魔女の概念は一つじゃない。 この物語に出てくる魔女、アルティミシアの事は君もよく知っているだろう。 彼女の世界においての魔女は、別の魔女から特別な力を受け継いだ女性を指す。 受け継ぐ側の女性にも相応の力は必要なんだけどね。 また、ある世界の魔女は、とある国で魔力を操る者全般を指すそうで。 さらに別の世界では、人間社会を裏で動かす魔法使いの女性を指す。 あとは実際の魔法は使えないけれど、言葉巧みに争いを誘発し愉しむ女性。 彼女達も魔女と呼ばれていたね。 実はこれは皇帝の一族未来の子孫に当たるんだが――まだこの話は早いかな。
魔女は多くの世界で畏怖され、祀り上げられ、あるいは虐げられてきた。 が、例外もある。 魔女の存在そのものが高次元であり、人間と同じレベルで関わらないケース。 そんなパラレルワールドの魔女達は、同族を重んじ人間を見下す。 人間を駒と見るのが当たり前になっている彼女達はアルティミシアに驚いた。 かの時空の魔女・アルティミシア卿が、人の世界に堕ちて力を弱めた、と。 実際アルティミシアは彼女らのような魔女達の中では異質だった。 潜在的な能力は素晴らしいし、本気になれば一人でこの世界を脱出できたのに。 一人の人間に固執して無意識に力を封じた結果、閉じ込められたんだから。
少しだけ、そんなアルティミシアの同族について紹介しておこう。 “彼女”は今のアルティミシアの生き方をよしとしない。 今までもこれからも、アルティミシアや俺達の前に立ち塞がるだろうからね。 そう――あの身勝手で傲慢な、“災禍の魔女”は。
正義の ミカタの 不在証明
*7* 災禍の前奏曲
昔の事を、少しだけ思い出す。 殆どの記憶は、積み重なった悲劇の向こうに薄れてしまったけれど。時々、僅 かな欠片が蘇る事があるのだ。遠い遠い、何十年、何百年前の事だったかも分か らないまま。 時の魔女、あるいは時空の魔女アルティミシア。その名と力が有名になったの は、アルティミシアが本来いた世界に限った事でもない。 山ほどある並行世界や別世界にもまた、その名は広まっていった。時には名声 として、時には悪名として。 アルティミシアは魔女の中でも位が高い。故に、自分に勝手な幻想や理想を抱 いて近付いてくる者も少なくなかった。 “彼女”もまた、そんな一人。
『あたくし、アルティミシア様を心よりお慕い申し上げているんですのよ』
美しい娘だった。アルティミシアと似て非なる力を持つ、魔女の一人。まだ魔 女になってさほど時を得ていない事は見て取れた。素晴らしい素質を持ちながら も魔力の使いどころを知らず、礼儀を知らず、何よりも世界の理を知らなかった 。
『お噂はかねがね窺っておりますわ。時を圧縮し、自分だけの世界を作る為なら ばどんな残虐な魔法も厭わないと!』
なんて素敵なのかしら!と娘は頬を染めてみせる。
『だってそうでしょ?あたくし達魔女を否定し、見下してきたクズどもに思い知 らせてやることができるんだもの!!人間なんてゴミ以下よ!ああ、あたくしも早 くアルティミシア様のような偉大な魔女になりたいですわ…!!』
“彼女”は力に溺れ、出逢った時には既に狂人でしかなく。勝手な尊敬をアル ティミシアに押し付けて寄り添おうとした。 その度に語るのだ。 早く人間どもを皆殺しにして魔女の国を造りたい。人間どもをペットにして、 飽きるまで残虐な殺し合いをさせてみたい。逆らう者は何度でもいたぶり殺して 、何度でも蘇らせて地獄の苦痛を味あわさせたい。それはどれほど楽しい事だろ う−−と。 そんな“彼女”に、アルティミシアが抱いたのは憐れみだけ。あの頃自分がど んな想いで理想を追いかけていたのか、それはもはや思い出せないけれど。 でも、少なくとも“彼女”のように、人間を見下して生きた事はない。確かに 魔女を迫害してきた者達は憎い。だが、“彼女”の思想にはひとかけらとて共感 する事ができなかった。 そんなある日−−ああ、何があったのだっけ。 ある日突然、“彼女”は怒り狂って自分の側からいなくなった。何故だったか 。
『失望しましたわっ…まさか貴女が……なんて』
憎悪と憤怒に染まった顔で、あの娘はなんと言った? ああそうだ、思い出した。
