懺悔します。 私は平和を愛しました。私は未来を愛しました。 だから私は殺しました。全てを鳥篭に閉じ込めました。 それが護る事だと、信じていました。 そして一枚、その羽根をもぎました。 羽根をもがれた蝶は地面に落ちました。 地べたに這い蹲り、それでも彼はもがいていました。 その姿を見たくなくて、私は眼を塞ぎました。 その声を聞きたくなくて、私は耳を塞ぎました。 野薔薇が僕等の世界と繋ぐ6 〜夢想よ、去るなかれ〜 陰鬱な空気。それはそのまま、城の主の様子を表しているのかもしれない。アルティミシア城−−この場所を、ここまで重い気持ちで訪れた事が、かつて今まであっただろうか。「…まさか」 皇帝は一つ、深く息をついた。「貴様が暴走するとはな。…さすがに計算外だった」 その皇帝の目の前で。アルティミシアは幼子のように身体を丸めていた。その腕に、片腕の無い血まみれの獅子の身体を抱いて。 スコールが死んでいるのは明らかだった。その顔色は青白く、胸にも背にもザックリと開いた傷はどう見ても致命傷。それなのに、アルティミシアはその身体を抱きしめまま動かない。 まるで卵を温める親鳥のよう。必死で体温を与え続ければ、スコールがまた瞼を開くとでも信じているのか。 そんな事、あるわけ無いのに。 それでも魔女は祈るように、子守歌のように、どこかで聞いた歌を口ずさむ。まるでその眼に暴君の姿が映っていないかのように。“幸せになる方法が 分からない そう言って君は悲しく微笑んだ 死にたくないけど 生きるのが辛い そう言って彼は 瞳を閉じた”「いちいち、大事な者の死に、心揺らされていては身が持たない。どうせいずれ、全ては巻き戻るのだから。…そう言ったのは貴様だろう」 ああ、分かっている。あの言葉は、彼女自身が自らに言い聞かせる言葉であったのだと。スコールを失うたび、そうやって耐えて来たのだろうと。“世界はとても残酷なのでしょう 積み重ねては崩れていく” だけどまさか。誰より現実の見えていた筈の彼女が、我を失うほど動揺するなんて。 完全に理性を失えたわけではあるまい。それでも、普段ならけしてやらないような無茶苦茶な攻撃をして、結果的にカオス軍を壊滅に追い込んだ。 限界が近いのかもしれない。そして理由はきっと、それだけでもない。「コスモス側の奴らが時折暴走するのは…元の性質が“光”であるからこそ。闇 より、光の方が脆いのが世の鉄則」 精神に過大なストレスがかかる事で、神々の記憶を封印する力が弱まる。だが、元々カオスの記憶封じの力は弱いゆえ、自分達のように記憶を継承する者達が出る。 だが、それでも問題があまり起きないのは何故か。 自分達は闇の性質が強い存在。一部例外もいるにはいるが−−自分やアルティミシアなどは墜ちる所まで墜ちたゆえ闇に染まった典型だ。 だからこそ、耐えられる。さらなる地獄を魂に刻みつけられているからこそ。元々の記憶がどれほど薄れようとそれは変わりない。カオスの記憶封じの力が弱いのは、単に“あまり必要ない能力”だったらに他 ならないのだ。 逆に。コスモスはその力で、駒達の記憶をほぼ完璧に封じるという力技をやってのけた。必要だったからだ。闇の深さを知らず、光に護られた彼らはとても強く、同じくらい脆く弱い。コスモスの支配が弱まればその反動も大きい。「貴様が…羨ましいな。壊れるほどの理由と宝を持てる貴様が。それは貴様の中 に確かに光が残っているという、証明に他ならないのだから」“おやすみ どうか優しい夢を 現をまた歩き出せるように おはよう 目を覚ました時には きっと夜明けが来ている事を 祈って” 杖を振り上げる。この世界にもはや望みは、無い。