懺悔します。 私は平和を愛しました。私は未来を愛しました。 だから私は殺しました。全てを鳥篭に閉じ込めました。 それが護る事だと、信じていました。
そして一枚、その羽根をもぎました。 羽根をもがれた蝶は地面に落ちました。 地べたに這い蹲り、それでも彼はもがいていました。 その姿を見たくなくて、私は眼を塞ぎました。
野薔薇が僕等の世界と繋ぐ5 〜義士よ、終わるなかれ〜
フリオニールは無線機を握りしめた。 自分も、行く。いやむしろ、真っ先に飛び出していきたいのが本音だった。 しかし、司令塔としての立場がそれを赦さない。 隠そうとしていたが、このところのライトの不調は明らかだった。彼にこれ以 上余計な負担はかけさせたくない。そしてクラウドは行方不明。自分が先頭に立 って引っ張っていかなければ−−。
「護るって、約束したんだ」
花壇の前に立つ。
「みんなと見る夢。俺が叶えてみせるって」
自分のその言葉を信じてくれたからこそ。非情ともいえる決断をティナが呑ん でくれたと知っている。彼女を失望させたくない。何より。 夢を諦めるような事になったら−−フリオニールはきっと一生自分を赦せない。 自分の夢を信じてくれた人、全てを裏切るなんて赦される筈がない。
「ティナ…ティーダ…ジタン…」
だから。
「俺にも信じさせてくれ…。必ず、生きて帰って来ると」
風が吹く。花壇の中で色とりどりの花が揺れた。 ティーダのように眩しい黄色い蒲公英が。 ティナのように愛しい白い鈴の花が。 ジタンのように元気な小さな黄色い花が。 皆がフリオニールのようだと言ってくれた、紅い一輪の薔薇が。 ジタンとティーダが見つけてきた、日の当たらない場所でも懸命に生きてきた 花達が。
「…みんなで、見るんだ」
野薔薇咲く世界を。この狭い花壇が大きな花畑になる日を。明日死ぬか生きる かなんて考えなくていい、ただ当たり前のように笑って、泣いて、怒って、喧嘩 して。 そんな風に生きていける、世界を皆で見るのだ。誰一人、欠ける事なく。
ガシャァァンッ!
硝子が、派手に割れる音。続いて絶叫。フリオニールはハッとして振り向く。 どうして気付かなかったのだろう−−屋敷の中から溢れて来る、異様な殺気に。 誰かがよろけながら、こちらに歩いて来るのが見えた。時折転びながら、時折 躓きながら。 歩くたびに、こぼれた紅い滴と足跡が、真っ赤な道を作っている。フリオニー ルは動けない。動く事が出来なかった。その人物の−−あまりに壮絶な姿に。
「フリオ、ニール…」
セシルだった。パラディンの姿−−ああ、今朝はそんな気分なんだとか言って いたっけ−−になっている。左手で顔の半分を押さえていた。その細い指の間か ら、溢れ続ける赤−−指と、髪の隙間から僅かに覗くのは。 無残に突き刺さった、硝子片と、崩れかけた、肉。 彼は左半身に、思い切り硝子を浴びてしまったのだろう。肩も、腕も、細かな 破片が無数に突き刺さり、ぱっくりの傷を開けている。溢れる赤と裂けた傷口の 色が鮮やかだった。鮮やかすぎて−−現実味が無いほどに。 我に返った時には、セシルはすぐ側まで歩いてきていた。ああ、自分は無傷な のだ、こちらから側に行ってあげれば良かったのに−−。 ついていかない思考は、体を動かしてくれない。
「フリ、オ…お願い…」
セシルの手がこちらに伸びる。ズタズタの左手。血にまみれた指先。 フリオニールは見た。血で肌に張り付いた髪。その向こう−−誰もが羨んだだ ろうセシルの美貌、その面影が無いほど切り裂かれ、崩壊した左顔面を。 右半分の顔は無事だったからこそ。そのコントラストは異様で、あまりにも歴 然すぎて。
「セシ、ル…」
呆然としたまま、手を伸ばした。セシルは残った右半分の顔で、言う。涙を流 して。
