御伽噺さ。こんなのは。 君がどう考えようと構わないよ。それだけ言っておこうか。 だって、その思想にどうこう言う権利を俺は持たないじゃないか。 どんな理不尽で、不平等で、残酷な世界であるとしても。 心だけは自由でければならない。なあ、そうだろう? うん、話がちょっと逸れたけどさ。 つまり今から語る物語を、どう解釈しようと君の勝手だということだ。 狭間に溶ける哀れな黒の十三人の物語も。 二柱の神が永遠に争い続ける物語も。 死んだ人間達を管理する指揮者と作曲者の物語も。 そのあらゆる世界を渡り歩き、平穏を護る救済者達の物語も。 御伽噺だろうと現実だろうと、実はそう変わるわけじゃないのさ。 簡単に言おうか。つまり、信じるか、信じないかの違い。 俺が今から語るのは、歪んだ鳥篭の物語と、そこに交わった救済者の物語。 世界はとても狭くて、知覚できる範囲にしか無いけれど。 それを知る者の前には、世界はヒトツじゃない。 何故なら俺は、君とは別の物語からやって来た住人なんだからね? 正義のミカタの不在証明*1*箱庭の奇想曲 夢見が悪いと、不機嫌になるのは皆同じである。かの皇帝陛下も例外にあらず。パンデモニウムでうっかり徹マンしてしまった朝、否、昼。隣室から起きてきた皇帝の顔を見て、アルティミシアは一発で直感した。「また昔の夢、ですか?」 経験上。彼が朝こんな風に眉間に皺を寄せている時は決まっている。うっかりやけ酒したせいで二日酔いして気分が悪いよどうしよう、か。真夜中にケフカあたりに騒ぎを起こされて眠れなかったぞコンチクショー、か。 昔のことを夢の中で思い出せたのに、朝目覚めた時はすっかり忘れていて腹が立つ、である。 上二つは無かったとわかっている(少なくとも自分は安眠できたのだから)ので、あとは消去法だ。夢見ばっかりは対策の取りようもないので仕方ない。−−いや、別の意味でケフカのイタズラ好きも対処しようがないのだが。 アルティミシアの言葉に、皇帝はフンと鼻を鳴らした。「半分正解、といったところだな」「半分?」「忌々しい夢を見たのは正しいが…昔の記憶とは違う夢だ。ある意味、過去の夢 より質が悪い」 思わず目を見開く。過去の思い出せない記憶より質が悪いモノなんて、彼にあったのだろうか。 皇帝の嫌がりそうな事を一通り想像してみる。支配するのが大好きだから、誰かに下僕にされる夢とか?コスモス陣営の馬鹿騒ぎに巻き込まれて迷惑を被るとか?綺麗好きなのに、朝目覚めたら部屋がゴキ●リの山−−う、しまった考える んじゃなかった。 青ざめたアルティミシアに、一体何を想像してるんだ貴様、と呆れた声が降った。「…覚えているか。幾つか前の世界の話だが」 意外な話題を振られて、アレやコレやの妄想をストップさせる。「この鳥籠のごとき世界の外…。何処かの並行世界から異邦人が訪れた事があっ ただろう。過去二度ほど…ああ、一度目は貴様は会って無いだろうが」 「存じ上げてます。二回目は当事者でしたし、一回目についてもティーダから話は聞きましたから。…あなたと同じ顔をした“別人”に出会った時は、さすがに 驚きましたけど」 世界はとても狭くて、知覚出来る範囲にしか無いけれど。それを知る者にとってはヒトツじゃない。 アルティミシアは遥かな時を生きる時空の魔女だ。自分と似たような存在である別の魔女から聞いて、並行世界というものの存在は知っていた。実際に目にしたのは例の件が初めてだったけれど。 つまり。自分で言うなら−−同じ顔、同じ名前、同じ魂を持ちながら別の人生を歩んだ別の“アルティミシア”が、どこかの世界には何人も存在しているので ある。 皇帝にも同じ事が言える。彼と同じ魂を持ちながら違う道を歩んだ存在が、この鳥籠の外には居るのだ。 普通、人は一つの世界から出る事なく人生を終える。しかし稀に例外がいて、幾多もの世界を渡り歩く力を持つ者達が存在している。