懺悔します。
 私は平和を愛しました。私は未来を愛しました。
 だから私は殺しました。全てを鳥篭に閉じ込めました。
 それが護る事だと、信じていました。
 
 そして一枚、その羽根をもぎました。
 羽根をもがれた蝶は地面に落ちました。
 地べたに這い蹲り、それでも彼はもがいていました。
 
 
 
 
 
薇が僕等の世界と繋ぐ
〜混沌よ、崩れるなかれ〜
 
 
 
 
 
 過去のカオス神殿。そのエリアの一角に、カオス陣営のホームはある。
 普段は結界が張られている上、イミテーションが護りを固めていて近付く事す
ら危険なその場所。しかし今は−−。
 轟々と唸りを上げる火の手に包まれ、屋敷からは生きてる者の気配がしない。
あちこちに、イミテーションの残骸と思しき硝子片が大量に散らばっている。
 虚ろな紛い物の瞳。その一つと目を合わせてしまい、ティナは即座に後悔した。
 何故。
 どうして。
 首と肩だけ残して砕けた“かりそめの獅子”−−その眼が、泣きながら訴えて
いるように見えたから。
 
「何が…起きてんだよ…!?
 
 ティーダが呆然と呟く。
 
「一体誰がこんな事…」
 
 三人が三人とも混乱していた。自分達は戦争している。それを考えれば、どち
らかのベースが壊滅するような事態も有り得なくはない。だけど。
 自分達はほんの少し前まで、呑気にお菓子を食べていつものように喧嘩してい
た。そんな馬鹿馬鹿しくも当たり前な日常だった筈だ。スコールとクラウドを除
けば全員がベースにいたわけで、カオスの陣地に攻め入れた筈もない。
「まさか……クラウドかスコールが?」
「マジかよ!?
 可能性としては−−低くない。この場合スコールではなくクラウドの方だろう。
正気を失ったまま、犯人を捜して屋敷に来て−−カオス陣営の誰かと戦闘になった
としたら。
 いや、いや−−待て。
 そもそも、セフィロスを殺したのは誰なのか。クラウドである可能性も無くは
ないが−−正宗がなくなっていた理由が説明できない。それに、あの死に方にも
疑問が残る。
 もしかしたら、カオス陣営の方でも何か異変が起きていたのかもしれない。連
中が一枚岩で無い事はなんとなく気付いていた。安易な発想だが、仲間割れ−−
という可能性もなくはない。
 駄目だ、情報が少なすぎる。
 クラウドとスコールは何処に消えた?
 誰がセフィロスを殺した?
 誰がカオスの屋敷に火を放った?
 
「……クジャ!?
 
 立ち尽くしていたジタンがハッと目を見開く。そして突然、燃え盛る屋敷の中
に飛び込んでいってしまった。
 
「クジャ!何処だ!クジャ−−ッ!」
 
 兄の名前を叫びながら。
 
「ジタン!駄目っ!」
 
 慌てて制止したが、間に合わなかった。伸ばした手は盗賊の尾を掠めただけで
終わる。ジタンの足は早い。あっという間に見えなくなってしまった。
 そしてティーダも−−。
 
「お、オヤジ!」
 
 父の存在を思い出したのだろう。火の粉が肌を焼くのも厭わず、駆け出す。
 
「ま、待ってティーダ!バラバラになったら…!」
 
 この時ほどティナは自らの鈍足を呪った事はない。今度すぐにティーダの後を
追ったが−−がむしゃらになって走り出してしまった彼に、ティナが追いつける
筈もない。運動能力の差は歴然だった。
 既に火の海になっている屋敷の中。煙のせいで視界も悪い。ティーダの姿もジ
タンの姿も見失ってしまい−−しかし途方に暮れている場合ではなかった。
 二人とも冷静さを失っている。自分が何とかしなくては。二人を連れ戻し、ク
ラウドの事も探し出す。やるしか、ない。
 
「ジタンっ…ティーダ…返事して…!」
 
 煙に蒸せながら、そして足元の瓦礫に気をつけながら歩を進める。
 その時、無線が大きなノイズ音を発した。連絡が入ったと気づき、ティナは慌
てて無線を取り出す。今連絡して来るとしたらフリオニールしかいない。そうい
えば、衝撃的な出来事が立て続けに起こったせいで、定時連絡をすっかり忘れて
いた。
 
