愛に理由は要らない、きっと。
どうか、私と、ワルツを。
あの女は気紛れだ。いつだって気紛れなのだ。 おかげで自分はいつも振り回されっぱなし。コスモスが趣味で(絶対自分が楽 しみたいだけだ、アレは)携帯の電波を立ててからはより悪化した。
『昨日のご飯が余って困ってます。炒飯作りに来て!』
本日の呼び出しメールが、コレ。スコールは盛大に溜め息をついた。アルティ ミシアの奴め、人を一体何だと思っているのだろう。 「俺は家政婦でもパシリでもないぞ…!」 「とか言っちゃって〜律儀にいつも行ってあげるくせに!」 ひゅーひゅー、と口笛を吹くジタンに、そのへんにあった空き缶とティッシュ 箱を放り投げてやった。 パコーン、といい音。おおストライク!
「い…いつもながら激しいぜレディ…」
半ば本気でブン投げてやったのに、ジタンは地面に突っ伏してまだまだ元気だ 。そのまま埋めてやろうかと思う。フェミニストとセクハラは紙一重だといい加 減気付け。
「アルティミシアの奴に家事は任せられん。絶対にだ」
特に料理なんてやらせた日には、何が起こるか分かったもんじゃない。 仲は良いようで、彼女はしょっちゅう皇帝の所に転がりこんでいるようなのだ が。そこで料理を練習しようとして−−パンデモニウムを火事にしかけた。 爆発したキッチンには、焦げたヒヨコとソースとマヨネーズとあめ玉とビー玉 と靴と洗剤と−−とにかくワケの分からない物が大量に散乱していたという。 一体何を作ろうとしていたのか。尋ねたら“ケーキ”という答えが返ってきた 。上に挙げた材料でケーキに使うものなんぞひとっつも無い気がするのは気のせ いか!? とにかく。それ以来アルティミシアをキッチンに近づけるのは、両軍全てにお いて御法度扱いになっている。手伝わせるのもアウト。触った端から皿を割られ てはたまらない! 「でもさースコール」 「しつこいぞジタン。まだ言うか」 「ちょっ…灰皿は勘弁っ!死ぬから!!」 八つ当たり気味に灰皿を振り上げたスコールに、ジタンは尻尾を丸めて部屋の 隅に待避する。
「何だかんだでさ、スコール最近料理練習してるじゃん。クラウドが誉めてたぜ ?筋がいいって」
事実ではあった。 料理の上手いクラウドやティナに、スコールは最近習っている。レパートリー を増やさなければ、アルティミシアの栄養が間違いなく偏ると実感したからだ。 たまに皇帝が作ってやっているようだが、彼女はほっとくとすぐスナック菓子と ケーキに走る。 世話を焼いてやる義理なんてない、と思いつつ。気にしてしまうのは性分だろ うか。
「スコール絶対、いい嫁さんになるぜ!俺が保証するよ」
ジタンの何気ない一言に。スコールはピタリ、と動きを止める。
「羨ましいなぁ。将来のあんたの旦那さんがさ」
彼に悪気はない。だから何も言えなくなった。 悪いのは、大事な事を仲間達に隠し通している自分なのだから。傷つくなんて お門違いとわかっているのに。 握りしめた拳が震えるのは、どうしてだろう。
スコール=レオンハートという戦士は。多分、仲間達の中で最も未来の世界か らやってきた人間と言える。 最初自分達は皆、別々の世界からやって来たものと思われていた。しかし全員 が元の世界の記憶を取り戻し、照らし合わせてみると−−その認識が誤りである と分かる。 自分達は全員が同じ世界の出身。しかし、やって来た時代が数十年〜数千年単 位でズレているのである。 よってスコールがティーダの恩人の生まれ変わりだとか。その上未来のクラウ ドの孫なんじゃないかとか、そんな疑惑があったりなかったりするわけで。 ただ、確かなのは。スコールより後の時代から来た人間がアルティミシアしか おらず、誰もが元いた世界のスコールについてまったく知らないという事だ。
−−何で、こんな事が起きたんだ。