悔しいが−−ここから先は後片付けだ。 粛正の光を浴びて無惨に溶けるのは、自分だけでいい。「…ごめんなさい」 小さく。小さく呟かれた声。「次の世界でも…よろしくお願いします、ね」 魔女は振り向かない。振り向けないのだろう−−震えて、途切れた声が理由を教える。プライドの高い彼女は、自分の意識があるうちは、涙を見せるのをよしとしない。それは弱さでしかないと信じている。 自分と、同じように。「馬鹿者が」 暴君は、杖を振り下ろした。真っ直ぐ、アルティミシアの背中に。その手に伝わる鈍い感触。知りたくなかった、痛み。「次こそ…最後の付き合いにしたいものだな」 杖を引き抜き、飛び散る朱を浴びながら−−皇帝はその場を立ち去った。ほぼ無意識に、歌の続きを口ずさみながら。“神様なんていない だって 私達は平等なんかじゃない 迷いながら もがきながら誰もが それでも生きようとするんだろう” まだ屋上に火は回ってきていない。しかし、階下の様子からしてそれも時間の問題だろう−−ティーダはどこか冷静にそう判断していた。 思ったよりも早く、自分は死ぬのだろうという事も。「ティーダ!ティーダぁ!!」 ジタンが叫んでいる。泣き叫んでいると言ってもいい。ティーダに突き飛ばされ、崩れる柱の下敷きにならずに済んだ小柄な少年は−−その細腕で必死に動かそうとしている。 ティーダの身体を押し潰している、瓦礫の山を。「馬鹿野郎っ!何でだよ…何でっ!何人庇って…こんなっ…」 何でだろう。ティーダは苦笑するしかない。自分でも分からないものは答えゆうがない。有り体に言うなら−−反射的に身体が動いてしまった、とでも言うのか。 いや−−この場合、割と理詰めな理由があったかもしれない。これ以上−−大事な誰かを失うのは耐えられなかった。同時に、自分は“存在 しない者で”、もうすぐ消えるさだめと知って、少なからず絶望していたのも確 かだ。 どのみち死ぬ運命なら、いっそ。その前に、役立ってから死にたい、そう思ったのかもしれない。自分は確かに存在した、価値のある人間だったと、自分勝手な証で納得したかったのだろうか。 だとしたら−−なんて身勝手な。自分の事しか考えていない。全部、全部、自分の為だ。遺される者の痛みなら、自分だってよく知ってるくせに。「嫌だよ…」 “おやすみ どうか優しい夢を” ジタンの声が震えている。その腕も、肩も、胸も、炎とは違う朱に染まっている。すぐ側で血まみれになって事切れている、クジャの血だと分かった。「嫌だよ…嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!誰かが死ぬとか生きるとか…分かってんのに助け られないなんて絶対嫌だっ!!」 “希望を信じ続けられるように” その絶叫を聞きつけてか、階段を駆け上って来る人影があった。ティナだ。「ティーダ!ジタン!」 状況を理解したのだろう。駆け寄ってくる彼女の顔は真っ青だ。その顔を見てまた、罪悪感に襲われる。“おはよう 目を開いた先には” それでも。後悔だけはしてはいけない。どんな理由があれ−−ジタンを助けたかった気持ちは、嘘じゃない。後悔してしまったらその想いすら否定する事になる。“きっと 朝日が輝いてる事を祈って” 段々暑くなってきた。階下から熱が伝わってくる。熱い。瓦礫がジリジリと崩れているのだろう、身体の上から音がするたび、激痛で意識が飛びそうになる。 両足と腰は完全に壊れた柱の下だ。埋まりかけている左手ももう動かない。背中にも徐々に重みが加わってきて、肋骨と背骨が嫌な音を立てた。 痛くて痛くて仕方ないのに、泣きたいとは思わない。何故だろう。 答えはすぐに出た−−もっとずっと痛い事を知っているからだ。