泣かないひとは、いない。 だって生まれた時みんな涙を流すじゃないか。 ひとは生まれた時から泣く方法を知っている筈なんだ。 そして赤ん坊の時にはもう、笑うことを学ぶだろう? それは当たり前の権利で、本当はみんなができる筈のこと。 ただそれが、凍り付いてしまうひとがいるだけで。 忘れたフリをしなければ、生きていけなかったひともいるだけで。 世界は、ひとは、平等なんかじゃない。 そんな事堂々と言うヤツがいるとしたら、それはよほどの偽善者か詐欺師さ。 でも、俺は思うよ。 心だけは平等であるべきでないかと。 心だけは誰にも縛られることなく、自由であるべきなんだろうと。 何かを想うこと、何かを願うこと、それの何がいけない? 君もさ、限りない時間の中でたくさん考えて、悩んで生きるべきなんだ。 泣くことや笑うことを忘れそうになったら、思い出して。 君が一番望んでいる景色のことを。 そしてどうか、誰かの心も君の心も、全ての心を否定しないで。 憎しみや悲しみや怒りも、けして罪などではないのだから。 闇を知らない人間が、愛することを、本当の光に手が届く筈はないのだから。 正義のミカタの不在証明*4*煉獄の協奏曲 地面が柔らかい。ふわふわする。 フリオニールは何とはなしに足下を見た。多少手入れはされているようだが、野花も雑草も元気に咲いている。土がいいのだろう。一輪の花を育てるのにも苦労する自分達の世界とは大違いだ。 季節のせいか地域のせいか。肌で感じる気温も温暖で、渡る風も清々しい。空は澄み渡るがごとく晴れている。綿菓子を伸ばしたような薄い雲が空の端に伸びている。「あ、『クジャ』!『ジタン』!おーい!!」 丘の下。黄色花がまとまって群生しているあたりに、『クジャ』と『ジタン』がいた。『ジタン』が大きな籠を抱えていて、『クジャ』が花や実を積んでは入れている。何かを採集している様子だ。 邪魔しちゃ悪いかな、と思ったが、ティーダが呼びかけて手を振ると振り返してしてくれた。こちらを見る二人の表情は明るい。これが自分達の世界の彼らだったら−−そう考えかけてやめる。 自分達の世界のジタンとクジャが、あんな風に並んで楽しげにしているなど有り得ない。何の負い目もなく自分と彼らが共に会話を交わすなどあってはならない。 駄目なのだ。 想像すればするほど、現実を思い知らされるばかりで。「何をしているのだ。草摘みか?」 皇帝が尋ねると、『ジタン』が苦笑して答える。「あー…はは。見たかんじじゃ確かにただの草にしか見えないか。このへん全部 薬草。あとげどく草とかネムリ草とか。調合すると特効薬になるんだ」「へえ…」 手伝おうとしたのか、ティーダが『ジタン』が地面に下ろした籠に手をかける。そして思いっきり尻餅をついた。「おおおお重いッスー!」 持ち方を変えたり体勢を変えたりいろいろしているが、籠はピクリとも動く気配がない。そんなに重いのだろうか。コスモス陣営の中でも腕力のある方を自負するフリオニールが場所を変わる。 そして同じように持ち上げてみようと−−。「…何コレ」 重い。本当に、ハンパなく重い。数ミリだけ持ち上がって、しかしすぐ地面に下ろされた。やたら重い音が籠の底から響く。 確かに大きいのは認める。塵も積もればなんとやらではないが、一本一本は軽い草花も山ほど積めばけして軽くはないのも理解している。 だがそれにしたって重すぎやしないだろうか?「ちょっと持ち上がるだけ大したもんだよ」 また新たな薬草を籠に放り込む『クジャ』。その籠を、『ジタン』が軽々持ち上げる。 フリオニールは唖然とした。 自分なぞより遥かに小柄で華奢に見える彼の、どこにそんな力があるというのか。実際あちらの世界では自分はジタンに腕相撲で負けた事などないというのに。「そんなに驚かなくてもいいじゃねーか。そもそも俺非力じゃないし?」「いやいやいや」 うっかり派手に首を振ってしまった。