『残念ながら困ってるんだ。一番良い方法が思いつかない。だって君は一人しかいないのに、 俺は君を百万回だって殺してやりたいんだ』 カルマが踊る。 <前編> その話を。本来、フェイは誰にもしないつもりでいた。世の中には案外、 知らなくていい事や知らない方が幸せな事もある。最初のうちフェイはあの 出来事を、“彼らは知らなくていい話”と考えていた。 考えていた、のだけれど。「はぁ…良かったです、本当に」 元の時代に戻るキャラバンの中。天馬が溜め息を吐いた。「優一さんが凄い選手になって現れて…凄く嬉しかったんですけど。じゃあ もしかしたら代わりに剣城がどうにかなっちゃったんじゃないかって心配 しちゃって」「どうにかって?」「だって」ぎこちない笑みで、天馬が優一を見る。「だって…あの事故で、優一さん は剣城を庇ったせいで、足を怪我しちゃったわけだから。優一さんが怪我し なかったって事はその…剣城が怪我をしたのかなって」「あ、そういう事か。京介が俺に代わって半身不随になったんじゃないかっ て思った?」「そうです。だから事故そのものが起きなかったって聴いて、心底ほっとし ました。…あぁ、まあ…改竄された歴史に、良かったも何もないのはわかる んですけどね。いくらラレルワールドだからって、友達の…悲惨な未来は、 見たくなかったから」「はは、天馬君は優しいね。あのツンデレの代名詞みたいな京介が、懐くよ うになるのも分かる気がする」「懐くって(笑)剣城は犬ですか」 安堵がありありと滲む、天馬の声。優一の声も笑っている。空気を−−強 ばらせたのは、自分とワンダバだけだった。「ワンダバ…」つい、ワンダバの名前を呼ぶ。熊のぬいぐるみの姿をした監督が、その声 に答える事は無かった。それでも心なしか、その横顔は強張っているように 見える。ワンダバも知っている。何故なら彼も、フェイと同じものを見たからだ。 並行世界のあらゆる可能性。欠片。そのうちの一つに潜んでいた、苛烈なま での狂気を。「でも、確かに不思議なんだよね」 そんな自分達をつゆ知らず、優一が喋る。「俺が未来人なら…事故を無かった事にするより、事故を利用してインタラ プトに修正かけるけどな。本来の歴史だと、京介は雷門を日本一に導く、い わば立役者になるわけだろ。エースストライカーだし。だから京介がサッカ ーをやってると都合が悪いのはわかるけど…ちょっと修正の仕方が温い気 がする」「ですよね。確かに留学の話が持ち上がった結果、剣城は自分でサッカーを 捨てたけど…また始める可能性もゼロじゃない。でも、事故を利用すれば… 考えたくはないけど、剣城がサッカーをやる可能性を限りなくゼロにするこ とも出来たかもしれないのに…」フェイは二人を振り向かない。否、振り向けない、が正しい。きっと彼ら は今首を傾げて、ちょっと戸惑うような顔で会話をしているのだろう。それ くらいの、軽い疑問。しかし、実は彼らの疑念には、恐るべき真実が隠され ている。エルドラドがかけてきた修正。その中の一つが、天馬の過去の書き換えだ った。サッカーに命を救われた天馬。その事実をなかったことにして、天馬 の中からサッカーを消去しようとしたのである。そう、奴らは幼い天馬が事 故に遭い、豪炎寺に救われる事なく大怪我を負うように仕向けた。結果とし て、それは失敗したわけだけど。剣城の過去も、同じやり方で修正をかけたのではないか。天馬がそう考え、 疑問を抱くのは必然だ。剣城京介が事故に遭い−−命を落とさないまでも、 深刻な怪我を負えば。サッカーを消去したい奴らにとっても、限りなく都合 が良かった筈である。 奴らがそれをしなかったのは。「…天馬君。優一さん」 迷った挙げ句。フェイは口を開いていた。「その答え…知りたい?」フェイ、と。ワンダバが咎めるように自分を呼んだ。しかしフェイは首を 振ってそれを黙殺する。 知らない方が幸せなのは間違いない。だけど。 これは本当に、“知らないでいるべき物語”なのだろうか。「…僕は知ってるよ。何故彼らが、事故を利用した修正をやめたのか。…ね。 君達は、どうしても知りたい?」「フェイ…?」フェイの様子がおかしい事に気付いたのだろう。振り向くと、明らかに困 惑した天馬と眼があった。そんなに重要な話なのか、と。軽い疑問のやりと りがそんな真面目な方向に発展するとは、思ってもみなかったのだろう。「君のその様子から察するに…楽しい話じゃなさそうだね」 優一がやや堅い表情で言った。「だけど…自分のことだ。気になるね。…奴らが俺達の身を案じてくれたと は到底思えないし。理由があるなら知りたい」「…そっか。そうだよね」助手席のシートベルトを外し、フェイは二人のいる席の横まで歩いた。バ スの姿はしているが、これはあくまでタイムマシン。ドアを開けなければ危 険はないし、重力は常に一定方向に働くようにシステムが働いている。バス が揺れたりナナメになっても転んだりしない。そもそもああ見えてワンダバ の運転スキルは高いのだ。「…並行世界は、可能性の数と同じだけ存在する。実は未来人が干渉しよう としまいと、並行世界は日々毎秒刻みに発生してるんだ。多次元世界説って 言って、120年前にキラード博士っていう人が提唱した理論なんだけど」 その実、フェイもまだ理解しきれてなかったりするのだが。今回の事件、 何がややこしいって、襲撃者達もまた複数だという事である。パラレルワー ルドの自分達を利用して襲いかかってきている。