罪と罰は同一なのだと、祈り子の夢は嗤う。
罪を負う事は罰であり、罰を受ける事はまた罪であるのだと。
ある筈の無い鍵をチラつかせたのが私の罪なら。
窓も扉の無い迷路に佇む事が、罰なのだろうか。
さよなら、咎人。
太陽のような少年だ、と。そう彼を評していたのは誰だったか。
事実彼の名前は、とある世界の言葉で“太陽”という意味らしい。
初めて見た時はガーランドも似合いだと思った。
終わり無い闘争の中でも、彼は常に笑い、仲間を励まし、引っ張り続けていた。
夢想。
その残酷な呼び名の意味を、おそらくガーランドだけが知っていただろう。
幾つもの意志が時の鎖を解き放とうと奔走する中、その果てに待つのはあまりにも無慈悲な結末。
もしこの青年が知ったならどうなるだろう−−と、思った事が無いわけでは、ない。
今、答えは形となって目の前にある。
「ガーランドって言ったよな、あんた」
何故彼がここにいるのだろう。カオス陣営の者ですら滅多に近づかない、混沌の果てエリア。
カオスの玉座の間までどうやって辿り着いたのか。それもたった一人で。
確かに今神竜もカオスも不在。警備は手薄だったかもしれないが。
「わしに何の用だ、小僧」
どうやって此処に来たのか?それは尋ねるだけ無駄な気がした。
ゆえに簡潔に用件だけを求める。
もし彼が“そのつもり”で現れたなら、真っ向から叩き潰せばいいだけのこと。
仮にもカオス軍をまとめる長。腕っ節で負けはしない。
ん〜、とティーダは悩む様子を見せ。
「特に用があるわけじゃ、無いんだけどね…」
とのたまった。
「ただ、話をしてみようと思っただけッスよ。カオスもコスモスも関係なく、全員と。
今まで殆ど話したことない人もいたしさ」
何だそれは。ガーランドは呆れ果てる。
ここが敵陣のド真ん中だと分かっているのかいないのか。
「できれば今回戦いはナシの方向でお願いしたいッス。
ま、そうなったらこっちは全力で逃げるだけだけど、それじゃあ来た意味無いし」
「逃げられるとでも?」
「真正面からの戦いならアンタの方が強い。でもま、俺が勝つ方法もあるって事ッス」
ニッコリ笑う太陽。その笑みは子供のように奔放で無邪気なものだが。
逃げる、とはよく言ったもの。
この策士め、と、ガーランドは皇帝達以外に使った事の無い言葉を言う。
確かに真正面からサシでの勝負なら、ガーランドが勝つ。
しかしスピードはティーダの方が遥かに上なのだ。撤退戦になったらどう頑張っても自分は彼に追いつけない。
加えて。この場所はカオス軍の者達すら忌避するほど闇が深い。他の者達の援軍も期待できない。
もしも彼が、そこまで見越して自分に逢いに来たのだとすれば。
「とんだ狐だな」
何も考えてなさそうな顔して、馬鹿な子供のフリして。
まったくとんでもない猫被りである。
「誉めてくれてありがとッス〜!」
一見KYにも見える口調。しかし、これも計算づくなのかもしれない。
読めない。この青年の考えが。
「何故そんな事を思い立った?話の通じる相手だとでも思ったか?」
「通じないって思う方が分からないッスね」
前にセシルから聞いたんスけど、とティーダは言う。
「エクスデスって人が言ってたって。秩序も混沌も、根は同じって。現に、神様の駒は一定じゃないし」
「!!」
俺の親父、元はこっち側だったんでしょ?