『連絡はちゃんとしろって言っただろうティナ!』
 
 ややノイズ混じりに響いて来る義士の声は、怒り半分呆れ半分だ。明らかに自
分達に非がある。ティナは素直に謝った。
「ごめんなさいフリオニール。実は…大変な事になってるの」
『大変な事…?何があったんだ?』
「かいつまんで話すわ。時間が無いの」
 ゆっくりと歩き出しながら−−安全面からすればあまり誉められた行為ではな
いのだが、やはり焦りはある−−簡潔に今の状況と予測された事態を説明する。
 クラウドとスコールが依然行方不明な事。セフィロスの遺体を発見した事。カ
オス陣営の屋敷から火の手が上がっている事。ジタンとティーダの二人が、身内
を捜して先走り、見失ってしまった事−−。
 
「……ッ!」
 
 ティナの足が止まる。膝から崩れ落ちそうになり、どうにか壁に手をついて耐
えた。涙が出るのは恐怖と悲しみだけではない。混乱しすぎて−−パニックが限
界を超えようとしているからだろう。
 どうにか、そこまでは冷静に判断できた。できたけども。
 ああ−−どうすれば、いいのか。
 
「……報、告…。今…見つけた…」
 
 喉が引きつる。どうしよう、すっかり涙声だ。ちゃんと伝えられるのか。
 
「ケフカと、暗闇の雲が……死んでる……!殺されてる…!」
 
 一階のホール。そこで、二人が倒れている。暗闇の雲はケフカを大事そうに抱
きかかえて事切れていた。ケフカはその腕の中で冷たくなっている。
 炎のせいで焼け死んだわけでも、煙に巻かれて死んだわけでもないのは明白だ
。ケフカはこめかみに魔法矢を突き立てられて即死しているし、暗闇の雲は同じ
凶器が背中に大量に突き刺さっている。
 赤い絨毯の上でも分かるほど、夥しい血。焦げ始めた臭いと鉄臭さが混じり、
ティナは思わず口元を押さえた。
 ケフカが死んだ。その事に感傷を感じる余裕すらもはや失われている。ギリギ
リのところで理性を保ちながら、フリオニールに見たままを報告した。
 あの魔法矢には見覚えがある。自分も戦った事があるから分かる−−あれは、
アルティミシアのものだ。
 
『……思った以上に、とんでもない事になってるらしいな。…ティナ。落ち着い
て聞くんだ』
 
 落ち着いて。それは多分、自分自身にも言い聞かせているのだろう。息を一つ
ついて、フリオニールは言った。
『十分だ。ティーダとジタンとクラウドとスコール…誰も見つからなくても、十
分たったらその場を離れろ。それ以上長居するのは危険だ』
「で、でもっ…フリオニール…」
『ティーダ達を見捨てるつもりはない。こっちから応援を出すって言ってるんだ
。君は屋敷から離れたら、辺りを調べてこっちに一回戻って来い。詳しい話も聞
きたいし。ティーダ達だって立派な戦士なんだ。炎の中に長居するのが危ない事
くらい分かってる筈さ。君より先に自力で脱出するかもしれない』
 それは口実だろう、とティナにも分かった。自分を危ない目に遭わせないよう
に言ってくれているのだと。
 同時に、非情なようだがフリオニールはけして間違った事は言っていない。ミ
イラ取りがミイラになっては本末転倒なのだ。二次災害は少しでも防ぐべき。
 分かっている。分かっているけど。
 
『…見捨てるつもりなんかない。見捨てたい筈がない。…信じてくれないか、テ
ィナ』
 
 ティナの迷いを見抜いたのか、フリオニールが言う。静かに、しかし強い声で。
 
 
 
『俺の夢は…野薔薇の咲く世界は。みんなで見なきゃ意味ないんだ。誰一人欠け
たっていけない。俺は…ティーダ達にも、君にも欠けて欲しくないんだ』
 
 
 
