懺悔します。 私は平和を愛しました。私は未来を愛しました。 だから私は殺しました。全てを鳥篭に閉じ込めました。 それが護る事だと、信じていました。
そして一枚、その羽根をもぎました。 羽根をもがれた蝶は地面に落ちました。 地べたに這い蹲り、それでも彼はもがいていました。 その姿を見たくなくて、私は眼を塞ぎました。 その声を聞きたくなくて、私は耳を塞ぎました。
だけどどんなに逃げても、その声と姿は焼きついて離れず。 やっと気付いたのです。 護られていたのは、私の方だと。
野薔薇が僕等の世界と繋ぐ〜Final〜 〜少女よ、振り向くなかれ〜
願えば願うほど。人は想いに縛られる。何で。どうして。こんな筈じゃなかっ たのにと叫びながら−−時にどうしようもない現実を前に、立ち竦む。 前にも進めない。後ろにも戻れない。逃げる場所など、何処にもありはしない 。
「嫌…だよ…」
まさしく。ティナは今、目の前に立ちふさがる絶望に、立ち上がれなくなって いた。
「もう、たくさんだよ…!!」
あと、何人が生き残っているのか。残った仲間達の生存も絶望的。分かってい たのに、まだ何かを期待していた自分。 彼らの遺体を見て、思い知らされた。 顔面も。背中も。たくさんの硝子破片を浴びた姿で、事切れているセシル。彼 の遺体から少しだけ離れた場所の、花壇の前。 膝をつき、まるで座り込むような形で死んでいるフリオニール。魔法、剣、打 撃。あらゆる攻撃を浴びたのだろうと分かる死に様だ。左足首は明らかに折れ、 おかしな方向に曲がっている。右腕は切り落とされ、骨が露出している。 致命傷は、胸に大きく空いた穴だろう。その体の向こうが見えるほど突き抜け た傷。クラウドのバスターソードで貫いたかのような。
「約束したよね…?」
もう動かない、義士の身体。震える指が頬に触れる。冷たい。
「約束したじゃない…!!」
『俺が必ず、助ける。“みんなで”見る夢を守り抜く。…だから君も、今君にで きる精一杯をして欲しい』
彼の夢は。皆で見なければ意味が無いと。誰一人欠けさせたくないと。そう言 っていたのはフリオニールではないか。
「嘘つきっ……!」
どうしてみんな、逝ってしまうの。 自分を置いて、いつも、いつも、いつも。
「ティナ−!!」
弾かれたようにそちらを見る。ジタンの姿を−−目に入れた瞬間、ティナは反 射的に魔法の構えをとっていた。 彼は髪にも衣服にも血を浴びていた−−バッツの血を。
「こ、来ないでっ!!」
ブリザラ。まさか攻撃されると思っていなかったのだろう。すんでのところで 後ろに飛んだジタンの−−その大きな瞳が、驚愕に見開かれている。
「ど、どうしたんだよティナ…!?」
どうした?どうして? 自分でも−−本当はよく分からない。分かっていない。−−ただ。
「もう…嫌…」
何も考えたくない。裏切られるのが怖い。失うのが怖い。 もう、何も見たくない。
「もう嫌よ…!誰かが死ぬのも、友達が殺し合うのを見るのも!もう…誰にも関 わりたくない…っどうせ失うくらいなら!!」
ジタンが明らかに傷ついた顔をした。それでもティナは止まれない。
「みんな嘘をつくじゃない!…みんなで夢、叶えるって言ってたのに!嘘つき! みんな死んでいくじゃない…っ!フリオニールも、ティーダも、バッツも、オニ オンも、クラウドも、セシルも…みんなんなみんな!!」
こんなに悲しい想いをするくらいなら。こんな辛い終わり方になるなら。 最初から出逢わなければ良かった。最初から何一つ無い方がマシだった。
「どうして期待させるのっ…どうして夢なんか見せたの!こんな事になるなら… 最初から何も無いままでいれば良かった!私がっ…」
幻獣の強大な力を、コントロールする事もできず。心すら満足に動かせず。い つも皆の足手まといになってばっかりの、自分が。
「私が一番最初に、死ねば良かった…!」
何も知らないまま。何も失わないまま。幸せな夢だけ見て、終われたら。
「違うっ!!」
ティナがその一言を叫んだ途端、ジタンの鋭い声が飛んでいた。理性を失いか けていたティナが一瞬、気圧されたほど。
「…確かに。何でこんな事になっちまったか、未だに分かんないし。みんなみん な死んでった…それはどうしようもない現実だ。だけどな」
