それが彼に救われた 僕の、オレの、唯一の贖い。
【キセキファン】 彼らが魔女に浚われた ・第一夜・21 【力を貸して】
『俺達の方の妨害も消えたみたいです。空間が元に戻ってるし』
電話で、剣城は戸惑いながら言った。
『ただ、聖也さんが本を手に入れたならもう探す必要はなさそうですよね。ど うしますか、これから』
円堂は考える。さっきまで、自分達の元にもいくつもの“影”の襲来があっ た。果敢に殴りかかろうとする水鳥を抑え、怖がる葵と茜を宥めながら、戦い 続けて一時間。いつの間にか襲撃はパタリとやんでいた。 さすがにハイヒールで戦うのはしんどかったのだろう。いつの間にかスニー カーに履き替えていた顧問の音無春奈は、久々にいい汗かいたわ!とやたら爽 やかな顔で汗を拭いている。 その勝ち気な破天荒ぶりは、十年前から殆ど変わってないらしい。苦笑しつ つ、剣城の質問に答える。
「そうだな、今日はもう遅いから、帰るようにみんなにも言ってくれ。天馬達 には俺から伝える」
スレッドでは誰も触れなかったが、赤司達のいる異空間と現実とでは時間も 進みの早さも違っていた。それでも、もうすぐ時間は夜九時になろうとしてい る。中学生にはだいぶ遅い時間だ。本来もっと早く帰すつもりだったが、班分 けしたメンバーみんな襲撃にあったせいで帰すに帰せなくなってしまったの だ。 今ならアルルネシアの手の者から襲われる心配はないだろう。人間の変質者 や面倒な奴らに絡まれる可能性はあるにしても。 『……わかりました。円堂監督もどうか無理はなさらないように』 「なんだよバレてんのか」 『どうせ学校に泊まり込んで対策練る気なんでしょう。あまり奥さんに心配か けちゃ駄目ですよ?』 煮え切らないものはあったのだろうが、それでも大人の返事をしてくる剣城 はさすがである。十一年前の自分ならきっと、でも、だのだって、だのを連呼 していただろうなと思う。
「わかってる。あいつ怒らせるとほんと怖いからさ。大丈夫、ほどほどにする から」
天馬にメール、そして夏未にもメールしなければ。彼女は怒るだろうが理解 はしてくれる筈だ。今日遅くなる、あるいは帰れないかもしれないことは予め 話してある。 円堂が魔術師として覚醒したのは中学二年、フットボールフロンティアイン ターナショナル開催より前、吉良事変に巻き込まれた時だ。以来、人には見え ないものが見えたり、厄介事が向こうから来るなんてのもざらにある。 伊達に十年来の付き合いではない。登場からサッカー部のマネージャーをし ていた夏未はそのあたりをよく分かってくれている。戦い続ける茨の道。それ そのものが、円堂が仲間を救う為に支払った代償であることも。 あの時、聖也という魔女がいなければ失われた命がある。しかし聖也が円堂 の側にいる限り、彼への“支払い”はけして終わることはないのだ。非常に不 本意極まりないことではあるけれど(だって本人の性格アレだし)。 もう十年も前に腹に決めたことである。その運命を今更どうこう言う気はな いが。 円堂ももう、二十四になった。あの時時を止めてしまったものは確かにある けれど、少なくともそれだけ大人の目で世界を見れるようにはなったのだ。だ から今自分が感じているのは、一人の大人としての純粋な怒りだ。
−−アルルネシア。お前はまた、子供達を弄ぶのか。
円堂から見れば赤司達だって充分子供だ。まだ幼い子供達に、これ以上余計 な枷を負わせたくない。傷ついて傷ついて、一人きりで戦うような姿は見たく ない。 きっと十年前の瞳子監督や久遠監督も、そんな気持ちでいた筈だ。
−−させない。絶対にさせるもんか。俺が必ず見つけてみせる。赤司達を救う 手だてを…必ず!
黄金の魔女と無限の魔術師のゲーム盤。もしアルルネシアがそれを忠実に再 現したのだとすれば、クライマックスの展開は決まっている。 つまりは元凶の魔女と、探偵たる挑戦者の一騎打ちだ。魔女は勿論アルルネ シア。そしてまだ宣言は出されていないが探偵役は恐らく。
「終焉の魔女、キーシクスの名において赤き真実を執行する」
突然室内に響いた声。座っていた春奈は驚いた様子もなく顔をあげた。来訪 者はすたすたと円堂の側まで歩いてきて、言葉を続ける。
「【今回のゲームにおける探偵は赤司征十郎であり、赤司は一切の殺人を 犯さない。また探偵は、犯人の殺人行為に一切意図的な助力をしない】」
青みがかった黒髪に群青の眼。雷門中サッカー部のユニフォームを着た長身 の少年−−聖先輩こと桜美聖也だった。相変わらず胡散臭い顔で笑っているこ の人物こそ、円堂と十年前からの腐れ縁である大魔女・キーシクスだった。 同時に。黙っていればイケメンなのに中身が残念すぎる変態、の代名詞でも あるわけだが。
「円堂!」
聖也はやってきて初っ端に。 イケメンオーラ出しまくりのマジ顔で。 「今思いついたんだが是非名探偵コスをして欲しくてだなやってみせてくれて ついでに写真とらせてくれたら俺ご飯いくらでもいけちゃうっていうか」 「とりあえず逝ってこい」 「ぐはっ」 シリアスな空気を返しやがれ。円堂はニッコリ笑って、鳩尾にゴッドハンド を決めてやった。おお、吹っ飛ぶ吹っ飛ぶ。さすがは雷門のギャグ担当、いい ボケっぷりだ、それだけは誉めてつかわそう。うん。
「相変わらずすごい威力ですねぇ」
