嗚呼、自分は世界に見捨てられたのだ。飽和した脳で、フランはそう結論を 出した。砂嵐が泣き喚く。まるで、自分の代わりに叫ぶかのように喚き続けている。 この世界には何もない。生きているのは、自分一人だけだ。「…何故私なの」 掠れた喉で呟いた。「答えろ…神様とやらがいるなら答えてみるがいいっ!何故私から全てを奪 った!?私が一体何をした!?私に罪があるのならば何故私の命を奪いに来なか ったのか!?答えてみせろおおおっ!」 呟きは吠吼へ変わった。理不尽過ぎる。こんな力が欲しいなどと願った事は 一度もない。アスタとサンも同じだった筈だ。施設で身を寄せ合っていた頃、 彼等は言っていた。 力なんて、要らない。ただ家族がいて、友達がいて、大好きな人達と暖かい家とごはんがあればそ れでいい。それ以上は何も要らないと。自分も彼等も、望んでいたのはただそ れだけの事だったのだ。二人とも本当に優しい子だった。自分一人が不幸に違いないと、かつてそう 溺れていた自分に−−生きる甲斐を与えてくれた。自分なんかを姉と読んで慕 い、支えてくれた。実験の後遺症で痛くてたまらない夜も、抱きしめあって温 もりをわけあった。彼等がいなければ、フランという人間はとっくの昔に崩壊 してしまっていたに違いない。自分なんかよりずっと、あの二人は生きる価値があった筈なのだ。それとも 自分があの瞬間、死にたくないと願ってしまったから−−代わりに彼等が逝っ てしまったとでもいうのか。 どうして彼等が。 どうして自分が。「返せ…返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ 返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ 返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ 返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ 返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ 返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ 返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ 返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せッ!父さ んと母さんを返せ!アスタを返せ!サンを返せっ!」崩落した建物の中。捻った足が痛くて堪らなくて。それでもすぐ傍にいた筈 の大切な“弟達”を探した。フランが死なずに済んだのはその部屋が思いの外 崩れなかったせいだ。恐らく構造上の問題だろう。そうでなければ他の研究員 達同様瓦礫に押しつぶされていた筈だ。太陽の光を閉ざし、薄暗い闇の中。二人はすぐ見つかった。うつ伏せに倒れ た彼らは瓦礫に潰される事もなく、一見大した外傷もないように見えた。でも。 フランが何度名前を呼んでも、彼等はぴくりとも動かない。息もしない。心 臓も動いていない。まだ、まだ触れた手も頬も温かいというのに。引き裂くような絶叫の中、フランの冷静な部分が告げていた。いつかこうな る事は分かっていただろう?と。二人が死んだのは恐らく反原子爆弾のせいではなく、度重なる過酷な実験ゆ えの末路だ。“力”はフランの方が強かったが、フランはその力に耐えうるだ けの強固な器も持っていた。彼等は違う。アスタもサンも、力に耐えるにはあ まりに身体が弱すぎた。にも関わらずあれだけ無茶を繰り返されていては、器 が壊れるのも時間の問題というものだ。今になっても、施設の連中がどこの国の機関に属していて、何処の国と国が 戦争をしていたかもよく分からない。しかし、奴らが焦っていた事は間違いな い。自分達は戦争に勝つ為、人間兵器になる為に集められた生贄だった。完成 を急ぐあまり、子供達の命は蔑ろにされ続けた。いつの間にかいなくなってい た他の子供達は−−つまりはそういうこと、なのだろう。それでも信じようと−−二人は大丈夫だと思い込もうとしたのは。アスタと サンがいつも微笑っていてくれたからだ。苦しくても、限界が近くても、自分 達は大丈夫だとそう言ってくれたから。他ならぬ、フランを心配させない為に。自分がそんな彼等の優しさに縋ってしまった。彼等に、泣き言の一つも言わ せてやることが出来なかった。悪いのは自分じゃないか。自分達を利用した大 人達と、フランだけが悪いのではないか。ああ、もうそれでいい。それでいい から。「私の世界を返せ!幸せを返せ!みんなを返せっ!それが…それが出来ない なら今すぐ私を殺せっ!」ひとしきり叫び、フランは膝をついた。泣いても泣いても涙が止まらない。 捻った足の痛みももう感じない。ただ胸の奥が痛い。フランは思い知る−−こ れが絶望というものなのだ、と。一人きりで世界に取り残されることが、これほどの恐怖だなんて思わなかっ た。こんな事になるくらいならもっと早く死んでしまえば良かったのだ。そう すればもしかしたら−−自分の代わりにアスタかサンが死なずに済んだかも しれないのに。「お願い…私を、殺して」 もう嫌だ。 一体いくつ失えば。 一体いくつ涙を流せば。 一体いくつ絶望を知れば−−赦される?「こんな世界で…生きてたくなんか、ない…」 神様はどれだけ私のことが嫌いなのですか。『…フラン』 その時だった。フランの耳に、懐かしくて優しい声が届いたのは。『それでも俺達は、お前に生きていて欲しい』はっとして顔を上げる。砂ばかりの景色。