世界と世界の均衡を保ち、監視する役目を与えられた者達などがそれに当たる。「我々の世界は…奴らの常識で言えば“異常”らしいな。まあ、時間の流れに逆 らい、死者が蘇り続ける世界が“普通”である筈もないが」 そんな“世界を渡り歩く存在”−−ヘルパー達が、長い輪廻の中たった二度だ けこの世界にやって来た事がある。その中には別世界の『皇帝』や『フリオニール』もいた。 本来は不干渉を原則とされている彼らが訪れ、自分達に関わってきた理由。それはこの世界で繰り返される輪廻という“歪み”が、他世界にまで悪影響を及ぼ しつつあるからだった。 彼らの力は強大だ。この世界の神竜の力すらも凌ぐ。ゆえに、監視者の一人が一度は皇帝達の前で神竜を倒してみせたのだが−−。この世界の神竜は、“ある条件”をクリアしない限り、何度でも蘇る。彼らは それを知らなかったし、知っていたところで−−それを成すのは許されない立場だ。ゆえに、彼らの力を持ってしても、何一つ解決する事はできなかったのである。 本来、この世界の事はこの世界の住人の手でどうにかすべきなのだ。異世界の彼らの手を借りてはならない。輪廻を断ち切るには自分達が自力で解決するしかない−−それが、彼らとの出会いで再確認させられた事の一つであった。「…昨日見たのはな、奴らの夢だ」 「奴ら?」「……あの世界の『皇帝』と『フリオニール』の夢、という事だ」 なんとなく、アルティミシアは理解した。それならば、皇帝の不機嫌も分からないでもない。 異世界の『皇帝』は、今目の前にいる皇帝とは本当にまるっきり別人なのだ。いや、顔も性格もそっくりだが、問題はそこではなくて−−。「まあ、だったら不快な気分になるのも仕方ないかもしれませんね」 からかうように言うアルティミシア。「あの世界の『皇帝』が両性な上、あの『フリオニール』の伴侶になっていて、子供まで産んでるなんて…。こちらの世界のあなたと照らし合わせれば有り得な いどころの話じゃないですもの。第一、男同士ですし」 あ。どーん、と音がした気が。 傍目にも分かるほど皇帝が落ち込んだ。ものすごく。オドロ線が見えそうだ。 実際。不快、というのもやや語弊があるだろう。 あの世界の『皇帝』は『フリオニール』と本当に幸せそうに笑っていた。彼等は自分達のように、憎しみ合ってなどいない。そこには混沌も秩序もない。 羨ましいのだろう、きっと。 皇帝は別に、この世界のフリオニールにそのテの感情など抱いてはいないだろうが。それでもあれだけ激しい憎悪をぶつけられ続けるのは−−堪えるものだ。皇帝自身はフリオニールを憎んでいないのだからなおのこと。 できれば、そんな理由も分からない悲しい隔たりなど無ければいい−−そう思っているに違いないのである。だから、彼らが眩しい。眩しいから−−見ていたくない。 それが逃げだとしても、一体誰がそんな彼を責められるだろう。 少なくとも自分には、そんな資格など、無い。 自分だってスコールと−−。「…嫉妬だと…認めるのも癪だが」 復活しようと努力しているらしい。のろのろと立ち上がる暴君。「…幸せを見せつけられているようで、気分が悪いのだ。それもここ三日連続で だぞ。…最初はただの夢かと思ったがリアルすぎる。私は奴らの息子の顔など殆 ど見ていないというのに…ただの夢なら登場する筈がない」 この世界の出来事が向こうに影響を及ぼしたように、向こうの世界の何かがこちらに影響に及ぼしたとしてもおかしくはない、と皇帝は言う。 あるいは、彼らと出逢った事そのものが、自分達の世界に変化を与えた可能性もある。皇帝自身に特異な能力が目覚めつつある、というのも有り得るだろう。 外の世界のルールなどまるで知らない自分達には全て、憶測の域を出ないのたが−−。「どっちにしろ。このまま安眠を妨げられるのは我慢ならん。…なんでこの私が 奴らのベッドシーンまで覗かねばならんのだ!」