愛と命と未来
 希望の糸で繋ぎながら。
 
 
 
 
 
【キセキファン】
彼らが魔女に浚われた
・最終夜・38
【力を貸して】
 
 
 
 
 自分は誰かを不幸にするだけの存在だ。かつて桜井は己のことをそう考えて
いた。今でも、何もかもが変わったわけではない。本当は未だに、自分が誰か
の側にいていいのかと悩む時がある。
 他人をとことん不幸に引きずりこんでしまう“体質”。それが桜井の持って
生まれた“呪い”だった。ある人いわく、“不幸輪廻因子”と呼ばれるもので
あるらしい。場合によっては世界さえ滅ぼしかねない、とても危険な呪いだと
言う。
 事実。幼い頃の桜井には、いつも暗い陰がついて回った。一緒に遊んだ子が
事故や病気に遭うなどしょっちゅうで、幼稚園は僅か三年のうちに五回も変え
る羽目になった。小学校も十回ばかり転校した。中学校も四回変わった。引っ
越しについてはもはや何回したかもよく覚えていない。
 桜井が関わった人間は、ひたすら不幸や不運に見舞われる。お前は悪くない、
と両親はいつもそう言って庇ってくれた。だが、両親や祖父母以外に、桜井の
味方をしてくれる者はいなかった。
 敵になった、というのとも違う。みんなが桜井に極力関わらないよう避ける
ようになったのだ。虐めさえ起きない。虐めて何かあったら怖いから、悪意さ
え沸き起こらない。クラスメート達の桜井を見る眼にはいつも“恐怖”と“無
関心”が付きまとっていた。
 
−−スイマセンって。いつも誰かに謝る癖がついた。丁寧語で話すようになっ
て、いつもみんなの怯える眼に怯えていた。
 
 なんとかしたい。なんとかしなければ。
 桜井は努力し続けた。極力人との関わりを最小限に抑え、誰かを不運に巻き
込む法則を見つけようと足掻いた。結果、ある事に気付く。
 まず両親と祖父母には被害がない。また、ある一定レベル以上の不幸を背負
った人間相手ならば、桜井の不幸輪廻因子が働く事はない。つまり、自分が今
まで事故や病気に巻き込んでしまった子供達はみんな、幸せだったからこそ影
響されてしまったという事である。
 ならば不幸な人間の側へ行けば、いい。不謹慎極まりない理由だったが、そ
れで桜井は桐皇を選んだ。自分がやり続けたいと願うバスケ部に、今吉がいて
−−あの青峰が来るらしいという話を小耳に挟んだからだ。
 青峰の過去は凄惨なものだった。母親は幼いうちに蒸発。父子家庭で育つも、
小学生の時父が大量の借金を作ってしまい、息子と無理心中を図ろうとして自
殺。奇跡的に助かったものの、彼は天涯孤独な身となっていた。今は幼なじみ
の家に引き取られているという。
 桜井が予想した通りだった。バスケ部に入ったものの、桜井にいくら青峰が
絡んできても、青峰が不幸に見舞われる事は無かった。それだけ、彼の背負っ
た傷が重たかったということだろう。
 
−−予想と違ってたのは。あの人がただ、不幸に溺れるような弱い人間じゃな
かったことだ。
 
 彼は中学時代のような、キラキラしたバスケを失っていた。しかし、その根
本的なところまで変わったわけではない。彼は自らの不幸をひけらかす事も、
同情を引こうと無意味に足掻く事もしなかった。ただ受け止めて、立ち続けて
いた。そんな青峰に桜井が抱いたのは強い羨望だ。
 自分も青峰のように強くなりたい。誰かを不幸にするんじゃない、自分が及
ぼす不幸からも守れるほどの力が欲しい。そう願った時だった。彼女が、ラム
ダデルタが姿を現したのは。
 