濁ったような晴天。見える光景に 何も変化はない。だけど。「アス…タ?いるの…?」 フランには分かった。アスタがいる。すぐ傍にいるのだと。『僕もいるよ、姉さん』振り返る。今度も聞き間違いじゃない。今のはサンの声だ。ふらつきながら 立ち上がり辺りを見回す。いるのだ。いるはずなのだ。彼等は何処。ああ、何 処に?壊れたように二人の名前を呼ぶフラン。端から見ればそれは気違い少女が発 狂したようにしか見えなかっただろう。フランは呼び続けた。そして願った。 二人に逢いたい。 もう一度手を繋ぎたい。抱きしめたい。 もう独りは、嫌だ。『フラン』『姉さん』二人は姿を現した。彼等は最後に見た時のような、ボロボロの実験服姿では なかった。シャンとした綺麗な服を着て、そして微笑っていた。だから。「アスタ!サン!良かった…良かった、生きてたのね!生きてたんだね!本当 に良かった…っ!」 二人の身体が透けていることも。 二人の笑顔が泣き出しそうなものであることも−−何一つ、見えなかった。『フラン、行こう。今のお前なら何処にだって行ける。だから…一緒に』 何処へ?フランは首を傾げながら尋ね、差し出された二人の手をとる。『姉さんは、何がしたい?僕達はついていくよ、何処へでも』「私は…」その瞬間、心に湧き上がったのは紛れもない憎しみだった。二人に再会出来 たことで、心のどこかが緩んだのかもしれない。ドス黒い怒りに、ギリギリと 奥歯を噛み締める。 願いは、一つだ。「…復讐したい。私達をこんな目に遭わせた世界に…神様に喧嘩を売ってやり たいわ」そうだ。あんなにも厭わしく思っていたが、自分には力があるではないか。 施設の奴等が生きていれば、どのみち自分達の力は世界を壊す為に使われた。 なら、お望み通りにしてやろうじゃないか。 自分達を裏切った全てを。この世界そのものを、壊し尽くしてやる。そして。「世界を…変えるの。誰も泣かない世界に、綺麗な花がたくさん咲く世界に」『…そっか』姉さんは優しいね、と。サンはそう言う。自分は優しくなんかない。ただの エゴイストだ。そう本当はこの時もう分かっていた。争いに取り憑かれ、憎しみに溺れてていたのは他でもない−−自分自身だ と。『行こう、姉さん。僕達と一緒に旅をしよう。…姉さんが幸せになる為の、旅 を』 姉さんが、とサンは言った。僕達が、ではなかった。 その意味にさえ、フランは気付く事が、出来なかった。「…戦争が無ければ、私は何も失わずに済んだ。大好きな父と母も、アスタと サンも…世界も」音の消えたフィールドに座りこみ、フランは呟く。全てを失ったあの日のよ うだった。心が空っぽで、何も分からなくなってしまっている。自惚れていたつもりはないが。限りなく自分のしている事は正義だと信じて いた。パズルをバラバラにして新しく組み直し、ただ新しい絵を作るだけのこ と。それで最終的にはみんな幸せになれる筈だと信じてやまなかった。本当は“みんなの為”じゃない、“自分の為”でしかなかったのに。何か行 動しなければ、目的がなければ−−絶望に負けてしまいそうだったのだ。そして見つけた答えが、“戦いを否定”することだった。戦いがなくなれば 解決する、安易すぎる考えだと、気付かなかったわけでもないのに。「分からなかったの。…戦えば傷つく。血が出れば痛い。なのに何故、人は戦 う事をやめないの?どうして相手の痛みが分からないの?……戦いという概 念がなくなれば、きっと」「それは無理だと思う」 フランの言葉を静かに遮ったのは、松風天馬だった。「人間は醜いよ。良いとこばっかりじゃない。だからいつも誰かより強くあり たいし、誰かを負かしたい。…そんな汚い部分も人間の本質だから…戦いなが ら進化してきた人間だから。人間が人間である以上、戦う事をやめるわけには いかないんだと思う」 だけど、それだけじゃないんだよ。天馬はフランの手を握りながら、言った。「戦うのはそれだけじゃないんだ。…大切な誰かや、何かを守りたい時だって 人は戦う。戦争は…すっごく怖いことだけど。戦争で戦う人も始める人も、最 初はただ何かを守りたかっただけだと思う」「…それで、誰かを傷つける事になっても?」「そう。…自分の正義を貫く為に、誰かの正義を否定して、壊して。ガムシャ ラに何かを護って、最後は後悔することがあっても。…そうやって戦うのが人 間だ。でも、相手を傷つけるだけが戦いでもない。だから俺は、サッカーが好 きだよ。…ね?」天馬が振り向いた先には大空ヒロがいた。彼は目を潤ませながら、何度も何 度も頷いてみせる。「そうだよ。サッカーもLBXも同じです。だって…サッカーで戦っても、L BXで戦っても。使われるのは銃や爆弾じゃありません。…勝負が決まっても、 誰かが死んだりはしないんです。また勝負しようって、笑って友達になること が出来るんです」 ああ、なんだ。フランの胸に、何かがすとんと落ちる。答えはとても簡単なものだった。ど うして気付かなかったのだろう。血を流すだけが戦いじゃないなんて。本当はすぐに分かった筈だ。そうだ、 アスタやサンだって“戦って”いたじゃないか。自分を護る為にずっと−−“戦 って”くれていたのではないか。「サッカーも、LBXも…誰かを幸せに出来る魔法なんだ。少なくとも俺達は そう信じてるよ」 天馬が問う。その声に、あの時サンが言ってくれた言葉が重なった。『行こう、姉さん。僕達と一緒に旅をしよう。…姉さんが幸せになる為の、旅 を』「ねぇフラン。あなたは幸せに、なれましたか?」 頬を伝う涙は、温かかった。まだ確かな事は何も言えない、でも。 生きていていいと。彼等にそう背中を押された、そんな気がした。幸せを詠う旅をしよう。 |
私の世界はまだ、ここに。