狂気はすぐ傍にあるの。
 ね。知ってた?
 
 
 
 
 
 
 
怖い話は好きですか?
 
 
 
 
 
 
 
 でさ、聞いてよ聞いてよ!
 
「聴いてるよマキュア。落ち着いてってば」
 
 だってさぁ。まさかと思ったんだもん。ね、怖い話は好き?
 
「まあ嫌いじゃあないけど」
 
 ほんと?マキは結構好き!でもまさかこの研究所にも怪談があるなんて
思わなかった!
 
「怪談?」
 
 そ。
 レアンに聴いたのよ。ほらあの子結構噂話とか好きだし。
 
「まあ、確かにね。でもこの場所で怪談なんて、いろいろ洒落にならない気
がする」
 
 そりゃ間違いナイ。
 …あ、って事はあれだ、研究所の逸話も結構知ってるクチ?
 
「逸話っていうか。ほら、今エイリアはマスターランクの3チームと、ファ
ーストランクが1チーム、セカンドランクが1チームで…計4チームしかな
いでしょ?」
 
 そうだねぇ。
 
「元はサードランクが1チームに、フォースランク候補生としての子供達が
たくさんいたって話じゃん。まあサード以下にはお日様園出身者じゃない子
が大半だったみたいだけど」
 
 マキも知ってるー。
 サードのキャプテンは確か…リバースとか言ったっけ?
 
「そうそう。結局サード以下は実験で耐えられなくて殆どが死んじゃったか
廃人になったかのどっちかだったらしいけど」
 
 うわあ、それこそ化けて出そう。
 
「エイリア石の力はそれだけ強大だってことだよ。で…ごめん、えっと…何
の話だったっけ?」
 
 ちょっと!忘れないでよね、こっちが本題なんだから!
 あーでも…そのサードランク以下の話をそこまで知ってるとなると…こ
の怪談ももう聴いちゃってるかも。
 
「いいよマキュア。言ってみて?」
 
 いくつかあるの。あのね。
 トレーニングルームであった事らしいんだけど。
 
「トレーニングルーム?」
 
 うん。2階のトレーニングルームの…どっからしいんだけど。
 
「またいい加減だなぁ」
 
 うるさーい!
 あそこって許可申請しないと基本使えないじゃない?
 っていうかそのへんしっかりさせとかないと混雑してえらい事になるし。
 
「ランニングマシーンなんて人気高いしね」
 
 でしょでしょ。
 特に夜中使う時はさらに“深夜使用許可申請書”っていうのが必要で…そ
れがまた面倒なんだけど。
 
「そういうの書かせないと、際限なく睡眠時間削って無理する人が出るから
でしょ。君んとこのキャプテンなんていい例じゃない」
 
 デザーム様はねぇ…満足って事を知らないからなあ。今でも充分強いと思
うんだけど。
 …まあデザーム様の事は置いといて。
 とにかくね、トレーニングルームを深夜使いたかったら、通常の申請書を
一枚書いて、さらに深夜許可申請も書いて…あとパソコンからも手続きしな
きゃならないのよ!
 
「面倒くさいよね」
 
 うん。それで面倒くさいのもあって、深夜無茶な特訓する人を減らそうっ
ていう魂胆なんだろうけど。
 ある時ね、職員の一人が奇妙な事に気付いたそうなの。
 
「奇妙な事?」
 
 名前が空欄の申請書よ。希望時間帯は深夜だったから、深夜許可申請の紙
もあったんだけど、こっちも空欄で。
 なんとパソコンのデータ手続きの方も名前が空欄だったらしいんだ。
 
「それは…おかしいね。普通エラーが出るものなのに」
 
 そうそ。必記事項を記入漏れしたら普通エラーが出て送信出来ない筈よ
ね。
 なのにその手続きは職員の元にあって、しかも許可した覚えもないのに許
可済みの印がついてるの。
 
「他の職員が許可出したんじゃないの?記入漏れだってまぁ、あり得るミス
だし。そこでシステムエラーまで重なるのはちょっと妙だけど」
 
 職員もそう思ったんでしょうね。
 でもたった一回ならそういう事もあるかもしれない。そう考えて見過ごし
てたそうなの。
 ところが、白紙の申請書はその一回だけじゃあ済まなかった。それは月の
6のつく日に必ず来たの。つまり六日と十六日と二十六日に。
 申請時間は必ず決まって午前二時。で、やっぱり誰も許可を出してないの
に、許可済みで通されちゃってるのよね。
 
