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懺悔します。
私は平和を愛しました。私は未来を愛しました。
だから私は殺しました。全てを鳥篭に閉じ込めました。
それが護る事だと、信じていました。
そして一枚、その羽根をもぎました。
羽根をもがれた蝶は地面に落ちました。
地べたに這い蹲り、それでも彼はもがいていました。
その姿を見たくなくて、私は眼を塞ぎました。
その声を聞きたくなくて、私は耳を塞ぎました。
だけどどんなに逃げても、その声と姿は焼きついて離れず。
野薔薇が僕等の世界と繋ぐ7
〜盗賊よ、忘れるなかれ〜
ティナは歩いた。泣きはらした顔はみっともない事になっているだろう。隣を
歩くジタンの顔も酷いものだった。
辛かったに違いない。自分の命より、仲間の命を優先させてしまうほど、優し
くて正義感の強い盗賊。その彼がティーダを見捨てて、ティナの手を引く決断を
強いられた−−神様がいるならなんて残酷な選択をさせるのだろう。
もはや走る力は残されていない。身体の傷は微々たるものだが、心に負った傷
があまりに大きかった。脚を動かすのも億劫。それでもどうにか歩き続けるのは
、僅かな希望に縋っての事だった。
ベースに戻ろう。そうしたら、ひょっとしたら既にクラウドとスコールが戻っ
て来ているかもしれない。ちょっと強い敵がいて、帰るのが遅れたんだ、ごめん
。そうやって謝るクラウドの顔が見れるかもしれない。
−−分かってる。分かってるの。そんな理想的な未来はもう…無いんだって。
先程、フリオニールに無線で連絡しようとした。だが、何故だか繋がらない。
聞こえるのはノイズだけ。作戦行動中、司令塔として常に無線の前で待機してい
る筈の−−フリオニールが応答しない。
何かが、あったのだ。それが分からないほど愚かなつもりはない。それでも彼
らが皆無事に待っている事を期待してしまうのは−−やはり、愚かと言うべきな
のか。
帰り道。アルティミシア城エリアに差し掛かった時、ティナは現実を再確認さ
せられた。城の二階部分。通路で、まるで寄り添うように死んでいる二人。
スコールと、アルティミシア。
まるで母が我が子を護るように、魔女は獅子の躯を抱いていた。片腕を失い、
胸と背を切り裂かれた獅子と。大量の返り血を浴び、自身も背中の刺し傷から朱
い色を溢れさせている魔女。
「…ティーダ。ごめんね」
祈るように合わせた手が、震える。
「スコール……助けられなかった、よ」
涙は枯れたと思ったのに。また溢れて、止まらなくなる。スコールもアルティ
ミシアも、まるで眠っているような死顔で。彼らはきっと不幸な死を迎えたんじ
ゃないのだと−−それはきっとせめてもの救いだと−−ティナは自らにそう言い
聞かせた。
思いこまなければ。無理矢理にでも何かを支えにしなければ、立ち上がれなく
なりそうだった。
「…帰ろう」
立ち尽くしたまま。不自然なほど無表情に、ポッカリと空いたような瞳から涙
を流してそこにいたジタンが、言った。
「帰るんだ…俺達の家に」
しゃがんだまま、その顔を見上げて−−ティナはまた悲しくなる。感情が振り
切れてしまった顔だと分かったから。どうにか現実を現実と認識できない事で、
心を護ってる人間の瞳だったから。
きっと今、自分も似たような眼をしている。
「……うん」
少女の指が、盗賊の手に触れた。ジタンは振り払う事をせず、されるがままだ
った。ティナは歩き出す。ジタンも歩き出す。コスモスの屋敷に着くまでの間、
二人はけして繋いだ手を離さなかった。
−−ああ、そういえば。
その感触を懐かしいと感じる。懐かしくて、近くにあるのに遠い。どうしてだ