『世界を変えるのは何時だって人の絶対の意志よ。あんた、それだけの覚悟…
ある?』
 
−−そうだ。世界を変えたいなら、願う事をやめちゃいけない。
 
 桜井はキッと前を見据える。その先には、緑間の姿が。
 
「諦めない絶対の意志が、世界を変えるんだ。…そうでしょう、緑間君」
 
 前に見たのは、合同合宿の時だったか。あれから幾許も月日は流れていない
のに、緑間の顔は酷くやつれて見えた。元々表情にに乏しい男である。しかし
今の彼は本当の意味で無表情にも近い。
 感情を削ぎ落としてしまったかのような顔は、いっそ哀れなほど美しかった。
まるで人形にでもなってしまったかのようだ。
 
「…お前の考えを否定はしない」
 
 低く、静かな緑間の声。周りを今吉達桐皇勢や掲示板の協力者達に取り囲ま
れているといいうのに、慌てた様子一つ見せない。
「だが今の俺にとって大事なのは、未来の話などではないのだよ。今何をどう
選択したところで、過去は変わらない」
「変わらないから、何なのですか」
 思わず遮って、口を挟んでいた。
 過去は変わらない。そんなの当たり前のことではないか。
 
「過去を背負うのは当たり前のことです。それを都合良く無かった事になんて
出来る筈ないんだ、あなた…僕も」
 
 悪くないよ。お前は何も悪くないんだよ。だからどうか自分を責めないでお
くれ。父と母はそう言って何度も桜井を抱きしめてくれた。だけどその頃には
もう桜井には当たり前のように謝る癖と自分を責め立てる癖がついていた。ご
めんなさい、すみません、ごめんなさい、すみません。謝罪を繰り返し度、何
に対して謝っているのかも分からないほど心は磨耗していったのだ。
 今、あの時の二人の気持ちがよく分かる。何故なら桜井も同じことを緑間に
言いたかったから。緑間は悪くない。日向も伊月も同様に悪くなんかない。全
ては彼らに臨まぬ罪を繰り替えさせた悪しき魔女の仕業なのだ。彼らが謝る必
要なんて、本当はどこにもない。
 だけど。どうすれば気持ちを伝えて、彼を引き留められるかが分からない。
自分がもっと緑間に近い人間ならそれが出来ただろうか。否。
 近くないからこそ。出来る事だってきっと−−ある。
 
「…君は悪くなんかない。君達の誰一人、悪くなんかない。君を悪人にしよう
としてるのは君自身だけ、本当は分かってる筈です!」
 
 桜井は叫ぶ。
 自分は彼をよく知らない。だからこそこれは甘ったるい同情や憐憫なんかじ
ゃない。
「誰かがやらかした事の記憶に潰されるほど、キセキの世代ってのは弱っちい
ものなんですか?見損ないましたよ!」
「口では幾らでも言えるな。…どうせ何も分かりはしない癖に」
「分かるわけないでしょう?僕は君じゃないんだから、君の気持ちが分かるだ
なんて言ったらただの嘘吐きじゃないか」
 その切り返しは予想外だったのか。緑間の眼が少しだけ見開かれる。桜井は
続けた。
 
「僕に君の気持ちが分かるだなんて言えない。でも分かる気はするんです。僕
も…何度も死にたいって、そう思ったこと…あるから」
 
 生きていていいと思えなくて。
 それでも生きていたのは単純な理由からだ。
 死ぬのはいつでも−−出来る。
 
「自分が一番不幸やと思ったら大間違いやで」
 
 そこでずっと沈黙し、若松達と成り行きを見守っていた今吉が口を開いた。
 
「死にたい思て、死ねる奴はまだ幸せや。ホンマに辛いんは生きたくても生き
れん奴と…死にたくても死ねん奴やろ。ワシは、そういう奴らを仰山知っとる
で」
 
 この男も、重いものを背負っている。口には出さないけれど、知る人ぞ知る
話ではあるけれど−−青峰以上に悲惨な過去を、持っている。だけど彼もまた
そこで歩みを止める人間では無かった。前を向くのを、諦めなかった。
 青峰と、同じように。
 