春奈はパチパチと拍手しながら円堂に賛辞を送る。 「まぁあんなアホで残念で変態などうしようもない人ですが、魔女としての格 は確かです」 「…まぁなぁ…」 「そしてどんな魔女も魔術師も、赤き真実で嘘は吐けません。…探偵が赤司君。 それが本当なら、相当推理し易くなることになります」 その通りだ。赤司が探偵。これが確定したのは非常に有り難い(といっても ゲームの性質上、近いうちにアルルネシアからも同じ赤字が出てくるだろう が)。 つまり。少なくとも赤司が意図的に犯人の優位になるような嘘を吐くことは ないのである。彼は魔女が化けた偽物ではない。彼の言葉や視点は信じて差し 支えないということである。
「どうやらアルルネシアは、俺と赤司の二人がかりで事件を解決させてみろっ て言ってるらしいな」
アルルネシアは、円堂を相当恨んでいる筈である。彼女に目的なんてものは なく、どんな物事も自分が面白ければそれでいいという実に傍迷惑な人物だが −−しかし、負けることを嫌う程度にプライドが高いのは確かなのだ。 かつて彼女を打ち負かし、強烈なダメージを与えた自分達。特にその筆頭に 立っていた円堂に対しては、並々ならぬ執着があるに違いない。今回の事件も もしかしたら、黒子達が天馬に、円堂の教え子に関わった為に起きてしまった のかもしれないのだ。否、高い確率でそうなのだろう。 たとえ、仮にそうでなくとも。アルルネシアなら確実に、円堂をゲームの中 心に引っ張り込みたい筈である。 これは挑発だ。奴はこの謎を解いて子供達を救ってみろと、円堂を挑発して いるのである。
−−上等だ、やってやるよ。
「聖也、さっさと起きろ!」
壁にめりこんで伸びていた聖也を叩き起こす。見た目は中学生だが実際は円 堂より遥かに年を食っている男だ。時間が遅いだのなんだのを気にする必要も ない。この際普段迷惑かけられている分、存分に徹夜で働いてもらうとしよう。 まだ眠いだのなんだのと呻く聖也を、無理やりもう一台用意したノートパソ コンの前に座らせる。 「事件の再構築だ。赤司が一番最初に書き込んだところから始めてもらうぞ」 「うう、円堂鬼…ねむいようー」 「煩い黙って働け」 円堂も円堂で、くろちゃんねるを開いたままのパソコンを見る。そしてペー ジを更新して、眉をひそめた。 やはり、そう来るか。
「赤司…負けるなよ。お前のやるべきことは分かってんな?」
呟いて、円堂は再びキーボードに指を乗せた−−。
***
・ ・ ・
573:赤 二階にて、緑間の遺体を発見した 二階左廊下の一番奥の部屋だ
574:ねぇあたし、トイレの名無しさん
575:ねぇあたし、トイレの名無しさん
576:ねぇあたし、トイレの名無しさん
577:ねぇあたし、トイレの名無しさん
578:ねぇあたし、トイレの名無しさん ついに緑間まで…
579:ねぇあたし、トイレの名無しさん おいまて これであと生き残ってんの何人いるよ!?
580:火 今生き残ってるのが 俺と赤司と青峰 行方不明のままなのが 紫原 だ
581:ねぇあたし、トイレの名無しさん あと三人か四人…?
582:ねぇあたし、トイレの名無しさん 十一人もいたんだぞ…なのに
581:火 なあおれどうしたらいい 緑間は生きてるって信じてたのに 携帯返せねぇし
どうしたらいい しにたくねぇよ もういやだよ
582:ねぇあたし、トイレの名無しさん 火…
583:ねぇあたし、トイレの名無しさん そうだよな 火が使ってる携帯って緑間のなんだよな…
584:ねぇあたし、トイレの名無しさん 携帯返せなくなっちまったってそんなの… 悲しいよ…
585:E監督 今聖と合流 天M達はもう大丈夫みたいだ 時間遅いから天M達帰してきた
赤司、もう時間がない やるべきことは分かってるな? 三人、絶対離れるな お前達の中に犯人がいても相互監視状態なら易々手は出せない それと現場検証ができるのは今しかない、急げ
589:ねぇあたし、トイレの名無しさん E監督…!
590:ねぇあたし、トイレの名無しさん いくらなんでもあんまりだよ!緑間が死んだばっかりなのに!
591:ねぇあたし、トイレの名無しさん 感傷にくらい浸らせてやれよ…!
582:赤 >>589−591 みんなありがとう でもE監督は間違ってない もう時間がない、今調べなければわからなくなる事が山ほどある
まずは緑間だ 部屋の鍵は開いていてベッドの上に横たわっていた 死んでるのは間違いないな、死因は胸に刺さったナイフ。今までのみんなの同 じだ
583:ねぇあたし、トイレの名無しさん 死んだフリ…じゃないんだな?
584:ねぇあたし、トイレの名無しさん 緑間の遺体や部屋の様子に、何か気にかかることはないか?
585:ねぇあたし、トイレの名無しさん 例えば変な傷とか汚れとか、抵抗した後があるとか
586:赤 言われてみれば おかしな事に気付いた。なんでだ?
緑間はいつも左手にテーピングを巻いてる 指を保護する為らしいんだけど 何故か今、巻いてない? いつから巻いてないんだろう、自分で外したのか?それとも犯人が外していっ たのか?
587:ねぇあたし、トイレの名無しさん 意味深…
588:ねぇあたし、トイレの名無しさん なんかある気がするな
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それが貴方の報いでもある。