屋敷の裏庭で、赤い軽鎧を纏った少年が、銀色の毛並みの狐の腹に埋もれていた。今日。少年は母なる銀狐〈ぎんこ〉の元を離れ、新たな主の元へ行かなければならない。ヘルパー、オニオンナイトが親元に居られる期間は、僅か三日。生まれて三度目の朝日が登った時、子はたった独りきり、厳しい野生の世界に旅立たねばならない。このまだ生まれて間もないオニオンナイトもまた、今日を境に一人前の玉葱剣士として巣立たねばならないのだ。「厳しいようだけど、それもまた一つの愛の形なんだ。」ロクサスが語る。ノーバディ等はもっと短い。たった一日である。生まれたその夜、ノーバディ達は巣立ち、生きていく。それが、この世界の掟。結局、頼るべきは己自身しか無い。厳しいようで、しかし理にかなった大自然の中。屋敷に訪れた一人の女召喚士の元へ、幼きオニオンナイトはもらわれていった……。-地獄の楽園- そのオニオンナイトは、元々は並行世界の住人だった。輪廻の闇に囚われた無限地獄のような世界で、オニオンナイトは暮らしていた。神竜に全てを奪われ、憔悴したオニオンナイトの心と魂を救ったのは、一匹の銀狐だった。いつからいたのか、何者なのか、それは分からなかったが、オニオンナイトにとってそんなことは大した問題では無かった。世界が巻き戻される度、記憶は消される。何故この銀狐がいるのか、何者なのか、その答えも恐らくそこにあったのだろう。ならば、どう足掻いても答えは出ないのだろう。実際問題、銀狐はオニオンナイトの敵では無い、ということは分かっているのだが。「お前は本当にフカフカで気持ち良いな〜。」その腹に埋もれて、眠るのが常になってきていたオニオンナイト。この殺伐とした世界で、その銀狐はオニオンナイトの荒んだ心を癒していた。イミテーションの気配を感じると、決まって銀狐はスックと立上がり、耳を立てて警戒する。オニオンナイトには気付けない僅かな気配にも敏感に反応するこの銀狐は、仲間達にも重宝されていた。「しかし、不思議だよな…。召喚獣が、ずっとこうして側にいるなんて。」側でイミテーションの気配を探っている青年、フリオニールの肩には、ツチノコ状の小さな蛇竜がチョコンと乗っていた。彼等は皆、召喚石から出てきたのだ。いつの間に手に入れたのかも分からない召喚石が、一部のメンバーのポケット等に入っていた。それを試しに使ってみた所、彼等が出てきたのである。「良く分からない…けど、僕達に害は無いし、重宝してるから、深く考えなくても大丈夫なんじゃないかな?」セシルが言う。普段ならすかさず“甘いな”と、クラウドが突っ込みを入れて来るのだが、何故だかこの件についてはクラウドも何も言わなかった。 これで何回目か。輪廻を繰り返したのは。全てを知るティーダは、その召喚石から出て来た者達の正体も、この世界のカラクリも、分かっていた。彼等は皆、並行世界の住人。ヘルパーと呼ばれる、異世界の生き物。それを知っているのは、ティーダと事情を聞いたフリオニールだけである。かの世界は、とても平和で。二人して羨ましいと言った記憶がある。しかし、返ってきたのは意外な言葉だった。「…地獄の楽園〈クリミナーヘヴン〉……か。」ポツリ呟くフリオニールに、オニオンナイトが不思議そうに首をかしげる。「地獄の楽園?何それ?」「いや。ふと思っただけだ。」もし、この世界の輪廻が解かれたら。自分達は、一体何処へ向かうのだろうか。彼等と同じ世界に行きたいと思ったが、彼等もまた終わりのない輪廻に囚われ、死する事も許されないと知った。オニオンナイトが銀狐の腹に埋もれて、いつの間にか寝息をたて始める。明日も早い。フリオニール達も交替で眠りについた。−−−−−−−−−金色の尻尾に顎を乗せて、赤い軽鎧を纏った少年は目を覚ました。懐かしい夢を見た。まだ自分が輪廻に囚われ、終わり無き闘争に巻き込まれていた時の夢だ。オニオンナイトは、前世の記憶をよく覚えていた。普通、ヘルパーはある特別な一部の種を除き、大抵転生の度に記憶は消える。しかし、稀にこうして前世の記憶をもって生まれて来る者もいるのだ。オニオンナイトが生まれつき人語を流暢に話せるのも、そのお陰である。身体はまだ幼く成長しきっていない為、人の姿をとっても尻尾や耳が狐のままである。耳は特徴的な羽兜で隠せるが、尻尾はそうもいかない。取りあえず、腰布とマントで覆って、誤魔化す程度である。オニオンナイトは、飼い主である女召喚士と異世界に来ていた。召喚士の仕事は主に異世界の文化を持ち帰ることである。要するに、早い話が採取と狩猟である。この日のターゲットは、それほど強いモンスターでは無かった筈だった。 「トドメ!」ゴブリンを倒し、オニオンナイトは武器をしまった。尻尾についた返り血をペロペロと舐めとり、毛繕いをしていたその時だった。