「ここから、にげて…」
光が走った。フリオニールは何も出来ず−−ただセシルの痩躯が吹っ飛ばされ るのを見ている他無かった。 今の技は見覚えがある。ライトのシャイニングウェーブよりは地味だが、確実 に敵を切り裂く恐ろしい技−−破晄撃。 どうして。
「クラウド……?」
屋敷の方から、やけにゆっくりとした足取りで歩いてきた男は−−何故か剣を 二本持っていた。一つは彼がいつも扱うバスターソード。もう一つは−−彼の宿 敵の愛刀によく似ている気がするけれど、まさかそんな。 理解の針を振り切った脳は、やけに冷静に状況を観察していた。遠くまで吹き 飛ばされ、地面に転がったセシルを見る。見ている間にも、紅い海が広がってい く。そのままピクリとも動かない。 あの傷だ。既に致命傷だったとしてもおかしくない。だけど。それでも。現実 は否定しようがなくて。
「何、で…?」
何で。何故。どうして。 クラウドが、セシルを殺した。ころした。コロシタ。 嘘、だ。
「嘘だぁぁぁっ!!」
絶叫する。ついさっきまで笑っていたセシルの顔と、いつものように行って来 ると手を振ったクラウドの顔が、交互に浮かんでは消えていって。
「…なぁ」
クラウドが近付いて来る。逃げなければ。本能がフリオニールにそう命じる。 だけど。
「聞きたいんだけどさ、フリオニール」
一歩後退した足が、土を踏んだ。それが理性を呼び戻す。振り向いた先には、 花壇。 思い出す。今此処にはいない、仲間達の事を。ジタンと、ティナと、ティーダ と。この花壇の前で語った、夢を。 自分がティナに言った言葉を。
「セフィロスを殺したの、誰か知らない?」
足音が止まる。クラウドはもうすぐ側まで来ていた。フリオニールはその顔を 見る。逃げずに見据えろと自らに言い聞かせる。 魔晄の青い瞳には、光が無かった。ああ、前にも彼のこんな眼を見た事がある 。彼が理性を失って暴れた時と、同じ眼だ。狂気の渦に墜ちて、身動きとれない 人間の眼だ。 右手にバスターソード。左手に正宗。何故彼がこんな状況になっているか、全 く分からない。どうしてセシルを殺すまで止まる事が出来なかったのかも。 それでも、間違いの無い事が一つある。自分が今、すべき事。
「俺の夢だ…俺が、護ってやらなきゃ」
武器を構える。傷つける為でなく、護る為の刃を。 最後にもう一度だけ振り返る。希望の、小さな小さな花畑。皆が自分のようだ と言ってくれた赤薔薇に、微笑み返す。 壊させは、しない。絶対に。
焔が、燃え盛る。 全てを飲み込むように、全てを奪い去るように。それはまるで、紅い悪魔のよ う。
「アンタが…憎かったよ、ずっと」
焔の世界で。ティーダは言葉を絞り出す。
「憎かった…ずっと。だってアンタは親として…一番やっちゃいけない事をやっ たんだから」
どうして今になって思い出すのだろう。ずっと思い出せなかった事を。ずっと 忘れていたかった事を。 いや−−忘れていたい事だけじゃ、無かった筈なのだ。ずっと大切に大切に、 護っていきたい物もあった筈で。覚えておきたい−−愛する人の笑顔もまた、そ こにあった筈なのに。 ひょっとしたら自分は忘れる事で、避けようの無い運命から逃れようとしてい たのかもしれない。確かに、忘れたままなら信じていられただろう。野薔薇咲く 世界−−皆の夢が叶った時、自分もその場所にいる事を。 記憶があろうと無かろうと、現実は変わらないというのに。
「…そうだな。思い出せないまま、何も分かんないまま消えちゃった方が…きっ と不幸だった、よな」
言い聞かせている。そんな自分にティーダは気付かないフリをした。自分を不 幸だなんて思いたくなかった。何も思い出さないまま死んだジェクトを羨んだり なんて、したくなかった。
「だけど…だけどさ」
