「着いたぞ。」 ようやく目的地に辿り着くと、その場にぐったりと横になった 。 「酔うなぁ……闇の回廊……。」 「気持ち悪い〜。」 「うぇ……僕もう駄目……。」 倒れている三人を余所に、マティウスとファフニールはケロリ としていた。 もっとも、ファフニールはあまり体調が良い訳では無いのだが 。 「うわぁ…血生臭い世界だね。」 青年がキョロキョロと辺りを見渡す。 すると、向こうから何かが飛んで来る。 「あれは……神竜!」 マティウスが威嚇の声をあげる。 しかし、ロクサスがそれを手で制した。 「待って、何か変だ。」 見れば、神竜は何かから逃げるように身体をくねらせている。 フリオニールが起き上がると、神竜がこちらに向かって急降下 してきた。 「危ない!」 青年が弦楽器を爪弾き、水のバリアを作り出す。 神竜は勢い良くそれにぶつかり、そのまま地上に落下した。 「あ、ネク!」 ロクサスが指差す先には、青い服の少年が宙を飛び回っていた 。 肩には白い生き物を乗せている。 「ネク…相当怒ってるな……。」 側で苦しげに唸る神竜をロクサスが見つめる。 本来、異世界の住人がこうして干渉するのは良くない事だが、 今回ばかりは例外という事か。 どうやら、この世界の影響が、鏡面夢となっているのは間違い 無さそうだ。 見れば、無数のイミテーションがネク目掛けて襲いかかってい るようだった。 しかし、人間界慣れしたヘルパーの能力は、異世界から出た事 の無い者達からすれば驚異的である。 クラウドが以前話したことがある。 聖戦時のフリオニールの筋繊維を木綿糸に例えるなら、今のフ リオニールの筋繊維はピアノ線に相当する、と。 確かに最初人間界にいた時は、その重力の強さと空気の重さに まともに動くことすら出来なかったが、今はごく普通に活動出 来ている。 それを長く続けてきた彼らの能力は、恐らくレベル200の混沌 神すら一捻りだろう。 事実。神をも凌駕すると言われていた神竜が、今目の前で敗北 を期している。 「ネクってば、大胆だなぁ。」 あっけらかんと言うこの青年もまた、そうしたメンバーの一人 である。 見た目はただの軽いノリの青年だが、イタチーズの一員だ。 本気を出せば、世界一つ丸っと吹き飛ばせるだろう。 だからこそ、召喚士の管理が必要ということか。 「おのれ……貴様等、一体何者だ……。」 神竜が呻きながら首をもたげる。 その時だった。 怖がったファフニールが、眠っていた力を発揮させてしまった のだ。 「怖いの!ファビィ怖いのーーーっ!!!」 暴走したファフニールは、神竜から生命力を一気に吸い取った 。 力を奪われた神竜は、重力に従い頭を地面に落とす。 辺りに静寂が広がった…。 「ファフニール…お前……。」 フリオニールがファフニールを見つめる。 ファフニールの持つ力は、マティウスの“いやし”の力と正反 対の力…“搾取”だった。 「怖い……ファビィ、もう帰りたい……。」 震えるファフニールを、マティウスが撫でる。 しばらくして、イミテーションを殲滅したネクが、こちらに降 りて来た。 「これで…未来は変わるかな……。」 そう。 神竜の力により、輪廻を繰り返す世界。 それこそが、鏡面夢の原因だった。 この世界の住人達は皆疲れ果て、いつ終わるかも分からない闘 争に流され続けていた。 ある者は発狂し、ある者は記憶を失い、世界はずっと争いを繰 り返してきた。 結果、その歪みが鏡面世界を歪ませ、ネクが怒った訳である。 同じことを繰り返す時空の歪みは、鏡面世界に一番影響しやす い。 無理矢理時を戻しているのだから当然ではあるのだが。 「しかし、驚いたな。その蛇、随分物騒な能力を持ってるんだ な。」 ネクがファフニールを見つめる。 ファフニールが、悲しそうに俯く。 「ごめんなさい…。」 「いや、そういうつもりで言ったんじゃ…。」 「ごめんなさい!」 ファフニールが涙混じりに叫んだ。 「ファビィ、本当は知ってたの…。ファビィの力は、危険なん だって…いらない力なんだって…知ってたの……。」 「そんなこと……」 「でもファビィ…生まれて来たかった……マティの子供に生ま れたかった…!」 ついに泣き出してしまうファフニール。 フリオニールは、何と言葉をかけて良いのか分からなかった。 ファフニールは、弱々しく呟いた。 「ファビィがいたら…お花、枯れちゃうの…。お魚も、浮いち ゃうの…。 ファビィ、いらない子なんだ……。」 「そんなこと無い、ファビィは私の大切な子だ。」 マティウスがファフニールを抱き締める。 フリオニールは、戸惑っていた。 ずっと嫌われていると思っていた。 ファフニールは、自分に対し良い感情を抱いていないのだと。 