一歩こちらに近付くジタン。反射的に後退るティナ。 「少なくとも…フリオニールは約束を破っちゃいない」 「や、やめて」 「気付けよ」 「お願い、来ないで」 「目を逸らすな、ティナ!!」 今まで。フェミニストな彼が自分にはけして向けなかった、強い口調。強い感 情。
「逃げるな、とは言わない。でも…頼む。受け止めないまま、終わらないでくれ 。あいつの想い…無駄になんかしたくないんだ…」
さらに一歩近付く盗賊。一歩引く少女。その脚が−−柔らかな感触を伝えた。 堅い石畳でも芝生でもない、それ。 振り向く。そして気付く。後退る自分の足が、花壇に浸食している事を。自分 が今踏んだのは、フリオニールが手入れしてきた花壇の土である事を。 あと一歩下がっていたら−−自分は、踏みつけていた。仲間達が自分のようだ と言ってくれた−−あの白くて愛らしい、鈴蘭を。
「あ…」
その瞳に、自分が踏みつけてしまった花壇と、そこに植えられた花達が映る。 何だろう、妙な違和感が。そうだ、さっき初めてフリオニールの遺体を見た時、 どこかが奇妙だと−−。 そうだ、血が。 血が何故か、花壇の内部には殆ど飛んでいない。フリオニールはあれだけ凄ま じい姿で死んでいたのに、花壇には硝子の破片一つ無い。魔法で土や草木が焼か れた形跡も無い。 何故?
「まさか…」
理解が追いつく。でもまだ、感情が置き去りにされている。花壇を見、座り込 んだまま死んでいるフリオニールを見、真っ直ぐ見つめてくるジタンを見る。 盗賊の瞳が言っていた−−それが真実だ、と。 花壇を踏みつけてしまった足が、震えた。ティナは気力を振り絞って、その足 を前に進めた。
−−何やってるんだろう、私。
殆ど怪我などしていないのに。全身が重くて仕方無い。フリオニールの前に座 り込む。その頬に触れるのは二度目。だけど、今度は指だけじゃなくて、掌全体 で包み込むように触れた。 遺された想いを、読み取るように。
「此処で…護ってくれてたの?死ぬまで…死んでからも、この場所で」
膝をつく。額を寄せる。足も手も頭も血で滑った。鉄の匂いと、死の匂いに混 じって−−僅かに、ほんの僅かに薔薇が香った気がした。
「フリオニール…あなたは。私達の希望を、護ってくれたの…?」
弁慶の立ち往生。義士は皆の希望を、その象徴とも言える花壇の花達を、命が けで守り抜いたというのか。花壇にはバリアを張り、自分の身はボロボロになっ て。 護り抜くその姿勢を、誇りを崩さぬまま、命を散らせたというのか。自分達が 生きて帰って来ると、信じて。
「…ごめんな、さい…」
『俺が必ず、助ける。“みんなで”見る夢を守り抜く。…だから君も、今君にで きる精一杯をして欲しい』
確かに彼は死んだ。だけど。
「あなたは嘘つきなんかじゃ、無かった…!」
縋りつくその身体は、とても冷たい。涙が止まらない。血で汚れるのも厭わず 抱きしめる。夢に生き夢に散った、誇り高き義士の身体を。 盗賊が歩み寄って来る気配。さっきまであれほど怖かったのに−−不思議と、 恐れは消えていた。どうしてあんなにも彼を拒んでしまったのかと思うほど。 その手を縋るように握って、此処まで来たのは他ならぬ自分だというのに。
「ジタン…ありがとう」
振り向くティナ。きっと自分は涙でグジャグシャの酷い顔だろう。それでも精 一杯の笑顔を作る。
「あなたのおかげで、見失わないで済んだ。もう少しで私…今度こそ何もかも失 うところだった」
義士の身体を横たえる。あちこち穴が空き、大量の血が流れ出た身体は思った より軽かった。見開いたままのフリオニールの眼を閉じさせる。
「無駄に、しないよ」
ごめんね。 ありがとう。 どうか、ゆっくり眠って。
「私も、フリオニールと約束したから。今度は私が、果たす番だね」
目が覚めた時、きっと夜明けが来ている事を祈って。悪い夢が終わっている事 を願って。
「フリオニールは私達の夢を…希望の証を守り抜いてくれた」
その心に、報いる為に。
「私は私に出来る精一杯をする。私とジタンが生きる未来を…守り抜いてみせる 」
生き抜く。どんなに残酷な世界でも。
「ティナ」
ジタンが優しい眼でこちらを見ていた。差し伸べられる手を、少女は迷う事な く握る。 この手がある限り。心の中で生き続ける絆がある限り。自分は何度倒れても、 立ち上がってみせよう。 「生きよう。一緒に」 「うん」 地平線の向こうから、何かが迫ってきていた。大量のイミテーション軍団。誰 の差し金にせよ−−明らかな敵意を持ってこちらに向かって来ているのは確か。 たった二人で何処まで立ち向かえるか分からないけれど。 最後にもう一度−−ティナは花壇を見る。名前も無い花達が、希望と夢の証が 風に揺れていた。 歌うように−−優しく囁くように。
