夜の公園に、人気はない。密談というほどではないが、大人が“内緒話”
をするのには十分適した場所と言えるだろう。ベンチに座る、かつての恩師
の姿を見下ろして円堂は思う。髭が濃くなった以外、久遠の姿は十年前と大
差ないように見える−−表向きは。
 しかし月日は確実に自分達の間に横たわるものだ。恩師はどこかやつれて
いた。願っても願っても届かないモノを追い続け、その度に裏切られてきた
であろう男。疲れきっていたには違いない−−無論そんな後ろ向きな気持ち
だけで、円堂を呼んだつもりはないだろうが。
 
「円堂」
 
 俯き、黙りこくっていた久遠が漸く自分の名を呼んだ。
 
「お前に…どうしても訊きたかったことがあってな」
 
 ついに来た、と思った。久遠が自分を呼んだ訳も、話を持ちかけていた理
由もおおよそ想像がついている。誰に彼の下についていた訳じゃない。
 
「お前…どこまで知っている?」
 
 本当はもっと直球で疑問をぶつけたかっただろうに。彼は変化球ではぐら
かした−−不器用で、優しい男。万が一円堂が“真実”を知らなかったら。
その為に用意された、遠まわしの問いかけ。
 だから、円堂は。
 
「そうですね」
 
 真正面から言葉を投げ返す。自分にそんな気遣いは要らないのだと示すよ
うに。
 
「フィフスセクターの現聖帝の正体…くらいは知っていますよ」
 
 思ったより平静な声が出た。久遠は顔を上げて円堂を見、深く深いため息
で吐き出した。
「何故…こんな事になったのだろうな。あの頃は誰もこんな未来を望んでは
いなかったのに」
「そうですね、でも」
 思い出す、十年前の遠い日。
 
「遅かれ早かれ、何かは起きると思ってましたよ。十年前、オーガが八十年
後の未来から襲来してきた時からね」
 
 八十年後−−いや、今から計算すれば七十年後の未来になるが。サッカー
を憎み、滅ぼすと言ってきたあの子供達は、今の日本とはかけ離れた世界に
生きていた。詳しく尋ねた訳ではないが、憲法九条は改正されてしまったと
見て間違いないだろう。あんな年端もいかぬ子供達に軍事教育を施すほどだ
から。
 そしてサッカーも。オーガの彼らは“サッカーは悪であり、国を衰退させ
るもの”と教育されていた。その正否はともかくとして、サッカーがそれだ
け国に影響力のあるスポーツになっていた事は確かである。そのきっかけは
良くも悪くも現在−−彼らから見た七十年前の現状にあるのは想像に難く
ない。
 
「…何故こんな事になったのか。俺なりにずっと考えてはいたんですよ」
 
 円堂は空を振り仰ぐ。星の瞬きはいつだって変わらない。十年前、キャラ
バンの上から眺めたものと同じ。
 
「サッカーがもっと栄えれば、とは思ったけど。サッカーが絶対であれなん
て望んでたわけじゃない。こんなサッカーの広まり方、優勝を目指していた
頃は誰一人想像もしなかったし…願ってた筈もない」
 
 自分達イナズマジャパンの優勝が、爆発的なサッカーブームの火つけ役に
なったのは否定しない。自分達の優勝まで、日本のサッカーレベルはさほど
高いものではなかった。U-17だけは活躍していたものの、プロや中学サッ
カーでは優勝など夢のまた夢であった筈。
 それを叶えた自分達。己で言うのもなんだがなかなか輝かしい功績だろう
と思う。それをきっかけにサッカー人口が増えたのは純粋に嬉しい。
 だけど。何が契機になってしまったのだろう。
 サッカーの強さが学校の価値、人の価値へと結びついてしまうようになる
なんて。発想がまずぶっ飛びすぎている。日本のサッカー思想が激変した頃、
偶々留学でコトアールに飛んでいた円堂には詳しい事情を把握しきれてい
ないのだが。
 もしかしたら何か、裏に黒幕がいたのかもしれない。サッカー思想を過激
化する事で誰が得をするかなど知った事ではないけれど。ただそうとでも仮
定しなければ納得しがたいほど、ここ十年で急激に日本は変わってしまって
いる。
 残念ながら今円堂が知っているのは二つだけだ。人災であれ何であれ、サ
ッカーは破滅に向かいつつある事。そしてどんな非道と罵られようと、サッ
カーを守るべく立ち上がった友がいた事だけである。
 
