貴方の瞳に映る景色が知りたいの。 色取り取りの美しき世界?それともモノクロの濁った世界? 貴方は忘れてしまっても、私はちゃんと覚えてる。 大事な真実<モノ>はいつも瞼の裏にあるわ。 瞼の裏の真実は それは−−遠い追憶の海に落ちた、一つの記憶。空が晴れ渡っていたのを覚えている。十年前のフットボールフロンティア インターナショナル、その日本代表召集より三ヶ月前。雷門イレブンがダー クエンペラーズに勝ち、サッカーを取り戻したあの日の事だ。ひとしきりみんなでサッカーをやった後。円堂は豪炎寺と二人きりになる 場面があった。偶々自分が水場で顔を洗っていたら豪炎寺が来て、なんとな く雰囲気で話しながら回想に浸っただけの事だが。「少し。気になった事があるんだ」 何とはなしに、豪炎寺が切り出した。「風丸のことだ。…円堂…もしお前が自信をなくしてキャラバンを離脱した として。…いや…半田達のように怪我が原因でもいい。それでチームを離れ たとしてだ」 ざわり、と風が髪を靡かせる。「強くなる為の簡単な手段を、目の前に差し出されたら。その手を取らない と、言い切れるか?」「………」豪炎寺が何を言いたいか、分かる気がした。少し前の自分ならば迷う事な く、エイリア石になんか絶対に頼らないと言い切っただろう。しかし今の円 堂には、それが出来ない。分かっているからだ。風丸がエイリア石を手にとったのは、けして安易な 手段に甘えたからではないという事。彼が弱かったのも無くはないが、その 弱さは誰にでも持ち得るもので−−それを露呈させてしまった外的要因が あるということ。 そして。彼もまた悩んだ末に、決断するしか無かったという事を。「豪炎寺。俺…力に頼って、サッカーをするのは間違ってる。俺はずっとそ う、思ってた。今もそれが変わった訳じゃないけどさ」 今なら言えるかもしれない。だから円堂は口を開いた。「意地を張る事で、多分何かを守ってたのもあると思うんだ。力を得られな いから…力への僻みもあったし。ドーピング無しで、不利な条件で勝つ事で、 自分達が正義になるって信じてたのかもしれない」 守っていたのは、奥に潜む暗い感情。 誰より弱かった自分と、崩れ落ちそうなプライド。そして正義を盲信する事で、見て見ぬ振りしようとしていたのも否定出来 ない。悪とされた者達にも正義があり、信念があり、苦悩があったという事 実を。ダークエンペラーズとの戦いは。その全てを浮き彫りにさせたと言っても 良かった。幸か不幸かは別として。「…だからもし俺が風丸の立場だったら…同じようにエイリア石に縋っち ゃってたかもしれない。何かが少し違っただけなんだ。俺達の立ってる場所 って、結構危ういものだし」「そうだな。…それに、力を手にする理由によっては……円堂は進んでエイ リア石に手を伸ばすかもしれないな」「ふうん。何でそう思う?」「キャプテンだから、だ」「!」 円堂は目を見開いて、豪炎寺を見た。「福岡でお前が沈んだ時の話を聞いた。やっぱりって思った。お前はいつか は必ず壁にブチ当たって、崩れ落ちると思ってた。…だって」豪炎寺は苦い笑みを浮かべ、芝生に寝転んだ。その黒目がちの瞳に、水色 を塗りたくったような空の色が映り込む。「お前は一人で背負いすぎる。キャプテンっていう称号にある意味拘りすぎ てると言えなくもないな。…確かに…チームの中で最後まで折れない人間が 必ず一人は必要だ。でも、それがいつもお前でなきゃいけない理由はない」誰か一人二人に負担を押し付けてるようじゃ、チームとは呼べないだろ。 豪炎寺のその言葉は、そのまま円堂自身に跳ね返ってくるものだった。豪炎寺が離脱した時、思い知ったのだ。彼なら何とかしてくれる。状況を 打開してくれる。無意識に期待を寄せすぎて、負担をかけていた事実に。