「それは…気味が悪いね」
 
 これはやっぱりおかしいし、気持ち悪いってんで、その職員も確かめてみ
る事にしたんだって。幽霊やら超常現象やらでも困るけど、誰かの悪戯なら
それもそれで困るじゃない?
 次の6のつく日。職員は午前二時に、件のトレーニングルームに行ってみ
る事にしたんだって。
 
「お、クライマックス」
 
 部屋に電気はついてなかった。やっぱり誰もいないんじゃないかと思って
引き返そうとしたんだけど、暗闇の中マシンが動く音はするのね。
 こんな真っ暗な中で、でも確かに誰かがランニングマシーンを使ってる
の。いよいよ不審に思って職員は自動ドアの中に入った!すると!
 
「どうなったの?」
 
 ……入れなかったのよ。
 
「入れなかった?」
 
 職員は確かに中に入った筈だった。でも一歩踏み出して闇の中に入った途
端、何故かトレーニングルームの外に出てしまう。何度やっても、その繰り
返し。
 
「空間が歪まされたってこと?」
 
 マキもそう思う。…例えるならデザーム様やゼルが使う“ワームホール”
みたいなものね。ほらあの技って、地面に平行に飛んでった筈のボールを、
空間を歪めて垂直に落とすでしょ?
 でもあれは、ボールくらいの質量だから出来るのであって、人間を、しか
もやって来た方向と真反対にUターンさせるなんてまず出来っこない。
 さすがに怖いと思ったけど、ここまで来て引くわけにはいかない。何より
職員からすれば、怪異を放置するのもマズイでしょ。
 だから彼は叫んだの。中にいるのは誰だ、電気くらいつけろ!ってね。そ
したら。
 
 
 
 
 
『ちゃんと許可とったでしょ』
 
 
 
 『灯りつけたら見えちゃうじゃない』
 
 
 
 
 
 声と一緒に。
 トレーニングルームのガラスにびっしりと−ー浮き上がったんだって。
 
 
 
 
 子供達の、目玉が。
 
 
 
 
「……なかなかドギツイ図だね…それは」
 
 でしょ。マキもさすがに想像したら怖かった。まあ怖いモノ見たさで見て
みたい気はするけどね。
 以来、6のつく日の午前二時にトレーニングルームを覗くと、名前のない
死んじゃった子供達に睨まれるんだって、サ。おしまい。
 
「うーん…目玉はいいけどもうちょっとインパクトが欲しいなぁ」
 
 インパクト?じゃあこんな怪談はどう?
 うちの研究所のC棟って、四階がないでしょ。
 
「そういえばそうだね」
 
 外から見れば分かると思うけど、建物自体は立派な五階建てじゃない。な
のに、三階から東階段で上がると、四階すっとばして五階についちゃうの。
 
「よくあるよね、そういうビル。最初から四階を作ってなかったりとか、4
や9のつく数字のナンバープレートが無かったりとか。パチンコ屋さんなん
て特にありがちだけど」
 
 でも星の使徒研究所は違うよ。だって六階はないもん。五階の上はもう屋
上よ?
 でもって三階と五階の間だけど、よく見れば階段自体がそこだけ新しく
て、段数もちょっと多いのね。
 これがよく出来てるんだけど、三階と五階は廊下に段差がある箇所が多く
て、東階段と廊下の西端だと、だいぶ高さが違うんだよね。
 で、西端に本来あった筈の階段は取り壊されちゃって今は使えなくなって
るの。しかも、三階と五階の間部分だけ。
 
「怪しいね、それ」
 
 そう思った子が職員の人に訊いたんだって。この建物に四階は無いんです
かって。そしたら。職員の人は『死にたくなかったら忘れろ』って言ったら
しいわ。でもそんな事言われたら余計気になるのが普通でしょ
 どう見たって四階は、後から埋められたとしか思えない。今まで気付かな
かったけど、外からC棟四階を見ると、雨戸がぴったり閉まってて中の様子
が一切分からないんだよ。もしかしたら裏から打ちつけられてるのかも。そ
の子じゃなくても気になるのは当然だよね。
 
「マキュアも気になっちゃう?」
 
 そりゃあもう!不謹慎かもしれないけどワクワクしちゃう。未知の領域。
閉ざされた空間。そういう場所を探検するのってトキメかない?
 