誰にやられたかも分からないが。自分が来た時は既に酷い火傷を負って事切れ ていた父。お世辞にも綺麗とは言えない死に様なのに−−何故か穏やかに眼を閉 じている父。
「どうせ俺もアンタも消えちゃう運命なら…最期にきちっとケリ、つけたかった よ…!」
ジェクトが憎かった。その心はただの反抗心ではない。思い出した今ならその 一番の理由が分かる。 いつか越えてやると、倒してやると思っていた。だけど。 殺したかったわけじゃない。 こんな形で、死んで欲しかったわけじゃないのに。
「地獄で待ってろ…バカ親父」
涙を乱暴に拭って、ティーダは歩き出した。振り向いたら、きっともう立ち上 がれなくなる。だから、その足は段々と駆け足になった。 どうせ自分も父も地獄行きだ。この戦いの勝ち負けなんか分からないけれど− −終わりが近い事は明白だろう。戦いが終われば自分は必ず消える。それはけし て遠い未来じゃない。 ほんの少し。ほんの少し早いか遅いかの違いじゃないか。本当は全部分かって て、眼を背けたかっただけじゃないか。
「だからさぁ…泣くなよ、俺。またバカ親父に、泣き虫だってからかわれるじゃ んか…」
上の方から叫ぶ声が聞こえた。まだ少女でも通りそうな、少年の声。 ジタンの声だとすぐに分かった。その声は、泣いていた。叫びながら、自らの 無力さを呪いながら。 悟る。ジタンもきっと、自分と同じような現実に直面したのだろう、と。
「そういや、俺…二人の事置いて突っ走って来ちゃったんじゃん…」
不意に、思う。ジタン−−声だけでも分かる、あんな様子で無事に屋敷から脱 出できるのか。ティナは優しいから、きっと自分達を探し回っている。フリオニ ールだって無線の向こうで心配しているだろう。 クラウドは今、深い深い闇の中にいるかもしれない。助けなきゃ。自分達は仲 間なんだ−−助けたい。 それに。
「スコール…」
そうだ。自分は彼を捜しに来たんじゃないか。今までの恩を返す為に、今度こ そ自分が彼を護る為に。 だって。 ずっと護って貰ってたではないか。“スコール”にも、その前の“彼”にも。 いつも見守ってくれていた。助けてくれていた。その優しさは、転生してからも 変わっていない。 全部、やっと全部思い出せたんだ。
「…まだ、言ってないじゃないか。本当の意味で、本当の言葉で」
ティーダは拳を握る。泣いている場合じゃない。泣くには早い。だって、まだ 何も終わっちゃいない。
「ありがとうって、言わなきゃ。スコールに…みんなにだって」
自分はじき消えるさだめ。今日を生き残れるかも怪しい。だけど。 まだ生きている。まだこの足は動く。まだこの眼は世界を映している。 何も変えられないかもしれない。何も出来ないかもしれない。でも。 何かは変えられるかもしれない。何かは出来るかもしれない。
「終わっちゃいないんだ…!」
階段を見つけた。 駆け上る。何処かの壁が崩れる音がする。もうこの屋敷自体 が長くは持たないだろう。ボイラー室が爆発でもしたら、その時点で生き残って いる全員がお陀仏だ。 屋上に出る。そこでティーダは見た。血まみれのクジャに縋りついて泣いてい るジタンと−−その真横の、今にも崩れそうになっている柱を。 まだ彼は、気付いていない。
「ジタン−−ッ!」
叫んだ。ジタンが顔を上げる。異変に気付く。ティーダは全力で駆け、身体ご とダイブした。殆ど反射的に。 世界が、崩れる。 文字通り、破滅のメロディーを奏でて。
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護る者。護られる者。壊す者。壊される者。
BGM 『Dream of The red rose』
by Hajime Sumeragi