 一人で見る夢じゃない。だからこそ意味があるんだよ、と。
 義士は語りかけてくる。力強く、それでいて慈しみをこめながら。
 
『俺が必ず、助ける。“みんなで”見る夢を守り抜く。…だから君も、今君にで
きる精一杯をして欲しい』
 
 唇を噛み締めるティナ。伝わる、温かくて強かな想いが胸に響く。フリオニー
ルが心からその想いを貫こうとしているのが分かる。
 だから。
 
「…分かった」
 
 自分は、自分にできる精一杯を。
 
「十分で…みんなを見つけ出せばいいって事だね…」
 
 フリオニールが皆と見る夢を護るなら。
 
「未来を…私が護ってみせる」
 
 自分は、皆と生きる未来を護る。
 
 
 
 
 
 
 
 ジタンは走っていた。時折足下に転がる瓦礫や、イミテーションの残骸や−−
死体に躓きながら。
 そう、死体。
 ゴルベーザが死んでいた。戦いに巻き込まれたのか、煙に巻かれたのか−−多
分、前者だろう。兜が一部砕けて、茶色い髪が覗いていて。そこから血が流れて
いた。
 セシルの兄だからというだけじゃない。いつも彼には世話になっていた。カオ
ス陣営でありながら、迷った時は道標になり、皆を導いてくれた優しい人。なの
に、その素顔すら見たことがなかった事に今更気付く。
 
−−礼の一つすら、ろくに言ってないじゃねぇか。
 
 後悔しても遅いのに。時間はけして、戻らない。
 
−−畜生…セシルに何て言えばいいっ…!?
 
 やや異常なほど、依存し合った兄弟。幸せに見えてどこかが捻れた愛情。天秤
のごとく、どちらが欠けても成り立たない二人だと、ジタンは気付いていた。自
分とクジャの方がまだバランスがとれているのではと思うほどに。
 兄を溺愛しているセシルがどれだけ悲しむか。もしかしたらクラウドのように
壊れてしまうのではとすら思う。
 悲しくて仕方がない。誰かが死ねば、死者も生者も皆悲しい。ならば戦争なん
て起こさなければいいものを−−どうして人は争いをやめられないのだろう。
 この戦いだってそうだ。何故カオスとコスモスは争わなければならなかったの
か。どうして自分達は身内と殺し合う羽目になったのか。
 今まで押し殺してきた疑問が次々と溢れ出る。今更真実を知ったって、遅すぎ
るかもしれないけれど。
 自分達はただ。ただ生きたかっただけなのに。誰もがそうだった筈なのに。
 どうしてそんな当たり前な事が赦されない?
 
「クジャ!いるなら返事しろっ!」
 
 叫ぶ。叫びがら、崩れかけた階段を駆け上る。飛び散る火の粉が熱くて仕方な
い。肌が焼けそうだ。
 
「俺だ、ジタンだ!助けに来たんだ!!
 
 助けに。ああ、そうだ。助けたいんだ。あの時のように−−また。
 間違えてばかりだったかもしれない。クジャも自分も、種類こそ違えど大きな
罪を犯したのかもしれない。
 だけど。自分達は確かに、兄弟として生まれた。家族として生まれる事ができ
たのだ。それはきっと何物にも代え難い奇跡のようなモノで。
 憎まれていた理由を、今やっと思い出す。そうやって憎むしかできない己の弱
さを、クジャ自身が誰より悔いていた事も。
 兄が思い出していないなら。自分は憎まれたままかもしれない。
 それでもいい。助けたい。今度こそ一緒に生きたい。奪われてしまった時間の
分も、残された僅かな時間も。
 やっと、兄弟に戻るチャンスを与えられたのだから−−!
 
「クジャッ!?
 
 屋敷の屋上に出た。そこはまだ火が回ってきていない。それも時間の問題だろ
うが。
 クジャが倒れている。血の海の中で。ジタンは叫びながら走り寄った。ジタン
に気付いたクジャが、倒れたまま手を伸ばす。虚ろな目でジタンを見て−−涙を
流して。
 
 
 
「ジタン…ごめん、ね」
 
 
 
 その手がゆっくりと−−地面に落ちた。
 
 
 
 
NEXT
 

 

燃え盛る憎悪が、全てを呑み込んでいく。

BGM
Requiem for XXX
 by Hajime Sumeragi