しかし、実際は違った。 逆だったのだ。 ファフニールは、自分がフリオニールに嫌われているのだと、 ずっと思っていたのである。 自分の持つ力を、フリオニールが疎ましく思っているのだと、 そう思い込んでいたのだ。 フリオニールが戸惑っていると、周りに人の気配を感じて振り 向く。 そこには、この世界の住人達が敵意を露わにして、武器を構え ていた。 「お前達…一体何者なんだ…?」 この世界の義士が、武器を構えて尋ねてくる。 無理も無い、あの神竜を一捻りにするような存在を、彼等が見 逃す筈は無いのだ。 「いや…俺達は……。」 フリオニールが口を開こうとした、その時だった。 ファフニールに向かって短剣が投げ付けられ、義士の手の中に 引き寄せられてしまったのだ。 「ファビィ!」 マティウスが叫ぶ。 それをきっかけに、戦士達が一斉に襲いかかって来たのだ。 罪も無い彼等を攻撃することは出来ない。 ネクはクルリと身を翻すと、水溜まりを介して鏡面世界へと帰 ってしまった。 「ちょ、帰るなよ!」 上手く攻撃を避けながら、ロクサス達は戦士達をあしらう。 フリオニールは、義士の手の中でうなだれるファフニールに、 義士が武器を振り降ろす瞬間を目撃した。 咄嗟に、身体が動いた。 気が付けば、振り降ろされる寸前の刃を、その手の平で止めて いた。 深く切れた手の平からは、赤い筋が腕を伝う。 「返せ………。」 フリオニールは、目の前の自分を睨んだ。 「こいつは…ファビィは…俺の子だ……!!」 力任せにその刃をひしゃげ、ファフニールを奪い取り、その身 体に蹴りをかます。 加減出来ず放たれた攻撃は、義士に相当なダメージを与え、義 士は壁に叩き付けられて地面に落ちた。 「誰が何と言おうと…例え災いを呼ぶ者だろうと…ファフニー ルは、俺の大切な子供なんだ…!」 ファフニールが、ピタリと泣きやんだ。 自分を抱き締めるフリオニールの目を見つめる。 その表情は真剣で、ファフニールはようやく理解した。 自分は、マティウスの子であり、半身であり、フリオニールの 子であるということを。 そして、望まれて生まれて来た、ということを。 フリオニールは、自分を嫌ってなんかいなかった。 こんなに、愛してくれていたのだ。 ファフニールは、先程とは別の涙を零した。 「パパ……。」 ファフニールは、初めてその言葉を口にした。 優しい手が、ファフニールを撫でる。 「どんな危険な力を持っていたとしても、変わらないよ。ファ フニールは、俺の子だ。」 フリオニールは、ファフニールを胸元にしまった。 それを見ていたマティウスが、嬉しそうに微笑む。 いつしか、戦士達の手も止まっていた。 愛情溢れるその姿に、誰もが戦意を失った。 そして、傷付いた義士の側に現れたネクは、持っていたドリン クを義士に手渡した。 キュアドリンクである。 「生まれて来てくれて、ありがとう…ファビィ。」 フリオニールの言葉に、ファフニールがそっとその肌にすり寄 る。 初めて。 ファフニールがフリオニールに懐いた瞬間だった。 −−−−−−−− 朝日の眩しさに、ファフニールが目を覚ます。 側にいたマティウスにすり寄ると、マティウスがゆっくりと起 き上がる。 「おはよう、ファビィ。」 「あのね、夢、見たの。ヒラヒラ、ヒラヒラ、綺麗なの。」 「ほう…。」 「パパがね、ファビィ抱っこして、暖かいの!」 「そうか…。」 「ファビィ、お外行きたい!ファビィ、お散歩、行くの!」 マティウスが外を見れば、満開の桜が誘うように風に揺れてい た。 「知っているか、ファビィ。桜の花というのはな……。」 散り往く花びらが 街を彩るけど 最後の時なのと 風が教えてくれた End ---------------------------------- 元はレモンライム様のすばせかサイトのファンだった煌。 それが異説別館を始めたと聞き及び、伺って一目惚れして、 叫びながらリンクさせていただいたら…。 相互のみならずこんな素敵な頂き物までいただきました。嬉 しすぎてもう言葉が出ません。 レモンライム様のサイトの設定をお読みになられるのがいち ばん早いかと思いますが、ちょっとだけ。 レモンライム様宅の美人皇帝陛下は、夜は人間の姿、昼は小 さなドラゴンの姿になります。 皇帝陛下と義士の息子であるファビィは逆で、夜ちっちゃな ドラゴンの姿なんですね。 で陛下がママで義士がパパ、と。子竜姿のマティとファビィ が本気で可愛いのです。 で、つい皇帝義士ファビィで親子愛シリアスが読みたいと煌 が無茶言いまして…書いていただきましたvよっしゃぁ!! 桜の花は散り逝くさだめだからこそ美しい。最後義士の言葉 はそういう意味だそうで…涙腺が緩みます。 |