態も あり得る。 それに−−スコールも。何故最後の報告が不明瞭だったのか。 ノイズが大きくなったのは、無線機が壊れたせいじゃないか。壊れるような何か があったのではないか。そしてキチンと報告ができないほど、スコールが余裕の ない状況に置かれていたとしたら−−。
「一刻の猶予もない。…そういう事かよ。……スコール……っ!」
ぎゅっと膝の上で拳を握りしめるティーダ。その顔色は、青いを通り越して 白い。余程スコールが心配らしい。
「…ティーダってさ、スコールの事すっごい気にしてるよないつも。同い年なのに 年上相手みたく甘えてるみたいだし、羨望というか尊敬というか…ものすごく高く 評価してるというか。何でなんだ?」
フリオニールの発言は尤もだ。ティナもずっと不思議な思っていた。ティーダ のスコールに対する態度はとても同い年の仲間に向けるそれではない。 年の離れた、尊敬に値する父か兄。具体的に表現するならそんなかんじだろう。 まるで長く育ててくれた恩師に対するように、家族のように−−何故か最初から、 ティーダはスコールに対して全く距離を置かなかった気がする。 初めは本当に兄弟なのかと周りが誤解したほどに。スコールの方もティーダに 対しあまり突き放すような真似をしなかったので余計にだ。
「…俺にもよく分からないんスよね。なんかスコールって…同い年なのに全然 そんなかんじがしなくて。同じ世界から来たわけじゃないから、会った事なんか 無かったのにさ。初めて見た時から、すごく懐かしくって」
兄貴みたいというか父親みたいというか。なんだか甘えたくなるんスよね、と ティーダは苦笑する。
「実際一緒に戦ってみて、尊敬できる点はたくさんあるんだけど。そーゆーの 一つも見る前から、全部分かってた気がする。…変なんだけど。俺、スコールにも の凄く大きな借りがあったような気がしてるんだ」
本人にもよく分かっていない感情なのだろう。確かにスコールは年の割に大人 びているし自立している。ティーダは彼に、ある意味理想の父親像を無意識に求 めているのかもしれない。実の父親と確執が大きいからこそ。 父親に対して出来なかった報恩を−−代わりにスコールにしたいと思っている のかもしれない。 「実際。スコール、いつも俺がピンチになったら何も言わないで助けてくれるし、 悪い事したら少ない言葉で叱ってくれるし。正直無意識に頼りすぎてたんじゃ ないかなって…今思ってるんだ」 「それは…悪い事じゃないと思う。ティーダだって充分、スコールの事も私達の 事も助けてくれるじゃない」 「はは…サンキュ、ティナ」 慰めでも嬉しいよ、と。言葉に出さずとも顔にでているティーダに、なんだか 切なくなる。 嘘でも慰めでもないのに。いつも仲間達に頼りきって、甘えて、足を引っ張っ ているのは彼じゃない−−自分の方だ。
「…だからさ。俺…スコールがピンチなら絶対助けたい。何も出来ないなんて 絶対嫌だ」
その瞳に強い決意をたたえ、夢想は仲間達を見る。その背中をバァンっと強く 叩いたのはジタンだ。力を入れすぎたのか、ティーダは思い切り蒸せている。 「なぁに当たり前の事言ってんだ。助けるに決まってんだろ。金髪チョコボの サブリーダーもついでにな」 「ついでって…クラウドが聞いたら泣くぞ。泣くっていうか引きこもるな」 「ジタンものばらもさりげなく酷いッス…」 少しだけ気持ちが落ち着いたらしい。ようやくティーダの顔に、まともな笑みが 浮かぶ。
「今後の方針だけど」
話が一段落したところで、切り出してくるフリオニール。 「ライトさんとも話し合った。今度は三人で、例のエリアを捜索に出て貰う。ジ タン、ティーダ、ティナ。頼めるか」 「勿論ッス!」 指名されずとも自分から名乗り出るつもりだったのだろう。ティーダが真っ先に 返事をする。ティナとジタンも頷く。
「俺がベースに残って無線機で指示を出す。定時連絡必須、危ないと感じたら すぐに引き返すように。こっちも変化があったらすぐ知らせるから」