なんというか−−ヘルパー恐るべし。「アルクゥ…あ、玉ねぎ剣士の一人で、僕らは緑玉葱って呼んだりするんだけど 。その子が熱出しちゃってね。医薬品の在庫も少なくなってたから調達しに来たんだよ。この辺り一帯僕らの土地だから文句も言われないし」 『クジャ』が説明してくれた。が、フリオニールは首を捻る。 玉ねぎ剣士の一人?どういう意味だろう。オニオンナイトを指すのは分かるが、思い当たるのは赤い軽鎧の彼ただ一人だ。 フリオニールの疑問に気付いてか、『皇帝』が『クジャ』と『ジタン』に説明する。どうやら自分は前に彼らに逢ったことがあるらしい−−が、こちらにはその記憶が無いのだ。会話が噛み合わないのも仕方ない。 どうやら。この世界に『オニオンナイト』は四人存在するらしいのだ。だが自分の知るオニオンと同じ姿の子供が四人いるわけではない。むしろ−−うまく解説するのは非常に難しいのだが−−あのオニオンはこの世界には存在しない、と言うべきか。 彼らの世界では、あの姿の『オニオンナイト』は四人の子供の集合体であったらしい。 青鎧に銀髪の少年、ルーネス。 緑鎧に茶髪の少年、アルクゥ。 赤鎧に金髪の少年、イングス。 水色鎧に赤茶髪の少女、レフィア−−。 どんな理由だかこの四人の魂と肉体が合体した結果、『オニオンナイト』が生まれたのだという。そしてヘルパーになった時その四人が分離したのだとか。 頭がこんがらがりそうだが、なんとなく理解はした。熱を出して倒れたというのがその四人のうち一人であることも。「俺の知るオニオンもそう、なのかな。四人の集合体で存在してる…のか?」 「違うと思うよ」 あっさり否定してみせる『クジャ』。もしかして彼は以前オニオンにも逢った事があるのか。訊くと彼は小さく頷いた。「…あの子はルーネスであってルーネスじゃない。少なくとも他の三人の色は… 入ってないのさ。それが契約だったからね」 何のこっちゃ。ルーネスであってルーネスではない?契約? 自分の世界のクジャも遠まわしかつ抽象表現を好む傾向にあったが−−目の前の彼もなかなからしい。 フリオニールが混乱していると、『クジャ』は少し寂しそうに微笑んだ。「…これ以上は今僕が語るべきじゃない。干渉値に触れてしまうからね。それに …真実は誰かに与えられるものじゃなくて、自分で掴み取るもの。そうだろう? 」 重い言葉だった。真実は誰かに与えられるものではなく、掴み取るもの−−無意識のうちに、誰かに教えて貰う事ばかり期待していた自分に気付く。 全てを知るなんて、そんな事ができるほど人間は万能じゃない。それが人の心ならなおのこと。 だけど、知ろうとする事なら、できる。きっと世界はそうして変わっていく。 チラリとフリオニールは皇帝を見た。今の言葉が聞こえたか聞こえなかったか定かでないが、彼はじっと花畑の向こうを見つめていた。あるいはそのさらに向こうの空へと想いを馳せているのだろうか。 自分は彼が憎い。だから、その眼に映る景色がどんなものかなんて−−考えることすらしなかったけれど。 自分に歩み寄る覚悟さえあれば、見えるのだろうか。暴君の呼ばれた男の見ている世界がどんなものであるのかも。 真実を、求めさえするのなら。「決めたッス!」 パン、と景気のいい音で我に変える。ティーダが勢い良く手を叩いた音らしい。彼はニコニコしながら言った。「手伝うッス、素材収集!籠持つのは出来ないけど…薬草摘んだりはできるし。 招待してくれたお礼ってことで」「いいのか?そりゃ助かる!集めなきゃいけない材料だらけで、二人じゃ非効率だと思ってたんだよな」 いちいちベースに戻るの面倒なんだ、と『ジタン』。確かに一度に籠に入る量も限られているだろうし、採集エリアの数を考えれば人数が多いに越した事は無いだろう。フリオニールにも異存はない。「うんうん。この人数なら絶対早いッス!」「待て、それは私も数に入ってるのか!?」 「当然っしょ。