そっと、自らの胸に手を触れる。そこには女性特有の膨らみがあった。忌々し いほど、はっきりとした証が。 まだ記憶が戻って無かった頃から、違和感はあったのである。自分の身体は女 なのに、当たり前のように男言葉が馴染んでいるとか。生理が来た時自分でも訳 が分からぬほど動揺した事とか。 過去を取り戻して、全ての謎は溶けた。元いた世界で、自分は男だったのだ。 それがこの世界に召喚される時、ズレが生じて、女性の身体になってしまった。 しかも戻す手段がないという。コスモスから聞いた時は、死ぬほどショックを 受けた。 どうして。なんで。 柔らかい胸なんて要らない。子供を産む機能なんか要らない。だって自分が好 きな人は−−。
「どうしましたか、スコール?」
すぐ後ろでの声に、スコールはハッとして振り返った。
「手が止まってますよ?包丁握ったままボーっとしてたら危ないじゃないですか 」
自分の手元を覗きこんでいるアルティミシア。どうやら心配かけてしまったら しい。もしかしたら結構長い時間、トリップしてしまっていたのかもしれない。 「考え事をしていただけだ。気にするな」 「考え事…ねぇ?」 「大体、キッチンに入って来るなといつも言ってるだろう。自分の城でも火事を 起こしたいのか?それとも皿を割りたいのか?」 苛々してつい、キツイ口調になってしまう。こんな事が言いたいわけじゃない 。彼女なりに気を使ってくれていると分かっているのに。 どうにもならない現実を思い出してしまった。ジタンのあの一言がきっかけで 。 彼はスコールが本当は男だった事など知らない。元の世界では彼女がいたこと も。教えてないのだから当然だ。 彼だけではなく、アルティミシアと神々以外のおそらく全員が、スコールを“ 男っぽい女剣士”とでも認識している事だろう。 だから、スコールが何で悩んでいるかを知らない。知る筈もない。そんな仲間 達の悪意のない言葉が時として−−苦しくて仕方ない。 自分は、男だった筈なのに。
「スコール」
冷たいスコールの態度を咎める事もなく。温かな声が降る。
「私は、貴女を愛しています。昔も今も…何千年何百年経っても、それは変わら ない」
唐突な愛の言葉。いや、彼女のこっぱずかしい台詞など今に始まった事でもな いが。 何故だろう。今日はいつものように突っぱねる事ができない。 胸に沁みて、染み入って。その愛に縋りたいとすら、思う。 「そんな私にも話せない悩み、なんですか?貴女も…私を愛してくれてると思っ ていたけど、それは思い上がりなの?」 「アルティミシア…」 キッチンで、ムードもへったくれもない状況だけど。涙腺が緩みそうになる自 分は、まだまだ子供なんだろうか。
「…好きだから、悩むんだ」
いつもマイペースに自分を振り回して。ズカズカと人の領域に踏み入って。そ れは元いた世界から何も変わらない。正直、相当な迷惑も被ってきた。 だけど自分は、そんな彼女が好きだ。身体は女になっても、それは変わらなく て。
「ジタンに言われたんだ。お前は将来いい嫁になる…って。旦那になる男が羨ま しいって」
だから、苦しくて苦しくて。 いっそ心まで女になれていたら、どんなにか。
「俺は…男の事なんか愛せないのに。俺が好きな相手は…たった一人なのに」
自分はどうして男のままでいられなかったのだろう。せめてアルティミシアも 性別が変わってくれていたら、まだ良かったのに、変わったのは自分だけ。 その結果自分達は同性になってしまった。結婚もできない。子供も作れない。 世間から認められる事もない。 思い知ってしまえば、何もかも辛いだけで。
「…繊細で、優しい子」
