“偽物の景色も描き続けたなら いつかは本物にもなれると 夢を見てた”Liar game イヤだ、と思ったのだ。ただ無性に。「ナイスチャージだ、不動」 風丸に後ろからチャージをかけた不動を、あの監督は誉めて。鬼道が非難の眼差しを向けるのを意にも介さず、不動は得意げに鼻を鳴らした。 リュウジはその様子を、離れた場所から見ていた。風丸に駆け寄るべきだったと思う。でも、動く事が出来ない。 後ろからあんな風にスライディングをかけたら、高確率でファウルをとられるのではないか。いやそれ以上に、相手に怪我をさせるかもしれない。 勝利さえ得られれば、相手選手がどうなろうと構わないとでも?−−分かってる。俺にそんな事言う資格なんか無いって事くらいは。 ギリギリと、握りしめた拳が軋む。 自分達エイリア学園−−特に、リュウジがレーゼであった頃、率いていたジェミニストームは。学校破壊を繰り返し、そのたびに怪我人を量産してきた。 日本代表として集まった彼らは、驚くほどあっさり“緑川リュウジ”を受け入れてくれたけれど。 罪の重さは、自分が一番よく分かっている。本当なら簡単に赦されていいはずがない。怨まれていない筈もない。 武方がつっかかってきた時、その当たり前の反応にむしろ安堵していたというのに。あれ以来武方ですら何も言って来なくなった。 壁山に至っては自分に懐き始めてすらいる。−−あいつらは、優しい。罪なほどに。 だけどその優しさに、甘えすぎる事は赦されない。引いた線は守らなくてはならない。 自分はまだ心から謝る術すらないのだから。−−だったら、せめて。 他に出来る事を。自分にしかできない事をするべきではないか。 不動に対して、皆が不信感を抱いているのは明白。その理由も、自分は聞かされている。いや、聞かされていなくとも予想くらい立てられた筈。 まだヒロトしか知らないけれど。彼と自分達は、前々からの顔見知りなのだ。 意を決したように、リュウジは顔を上げる。不協和音の種は、自分がなんとかしなければ。 どのみちこんな鬱々とした気持ちを抱えたままでは−−落ち着いてサッカーなど、出来そうにない。「…何か、用かよ」 チームに馴染めていない不動は、練習時間以外の殆どを一人で過ごす。それを知っていたリュウジは、人気の無い廊下で声をかけた。「単刀直入に言うよ」 細くて小さな、子供の身体。しかし捻れた凶暴性を孕むその背に、静かに投げる声。「チームの和を乱すの、やめてくれないか。わざと、だよね。どう見ても」 尋ねる形をとっていても、それは断定に等しい。「みんなの気に障る発言だけじゃない。…監督が認めても、それ以外の誰もが認めないさ。他人を破壊する為のプレーだなんて」 単に危険、という言葉では収まらない。不動にとってサッカーはスポーツでないのだ。勝利を得る為の武器であり、他者わ虐げる凶器でもある。 実際彼は真帝国学園において、味方の筈の佐久間と源田に禁じ技を与え。結果、命に関わるほどの怪我を負わせている。 最優先の基準が、自分達と彼とでは根本的に違うのだ。 それを理解できるほどには、リュウジは不動の事を熟知していた。次に彼が言うであろう言葉も。「随分と偽善者になったもんだよなぁ?」 ぐるん、と振り向き。笑みの形に歪んだ赤い瞳と眼が合う。「アンタがそれを言うのかよ?ええ、“レーゼ”様ぁ?」 そう、充分に予測の範疇である言葉なのだ。それでも、身体が震え出すのを止められなかった。心臓が軋みを上げ、背中を冷たい汗が濡らす。 レーゼ。その名前はもはや、リュウジにとってはトラウマそのものなのだ。不動はそれを分かった上で傷口を抉って来る。乗せられてはならない。嵌められたら、抜け出せなくなるから。「そうだ。…俺に、奇麗事を言う権利なんか、無い。だって数であれば君よりずっと、俺はたくさんの人を傷つけて来たんだから」 微かに残る、忌まわしい過去の断片。