おかげでまたパラレルワー ルドの発生率が上がり、事態を面倒にしてるのだ。パラレルワールドの数が必要以上に増えるのは、あまり好ましいことでは ない。本来の歴史がブレ易くなるからだ。まあ連中もそれを知った上で揺さ ぶりをかけてきているのだろうが。「その数多ある並行世界を使って、エルドラドは事前に実験をしたんだ。剣 城兄弟のあの事故。あれを使ってインタラプト修正を行った場合、未来がど う変わるのかをね。でも…何度実験を行っても、奴らの狙った通りにならな いばかりか、最悪にも近い結末になった。だからあいつらは事故を利用した 修正を諦めて、自分達がズラした歴史を自分達の手で再修正したんだ」だから、剣城優一も、松風天馬も。その世界で何があったのかなど“覚え ていない”。再修正された歴史に埋もれ、無かった事にされたのだから。こ ればかりは優一にとっても天馬にとっても、有り難い事だったに違いない。 あれが悲劇だったのは、自分達にとっても同じだから。「“剣城京介が事故でサッカーができなくなった世界”で何が起きたか。結 論を言うと」 思い出したくない。でも、思い出してしまう。フェイは唇を噛み締めた。「…一番最初のセカンドステージチルドレンとして目覚めた優一さんが。僕 達の目の前で…アルファを殺してしまったんだ」一瞬。何を言われたか分からなかったのだろう。天馬と優一、二人の顔が 揃って凍りつく。「……何でまた…そんな事に」「そういう反応するって事は、やっぱり覚えてないわけか」天馬の青ざめた顔を見て、フェイは小さく息を吐いた。覚えてなくて正解 だ。あんなのを、三回も見せられて−−平然としていられる筈もなく。彼の ような馬鹿正直な性格ならば、今後の戦いにどんな支障が出るかわかったも のじゃない。正直。あの時はフェイでさえ−−優一に恐怖と、怒りに近い感情を抱いて しまった。それくらい凄惨だったのだ。ああ、今でも思い出す。光を失って、虚ろに宙を見るアルファの眼。子供の体から流れたと思えぬ ほど溢れた血の絨毯と、その海に沈む細い肢体。呆然と立ち尽くす−−ある いは泣き叫ぶ、プロトコルオメガの面々。「…セカンドステージチルドレンとは。人間兵器と呼んでも差し支えない… サッカープレイヤー達の能力を更に高めて、優秀な兵士へと転用したもの。 これは既に天馬君には話したよね」「う、うん」「優一さんに…ひいては天馬君にも、なんだけど。それに極めて近い素質が あるのはなんとなくわかると思う。化身使い自体数が少ないのに、アームド までできる人間は更に稀だ」優一にそれだけの素質があるというのは、エルドラドが歴史を修正して、 あるいは並行世界を渡って初めて知った事だったろう。本来の優一はまだサ ッカーができるほど回復していなかったのだから。「化身の正体が何なのか。僕達の時代になっても、まだ分かってない事が多 い。でも一定の解釈は纏まってる。人の願う力…心の力が、異界の存在と呼 応し、呼び出してるんじゃないかってね。あぁ、このあたりあんまツッコま ないでよ?再三言うけど僕だってまだチンプンカンプンなんだから」並行世界の存在が確実となった時点で、並んで提唱された理論だ。要はフ ァンタジーにあるような“魔物の棲む世界”みたいのがあって、化身はその 世界から呼び出されているんじゃないかという。ここまで来ると立派なオカ ルトだ。学会でも賛否両論別れている為、まだ確立はされていない。ただ。天使や悪魔と呼ばれる存在は確かに“い”る。幽霊や亡霊といった 存在も然り。だから今やオカルト理論でさえ、確実に“な”いとは言い切れ ないのが現状だ。ライオコット島の天空の使徒と魔界軍団Zしかり。ゴッド エデンのシュウ然り。目撃者があれだけたくさんいる以上、少なくとも表立 って集団ヒステリーと断ずる者はいない。話は逸れたが。その“ゴッドエデンのシュウ”の存在が、後々の学会に多 大な影響を与えたのは事実だ。なんせ彼は幽霊。実体などないし、生命エネ ルギーなんて持ち合わせている筈もない。にも関わらず、化身を操り天馬達 とサッカーをしてみせた。これが意味することは一つ。化身は。術者の生命エネルギーが具現化した存在ではない−−というこ と。では生者と死者が共通して持ち得ていた力は何なのか?シュウは地縛霊 だ。願いと未練の塊だったと呼んでも過言ではない。願いの力ならば、生き ている人間も死んだ人間も等しく持つものかもしれない。「つまりだ。化身の力を扱える人間には、良くも悪くも強い意志があるって 事になる。…裏を返せば、強すぎる意志で足を踏み外したら…狂気や殺意の 塊になって暴走する事もあるってわけ。ここまではいい?」「なるほど」 フェイの説明に、優一が腕組みして言った。「…“事故”を使った修正を行った世界で…俺は足を踏み外して殺人に及ん だ。そういう事だね?」「…流石、理解が早いね」多分。優一には予想がついたのだろう。何故そんな恐ろしい結末になった のか。なんせ彼自身のこと。自分の性格も、内に秘めた“狂気”も−−彼自 身が一番自覚している筈だ。というか、そうでなくては困る。「優一さんが十二歳の時、起きた事故。少し駒の配置を変えるだけで、結果 は全く別のものになっただろう。…一番最初、エルドラドは剣城京介を殺害 する方向で動いた。なんせ、セカンドステージチルドレンの存在全てを抹殺 しようとしてる連中なんだ、それくらい平気でやるさ」フェイは語る。語られない筈だった、一つの物語を。 NEXT |
「何処にも逝けないなら、きっと意味なんて無いんだろう」