その言葉に驚愕するガーランド。何故彼がそれを知っている。ジェクト本人すら覚えていないような事実を。
「変わらないんスよ。たまたまどんな感情を遺して死んだか、どちらの神に見初められたか…違いなんて、その程度。
現にほら、俺みたいな半端モンが混じってる」
自嘲。それは全てを悟った者の笑い方だった。普段子供っぽい彼らしからぬ−−大人びた笑み。
「アンタの言いたい事、当てようか」
「……」
「今の俺、多分あんたが知らない事まで全部知ってる」
疑問を抱く物言い。
ガーランドは眉をひそめる。全部知っている、なら分かるのだ。しかしその言葉はまるで。
自分にも知らない“真実”があるようではないか。
そんなはずはない。自分は一番最初に、監視者として召喚されているのだ。
神々と二人の従者を除けば唯一、支配者たる神竜に謁見する事が赦された身。
そして神竜の目的が何かも自分だけが知っている筈だ。
「目的と、理由って同じッスかね?」
ドキリとした。まるで思考を読まれたかのようで。
「一つだけ教えてあげる。多分、この世界で最大の被害者はアンタだから」
「何?」
「契約者の“三人”や巻き込まれた人達も相当不幸だけど。
一番の地獄にいたのはアンタだろ。最大の被害者で、加害者だ」
ああ、そうだ。認めたくなくとも、本当は気付いていた。
自分が惨めな存在だと思いたくなくて否定していただけ。
ここは閉じた世界。永遠に続く迷宮。
知った者達はあがき、されどガーランドに出来たのは、彼らを哀れみながら傍観する事だけ。
とうに知ってしまっていたから。この迷路に出口など無い、と。
あの部屋に鍵をかけたのは誰?
自分達をこの世界に閉じ込めたのは誰?
探しても、探しても、鍵を見つける事は叶いません。
何故ならこの場所には最初から、窓も扉も存在しないから。
彼らは知らないから憐れで、惨めで。
それでも存在しない扉の鍵を捜す姿は滑稽で−−苦しくて。
「馬鹿な、事を」
そう絞り出すのが精一杯だった。
認めれば負けだ。負ければその先に待つのは、絶望すら無い完全な無。
そして“無”に耐えきれなかったからこそ、自分はこの場所に墜ちたのだ。
「そう思いたいなら、どうぞご勝手に」
対してティーダはあっさりと言い放つ。別にこんな話に大した意味など無い、と言うように。
「もし、アンタが俺の計画を邪魔したら。
こっちも容赦しない。どんなテ使ってでも、全力で叩きのめすッスよ」
「大した自信だな」
「自信じゃない。決意ッス」
俺がそうするって決めたから、他に未来なんてない。存在させない。
普段より低い声色に、ガーランドは背中が冷たくなる。
「そもそも……うちのリーダーとオニオンに、あんな真似したあんたを、俺は赦してないし」
やはり、そこまで知られていたのか。予想はしていたが、少々きつい。
その話はガーランドが握っている数ある秘密の中でもトップシークレットに位置する。
本来なら知ってしまったティーダを、生かして帰す理由はない。
でも。
「……その話について、言い訳はせん。どんな理由であれわしが騎士道に反する事をしたのは事実だからな」
今、それが出来る気がしない。認めざるおえない−−自分はこの青年に、気圧されていると。
「…あんたがそこで言い訳するような人間なら、俺ももっと楽だったんスけどねぇ」
はぁ、と夢想は大袈裟に溜め息をついた。何やら芝居がかった動作だ。
「まぁ、そうならない事を祈る、かな。出来たらあんたにはちゃんと…リーダーと戦って、話つけて欲しいし。
だって、あんた本来なら、こっち側の人間だったんだから。ねぇ、“セーラ姫の騎士”さん?」
頭が痛い。本当にどこまで知っているのか。そもそもどうやって調べたのか。
ガーランドの個人的な身の上など、神々すらろくに知らないというのに。
この子供、どうやって対処してくれよう。そんな事を思っている間にも、ティーダは自分に背を向けて歩き出していた。
「何処へ行く」
「んーまだ決めて無いっス。でもまだまだ、話せてない人たくさんいるし。
でもカオスの人達、ちゃんと話聞いてくれんのかなぁ〜」
「呆れた」
無理に決まっている。
もしティーダに情報の一部をリークしたのが皇帝なら、彼やアルティミシアは問題ないだろうが−−何より自分達は敵同士。
