大切なモノは亡くしてから気付く、ってよく言うけど。 それじゃあもう遅いっていうのも事実だ。 確かに亡くした分強くはなれるかもしれない。 それを乗り越えて、教訓を得て、一回り大きくなることはできる。 でも、既に亡くしてしまった“それ”に関しては、遅い。 取り返しがつかないものもまたある。 例えば命。時に、愛。 亡くす前に気付けるのが一番いいけど、俺達の視界は案外狭い。 我武者羅に走っている時は前しか見えない。 卑屈に下を向いている時は足元しか見えない。 そして過去に焦がれる時は、後ろばかり見ているだろう。 そんな事ない、と君は言うかもしれない。 でもそんな瞬間が無い人間なんかいる筈がないのさ。 俺も沢山間違えて、後悔して、亡くして、今此処にいる。 亡くすまで気付けなかった人間の一人だから、同じ想いをして欲しくない。 その為に必要なのは何か、今から一緒に考えよう。 思いつめたらとりあえず空を見て、ため息吐いて、さあぐるっと一回転! 360°の景色を目に映して、それでも足りない死角に思いを馳せて。怖がらずに、君が亡くしたら一番辛いものを考えよう。 思い出せばいい。 そうすればきっと、君は亡くさない為に強くなることができるから。 正義のミカタの不在証明*5*餞別の行進曲 この展開は、今までにもあっただろうか。アルティミシアは約百年分の記憶を掘り返す。 契約者ゆえライトは確実に死ぬ。その理由と事実を、ライト本人に伝えて反応を見る輩は今までにもいた。それをやったのは主にエクスデスで、その場合ライトは高確率で自殺を図ることになる。 別のケースもある。ライトの死を未然に防ぐ方法があるか否か。模索する中、ライト以外のメンバーに未来を教えた場合だ。いずれにせよ良い結果が得られた試しはない。真実を信じられずパニックになる者、疑心暗鬼に陥る者−−大抵が発狂して自陣の崩壊を招いた。 だが自分達が行動を起こそうが起こすまいが悲劇は免れられない。ライトの惨殺死体をオニオンやティナが見つければまず確実に発狂。 時同じくして死ぬセフィロスの遺体を見つければクラウドが、クジャの遺体ならジタンが。その果てにあるのは味方同士の殺し合いという無残極まりない結末だ。 またその最中でゴルベーザかセシルのどちらかが死ねば、残った片方が暴走する事は間違いなく。運良く数多くの戦士が生き残れても粛正は必ず起きる。 幾重にも絡み合うルール。それが運命を強固なものにしている。そんな中で。−−初めてかもしれませんね…ライト本人が、私達に真実を尋ねて来るなんて。 彼自身、この戦いの不可解さには気付いていたのだろう。どの段階で決断に至ったかは定かでないが−−コスモス陣営のリーダーにして闇の討伐に使命感を燃やす彼が、時の魔女たる自分を訪ねて来る。不思議な気分だった。 さあ果たして、吉と出るか凶と出るか。「…なるほど。闇のクリスタル…か」 ライトは俯いて、何かを考えこんでいる様子である。 彼に真実の一端を話すこと。打ち明けること。これは完全にアルティミシアの独断だった。皇帝が聞けば怒るかもしれない。 しかし、肝心の本人がまだ異世界から戻ってきていない。それにあからさまにヘルパー達の眼がある中で計画を遂行するのは気が引ける。既にこの世界が捨て石になる可能性が高いだろうと魔女は見ていた。 だったら。少しでも有意義に使いたい。そう思うのは悪い事ではあるまい。「…自ら死を選びますか?」 考えこむ勇者に、静かに問いかける。「貴方の存在…正確には貴方の体に埋め込まれた闇のクリスタルの力を借りて、 神竜は輪廻を繰り返している。闇のクリスタルを砕かなければ我々の勝負は永遠につきません」 そして闇のクリスタルの破壊は即ち、宿主たる彼の死を意味する。 だから、真実を知らされた彼はいつも自害を繰り返してきた。自らの体内のクリスタルを破壊し、この永遠の闘争を終わらせ−−仲間達を救い出す為に。 偽善者だと、彼を笑うのは簡単だ。