「うわあ…」 確かに−−それは嫌かも。つい想像し…そうになって慌ててアルティミシアは 首を振る。 というか自分でなくて良かった、本当に!「多分、もうすぐ奴らが来る。あちらの時間軸がズレているのは百も承知だが…直感だ。昨晩、もう一度この世界に調査に来ようと奴らが話していた」「逢ってどうする気です?」「苦情くらい言わせろ。…どうにかできるとしたら奴らに頼む他あるまい。実に 不本意だが」 本当に嫌そうに告げるので−−ついつい笑ってしまうアルティミシア。何がおかしいんだ、とますます皇帝は不機嫌な顔になる。「いえね」 今まで。自分達の身に降りかかってきたのは、あまりに深刻すぎる問題ばかりだったから。今の彼の悩みがとても明るいものに思えて−−なんとなく、嬉しくなったのだ。 皇帝には申し訳ないけれど。「平和だな、と思って」 明日生きるか、死ぬか。いつまで世界が続くか、滅びるか。 それ以外の簡単な事で悩めるうちは、幸せなのかもしれない。そう、思った。 聖域の空は、暗い。 休み休憩中にベースを離れるなんて、普段のティーダならやらない事だ。いつもなら昼休みはジタンやバッツとブリッツしたり、フリオニールをからかって遊んだりする。面倒事の起きそうな場所に自分から赴こうなどと思うまい。 だが。今日ばかりは例外だ。「…来る」 宙を見つめ、夢想はスッと目を細める。記憶を取り戻してから得た能力−−超直感。なんとなくそうではないか、と思った事が驚くほど的中する。予知能力といっても過言でないほどに。 だからティーダは、此処に来た。 なんとなくあの『義士』と『暴君』が来る気がして。 ぐわん。 形容しがたい音と共に、聖域の中心に黒い闇が吹き出した。闇の回廊。世界を渡る者達が使う移動手段の一つである。 どうやらやってきた連中は喧嘩−−否、説教を受けているらしい。聞き覚えのある声が響いてきて苦笑する。 自分達からすればつい最近の事のようにも思うのに−−彼らにとってはどれくらい月日が経過しているのか。 懐かしい、と思うのも不思議だ。「ご無沙汰ッスね」 現れた三人組は−−まさか回廊の目の前にティーダが立って待っているとは思わなかったのだろう。目を丸くしてこちらを見ている。「おいでませ。俺達の鳥籠へ」 やや芝居がかった動作で両手を広げてみる。この間ジタンがやってくれた一人舞台の真似だった。役者と盗賊を兼業していたという彼の演技力は目を見張るものがある。「…あなたには驚かされてばかりですよ」 やや呆れたように青い髪の小柄な青年−−『ゼクシオン』が言う。パッと見れば綺麗な顔をした礼儀正しい彼だが、怒るととんでもなく怖いらしい。別世界のゼクシオンにも逢った事があるのでよく知っている。 闇の回廊で世界を渡るのは、『ゼクシオン』達イタチーズ(原型がイタチ姿の十四人組のことだ。元は]V機関と呼ばれていたらしい)の特徴だ。『ゼクシオ ン』が残り二人の手綱を引っ張って連れて来たのだろう。「どうして僕らがこのタイミングで此処に来る事が分かったんですか?」「勘」「…まったくもう」 彼はそれ以上言及して来なかった。そのまま、何か言い出そうな顔で佇んでいる二人を振り返る。 『フリオニール』と『皇帝』が口を開くより先に、『ゼクシオン』は言い放った。 にっこりと−−絶対零度の笑みを浮かべて。「客人の前ですよ。…まだ喧嘩を続ける気ならメテオミラージュブチかまして黙 らせますからそのつもりで」「は…はい」 なんか凄い。あの『フリオニール』と『皇帝』が仲良くビビってる。いや、夫婦だから似るのも頷けるけど。「この二人、くだらないネタで喧嘩して、僕の部屋をめちゃくちゃにしてくれたんですよ。いい年して何やってるんだか」「はは…」 うっかりバッツを思い出したティーダは笑うしかない。 何歳になってもコドモでいられる。少しだけ、羨ましい気もした。NEXT |
それは、束の間の楽園。