『貴女が人間なんかをまだ愛してるだなんて!!貴女の理想がそんなくだらない理 由で築かれたものだったなんて……!!』
愛。 そうだ、自分は愛する人の為に−−。全ては本当に小さな願いで−−。 それが、人間を蔑み罵倒する“彼女”の琴線に触れた。勝手に尊敬してきたの はあちらだというのに、勝手に裏切られたような顔をして自分の元を去ったのだ 。 それがほんの少し、ほんの少しだけ悲しかったのを覚えている。分かってもら えなかった事が残念だったのだ。その理由は、その感情は魔女たる自分にとって 最も大きくて大切なものだったから。 もはやその片方を、自分は思い出せないけれど。何の為に時間圧縮を願ったの かすら忘れてしまったけれど。 誰かを、何かを愛する想いだけは、消し去る事ができなくて、今また自分は此 処にいる。まだ、この両手で何かを守ろうとしている。例えどれほど罪に汚れて も。
−−貴女は今も何処かで見ているのかしら…アルルネシア。
災禍の魔女−−アルルネシア。アルティミシアに憧れて、その名を模し、理想 を違えて消えた残虐な少女。いや、さすがに今はもう“少女”では無いだろうが 。
−−ならば、最後まで見届けなさい。かつて無限に最も近い力を持つと謡われた 時空の魔女、アルティミシアの生き様を。
自分は愛を忘れない。忘れないことで強くなり、過酷な現実をも生き抜いてみ せる。 アルティミシアは短い追憶から、目の前の現実へと思考をシフトした。刃は下 ろしたものの、まだまだ怒気を漲らせているクラウドがいる。 百年にも及ぶ長い輪廻の中で。彼は発狂率の異常に高いメンバーの一人だ。今 まで何回殺されたことか。刃が首筋の肉に食い込み、骨を砕き、胴体から切り離 される苦痛を思い出し−−思わず身震いする。 ああいった感触は、何回やられても慣れない。慣れていいものでもないのかも しれないが。
「…なるほどね」
クラウドの話を聞き終え、一つため息をついた。 彼の話を要約するとこうだ。自分の元を訪れたライトはパンデモニウムを去っ た後、仲間達にこんな話をしたという。 自分は恐らく、近いうちに命を落とすか行方をくらます。しかしどうか動じず に、真実を見極めて欲しい−−と。 その意味することが何かまでは分からない。ただ彼は言った。自分達の本当の 敵はカオスでも、カオスに召喚された戦士でもない。無意味に血を流さずに済む 方法を探して欲しい、と。 そして宣言通りに、彼は行方不明になってしまった。その後、ライトが話の直 前にパンデモニウムに出入りしアルティミシアに会っていたことが分かり−−彼 は今この場にいるのである。
「お前はあの人に何を吹き込んだんだ。あの人がもうすぐ死ぬというのはどうい う意味だ。あの人は何故いなくなった。そして…カオスが本当の敵ではないだと ?」
そんな事誰が信じられるものか。青年は吐き捨てるように言った。それは押さ え切れぬ憎しみを、叩きつけるような声であった。 クラウドには認める事ができないのだろう。カオスが−−否、セフィロスが自 らの敵でないかもしれないのだと。彼は殊更好敵手を憎悪している者の一人。記 憶は無いだろうが、彼を敵視する事で前に進んで来たタイプなのだろう。 致し方ない事ではある。そもそも神々は、お互いが憎みあうようなメンツをあ えて揃えてきたフシがあるのだ。 本当の敵がいるとすれば。彼はセフィロスを排する理由を失う。また、今まで の戦いそのものが無意味であったと認めざるおえなくなる。 それはなるほど、耐え難い事であるのは間違いない。
「…あなたの考えは正しい。確かに私は彼に伝えました…真実を。そう、残念な がら真実なのですよ。貴方が疑うのは自由ですが、私は何一つ嘘はついていない」