後ろから、抱きしめられる。ふわり、と香る香水の匂い。 アルティミシアの、恋人の匂い。 「でもね。大事な事を忘れちゃいけない。…貴女が女になっても、私は貴女が好 き。だって私はスコールが男だから好きになったんじゃなくて、スコールだから 好きになったんだもの」 「…恥ずかしい事、堂々と言うな…」 「恥ずかしくなんか無いですよ。私はいつだって大真面目ですからね」 分かってる。彼女はいつも真剣に、一番欲しい言葉をくれる。誰より真摯な愛 をくれる。 だから、好きになったのだ。
「魔女を甘く見ないで。貴女が望むなら、どちらかの性別を変える事もできる。 長く生きすぎた私自身はもう無理だけど、私達の子供を、貴女のお腹に宿す事も できる」
でも、これだけは忘れないで、と。優しい魔女は獅子に言う。
「そんなモノが無くても、一番大事な気持ちは変わらない。私が好きな人は変わ らない。貴女は、違うの?」
いい女。料理が出来なくても、手先が器用でなくても、きっと誰もがそう言う 。アルティミシアはいい女だ、と。そしてスコールは彼女以上に貴い存在を知ら ない。 口には恥ずかしくて絶対出せないけど。 コスモスの清らかさですら、彼女の前では霞んでしまう。だって彼女は魔女だ から。言葉だけで白い魔法をかけてくれる、最高の存在なのだから。
「…ありがとう」
小さな声だったけど。後ろで笑う声がする。大丈夫、届いている。自分の想い も、彼女の想いも。
「とりあえず」
どうにか一つ息をついて、振り向く。彼女のいたずらっ子のような瞳と目が合 う。 「ピーマンが刻めない。離れてくれないか」 「あらあら?照れてるんだ?」 「照れてないっ!」 多分自分の顔は真っ赤になっている。説得力は皆無だろう。それでもどうにか アルティミシアを引き剥がして、みじん切りを再開。 電子レンジに入れて下茹でした人参(これをやると食べやすくなる、とクラウ ドに教わった)を取り出して、ラップを剥がしお湯を捨てる。 あとは賞味期限の切れそうだったウインナーを切って、たまごそぼろでも入れ れば充分だろう。 いつの間にかアルティミシアはキッチンを出て、居間のソファーでゴロゴロし ている。どこのオバサンだ、まったく。 片やオバサン化が進む、炒飯も作れない妖艶美女。片やエプロン姿で美女の世 話を焼かされパシられる元・男の女。 こんな凸凹なカップルもそうそういまい。
「ご飯食べ終わったら」
ソファーにひっくり返り。しかし色気だけは損なわない魔女は、無邪気な顔で 笑う。
「久しぶりに踊らない?二人だけで、ワルツを」
思い出す、もう戻らない懐かしい時間。久しぶり−−スコールが彼女と初めて 逢った時の事を言っているのだろう。 強引に手を引っ張ってダンスに誘われた。思えばあれが、何もかもの始まりで 。
「…悪くない、かもな」
素直なイエスは、今でも言えないけれど。絶望を乗り越えた先にある今なら、 悪くもない。 彼女が自分を好きで、自分も彼女が好きで。もう刃を向け合わなくて済むなら 、それはきっと。
「足踏んだら承知しないぞ」
きっとそれを人は、幸せと呼ぶのだろう。
どうか踊って下さいませんか。
私と二人で、最高のワルツを。
Happy End?
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一人きりで踊ったりしないで、独りきりで泣かないで。
ほんっとうに遅れてしまって申し訳ありません!
こねこねこ様に捧げる相互記念アルスコ♀小説です。甘々…のつもりだったけどなんだコレ。
今更ですがハッキリしました。煌、恋愛モノに向いてません…実は甘々書くのが笑えるほど下手です。
どうしてこう、シリアスになりきれないシリアスみたいな、しかしなんか粘着質な出来になる…!!
砂吐くほどの甘さを目指して自爆しました。こんなんでよければどうぞこねこ様…(逃走準備)
スコ♀の設定を生かそうと思ったら、どうしても生々しい表現になってしまいました。
あとアル様をはじめ魔女は子供を産めない…というのは個人的な設定だったりします。最期天使で出るかもしれません。