身体の痛みより、胸の奥をジリジリ焼く痛みの方が何倍も辛い。それを知っていたのに。 仲間を身体の痛みから救う代わりに、心の痛みを押し付けてしまった。なんて卑怯なんだろう。 ジタンとティナが必死で瓦礫をどけようとしている。無理だろう、と冷えた脳が告げる。彼らの腕力じゃ、たった二人じゃ退かせやしない。 炎はすぐ下の階まで迫って来ている。「…逃げてくれ、二人とも」 “おやすみ 流れ星に願おう” 二人は首を振る。出来ない。見捨てられるわけがない。そう叫んで。 彼らの優しさを、想いを愛しく思う。そんな彼らと共に戦えた事を、心から誇る。 だからこそ。「俺はどのみち、この戦いの決着がついたら消えるんだ。それが運命だった…嘘 じゃない。今助かっても、未来は同じ。だったらさ」“今度はこの手を離さないから” まだどうにか動く右手を伸ばす。伸ばされた少女と盗賊の手を握りしめて、笑う。「意味のある死に方くらい、選ばせて欲しいッスよ。辛いもん背負わせるって分かってる。だけど…その上で頼みたい。ティナと、ジタン。二人が生きてくれた ら、それが証になる」“おはよう 怖い夢は終わるよ” 自分は父と共に、在るべき場所へ還るだけ。そこで皆を、少しだけ先に待っている。それだけ。「一生のお願いだ。…生きろ。ただそれだけでいいから」 “きっと僕等の幸せな明日が 来るから” 段々と霞んでいく視界の中。ジタンが泣き叫ぶティナを引っ張って駆けていくのが見えた。 それでいい。生きて生きて生きて生きて。ただ、生きて。 それはとても辛い事かもしれないけれど。きっとそれだけじゃない筈だから。 意識が消える寸前。ティーダはスコールに謝った。助けに行けないままでごめん、と。「また…未来のどっかで逢えたらいいな…アーロン」 ジタンは走る。未練を断ち切るように、振り切るように。 思い出したんだ。思い出した。 二つの星を巡るあの戦いを。召喚される少し前−−記憶を失う直前に、兄が自分に言った言葉を。『僕はもうすぐ死ぬ。そして、還るべき場所に還る。だけど…』 振り向いたクジャの顔は。憎しみに満ちた死神でもなければ、悲しい破壊者でもない−−幼い記憶にあるままの、優しい兄の笑顔だった。『その証を繋いでくれる人がいるなら。けして終わりなんかじゃない。そう信じるだけで僕達は生きて立ち向かっていける』 生きた証。確かに存在した者の、想い。 綺麗事だと今でも思う。都合のいい理想、都合のいい考え方。だけど。何か一つでいい、命と共に終わらない物があると信じられたなら−−それには確かに価値がある。 それだけで今を生きる全ての者達の支えになる。絶望ばかりの道でも、悲しみに満ちた世界でも生きていける。 自分とティナが生き抜く事そのものが、生きた証になると言ったティーダのように。「うっくっ…」 拭いても拭いても涙は溢れて止まらない。ジタンの隣でティナも泣いていた。走り出した最初は抵抗もあったが、今はジタンに手を引かれるまま走っている。 彼女も彼女なりに理解しているのだろう。自分達の、生きていく意味を。 二人が屋敷から脱出し、どうにか距離をとってすぐ−−今までにない、大きな爆発音がした。燃え盛るカオス神殿。屋敷が崩れていく。多くの命と、想いを飲み込んで。「ちくしょう…ちくしょぉっ…!」 どうしてこんな事になったか分からない。だけどただ一つ、確かな事がある。『ティナとジタン。二人が生きてくれたら、それが証になる』「ちくしょぉぉぉぉ−−ッ!!」 自分達は生きなければならない。NEXT |
ただその手だけ握り締めて、二人は走った。
BGM 『End of world』
by Hajime Sumeragi