どうするべきなのだろう。アルティミシアは悩んだ。今のクラウドにはまだ発 狂の兆候は無い。しかし、真実を全て知って尚彼が正気を保てている保証は何処 にもない。 今までの世界でもそうだった。クラウドに限らず、コスモス陣営の様々な面子 に情報を与えて反応を見る。そんな実験を、自分も皇帝も何度も繰り返してきた 。 だが大抵、こちらの言葉など彼らは聞き入れてはくれない。否定した挙げ句自 らで事実を探りだそうとして疑心暗鬼に陥り、自陣やカオス陣営を巻き込んで自 滅するケースが少なくなかった。 クラウドなど特に顕著なのである。ここで全てを話しても、どれだけマシな方 向に転んでくれるのか。確率はかなり残念な数値になるだろう。 「それに忘れないで欲しいのは、私から彼に話したわけではないという事。先に この世界のシステムを疑って私に相談しに来たのはライトの方です」 「そんな話を信じろと?」 「言ったでしょう。疑うなら好きにすればいい、と」 話すべきか、話さないべきか。この状況で下手な言い逃れはできまい。半端な 嘘をついてそれが見破られれば信用はますます失墜する。たが語ればクラウドの 暴走行動を誘発するかもしれない。
「…彼がこの世界に、どこに疑問を持ったか、分かりますか?それが分からない なら、貴方に話す事は何もありません。例えこの場で貴方にまた斬り殺されても 」
アルティミシアは−−クラウドを試す、という道を選んだ。吉と出るか凶と出 るかは分からない。でも。 もし彼が自らの力だけで、世界の矛盾に気付けたなら話してもいい。 自分達を取り巻く、この鳥籠の世界、自分の知りうる全てを。
なんとなーく、予感はしていたのだ。密林のそのエリアに入る手前で、ティー ダが渋い顔をした時点で。 なんか面倒くさい事が起きそうでヤダ、と彼は言った。が、洞窟に入らない事 には貴重なキノコや骨が手に入らない。説得すると渋々彼は了承。フリオニール は皇帝、ティーダ、『クジャ』、『ジタン』、『フリオニール』『皇帝』と共に その場所に足を踏み入れた。 まるで天窓のような広く日差しが差し込む洞窟の奥地。なるほど、ぬかるんだ 地面には色鮮やかなキノコが群生し、シカの希少種であるケルビーがピョコピョ コ跳ね回っていた。確かに貴重な素材が期待できそうではある。あるのだが。 その場所に足を踏み入れて一分も経たないうちに−−ティーダが予見した“面 倒事”は起こったのだ。バッサバッサという重たい羽音と共に。
「あっちゃ〜来ちゃったね、面倒くさいのが」
『クジャ』が実に脳天気な声で言う。その声に危機感は微塵も感じられない。 いや実際、彼らは慣れているのだろう、この程度の“大物”には。 だがフリオニール達にとってはそうではない。むしろ大問題だ。 「気味の悪い眼だ。フェイスペイントか?趣味が悪い」 「「いや、お前が言うなよ!」」 ぼそっと呟いた皇帝に、思わずティーダと一緒にツッコんでしまうフリオニー ル。 それにあの顔は化粧じゃないだろ、どう見ても。
クギャァァ−−!
怪鳥が高らかに声を上げた。近くでよく見ると分かる。自分達の身長の軽く二 倍はある背丈。ピンク色でぶよぶよの体皮が気持ち悪い。 胴体の割に、翼は大きく無かった。もしかしたら長距離飛行はできないタイプ かもしれない。
「イャンクックだな。亜種じゃないから、あんま強くない。火、吐くけど」
いや、さらりとそんなとんでもない事言われましても。 怪鳥がぎょろり、とした眼でこちらを見る。そのまま威嚇するように雄叫びを 上げ−−なんと勢いよくこちらに突進して来た。
「ちなみにここいらのモンスター、総じて人間が大ッキライ。超目の敵にしてる から気をつけてね☆」
だから☆つけて言うような内容じゃないですから!ってかそういう大事な話は 来る前に教えてくれませんかマジで!! 心の中で盛大にツッコミを入れながらも、フリオニールは素早くドッジロール 。どうにかイャンクックの突進をかわすも、暴れる羽根が掠めて冷や汗をかく。 そんなギリギリなフリオニール達をよそに、ヘルパーの四人は涼しい顔で洞窟 の隅に避難している。
「まあ、訓練にはいい機会かもしれんな」
そこに来てあちらの『皇帝陛下』が見事な爆弾発言を投下してくれた。
「我々は殆ど手を出さん。貴様達三人だけでなんとかしてみろ」
こいつ、やっぱり『皇帝』だ。ドSだ鬼だとフリオニールは心の中で涙を流し た。
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未だ魔女幻想に終わりは見えず。