「サッカーは、誰かを傷つける道具じゃない。精神的な意味でも、身体的な
意味でも」
 
 サッカーにおける弱者は虐げられ、人権さえ踏みにじられる時勢。それを
変えたいと願っても、円堂には何もする事が出来なかった。他の多くの仲間
達もだ。
 行動を起こせたのは。円堂の一番の親友である、彼一人だった。
 
「サッカーが大好きだから…守ろうとしたんです。豪炎寺は」
 
 豪炎寺。その名前を出した途端、ピクリと久遠が反応を示した。
「…いつ知ったんだ。イシドシュウジが…聖帝が豪炎寺であると」
「そんなに前じゃないですよ。ただ…気になって調べてみたら行き着いたっ
てだけで」
「気になった?」
「ええ」
 サッカーの管理組織、フィフスセクター。そのやり方に対しての人々の感
想や反応は大別して三つだ。利益を得られ、護られるようになったと喜ぶ
“旧・弱者”達。こんなものは正しいサッカーの姿ではないと反発する“サ
ッカー愛好家”達。
 そしてサッカーそのものに興味がない、無関心な“その他大勢”である。
 
「サッカーを愛する者達はよく言います。フィフスセクターは利益しか考え
てない、サッカーの事など欠片も愛さない連中に違いない、と」
 
 それは実際、神童も口にしていた事だ。サッカーは支配されてしまった。
連中はビジネスの為にサッカーを利用しているだけで、本当はどうでもいい
のではないかと。
 円堂は彼らの会話を偶々立ち聞きしていただけだが−−実際その場にい
た所で何が言えたのか。真実を伝えれば彼らをもっと傷つけるだけかもしれ
ない。
 神童にしろ天馬にしろ、多かれ少なかれ十年前のイナズマイレブンに理想
や幻想を抱いているのだから。自分達から本当のサッカーを奪ったその筆頭
が、かつての黄金時代のエースストライカーだなんて−−考えたくもないに
違いない。
 
「最初は俺もそう思いました。こんなサッカーは認められない、奴らは平気
なのか…って。でも、思い込んだり決めてかかったら、眼に映る景色はいく
らだって変わってしまう」
 
 十年前の自分は本当に浅はかで無知だった。エイリア学園の件などいい例
だ。連中が超次元な能力を駆使し、宇宙人だと名乗り、それをあっさり信じ
て敵意ばかり向けた。サッカーを破壊の道具にし、人を傷つけても平然とし
ている冷酷な奴らなんだとすら思った。でも。
 隠されていたのは、ただ当たり前のように愛されたくて手を汚すしかなか
った、孤児達の素顔。後から思えば気付けるきっかけは山ほどあったという
のに、自分は思い込みから全てを見落とし、あるいは見て見ぬフリをしてし
まっていたのである。なんて偽善的な勇者なのか。酷い話ではないか。
 ヒロトの件だってそうだ。彼が何故、敵である自分の前に何度も現れ、別
れまで告げに来たのか。命じられて、円堂を騙そうとしていた。そう決めて
しまえばそこで全てが終わってしまう。しかし真実を知った後ならばその真
意も紐解く事が可能だ。彼は傷つけあうサッカーなどしたくなくて−−でも
愛する父の為には従う他なくて。
 それは叫び。
 それは嘆き。
 彼は円堂に救われたがっていたのだ。無口に意味を重ねながら、訴えかけ
ていたのである。お前は自分達の救世主たるのか、と。そして終わらせたい
と願っていたのだ。全ての悲しい事を、悪い夢を。
 円堂は後悔した。他人に知らされるまで、自分から何一つ知ろうとしなか
った事を悔やんだ。眼を曇らせ、真実が見えなかった自らを恥じた。その上
で誓ったのである。
 知ろうとする事を畏れてはならない。目に見える全ての叫びを心に焼きつ
けて生きよう。思い込みや先入観で何かを決めつけるなど論外だ。何故なら
ば。
 