自らを犠牲にして誰かを守ろうなんて馬鹿げていると本当に思う。そうやって守られた誰かに−−どれほどの傷を植え付けるかも知らないで。 いつかの世界。自分を庇って皇帝が死ぬケースも何度かあって−−そのたびに思ったのだ。偽善と欺瞞で得られる幸福など無いのだと。自分は、愛する人に守られるのも護って死ぬのも御免だと。 だけど。 そこに有る覚悟の重さを理解できないわけじゃない。その真摯な想いを否定する権利なんて誰にも無い。 それに、ライトの自己犠牲精神は何も無い自らの未来への怯えもあってだと知っているから−−何も言えない。 矛盾していると分かるけれど。自分には彼を否定も肯定も出来ないのだ。 ただ分かるのは。いつか彼らが心で道を選んだ時、自分達はその覚悟に真正面から向き合わなければならないということ。ただそれだけだ。「自害…か。本当はそうするべきなのだろうな。私が存在する事で、皆を苦しめ 続けているというのなら」 その言葉に、アルティミシアが驚いた理由は二つある。一つはライトが随分あっさりと自分の話(輪廻の事や神竜の事、闇のクリスタルの事など)を信じたこと。二つは、意外なほどすんなり彼が真実を受け止めているらしい事だった。「…疑わないのですか、私を。私は魔女で、あなた方の敵ですよ」 その疑問の一つを口にすれば、彼はフッと悟ったような笑みを浮かべる。そういえば彼が笑う顔を正面から見たのも、初めてかもしれない。 初めてだらけだ、今日という日は。「私の知る限り、嘘をついている人間は」 勇者は真っ直ぐに魔女の眼を見た。「そんな風に、真っ直ぐな眼はしていないさ」 真っ直ぐなのは貴方の方だ、と言いたかった。綺麗な綺麗な青い瞳。綺麗すぎて、目を逸らしたくなるほど。 どうしてだろう。その手が汚れていない筈は無いのに。「…戯言を」 見ているのが苦しくなって−−ああそうだもしかしたら、偶にスコールが仲間に見せる真摯な眼に、似ているからかもしれなかった−−つい毒を吐く。「怖くないのですか、真実が」「そう見えたなら心外だが」 そんな筈ない。アルティミシアとて分かっている。あまりにも重たすぎる運命に怯えない筈がないと。 それでも尋ねずにいられなかったのは、きっと。「怖い。とても。何の為に生まれたか分からないまま、自分が誰かも知らないまま…死ぬなんて」 彼が強いのを知ったから。同時に同じくらい彼が弱い事にも気付いたから。 それは畏れを隠せる強さと、隠さずにはいられない弱さ。「だけど、もっと怖い事が別にあって」 なんだか、セフィロスと似た話し方をする人だ、と思った。何かを考え考え言葉を紡ぐ様子が似ている。今までライトとまともに話した事が無かったから気付かなかったけれど。「死が確定的と知って。いつか来るかもしれない解き放たれた未来の中に自分がいないと知って…ほっとした。ああそうだ、安堵したんだ。誰かも分からぬ自分 という恐怖から解放される事に。未来を悩まずに済むという事に」 最低だ、と彼は呟く。小さな、しかしあらゆる感情がないまぜになった声で。「逃げられると思ったんだ。皆は必死で戦って生き抜こうとしているのに。…私 はそんな、自分の感情が一番怖い」 逃げたいと願った自分に、絶望したと彼は言う。それこそが彼の強さでもあると、多分本人は気づいてないのだろう。 別に。 アルティミシアが敵陣営の頭とも言うべき彼に、気を使う理由など無い筈だった。彼が何に思い悩もうが傷つこうが知った事ではない。自分は最終的に、記憶を取り戻して輪廻を断ち切る事さえできればそれでいいのだから。 なのに。「私は…自ら死ぬ事が、必ずしも逃げとは思いません。だって自分の命だもの。 誰かに指図されるいわれなんてない。死ぬのだって貴方だけが持っている権利の一つ…そうでしょう?」 どうして、こんな言葉をかけているのだろう。「だから。…これはただ、一つの事実。されど確かな真実」 スコールの仲間だから?