懺悔します。
 私は平和を愛しました。私は未来を愛しました。
 だから私は殺しました。全てを鳥篭に閉じ込めました。
 それが護る事だと、信じていました。
 
 そして一枚、その羽根をもぎました。
 羽根をもがれた蝶は地面に落ちました。
 
 
 
 
 
薇が僕等の世界と繋ぐ
〜妖魔よ、憎むなかれ〜
 
 
 
 
 
 カオス神殿。カオス陣営のホームであるその屋敷にて、惨劇はまた繰り返され
ようとしている。
 
「ぐっ…!」
 
 肩口に走る激痛。暗闇の雲は歯を食いしばって、右肩に突き刺さった刃を抜いた。
吹き出す血。どうやら危険な動脈にまで穴を空けてしまったらしいと悟る。
 妖魔は顔をあげ、自分を攻撃してきた人物を見る。憎悪の瞳で。
 
「何のつもりだ…魔女!」
 
 答える代わりに、アルティミシアは再び魔法の構えをとった。その手から放た
れる騎士の斧を、暗闇の雲は触手で弾き飛ばす。
 状況が何一つ見えない。屋敷に戻ってきた時には既に、魔女の様子はおかしく
なっていた。そして、たまたまホールで談笑していた自分とケフカに襲いかかっ
て来たのだ−−完全に、不意打ちだった。そして異変に気付いた時には手遅れ
だった。
 
「答えろ…何故わしらを襲う!?何故……ケフカを殺したのだ!」
 
 悲鳴すら上がらなかった。まるでスローモーションのような光景。矢で頭を撃ち
抜かれたケフカの体が横倒しになり−−その血を、暗闇の雲は頭から被った。
本当に、一瞬の出来事。
 何も分からない。何故こんな事に。激情で頭が真っ赤になる。護れなかった事が
こんなにも悔しいなんて。救えなかった事がこんなにも悲しいなんて。自分から
道化を奪った女がこんなにも憎いなんて。
 妖として、有り得ない筈の感情が胸を焼く。それをもはや否定する気すら起き
ない。
 ああこれが、憎悪なのか。
 
「何故殺した…か?それはこちらの台詞です」
 
 魔女の声は冷え切っている。暗闇の雲は気付く。その眼に宿る暗い焔が−−
自分のそれと同種である事に。
 
 
 
「…誰です…スコールを殺したのはっ!!
 
 
 
 アルティミシアの纏う衣は、紅い。だからすぐには気付けなかった。彼女が、
血まみれである事に。
「私は…確かに、輪廻を断ち切る為にお前達の邪魔をしてきた!しかし…なら何故
直接私を殺しにこない!?私を傷つけたいなら…何故…スコールは関係ない
だろうっ…」
「……!」
 絶叫に近い。彼女がこんなに取り乱すなど、初めて見たかもしれない。
 あの血は、スコールの血?
 スコールが死んだ?どういう事だ。少なくとも自分は何も知らない。いや、輪廻
継続を望む自分達ガーランド派に、この段階でスコールを殺すメリットはない。
魔女の属する皇帝派は尚更だ。
 だとすれば獅子を殺したのは−−。
「わしらは殺していない。ずっと屋敷にいたのだ。殺すメリットなどない。お前に
用があるならそんな回りくどい手は使わん」
「それを信じろとでも?」
「好きに解釈するがいい。だが…ただ一つ間違いない事は」
 魔女は自分達が、彼女へのあてつけにスコールを殺したとでも思い込んでいる
らしい。とんだ誤解だ。だが今アルティミシアは憎悪で何一つ真実が見えていない
−−ああ、まさか彼女が“発狂”するだなんて。長い長い輪廻の闇にすら耐えて
いた彼女が。
 それほどまでに、あの獅子が大事という事か。
 彼女の気持ちが分からないわけじゃない。自分達はまた必ず転生する。死者は
何度でも蘇る。それでも−−死んでしまった大切な誰かには、この世界ではもう
逢えない。
 そこに付随する悲しみと怒りから、逃れる事は出来ない。感情の問題だ。愛する
者を奪った存在を、許す事はできないのだ。
 