ろう。
−−こんな風に私、あの子と手を繋いで歩いてたな。
臆病な自分の手を引いて歩いてくれた、優しくて強い少年を想う。記憶の中で
、少年が笑う。笑って手を伸ばす。風が吹く。
おかしい。
おかしいではないか。こんなに離れているのに。自分達はまだその場所にいな
いのに。第六感とでも言うのか。優しい記憶と世界を渡る風が囁く。
たった今、あの子が死んだ、と。
「私達、何か間違った事、したのかな。だからこんな事に、なっちゃったのかな
」
答えは返らない。ジタンは黙ったまま。残酷な質問をしたとすぐに気付き、テ
ィナも沈黙する。
世界もまた沈黙している。嵐の余韻を僅かに残しながら。
二人はやがて、コスモスの屋敷に帰り着く。異常があるのはすぐに見てとれた
。屋敷中の硝子が割れて、一部の壁には罅が入っていた。大きな衝撃波にでも襲
われたかのような有様。
この先に在るモノ。きっと良くないモノが、ある。ティナは左手でジタンと手
を繋ぎ、右手を扉に伸ばし−−逡巡した。
開けたく、ない。
しかし−−ティナが躊躇いを振り切るより先に、扉は内側から勢いよく開かれ
た。弾けるように。
「−−ッ!」
とっさに手を離し、左右に飛んで避けた自分達の反射神経は神業だ。扉を吹き
飛ばす勢いで突き出されたのは−−聖騎士の槍。
しかし疑心と殺意に眼を血走らせて飛び出して来たのは、その槍の本来の持ち
主ではなかった。
「うわあああああっ!」
叫び声が上がる。ティナではない。ジタンでもない。泣き叫びながら、槍を振
り回している襲撃者のものだった。
「どうしてだよ…」
悲鳴のような声で、ジタンが叫ぶ。
「どうしてお前が襲ってくんだよっ…バッツ!!」
親友のあまりの変貌ぶりに、ジタンは動けないまま。そんな彼の姿を−−もは
や盗賊は認識できていないのかもしれない。攻撃とも言えない、無茶苦茶な動作
で盗賊に襲いかかる。
「バッツっやめて!」
ティナはとっさにホーリーを放ち、バッツを牽制する。馬鹿力のバッツを止め
られるのはクラウドだけ。剣で立ち向かうのは愚の骨頂と知っていた。
真横からの不意打ちに、暴走状態のバッツは対応できず吹っ飛ぶ。大したダメ
ージは与えていない筈だ。しかし、彼は起き上がる事ができずに地面の上でもが
いている。
ギョッとするティナ。
転がるバッツの周りが、みるみる真っ赤に染まっていく。やっと気付いた。彼
の脚が、骨が見えるほど大きく抉られている事を。彼の脇腹に大きく裂けた傷か
らは、その中身が飛び出しかけている事を。
これほどの傷で。どこにあんな力が残されていたというのか。
「何でだ……何で何で何で何で!」
倒れたままバッツが叫ぶ。文字通り血を吐くような声で。
「お前らも殺すのかっ…お前らも裏切るのかよっ…仲間なのに仲間なのに仲間な
のにっ!」
何が何だかサッパリ分からない。ただバッツが錯乱して敵も味方も分からなく
なっている事と、瀕死の傷を負わされている事−−そんな状態に陥るまでの“何
か”が彼の身に起きた事だけは、分かる。
壊れかけ、風にバタバタと煽られている扉。ティナは恐る恐る、扉に手をかけ
−−中を覗いた。
そこに広がるのは、地獄。
クラウドがけして手離さなかった−−バスターソードが、主と離れた場所に転
がっている。その剣でオニオンナイトの腹を串刺しにして。辺りには少年のモノ
と思しき大量の血と臓器と肉片が散らばっている。
そのクラウドは。全身に火傷を負って事切れていた。いっそ消し炭になってし
まっていたら、彼だと分からずに済んだのに−−顔の半分が無事なせいで、認識
できてしまう。
あの澄んでいた蒼い眼は、虚ろに開かれたままだった。どうして?と。まるで
見る者に語りかけるように。
どうして?