「真実は愛が無ければ見えない。だから俺は…もう、見えないフリはしない」
 
 愛を持って、客観的な眼で見てみれば、フィフスセクター及びその頂点に
立つ者の真意が見えてくる。
 
「そうやって見つめ直した時、フィフスセクターの行動には矛盾する点がい
くつもありました。ただサッカーを管理し、冷酷な判断を下すだけならばあ
まりにも不必要かつ不似合いな感情が」
 
 今回。円堂が雷門の監督に就任したのは当然理由がある。本来フィフスセ
クターから別の人員が派遣される筈だったのを、久遠が目金に依頼してデー
タを改竄、円堂が赴任するよう仕向けた為だ。
 こんな真似、すぐに相手方にバレる。フィフスセクターもすぐ不正に気付
いただろう。彼らはそこでいくらでも手の打ちようがあったのである。ハッ
キングの疑いで円堂の逮捕状を請求するなり、そうでなくともみすみす円堂
を監督に落ち着かせる必要は無かった筈である。
 しかし彼らは何の動きも見せない。即ち、黙認したのである。あからさま
な不穏分子、邪魔でしかない筈の円堂を、一体何故?
 実は調べてみれば似たようなケースは今まで数件起きている。フィフスセ
クターは、反抗的な監督や顧問の就任をあえて見逃しているのだ。どうして
なのか?
 加えて。時折見られる勝敗指示のない試合。選手達の裁量と技量に全てを
任せた一戦−−去年のホーリーロード決勝戦がそれに当たる。綿密な計算が
狂う、面倒しかない試合を何故組むのか。ただ管理したいだけなら、自由な
試合などさせないに限るではないか。
 それらの疑問を積み重ねていった時、答えもまた見えてくる。フィフスセ
クターがサッカーを管理するのは、目的ではなく手段なのではないのかと。
 
「もしフィフスセクターが存在しなかったら、どうなっていたか?日本の治
安悪化や、格差社会に大きく拍車をかけていたかもしれない。サッカーの影
響力は、良くも悪くも大きくなりすぎました」
 
 少なくとも−−サッカーは再び破壊と政治の道具になっていただろう。皆
を幸せにできる“楽しいサッカー”は永遠に失われていたかもしれない。
 
「フィフスセクターは、正しいサッカーの姿を奪ってしまったかもしれな
い。でもフィフスセクターのした事はまだ、人々にサッカーへの希望を残し
たんです」
 
 豪炎寺は−−護ろうとしたのだ。他に手段は見つからなくて、闇の中もが
く中で。サッカーを管理する事で治安を維持した。いつか全てを壊してくれ
る者が現れると信じて−−かつてのサッカーが取り戻せる日が来ると信じ
て。
 
「フィフスセクターを叩く前なら。同時に俺達は変えなくちゃいけない…サ
ッカーで全ての価値が決まってしまうようになった、この世界を」
 
 それが豪炎寺の願いでもある筈だから。
「お前に、出来るのか。絶望しきった…今の雷門で」
「やってみせますよ」
 まだ暗い表情の久遠に、円堂は微笑んでみせた。
 
「俺が巻き起こしてみせる。暗い未来なんて吹き飛ばす…とびっきりの革命
〈カゼ〉を」
 
 天馬の顔を思い出す。彼がいればきっとなんとかなる。
 大丈夫。希望はまだ、死んではいないのだから。
 
 
夢の終わりに
見るは。
 
 

 

まだ、晴れない。

 

イナGOの“例の説”を聞いて突発的に書いてしまった短編であります。

聖帝=真人説とか、ミスリードのまったくの別人だって節もありますが真相はどうなのか。

ただ聖帝が豪炎寺だったら、辻褄の合う箇所もあるなぁと…ほぼ考察で申し訳ない;;

第一初イナGOで新キャラが出ない話を書くのもどうなの自分。イナGOネタも今後増やしたいです〜!