魂をズタズタに引き裂くような記憶の欠片を、リュウジはあえて思い出そうとした。 上がる悲鳴。泣き叫ぶ声。命乞い。破壊音。逃げ惑う背中。地に伏す身体。 吐き気がする。喉元までこみ上げた胃液を、どうにかして押し戻す自分。きっと今、情けないほどみっともない顔をしているのだろう。 それでも自分は、苦痛を与えられなければならなかった。マゾヒストの趣味などないが、そうせねばならないと自分の中の自分が命じる。 それ以外にどんな罰が相応しいのか、と。「あんな事…望んでなんかいなかった。だけどお父様の為だからって言い訳して…エイリア石に頼ったのは俺自身の意志。そして弱さ」 罪深い事には。 リュウジは“レーゼ”であった時の事を、断片的にしか覚えていないという事。最初は意識して作り出していた“レーゼ”の人格が、いつの間にか取り消せないものになってしまっていた。 何が嘘か本当か。夢なのか現実なのか。その境界も曖昧なまま、ひたすらサッカーを破壊の道具にしていた自分達。 最終的にはエイリア石と生体実験の後遺症で、記憶がかなり破壊されてしまっていた。 円堂達にはああ言い訳したが。 本当は、レーゼは自分であって、自分でない存在だったのかもしれない。これ以上余計な同情も心配もかけたくなくて、本当の事は半分も語らなかったけれど。 だから。全てを思い出すまで、ちゃんと謝る事が出来ないのだ。今謝罪したら、それは嘘になってしまうから。「だからこそ…俺はもう、嫌なんだ。何かを壊す為のサッカーなんかしたくない…!やりたくないよっ!!」 罪を犯し、罰を知ったから。 そんな自分だからこそ、重さが理解できるのである。サッカーは楽しいものだと。そう言い続け、立ち上がった者達の強さが、どれほど貴いものであるかも。「はははっ!随分イイ子ちゃんのフリが上手くなったよなぁ。昔はビービー泣いてばっかりだったくせによぉ」 ひび割れた声で高嗤う不動。はっとした時には遅かった。ドンッ、と思い切り肩を掴まれ、背中を壁に叩きつけられる。 細腕に似合わぬ力の強さに、息が詰まった。けほけほと咳込みながら、手を外そうともがくも、指の先すらピクリとも動かない。「無駄無駄!力じゃお前、俺に勝てねーよ」 愉しげに歪む不動の顔。その瞳の奥に潜む感情は、見覚えのあるものだった。「どんなに可愛いフリしたって、お前のココにはドロドロした汚ぇもんがいっぱい詰まってるんだ。認めちまえよ。他の誰を蹴落としたってレギュラーになりたいんだってなぁ!!」 空いた拳で、グリグリと胸の中心を抉られる。肋骨が軋みを上げる。痛みに歯を食いしばった。「俺様がスタメン確定しそうだからって…やる事セコいんじゃね?焦ってんだろ。レギュラーどころかいつ候補から落とされるかわかんねぇもんな」 それは、確かに事実だった。 自分は焦った。久遠監督に眼をかけられる不動を見て、こいつの代わりに自分がベンチに下げられるんじゃないかと。 元々同じMFで、ポジションを争う立場。破壊の為のサッカーを肯定する彼に負けてしまったら。自分が与えてしまった傷も受けた痛みも全て無意味になってしまいそうで。 怖くなった。どうしようもなく。「否定は、しないよ。君がスタメンになって俺が落ちたら、さぞかしショックだろうなって思うね。でも」 恐怖を押し殺し。リュウジは凄絶に微笑んでみせる。そして不動を一番逆撫でする言葉を、あえて吐く。「やっぱり、君のサッカーじゃ駄目。ねぇ、まだ分かってないんだ?どうして君が…ジェミニストームのメンバーからも外されたのか!!」 ダンッと大きな音。リュウジの身体は思い切り肩口から、地面に叩きつけられていた。 リュウジを力任せに突き飛ばした不動は、さっきまでの余裕綽々な顔から一転、憤怒の表情でこちらを見ている。「うるさいっ…負け犬!」