文句言わないの〜皇帝陛下」 ティーダが皇帝の腕をひっつかんでぐいぐい引っ張っていく。皇帝は普段のイメージから想像がつかない勢いで喚いている。イヤだーとか何で私がーとかそんな言葉ばかりだが。 振り向くとこの世界の『皇帝』と『ゼクシオン』と『フリオニール』がくすくす笑っていた。フリオニールは自分の事のように恥ずかしくなる。「わ、笑うなよ!」 赤面して言えばますます笑いが大きくなる。それはただ愉快なだけではなくて、どこか安堵したような笑い方でもあった。「ふふっ…すみません。第一印象が木っ端微塵になったので面白くて。僕はこの へんで失礼させていただきますね。家人が帰って来る前に部屋の片付けと書類を終わらせないと面倒です」 心からうんざりしたように『ゼクシオン』が言うので−−『フリオニール』と『皇帝』はさっきまでの自分達の喧嘩を思い出してか、ばつの悪そうな顔になる。彼の仕事を増やしたのが自分達だと理解しているからだろう。「す、すまない『ゼクシオン』…。書類はともかく片付けは俺がやるよ」 『フリオニール』の申し出に、しかしキッパリの首を振る『ゼクシオン』。「そうしたいのはやまやまですがね。あの本棚と資料棚の整理は僕にしかできないでしょう。それに…『デミックス』が帰って来たらまた散らかりかねません。 これ以上はごめんです」 『デミックス』、というのが家人の名前らしい。多分、仲の良い家族か親友か恋人だろうな、とあたりをつける。 その名前を出した時の『ゼクシオン』の眼が、本当に優しいものだったから。「あなた方もあまり外に長居しないように。仮にも小さな子供が家にいるんでしょう。『ファビィ』にばかり任せては駄目ですよ。特に『皇帝』、あなたは自分が身重である事もお忘れなく」「「はーい…」」 夫婦の返事が見事にハモる。『ゼクシオン』ってなんだか母親みたいだなぁと思う。パッと見、小柄で子供のように可愛い顔をしているのに。 ちょっと、セシルに似ているかもしれない。顔ではなくて雰囲気が。「とりあえず、今までの分だけ置いてくるな。もっと大きい籠もいるし、小さい籠ならあんたらも持てるだろ」 ちょっと待っててくれな、と『ジタン』がくるりと身を翻した。そのまま籠を持って、猛ダッシュで駆けていく。「なんというか」 唖然とした面持ちで皇帝が呟いた。「ツッコミするだけ無駄というのが、よく分かった」 悔しい。悔しいけれど同意する。 持ち上げるのもろくにできない荷物を持ってどうしてあんな音速ばりのスピードが出せるのか、なんて−−叫んだってどうしようもない。 皇帝は今頃どうしているのだろう。パンデモニウムで、アルティミシアはぼんやりと思う。 あちらの世界に、興味が無いわけではなかった。自分も一緒に行かせてくれと、そう言えば良かっただろうか。−−そういうわけにも、いかないか。 彼は自分を信頼して留守を託してくれたのだと知っている。何より彼がいない間、この世界の情勢を観察しておく者が必要だ。何が運命を変えるヒントになるか分からない。自分達はそうやって百年近く生きてきたのだから。 輪廻を断ち切る方法は、確かに分かっている。それでも、なるべくなら別の方法を探したい気持ちがあるのも事実。 だって−−ライトを殺したら、きっとあの獅子は悲しむから。不器用で、本当はとても優しいあの子を泣かせるような事はできるならしたくないから。「…あら?」 光の気配。噂をすれば影。どうして彼がこの場所に来るのだろう−−首を捻りつつもアルティミシアは通路の向こうを見る。 鎧の踵が、堅い床を叩く音。しかしガーランドのような重たさは無い。「何か用?光の戦士。残念ながらこの城の主は不在ですよ」 不思議と殺気はない。現れた光の戦士に、魔女は真正面から疑問を投げる。「皇帝がいないなら、貴女でいい。訊きたい事がある」 ライトもまたその視線から逃げる事なく、言った。NEXT |
見上げた空は、悲しいほどに綺麗で。