「確かなのは…お前の勝手な勘違いのせいで、仲間が死んだという事実だけ…!」
 
 もういい。
 どちらだろうと、どうなろうと構うものか。目の前の魔女がケフカを殺した。
それだけが今の暗闇の雲にとって紛れもない事実であり、現実だ。
 赦さない。もうこんな世界どうだっていい。どうせなら思う様好き勝手暴れて、
ブチ撒けてやろうじゃないか。
 滅んでしまえ。全部。全部。
 
「闇に溶けるがいい…!」
 
 憎悪と憎悪がぶつかりあい。闇の焔が、空を焦がした。
 
 
 
 
 
 
 
 空気がおかしい、とでも言うのか。指定のポイントが近付くにつれ、ティナは
ピリピリとした悪寒が強くなるのを感じていた。
 前に訪れた時には無かった、異様な気配。殺気−−ではない。既に凄まじい怒り
を漲らせていた“何か”はいない。それなのに、そのあまりに深い感情は余韻すら
も自己主張する。
 素直にティナは認めた。認めざるおえなかった。
 目に見えない何かが、怖い。自分が今完全に足が竦んでしまっていることを。
 
「此処に“何か”が“いた”。…分かるのはそんだけ、だな」
 
 ジタンが苦々しく呟く。
 静まり返った秩序の聖域。本来なら最もコスモスの加護を受け、弱いイミテー
ションしか出現しない筈のエリア。しかし、今は聖域という名とは程遠い邪気に
満ちている。
 景色は何も変わらないというのに。敏感な戦士達の五感は、何かを感じ取って
いた。
 とりあえず調査開始。見渡しはいいが、死角もある。広い上、つかず離れず移動
しなければならないので効率も悪い。ティナ、ティーダ、ジタンの三人は慎重に
周囲を散策し始めた。
 
「ひっ…!」
 
 突然、ティーダがひきつった悲鳴を上げる。
 
「ど、どうしたの!?
 
 ティナの言葉に、ティーダはパクパクと口を動かしたのか−−あまりのことに
声が出ない、といった風に−−柱の影を指差している。顔は真っ青だ。
 気付く。彼が指差す柱の周囲から−−周りとは全く違う色が流れ出ている事に。
 どくん、と心臓が大きく打った。まさか−−まさか。クラウドかスコールが、
そこに倒れてるんじゃ−−。考えに至った途端、足が動かなくなる。震えが止ま
らなくなる。
 見たくない。見るのが、怖い。
 先に動いたのはジタンだった。意を決した様子でティーダの側に歩み寄り、
柱の裏を覗く。そして。
「なっ…セフィロス…っ!?
「え!?
 予想外の名前が出て、目を見開く。漸く足が動いた。恐る恐る、その現場を目に
入れ−−。
 倒れなかった自分を心底誉めたいと思った。驚きすぎて悲鳴すら上げられなか
ったのは、いい事なのか悪い事なのか。
 ジタンの言う通り、そこにセフィロスがいた。ティナの危惧した通り、物言わぬ
躯となって。
 切り殺された、のだろうか。胸から腹にかけて、ザックリと大きな傷が口を開
けている。それが致命傷なのは明らかだった。まだ死んでから間もないのだろう。
鮮血は溢れ続けて、こうして見ている間にも聖域を紅蓮に染め上げ続けている。
 不可解なのはその先だ。これだけの傷。中から内臓やら何やらが飛び散って、
グロテスクな様相を呈していてもおかしくないだろうに−−傷の中にも外にも、
臓器らしきものが一切見当たらなかった。僅かに露出した肋骨の向こう側は完全に
消失している。
 そして、そのセフィロスの死顔は酷く穏やかだった。まるで死を受け入れていた
かのように。だが、自殺であるとは思えない−−凄まじい様子に気付くのが遅れた
が、セフィロスの愛刀である正宗が無くなっている。
 
「セフィロスを殺した誰かが…持ち去ったって事なのかな…」
 
 元々、彼がこの場に愛刀を持ってきていなかった可能性もあるにはあるが。
カオス陣営のベースからも遠いこの場所に、武器も持たずにやって来るなどあり
えるだろうか。
 
「セフィロスを殺した奴…じゃないかもしれねぇ」
 
 険しい表情で、ジタンが言った。
「持ち去ったのは…クラウドかも」
「ど…どういう事ッスか」
 どうにか動揺から立ち直ってきたらしいティーダが言う。
 
「……クラウドとセフィロスの関係ってさ。いつも見てて思うんだけど…妙なん
だよな。クラウドの方がほぼ一方的にセフィロスを憎んでたみたいだし。…俺も
クジャに何か恨まれてっから、分かるんだけど」
 