連 携技一つとっても、彼がいなければ完成しないものだらけだったのだからど うしようもない。しかも自分は。豪炎寺の存在の大きさを理解した筈なのに、吹雪に対して 同じ過ちを繰り返してしまった。結果の精神的外傷にも気がつかず、彼が廃 人寸前まで追い詰められる原因を作ってしまったのだから笑えもしない。けれど。ならば自分自身になら負担をかけていいかといえば、それもおか しな話の筈で。よくよく考えれば矛盾だらけなのに、どうやらまた自分は見 えてなかったどころか意識さえしていなかったらしい。キャプテンだから自分が必ずなんとかしなければならない。そんなのは責 任感を超えたエゴイズムだ。最終的にそれでくたばったら、誰が迷惑するっ てチームがである。守ろうとした存在に逆に守られていてはまるで意味がな い。「世界を、仲間を守る為に必要だと感じたら。お前は容易く禁忌を犯せてし まう気がする。…俺はそれが、怖いな」ほんの一瞬、豪炎寺の瞳に怯えの陰が落ちた気がして。円堂は凄まじい自 己嫌悪に駆られた。自分が今までそんな方向へも心配をかけていたのかと思 うと、非常にいたたまれない。「…ごめん、豪炎寺。否定、出来ないや」 だから。その心配への感謝と謝罪をこめて、頭を下げた。「豪炎寺はどうなんだ?大切なモノの為ら…サッカーを汚す事も厭わない か?」それは少々卑怯な質問の仕方だったかもしれない。しかし円堂は今、豪炎 寺の答えが知りたかった。何が正義か悪かなんて誰にも断言出来ないから。せめて一番の親友の答え を参考にでもしようとしたのかもしれない。「…そうだな。大事なのは、理由だと思う」「理由?」語りだした豪炎寺の隣に、円堂もねっころがった。夏草の青い匂いと、慣 れ親しんだグラウンドの土の匂いがした。視界の端に蝉の抜け殻が転がって いた。まだボールを蹴っている仲間達の声を耳が拾っていた。「どんな行いにも、理由と誇りがいる。その二つがなければ…どんな戦いも、 ただの暴力になる。世界を救うっていう理由と、サッカーを守りたいってい う誇り。それがなければ俺達のエイリア討伐だって…ただの暴力に成り下が ってただろうよ」暴力。あの苛烈な戦いをその残酷な単語で切ってみせた豪炎寺。しかし円 堂はけして怒りの感情を抱いたりはしなかった。なんとなく、分かる気がし たからだろうか。「俺は、正直分からない。その時になってみないと、大事なモノの天秤の重 さだって違うだろうし。あるいはサッカーを守る為に、サッカーを汚さなき ゃならない日も来るかもしれないだろう」「どういう事?」「さあ…どういう事だろうな」あの時。豪炎寺はどんな眼で、平和を取り戻したこの世界を見ていたのだ ろう。影山のせいで最愛の妹を傷つけられ。木戸川エースの座を追われ。今 度もまた妹を使ってエイリアに脅迫され続けた彼は、円堂よりずっと現実を 理解していたに違いない。世界は時としてあまりに残酷であることも。泣いても足掻いてもどうにも ならない絶望がある事も。それでも尚世界は美しいという事も。「そうだな。…いつかその時が来たら、円堂が教えてくれ」 身を起こし、豪炎寺は笑った。「守る為に、壊す選択は罪かどうか。…そして、もし俺が風丸達のように道 を踏み外す事があったら、お前がまた照らしてくれよ」未来を予見していたわけではないだろう。なんせ十年も前の幼き日だ。そ れでも後になって考えれば、何らかの予兆だったとそう考えたくもなる。 何を後悔すればいいか。後悔するべきでないのかも分からないけれど。「サッカーやろうぜ…ってな。それがお前の、最強の魔法だろ?」あれから、十年。追憶の扉は閉ざされ、目の前には重い現実が横たわる。 暗く、閉じたその場所。二十四歳になった円堂は、フィフスセクター最高責 任者である青年と対峙していた。 聖帝・イシドシュウジ−−否。「待っていた」 青年は、微笑む。