姿を見かけたら問答無用で戦闘開始が普通だ。
ケフカなど、まともな会話ができるかも怪しい。
「その前に、わしの質問に答えて行け」
多分次に逢う時は、こんな呑気な会話も出来なくなっているだろう。
そんな確かな予感と共に、階段を下ろうとする背中に声をかける。
「何がお前に決断させた。時の鎖を解いた先に何があるか…知らないわけではあるまい?」
そう。この青年は“生まれながらに存在しない者”。誰かの見ている夢の存在。
幻想から醒めれば、夢もまた終わる。その時自分がどうなるか−−分かっていない筈がない。
なのに、何故。
「みんなが…大好きだから」
振り向いたティーダの顔は。
泣き出しそうな太陽の、笑顔だった。
「みんなや、フリオニールが望む景色。野薔薇の咲く平和ってやつを…俺も叶えたいんスよ」
たとえそこに、自分がいないとしても。
「それが出来たら多分、俺はただの“夢”じゃなくなる。そんな気がするから」
ガーランドは何も言えなかった。ただ黙って、去っていく背中を見送る事しか出来なかった。
「手段は違えど…」
眼を閉じる。残酷な運命。避けられない悲劇。抗い続けていたいつかの自分を思い出す。
遠い昔の事なのか、つい最近の話なのかももはや分からないけれど。
「心は同じなのかも、しれぬな…我々は」
何が幸せで、何が不幸だったのか。
もしかしたら自分達は、出逢ってしまった事そのものが不幸なのかもしれない。
交わらない点と線。過去も未来も無い今という時に止まり続ける世界。
それでも確かに時間は動いていて、少しずつ何かを変えていこうとする。
出口の無い筈の迷路に、それでも出口を作り出そうとする者達。
その中で自分は。自分という存在に真に与えられた役目があるとするなら、それは一体何なのだろう。
答えはまだ、当分出そうにない。
『避けられない運命から目をそらさず、
笑っていられれば、それでいい。
大丈夫……「終わり」なんてない』
そして、また。
新たな欠片が回り出す。
ティーダが何を決意したか。彼の目的が何だったのか。何故危険をおかしてまで自分に会いに来たのか。
ガーランドが知るのは、そう遠い未来ではなかった。
彼はこの世界で“最後”にするつもりだったのだろう。
たとえそれが敬愛する人や大事な仲間を裏切り、あげく自分も父も世界から消えてしまう選択だとしても。
それでも、生まれてきた意味が欲しかった。
生きてきた証が欲しかった。
誰かの夢を叶えて、誰かの支えになりたかった。
自分は生きている価値のある人間で。確かに此処に存在していたと−−そう信じて死にたかった。
「……馬鹿者が」
ガーランドは呟く。それは誰に大しての言葉だっただろう。
自分はもう気付いてしまっている。ティーダの望みが、自分のそれと変わらない事に。
ただその方法と目的が違っただけという事に。
終わらない修羅地獄。繰り返される、気の狂いそうな輪廻の世界。
それでも自分は、意味が欲しかった。だから神竜が差し伸べてくれた手に縋った。
見上げた空は未だ、暗いまま。
夜明けは来ると。今一度信じてもいいのだろうか。
孤独な猛者は、見えぬ星に祈った。
FIN.
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DDFF世界って、仏教の修羅地獄によく似てるなあと思います。
ずっと争い続けて、酷い怪我をしてボロボロになっても殺しあわなければならなくて。
でも朝の光を浴びると傷は癒えて、また争わなければならなくなる。
永遠に闘争し続けなければならない地獄。
違いがあるとすれば、秩序軍のメンバーはみんな死ぬ前の記憶を失ってるってことでしょうか。
だから繰り返されてる事に普通は気付かない。その方が多分幸せなんだろうな、と思います。
よくよく考えると異説幻想って、結構残酷なお話なんですよね…。みんな何回も死んでるわけですし。
核心にいすぎて、なかなかガーさんを本編で活躍させられないので、こんな形で番外編を作ってみました。
何故ティーダかっていうと…第三章『詞遺し編』の直前だから。第三章は夢想、義士、獅子中心に動く予定です。