鍵を握る契約者の一人だから? ああ、自分でもその理由が分からないけれど。「貴方が死んだらスコールがきっと悲しむ。その涙を見て私も悲しむ。私が泣いたら…もしかしたら皇帝が悲しんでくれるかもしれない。貴方の死を契機に悲し みが広がるの。…それだけの価値が貴方にあるって事だけは、忘れてはならない と思います」 心で決めた道は他の誰かにはねじ曲げられない。だからこそ、悔い無き選択を。「貴方が全て知った上で死を望むなら、それが一番正しい道。違いますか?」 自分も、選びたい。 今まで山ほど間違えた分、いつかきっと。「……そうだな」 長い沈黙の後、光の戦士と呼ばれる彼は一つ息を吐いて−−立ち上がった。「決めた。とりあえず、生きてみる事にするよ。生きている間はいくらでも考える事ができる。本当の決断を下すのは…それからでも遅くはあるまい」 魔女は目を見開いて、雄々しい姿を見上げた。 いつも彼は、真実を前に終わりを望んできた。少なくとも自分一人の力で生きる事を望んだ事は無かったのに−−。 今確かに。一つの絶対的なルールが、破られた。「アルティミシア」 背中を向けたまま、ライトは最後に自分の名を呼んだ。初めて聞く、慈しむような優しい声で。「貴女は多分本来…こちら側の人間だと思う。いや…もしかしてそれは貴女だけ では無いのかもしれんな。今までの私の眼が曇っていただけで」 自分は光なんかじゃない。闇の魔女なのよ、何を言ってるの−−と。反論する言葉は喉元まで出かかって、止まった。 もしかしたら自分が闇だと思い込もうとしているのは、他ならぬアルティミシア自身であったのではないか。今更ながらそう気づいて。「礼を言う」 そのまま立ち去る勇者の背を、魔女は無言で見送った。何かかけるべき言葉もあった気がするが、それがどうしても見つからなくて。 何一つ変わらない世界で、たった一つ変わったもの。 その意味を、アルティミシアは一人考える。また惨劇の果てに、全てが滅ぶ瞬間まで。 『ジタン』が持っていた籠が、やたらと重かった理由。それは籠の底に、数人分のピッケルと掘り出した鉱石を押し込んであったせいだった。 今までに集めた素材を一旦ホームまで持ち帰った彼の手には、七人分の籠。ただし大きさはまちまち。ティーダは自らに渡された籠をじっと見、ついつい苦笑したくなる。 『ジタン』に『クジャ』に『皇帝』に『フリオニール』。ヘルパー達が持っているそれと比べて明らかに小さい気がするのは−−多分気のせいじゃない。ピッケルも一回り小さいのを手渡されたくらいだ。 それだけ彼らに比べて自分達は非力ということ。いや、自分達が、というより彼らが怪力すぎるのだと信じたい。「この時間ならまあ、大丈夫かな」 『フリオニール』が時計を見る。「今から行く密林なんだけど。時間帯を誤ると面倒なモンスターが出るんだ。倒せないわけじゃないけど、捕獲道具を持っていくより今日は採集を優先したい。連中が山から戻る前に帰って来よう」 捕獲道具はかさばるから、持っていくとその分素材が持てなくなるんだよ、と『クジャ』が補足してくれる。討伐では駄目なのか、と尋ねたら捕獲の方がたくさん素材を剥ぎ取れて効率がいいんだと返された。 まあ、今日は自分達という足手まといがいるせいもあるだろう。モンスターになるべく遭遇しないようにというのは彼らの気遣いだ。「本当は雪山に行こうかと思ったんだけどね。君達の軽装備じゃ自殺行為だから。その点、密林は気温の変化が少なくていい。雨が多いけど」 なんだろう。そんな場合じゃないのかもしれないが、ちょっとワクワクしてくる。なんだか、初めてブリッツボールに出会った日のような気分だ。 ティーダは思い出して−−すぐに忘れようと努めた。 ブリッツの事を考えると、同時に自分の父である人の事まで、強く思い出してしまうから。思い出すのは、辛い。だって。 自分はきっと死ぬまで、彼を赦せないのだから。NEXT |
杖を振る指先で、違った音色を奏でたのなら。