「分からなくはないけど」
 
 で、その子どうしたと思う?
 なんと必殺技で、五階の床に穴空けちゃったの!
 
「そりゃまた大胆な」
 
 ほんと、よくバレなかったなってカンジ。
 五階の床の下には、見慣れた三階の景色はなくて。電気のついてない、真
っ暗な廊下があったんだって。
 いざとなったらまた必殺技で壁壊して脱出すればいいし、下に降りて調べ
てみようとしたらしいの。でもその子が身を乗り出して穴を覗きこんだ途
端。
 
 
 
 
 
『ヤ ッ ト 出 レ タ。
 ネェ 代 ワ ッ テ ヨ ?』
 
 
 
 
 
 血まみれの手が伸びてきて。その子は悲鳴を上げる間もなく穴に飲み込ま
れてしまった。それを偶々見ていた別の子が慌てて助けを呼びに行ったんだ
けど−−。
 五分後、戻ってきた時は−−空けた筈の穴は、何事もなかったように消え
てしまっていたらしいよ。
 以来、エイリア学園には暗黙の了解が生まれた。閉ざされたC棟四階にけ
して近付いてはならない。そこは黄泉の世界へと続いている。踏み入ればあ
の世に引きずり込まれ、二度と出ては来られなくなる−−ってね。
 
「…近付くなよ、マキュア?」
 
 う…分かってるわよ。でも何があるのか知りたい気持ちは…どうしてもね
ぇ?
 
「興味は否定しないけど。禁止されるからには必ず理由があるんだから。余
計な秘密知って消されても知らないよ?」
 
 こ、怖い事言わないでよ!
 …そうだ。今話したの、研究所の七不思議のうち二つなんだけど。他の七
不思議もマキはしっかり聞いてきちゃったわけです。
 もう読めたかな?七不思議の七つ目は定番。六つの不思議を知ると、奇妙
な事が起こるっていう…
 
 
 
 
 
 
 
「マキュア」
 
 不意に声をかけられ、マキュアは振り向いた。
「あ、デザーム様!おはよー!」
「おはよーじゃない。また寝坊したのかお前は」
 呆れられるが、別に構わない。起きてすぐ、デザーム様の方から声をかけ
て貰えた今日はとってもいい日だ。マキュアを含めたイプシロンは皆、デザ
ームが大好きである。ついつい親兄弟のように甘えてしまう。
「ところでお前、こんな廊下のド真ん中で誰と話してたんだ?随分楽しそう
だったが」
「え…?」
 マキュアはきょとんとなる。デザームは一体何を言っているのか。
 
「誰って、マキが話してたのは…」
 
 あれ?
 あれ?
 自分が話していたのは−ーあれ?
 
 何かが、おかしい。
 
 どうして今さっきの事なのに、話していた相手の顔も声も思い出せないの
だろう?
 
 自分は誰と、話をしていた?
 
「私が見た時、此処にはお前しかいなかった。てっきり携帯で話しているの
かと思ったが……マキュア?」
 
 マキュアの全身から、ゆっくりと血の気が引いていく。理解してしまった
時、それは恐怖に変わる。思い出したのだ。
 
 七不思議の七つ目。
 六つの不思議を知った時−−奇妙な事が、起きる。
 
 
 
 
FIN.
 

 

怪異と、エンカウント。

 

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 季節外れですがホラーを一つ。会話文なんだけど、会話文じゃない話?よくわからん。

 七不思議を七つ集めると何かが起こる。ありがちですよね。一人増える、や一人減る、が定説ですが。

 マキュアらしさを追求してみました。彼女は面白がって怖い事にも首つっこんでしまいそうです。

 果たしてマキュアが話していた相手は誰だったのか?皆さんの想像にお任せしようと思いつつ、イメージはあります。

 喋り方が誰かさんそっくりで見た目も誰かさんそっくりで、だからマキュアも見知らぬ他人と思わず近寄ってしまった。

 ホラーは楽しいので今後ちまちま増やしていきたいです。