 少しだけ、ジタンの眼が陰る。理由も見えないまま自分に憎悪をぶつけてくる
兄の事を、思い出したのだろう。誰かに憎まれて生きるのは、辛いし悲しい。
無意識に、クラウドとセフィロスに自分達を重ねていたのかもしれない。
「一見セフィロスがクラウドに過干渉してるっぽく見えるんだ。でも実際、
セフィロスに固執してたのはクラウドの方だろ。前にクラウドが言ってんだ。
…あいつだけは絶対俺が殺す…って。そうじゃなきゃ気が済まないって」
「それが、クラウドが正宗を持ち去った事とどんな関係が……あ」
 ティナとティーダは同時に同じ事に思い至り、顔を見合わせた。
 
「もしも…もしもの話だ、証拠は何も無い。例えばそんな感情の上で…こんな風に
惨殺されてるセフィロスを見つけたらさ。クラウドはどう思うよ?」
 
 想像する。それだけで胸が痛くなる。
 自分だったらきっと−−茫然自失になる。その後、激しく憤り、捜すだろう。
一体誰が彼を殺したのか。殺人犯を捜そうとするに違いない。
 ティナは気付いていた。クラウドはセフィロスを憎んでいるが−−それは単な
る仇敵に向ける憎しみとは違う、と。うまくは言えないが、憎もうと必死になっ
ている憎悪の仕方。まるで他の何かを怒りで掻き消そうと足掻くような。
 二人の間に何があったのかは分からない。だけど。
 時々−−セフィロスがクラウドを見ていた眼。まるで保護者が我が子を見る
ような切ない眼差しだった。クラウドは、気付いていただろうか。
 彼を失って、きっと悲しむだろう自分の心を、理解できていただろうか。
 
「…あんま言いたくないけど。クラウドってさ…たまに、様子がおかしくなって
暴れる事があるだろ」
 
 自分と同じ想像をしたのだろう。苦しそうな顔で言うティーダ。
 
「クラウドは必死に隠そうとしてた。頑張ってた。だから俺達みんな、気付いて
ないフリしてきたけど…あれは一瞬の障害みたいなものだったのかも…。ほら、
クラウドって元々軍にいたって話じゃんか」
 
 彼が言いたい事は分かる。あの精神不安定さは、ティナ自身身に覚えのあるもの
だった。何かの後遺症である可能性は高い。戦場が日常である軍人だったなら
尚更だ。
 その、メンタル面に不安のあるクラウドが、だ。宿敵の惨死という、予期せぬ
悲劇にみまわれたらどうなるか。
 我を失っても、おかしくないのではないか。
 
「…その予想、当たってるかも」
 
 そうだ。あの無線。最後の通信を思い出す。
 
「いつも喋らないスコールが、一人で報告してきた。それも、余裕の無い様子で。
それが…クラウドが喋れないくらい、理性を失ってたせいだとしたら…」
 
 ティナは顔を上げる。一気に血の気のひいたティーダと眼があった。
 クラウドはコスモス陣営で一番の腕力を持つ。スタミナもある。総合的に見て、
陣営の中で彼にサシの戦闘で勝てるのはライトだけだろう。以前クラウドが暴走
状態になった時は、数人がかりで抑え込むしかなかったのを思い出す。
 もしまた、クラウドがあんな風に壊れるような事があったら。スコール一人で
止められた筈は無い。むしろ逃げなければ彼の身が危ない筈−−。
 
「捜そう!すげぇ嫌な予感がする…!」
 
 ジタンがそう叫んだ時だった。
 
 ドォン!
 
 遠くで大きな爆発音。そして火柱が−−カオス陣営のホームの方から上がって
いた。
 
 
 
 
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かえして。かえして。わたしのたいせつなひと!

BGM
Utopia of sorrow
 by Hajime Sumeragi