本当はもう少し人数を増やすべきかもしれない。しかし、ベースをがら空きに するのはあまりに危険だし(クラウドかスコールが自力で帰投する可能性もある )、万が一の場合に備えてティナとオニオン、フリオニールとライトは班を分ける のが決まっていた。 専門的な治療魔法が使えるのはティナとオニオンの二人だけ。また、司令官の 役目を負うのはライト、クラウド、フリオニールの誰かと決まっている。バランス を考えれば担当を分けるのも当然だろう。 「何があるか分からない。気をつけてくれ」 「いえっさー!」 クラウドの真似なのか、ジタンが敬礼モドキをする。何だか角度がおかしい ような。しかしその冗談じみた仕草のおかげで、緊張がほぐれたのも確かだった。 ティナは空を見る。次元城の歪んだ青空に変化は無い。それでも−−何かを 予感する。見えない、不吉な黒雲を。
「…何もなきゃいいけど…」
呟きながら。残念ながらその希望は叶わないだろうな、と思う。このテの予感 に限って、外れた試しが無いのだから。
泣きたい、なんて。馬鹿だと思う。そんな弱い人間がどうして今まで生き残って 来れたのだろう、とも。 孤高の獅子になろうと決意したのは。他人に近づき過ぎるのが怖かったからだ。 いつか失う痛みに怯えていたから。幼い頃の孤独が、自分の臆病な強さを作った。 それでも−−一度は“彼女”のおかげで乗り越えられた筈の、弱さだったのに。
−−走馬燈だとでも?…冗談じゃない。
時々躓きながらも、スコールは走る。立ち止まってはいけない。それはあの日、 痛いほど思い知らされた事。 不思議だった。あれだけ思い出せなかった過去が、今は鮮やかに蘇ってくる。 走馬燈みたい、なんて洒落にもならない。 少し前まで。仲間だと信じていた者が自分を殺しに来る。 本当は声を上げて泣きたかった。どうしてこんな事に。あの日と同じシュチュ エーション。あの日と同じ恐怖。違うのは−−自分が今、一人だということ。 あの時は隣に“彼女”がいて。自分は必死で“彼女”の手を引いて走っていた。 土砂降りの雨の中を、行くあてすらなく。
−−分かってた。分かってたんだ。俺は…一人になるのが怖いだけの、弱い人間 だって。
ガンッと背中に衝撃。激痛に歯を食いしばり、転ばないように足を踏ん張り−− 気力だけで足を動かす。 死ぬほど悲しくて、恐ろしかったあの日。 だけど自分は一人でなかったから、耐えられた。“彼女”だけが唯一無二の 自分の味方で、あの瞬間世界の全てで。それはきっと−−“彼女”も同じで。 あの世界の最後に、自分は本当に残酷な真似をした。孤独に怯えるあまりに “彼女”を庇った。それがどれほど“彼女”を傷つけるかもしらないで。 だから、だろうか。あの日死んだ筈の自分は何故だか行き帰り、この世界に 召喚された。それはもしかしたら、あの日犯してしまった罪を、償う為の罰だった のかもしれない。
−−俺はまた、救えないのか。
真実は何一つ見えない。何故あの時と同じ悲劇がまた繰り返されているのかも。 自分が仲間の手によって殺されようとしているのかも。 それが、悔しくて仕方ない。 死ぬ事よりも、無力なまま終わる事が恐怖だった。だから今自分は走っている のかもしれない。血まみれになりながら、無様な姿を晒しながら、必死で。
「うわあぁぁっ!」
嫌な音がした。ぐらりと視界が揺れる。ガンブレードを持たない左手、その肩 より少し先が切断されて宙を舞っていた。噴き出す朱。倒れ、その衝撃でまた 激痛が走って悲鳴を上げる。 終わりだ。終わってしまう。何一つ分からないまま、伝えられないまま。 刃を振り上げる“仲間”の姿。その向こうに、スコールは懐かしい幻を見た気 がした。
−−リ、ノア……。
そのまま。スコールの瞳は、光を失った。
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孤独に怯えたのが俺の罪なら、何故彼が罰を受けるのか。