そしてまた、物語は終わりと始まりを同時に迎える。ガーランドは今しがたま とめたばかりの報告書に、もう一度目を通した。
−−駒達の封印及び暴走に関する実験No.32・報告書
今回の実験では、通常のルールに以下の要因を加えて実験を行った。
・契約者三名のうち、セフィロスの“発症と死亡”を他二名より早める。その上 で遺体を、クラウド=ストライフの目につく場所に遺棄。
・カオスの力を全体的に弱め、カオス陣営の人間の中からも暴走する人間が出る ように仕向ける。
結果は以下の通り。クラウドとスコールが二人きりでいる時を見計らってセフ ィロスの遺体を見せたところ、想定通りクラウドが発狂。スコールを殺害しその ままコスモス陣営のホームに帰投。自陣の仲間達を次々殺害した。 またスコールの死を契機に、アルティミシアが発狂の兆候。ケフカを殺害し、 暗闇の雲の暴走をも誘発。狙い通りの同士打ちが発生した。 今回のコスモス・カオス陣営の死亡原因を以下にまとめる。
No.1、ウォーリア・オブ・ライト →契約者につき、発症による死亡。 No.2、フリオニール →クラウドにより殺害。 No.3、オニオンナイト →クラウドと相打ちで死亡。 No.4、セシル・ハーヴィ →クラウドにより殺害。 No.5、バッツ・クラウザー →クラウドと相打ちの後、発狂。ジタンにより殺害。 No.6、ティナ・ブランフォード →ガーランドが送り込んだイミテーション軍団により殺害。 No.7、クラウド・ストライフ →セフィロスの惨殺死体を見て発狂。暴走の後、オニオン&バッツにより殺害。 No.8、スコール・レオンハート →クラウドにより殺害。 No.9、ジタン・トライバル →ガーランドが送り込んだイミテーション軍団により殺害。 No.10、ティーダ →カオスの屋敷にて、崩壊に巻き込まれて事故死。
No.12、皇帝 →最終生存者。粛正の光により死亡。 No.13、暗闇の雲 →ケフカ死亡により発狂。暴走の後、アルティミシアにより殺害。 No.14、ゴルベーザ →暗闇の雲により殺害。 No.15、エクスデス →アルティミシアにより殺害。 No.16、ケフカ →アルティミシアにより殺害。 No.17、セフィロス →契約者につき、発症による死亡。 No.18、アルティミシア →スコール死亡により発狂。暴走の後、皇帝により殺害。 No.19、クジャ →契約者につき、発症による死亡。 No.20、ジェクト →暗闇の雲により殺害。
繰り返される輪廻。繰り返される実験。もうじきまた粛正が始まり、時間は全 て巻き戻されるのだろう。 新たな輪廻を始める為に。
「…精々、楽しもうではないか。なぁ?」
誰に問うでもなく、ガーランドは呟いた。自嘲の笑みを浮かべながら。 退屈だなんて、思ってはならない。 運命が覆る日など−−この世界では永遠に、来る筈なんて無いのだから。
少なくともその時、彼はそう、信じていた。 希望と絶望、その両方を否定する為に。
FIN.
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それは、語り外しの物語より、ほんの少し前の世界。
何処までが予定調和で、何処までが必然なのか、それはまだ…分からない。
主題歌 『約束の明日、明日の約束』
by Hajime Sumeragi
長々お付き合いいただき、誠にありがとうございます。
これにて特別中篇『野薔薇が僕等の世界を繋ぐ』完結となります。
…うん。これを最初三部作くらいでやろうとしてたんだから阿呆としか言いようがない。
中編って長さでも無いですよね…今更ながら人様の捧げモノで暴走してすみません…!
しかしこちらにも嬉しいご感想を下さった方々が…本当にありがとうございます!!
一応主人公はティナのつもりでしたが、四人ともにスポットは当てられたかと。
ティーダの見せ場が少なめなのは本編で出張ってるせいということで…(眼逸らし)
生き抜いた者達の魂は、けして死なない。これも一つの希望の形。それが今回のテーマでした。
こんなんでよければ貰ってやって下さいませ黒姫様!返品可ですーっ(逃走)