「負け犬?それこそ君にだけは言われたくないね。エイリア学園からも、お父様からも逃げ出したくせに!!」「黙れっ」 地面に倒れながらも、上半身を起こしてリュウジは叫ぶ。「君のサッカーは、お父様の理想に必要無かった!だから認められなかった!!君が仲間さえ傷つけるサッカーを…自分の事しか考えないサッカーをするからだよ!!」「黙れっつってんだろーッ!!」 馬乗りになり、首を締められた。ひゅっ、と空気が抜ける音。喉が絞られ、頭に血が上る。息が、出来ない。「てめぇに何が分かる…!?あの方の為なら何でもやると誓ったのに…駒にすらされず、捨てられた俺の気持ちが!お前に分かってたまるかよ!!」 惨めだな、と。霞み始めた意識で、リュウジは思った。 本当に惨めだ。自分も彼も、同じくらい。違いがあるとすれば、その惨めさを認めているかいないかという事くらい。 不動はあの人に認められない現実に絶望して、エイリアから逃げ出した。そして影山に縋って再び希望を掴み取ろうとしたのに、結局彼にも見放されたのだ。 最初から別のサッカーを探していたなら、こんな事にはならなかったかもしれないのに。それに気付けないのは、度重なる悲運に不動が心を歪ませてしまったせいなのだろうか。−−俺を殺したきゃ、そうすればいいさ。 哀れだ、実に。−−でもどのみち、誰も救われやしないんだ。 今から取り戻せるモノがあるとしても。過ぎた時間が還る事など、二度と無いのだから。「リュウジ!!」「不動…お前っ!何やってるんだ!!」 窒息して、意識を失いかけた時。悲鳴に近い声と駆けてくる足音を聴覚が拾う。不動の身体の下から引き出され、リュウジは激しく咳き込んだ。「だ、大丈夫!?」 目の前に心配そうなヒロトの顔。向こうでは暴れる不動が、円堂と風丸に取り押さえられている。「ブッ殺してやるっ…!てめぇだって、捨てられたくせに…捨てられたくせにっ!!」 不動が吠える。 可哀相な子。でも端から見れば、自分もそう分類されるのだろうか。「もう…嫌だ…。もう嫌だよ…」「リュウジ?」 視界がぼやけるのは、酸素が足りないせいじゃない。「ねぇ、ヒロト」 あの頃は触れる事すら赦されなかったほどの、格差があって。なのに今はこんな風に彼の胸にしがみついて泣く事が出来るだなんて。 でもそれを、幸せだなんて誤解してはならないのだ、自分は。「俺達のサッカーはもう…誰かを傷つける道具じゃないよね?」 どうか、信じさせて。自分達はもう、人の形をした兵器などではないのだと。「…うん」 ヒロトはただ抱きしめてくれた。その温かさに甘えたくなる自分が呪わしくて、涙がさらに溢れ出す。 闇は何処まで行っても闇なのか。世界はこんなに眩しいのに。 自分達はいつになったら、出口を見つけ出せるのだろう?
“幸せというパズルピースが 一つまた一つと零れて堕ちては どうしてなの? どんなに集めても 手を触れてすぐ 溶けて消えていく” END |
消えた幻 貴方は私に見つめて 涙はまだ何処にも逝けなくて。
BGM 『Liar
game』
by Hajime Sumeragi
イナズマ三期開始記念!70話を見て突発的に書きました(またかいな)
不動はエイリアの元生徒…は公式ですよ…ね?影山を逃がす時黒いサッカーボール使ってたみたいですし。
そのあたりがアニメで描かれるかが不安で…っていうか待ちきれなくて妄想をブチ撒けました。
ちなみにリュウジは、レーゼの時の記憶が微妙に混濁しているということにしてしまいました。
いずれにせよ、円堂に暗い話はしそうに無いと思うのです。多かれ少なかれ負い目はあるでしょうし。
「俺達のサッカーはもう…誰かを傷つける道具じゃないよね?」これがどうしても言わせたかったのでした。
リュウジやヒロト、不動に鬼道。彼らの“救い”はこれからであると、願ってやみません。