「!!」咄嗟に身を翻す。先程座っていた場所に、鋭い爪が振り降ろされたのだ。武器を構え、臨戦態勢に入るオニオンナイトの目の前には。「久方振りだな。最も、私の事など覚えていないか?」「………神竜!」白銀の鱗に覆われた巨大な竜が、オニオンナイトを睨む。忘れる筈などない。全ての輪廻の元凶である。だがしかし。今戦うには分が悪い。オニオンナイトはまだ気付いていない。ヘルパーとしてのオニオンナイトにとって、初めて戦う相手が遥か格上ということはザラなのだ。「仲間は助けに来ないぞ。やれるのか?貴様一人の力で。」神竜が嘲笑う。しかし、オニオンナイトは一歩も退こうとしない。彼の中に流れる、誇り高き銀狐の血が、それを拒んでいるのだ。母なる銀狐、ルーネスは、どんなに強大な敵にも、決して背を向けなかった。驚異的なスピードと集中力で敵の攻撃を躱し続け、ひたすら敵の隙を待ち続けた。そして。敵が根負けして焦り、空振ったその一瞬。たったその一瞬で、敵を薙ぎ倒したのだ。身体中傷だらけになっても、オニオンナイトの前で痛がる素振りも一切見せず、優しく毛繕いを施した。そんな誇り高い血が、オニオンナイトにも流れている。玉葱剣士とは、弱さの中の強さを象徴する伝説の称号なのだ。「やらなきゃやられる。それが野生の掟…。」オニオンナイトはようやく理解した。母なる銀狐が、まだ生まれて間もない自分を厳しい野生の世界に放り出した訳を。「僕は、強くならなければいけないんだ!!」生き残る為に。オニオンナイトは武器を構え直し、神竜を激しく威嚇した。 −−−−−−−オニオンナイトは、ふらつく足下を必死に支えていた。致命傷は避けているが、身体は裂傷や打撲でボロボロだ。それでも、決して退かない。ここで背を向ければ、その先に待っているのは死だけである。「虚勢を張らず尻尾を巻いて逃げていれば、助かったものを。愚かな…。」神竜が爪を振り降ろす。避け切れずに、また新たな怪我が増える。ついに地面に崩れ落ちるオニオンナイト。それでも、その視線は真っ直ぐ神竜を射抜き、逸らそうとしない。「ふん。つまらぬ。もう終いか。」神竜が牙を剥く。オニオンナイトは、激しい孤独感に襲われていた。誰も助けてくれない。飼い主ですら、オニオンナイトを守る術を持たない。ふと過ぎる、過去の記憶。あの頃は仲間がいて。たとえ輪廻に囚われていたとしても、そこにはいつも誰かがいて、支えあって暮らしていた。ヘルパーを羨ましい等と思った自分は、なんて愚かなんだろうとオニオンナイトは自嘲した。自分の身一つ、満足に守れない自分に、誰かを守る事など出来ない。オニオンナイトは、静かに瞼を閉じた。「…………?」予期していた痛みが訪れないことに、恐る恐る目を開く。そして、すぐに目を見開いた。「…え……?」神竜は、無惨に食い殺されていた。一噛みで腹をゴッソリ持っていかれている。この牙の痕には激しく見覚えがあった。「…………。」母狐は、ずっと見守っていたのだ。子が無事一人前になれるよう、見えない所でずっと支えてくれていた。独りじゃない。オニオンナイトは、尻尾に顔を埋めて涙を隠した。−−−−−−−−あれから、一月。オニオンナイトは、立派に成長した。といっても外見はほとんど変わらない。尻尾も耳も、相変わらずだ。そっちの方が便利だと気付いたからだ。今、オニオンナイトはかつての仲間達と共に、召喚士の女性のヘルパーとして日々を過ごしている。悠久の風が、オニオンナイトの金毛をサラリと撫ぜる。もう、二度とあの世界に戻りたいとは思わない。今日もオニオンナイトは、自身の10倍はあるかという巨大な獣に勇敢に立ち向かって行く。身体を流れる銀狐の血は、止まる事を知らない…。−−−−−−−−−“少年よ。どちらか選びなさい。元の世界に戻るか、それとも全てを犠牲に我が世界の住人になるか…。”一つの世界が終わりを迎えたその日。死神竜は地獄の楽園へと少年を誘う。地獄の楽園決して楽では無いが最高の世界End |
望む限り、そこに必ず天国は在る。
レモンライム様から戴きました、レモンライム様宅の世界観との素晴らしきコラボ!
最期天使のネタバレ色が強い(特に第三章)ので、アップをだいぶ遅らせていただいたのですが…。
一万ヒット記念に貰ったはずが、アップ時には既に二万ヒット過ぎているという事態に。あわわ。
オニオン君の男前ぶりとルーネスの母親ぶりに感涙です…うう!
神竜は最期天使の世界ではラスボスですが、“ヘルパー”になった魂の強さは別格なんですよ。
ちなみに此処に名前だけ出てくる女召喚士=煌という裏設定があるそうで。な、なんて光栄な…!
レモンライム様、本当にありがとうございますー!!
…こっちの相互記念作品遅くてすみませ…!(土下座)