「十年、待っていた……円堂」 聖帝として。茨の道を歩き続ける彼−−豪炎寺は言う。円堂は唇を噛みしめる。感情が溢れて止まらなかった。言いたい事はたく さんあった筈なのに、一つたりとて形になってはくれない。胸の奥が詰まっ て、息が出来なくなりそうだ。「十年前の答えを、教えてくれないか」普段は堅苦しい口調で喋る“聖帝サマ”なのに。その時の声だけはどこか 優しくて、自分の知る“豪炎寺”の面影があった。だから円堂は、泣きたく なった。年甲斐もなく声を上げて泣き叫び、どうしてどうしてと縋りつけた ならどれだけ楽だっただろう。残念ながらそれが出来るほど自分は幼く無かったし、浅はかでも無かっ た。ある意味弱くなったと言われればそれも否定は出来ない。ただ、思いこ みだけで物を見られる時期が過ぎたのは確かだ。フィフスセクターは必ずしも悪か。きっと教え子達は異口同音に悪だと言 うだろう。でも、フィフスセクターが無ければ世界はどうなっていたかを考 えれば、自分達が絶対的正義などと傲慢にはなれない筈だ。十年前。豪炎寺は自分に問いかけた。守る為に壊す選択は罪かと。あの時 自分はそれに答えられなくて、だから豪炎寺は今十年ごしの返答を待ってい る。孤独な、冷たい椅子に座りながらずっと待っていたのだ。 待たせていたのは−−自分。彼が待っていてくれたのは、きっと。「…罪じゃあ、ない。世界は罪だと云うかもしれないけど」 震える声で、円堂は言った。「俺は知ってる。お前が立ち上がらなかったら……俺達の愛するサッカーは 永遠に失われてただろうって事も。お前が守る為に壊す選択をしたから…微 かな希望が残ったって事も」だけど。豪炎寺が一人で出来たのはそこまで。出来るのもそれまで。フィ フスセクターは巨大になりすぎた。誰が悪いわけでないとしても−−もう世 界は、豪炎寺が、イシドシュウジが引き返す事を許さないだろう。彼が自らを犠牲にし、守る為に築いた壁を。外から壊す人間が、人間達が 必要だった。それが分かっていたから彼は円堂を、雷門を限界まで見逃し続 けたのではないだろうか?全てはまだ想像の域を出ない。しかし円堂は決めていた。自分は聖帝を、 豪炎寺を信じると。そして。「十年前。もう一つ約束したな。お前が引き返せなくなった時は…俺がお前 を照らしに行くと」 彼も自分を信じてくれていると、信じている。「俺達は。雷門は必ず頂点に行く。そして其処にいるお前を、必ず救ってや る」涙をこらえて、前へ突き出した拳。今のイシドシュウジはそれに答えては くれないと知っている。それでもいつかもう一度突き合わせる為に、その為 の未来を目指す意思表示として−−円堂は真っ直ぐ聖帝の瞳を見つめた。「悪い夢を終わらせる。もうお前一人に悲しい戦いはさせない。だから約束 してくれ」 この夜が明ける時。自分達がまた並んで笑いあえてるように。「サッカーやろうぜ。俺達がこのゲームに勝ったら、また」 日の当たる場所で、もういっかい。「…迎えに来てみせろ。期待しないで待っている」「俺は遅刻はしないぜ。誰かさんと違ってな」「そうか」聖帝は、小さく笑った。ほんの少し、何かは取り戻せた気が、した。 NEXT |
私は此処にいるの、ねぇ気付いて。
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ザ・イナゴ24話ショックのまま書きなぐりました。いや正確には視聴前だったんですけども(汗)
『夢の終わりに見る空は』と同世界観になります。っていうか繋がってます。
あの時はまた豪炎寺説を疑ってたのですが…もしかしたら予想が当たってる?のかと…。
豪炎寺がもし正気だったらという話です。納得のいく闇落ち&十年後円堂のかっこよさを表現しようとしたらこんなことに。
ドス暗くてすみません。実は連作であと短編二つ分、話が続きます;;