「そんなの…私が聞きたいよ…っ!」
何故だろう。まだ、涙は枯れてくれない。
自分はまた、決断を迫られている。
それば分かる自分は、ひょっとしたら本当に不幸なのかもしれない。ジタンは
瀕死の傷を負い、正気と狂気の間をさ迷う親友を見て想う。
自分も彼のように−−理性を失ってしまえば良かった。そうすれば楽だったの
に。こんな苦しい想いを知らずに済んだかもしれないのに。
だけど。それじゃ駄目なんだよ、と。まだ残っている正気の自分が告げる。
自分すらも失ってしまったら、一体何を守れるというのか。もう山ほど失って
しまったかもしれない。遺された宝なんて僅かかもしれない。
だけど。
−−まだ残ってるモノがあるうちは…終わっちゃいけないんだ。
クジャとティーダの最期の顔。フリオニールと語った夢。そしてこの場所に辿
り着くまで、手を握り続けてくれたティナの存在を思い出す。
託された想い。繋ぎだい夢。護りたい誇り。かけがえのない、最後の仲間。
「バッツ」
もはや半身を起こす事すら叶わない彼。その傍に身を屈めて、言う。
「…俺、バッツの事さ。この世界で一番の友達だって…親友だって思ってるよ」
この世界で−−だけじゃないかもしれない。どんな世界でだって、彼以上に気
の合う友にはきっと出逢えない。
馬鹿みたいに騒いで。馬鹿みたいに笑って。子供みたいに悪戯や宝探しに精を
出して、二人ならんで説教されて。
本当に楽しかった。
あれこそが“幸せ”と呼ぶべき日々なのだと、今なら分かる。互いに重い重い
荷物を背負って、悲しい枷を填められて生きてきたかもしれない。けれどそれ以
上に、全ての悲しみを凌駕するほどの光に出逢えた。それこそが最上の幸福だ。
「バッツが忘れても、誰が忘れても。俺が忘れない。バッツがくれたどんな痛み
も、光も」
いつか誰もが帰る場所。自分の魂がそこに行き着く、その日まで。
「ありがとな」
一瞬だけ。バッツの眼に光が戻った気がした。疑心と狂気で壊れている筈の顔
に、笑みが浮かんだ気がした。
それはジタンが見た、悲しい幻想だったかもしれない。旅人にもはや何の言葉
も届かせる事ができなかったのかもしれない。
それでも−−今は、いい。自分さえ“そう”だと信じていれば。
死者の心を繋ぐのは今を生きる者達だ。その想いを糧に立ち向かうのも生者に
しか出来ないことだ。
ジタンは短剣を振り上げ、一気に振り下ろした。うつ伏せたままの旅人の背に
向けて。その心臓に一気に突き刺した。彼が少しでも早く楽になれるように。
「…忘れない」
その血を浴びて、ジタンは眼を閉じる。盗賊が知る由も無いがそれは−−暴君
が魔女にトドメを刺したのと同じ殺し方だった。
死に逝く大切な者を想い、一番の友に手向ける、そんな終わらせ方だった。
バタン!
扉が叩きつけられる、音。ジタンはハッとして振り向く。庭の方へ駆けていく
ティナの後ろ姿が見えた。
しまった。もしかしたら今、自分がバッツを殺したのを見られたのかもしれな
い。
クラウドと同じくらい、精神的に問題の大きい彼女だ。今まで理性的を失わな
かったのが不思議なほど。だがもし、今の光景を見て最後の枷が外れてしまった
としたら−−。
「ティナ!」
慌てて追いかける。チラリと僅かに開いた扉の隙間を覗いてしまい−−喉が引
きつった悲鳴を絞り出した。どうしてこんな惨劇が起きてしまったのか。まさか
バッツが皆を?それともクラウドが?いや、二人とも致命傷を負わされていたと
いうことは−−。
ああ今は、そんなことを考えている場合では。
「あああああっ!」
再び、悲鳴。ティナの声。駆けつけて−−ジタンも叫びたくなった。
−−どうしてだ?
セシルとフリオニールが倒れている。
自分達が夢を語り合った−−あの花壇の、すぐ傍で。
−−何で?
『私達、何か間違った事、したのかな。だからこんな事に、なっちゃったのかな
』
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