「自分まだ迷ってはるやろ。包囲網狭めさせたんは自分やで?…選択肢、ホン
マに一つしかないんか?」
 
 今吉の言葉に、緑間の瞳が揺れる。どうにか押し切れるかもしれない。桜井
がそう感じた時だった。
 
「悪いけど、そこまでにしてくれるかな」
 
 空間に亀裂が入り、闇が口を開いた。涼やかな声と共に、闇の中から歩み出
してきた人物を見て、桜井は眼を見開く。
 
「それ以上は力づくで止めさせて貰うよ」
 
 何だ。何が起きてるんだ。
 混乱する桜井の前で、“何もない空間を切り裂いて”現れた彼・伊月俊は−
−どこか寂しそうに、笑みを浮かべた。
 
 
 
 ***
 
 
 
 
 
673:
みなさん本当にスミマセンっ!
 
674:名無しのミステリー作家
畜生失敗した!
 
675:名無しのミステリー作家
マジかよありえねぇっ!
 
676:名無しのミステリー作家
何だどうしたんだ?桜?
 
677:名無しのミステリー作家
お帰り…なんて言ってる場合じゃなさそうだな
これから緑間捕まえるってとこで落ちてたけど…
え、まさか
 
678:674
俺ら桜や桜のとこの学校の人達と一緒に、東京駅で緑間追い込んだんだけど
まさかあの状況で逃げられるなんてっ…
 
679:E監督
何があったんだ?
落ち着いて報告してくれ
 
680:名無しのミステリー作家
675、俺も一緒にいた一人だ
緑間を捕まえようってなった時、緑間の後ろの空間が文字通り割れたんだよ
 
いや俺自身何言ってんのかってかんじなんだけど
ほんとパックリ縦に裂けたんだ
 
681:名無しのミステリー作家
は?
 
682:名無しのミステリー作家
え、なに
え?
 
683:名無しのミステリー作家
ちょっと待て
緑間ってそんな空間系の能力あったか?
 
684:
>>683
真太郎にそんな力はないよ
真太郎の力は仏教系で、結界を張るのは得意だが魔法にはそんなに強くない
それと他にも、“自分の運を削る代わりに他人の運命をズラす”っていう能力
を持ってるんだけど…真太郎自身の運命には干渉できないからあまり意味がな
 
685:
空間をいじるのが一番得意なのは俺だと思う…さすがにアルルネシアの異空間
を一人で破るのは無理だったけど
でも俺ほどじゃないにせよ、空間転移が使えるひといるよ
 
伊月サンとか
 
686:
>>
まさしくその通りです
空間の裂け目から現れたのは伊月さんでした
僕や今吉さんにも少し魔法の心得があるので、なんとか止めようとしたんです
けど…伊月さんが風を起こして、まとめて吹っ飛ばされてちゃって
 
気がついたら緑間さんは伊月さんと共に姿を消してました
スミマセン僕に力がないばかりに
 
387:名無しのミステリー作家
 
688:名無しのミステリー作家
 
389:名無しのミステリー作家
 
690:名無しのミステリー作家
なんかどんどんトンデモ展開に…
 
691:名無しのミステリー作家
桜、お前は悪くないぞ!
 
692:
最悪だ
伊月サンこっちにも来やがった
 
日向さん連れて行かれた!
 
693:名無しのミステリー作家
青峰!?
 
694:
しかも三人揃って携帯捨てていきやがった!おいどうすんだよこれ、もうGP
S使えねぇじゃねぇか!
 
695:名無しのミステリー作家
そんな
 
696:名無しのミステリー作家
おいなんか手は無いのかよ!?
 
697:名無しのミステリー作家
まさか詰みなのかふざけんな!
 
698:
…仕方ないね
奥の手を使うしかないかな
 
 
 
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大いなる理想なんて、そんな大袈裟なもんじゃなくて。