――これはチームオーガが雷門と戦う前の、物語。 鬼の子達は挽歌を謳う。 <前編> どうせまた悪い報せだ。エスカバは分かっていたが、聞くしかなかった。なんだかんだで自分の地 位は准尉。戦場においては下の者が山ほどいて、彼らに的確な指示を出さな ければならない。「先程の戦闘において…ナルチ曹長及びカルツ一等兵が負傷…シュバイツ 軍曹は死亡が確認され、ブライン三等兵は…」報告をしに来た年若い歩兵は、そこで言葉に詰まる。彼はエスカバよりは 年上だったが前線経験はほぼ皆無だった。まだ新兵と呼んで過言ではない。 にも関わらずいきなりこんな修羅場に送り込まれるだなんて、ツイてないと しか言いようがなかった。ご愁傷様。次はマシな上司がつくよう祈ってるよ。エスカバは心の中で呟 いた。「分かった。…状況は聞いている。ブライン三等兵の生存は絶望的だろう。 …あの状況でよく生きて帰ってきてくれたな」「あ、ありがとうございます、サー…!」「とりあえず休め。今日はもうあちらも展開して来ねぇだろうし」「サー、イエス、サー!」歩兵を送り出し、エスカバはため息をつく。生きて帰る事こそ兵士の第一 条件。新兵にも関わらず、軽い怪我だけで生還してくれた。今はそれだけで 有り難いと思うべきだろう。玉砕だの、特攻大和魂だの。敵に一矢報いて死ぬ事が美しいとされた時代 もあったらしい。大昔の事だ。今では考えられない。敵にかすり傷をつける 為に毎回誰かが死んで何になるというのか。兵士は駒だが人形ではない。優 秀な兵士に幾らでも代えがいると思ったら大間違いだ。「スターダストM2型。…あんな地雷、どこから流れて来たんだか」ため息を押し殺すエスカバに声をかけてきたのはミストレだ。その手には 珈琲が入ったカップが二つ。彼なりの気遣いだろう。あーでもないこーでも ないと議論中の司令官達に報告してきた彼も相当疲れがたまっているだろ うに。有り難い事だ。普段は毒吐きだが、一番大変な時に気が利くのが、ミスト レの良いところだった。「スターダストシリーズだったのかよ、あれ」「みたいだよ。あれの爆発は独特だから。もうどの国も企業も作ってない筈 なんだけど」 エスカバは何度目になるか分からない溜め息をつく。先程の戦闘−−最初は自軍が押しているように見えたのだ。だがこの地域 はあちらのテリトリー。地の利がどちらにあるかと言えば明白。いつの間に か地雷原に誘い込まれて、B小隊のメンバー数名が巻き込まれた。地雷の真上にいたブライン三等兵。確かにまだ日の浅い兵ではあったが− −パニックになり、地雷を踏んですぐ足を離すなど論外である。多くの地雷 は踏んだ足を離した時爆発する仕組みなのだ。それで仲間を巻き込みバラバ ラの肉片になったのではどうしようもない。そもそもこのミッション。構成にも指揮官にも作戦にも問題ありありだっ たのだ。今それを愚痴ってもどうしようもないけれど。「一番可能性が高いのは…旧ソ連か。スターダストに欠陥が見つかるまで、 一番ご執心だったし。世界大戦後、世界政府が禁止命令出してすぐ、大量に 武器が流出したもんな」今はもうとうに使われてない筈の外国の地雷。それがまさかこの国にまで 入ってきていたなんて−−まったく世も末である。つい数十年前まで戦争放 棄を謳っていたとは思えない。「北って可能性もあるでしょ。連中、あっちの国とも繋がってたって噂だし」「まだ未確認情報だけどな。…単なる噂である事を切に願う。あの国とこれ 以上モメたくねぇ」「右に同じ」なんでたかだか十四歳の自分達が、政治の心配までしてるんだかと思う。 だがこんな場所にいると、つい余計な事まで考え過ぎてしまう。時間は限り 無くあり、されど限り無くない。明日どころか今日生きてる保証もない−− それが、戦場。国際テロ組織、アバンチュアの壊滅。それが今回自分達に課せられた任務 だった。我が国の陸軍、総勢七百人動員。オーガ小隊は半ば保険のような存在だと 言われていた−−実際上層部はそうやって戦況を楽観視していたのだろう。 だが蓋を開けてみれば。作戦を任命された司令官達は無能揃い。ついでにアバンチュアは地形を利 用して、徹底抗戦の構え。さらには想定より遥かに大量の武器や兵器を所持 していた。地雷などはその一部に過ぎない。七百いた筈の兵は既に二百そこそこ。消えた五百人の半数以上がバラバラ に吹き飛んで遺体すら回収できない有り様である。「ダイル中将が総司令…って聞いた時点で嫌な予感はしてた」 ミストレが心底忌々しげに吐き捨てる。「あのブタ親父。何人味方を無駄死にさせれば気が済むんだよ」彼の暴言は今に始まった事じゃない。その口の悪ささえなければ、見目麗 しい美少年で通るのに−−と何度思った事か。だが、いつもなら諫めるエス カバも、今日ばかりは同意したい気持ちでいっぱいだった。 ブライアン=ダイル中将。知る人ぞ知る、“最低な上司”の代名詞だ。彼が指揮するミッションなど 最初からお断りしたかったが(少なくともオーガ小隊は全員そうだったに違 いない)そうもいかないのが縦社会、そして軍である。金はある。しかし知能も度胸も技術も、ついでに言えば容姿さえ皆無な男 だった。ぶくぶくに太った赤ら顔から、裏では“赤ブタダイル”なんて呼ば れている−−ああ、しかしそう呼んだら寧ろ豚に失礼ではないだろうか。金と上への胡麻擂りでのし上がったと専ら噂だった。能力も能力だが性格 も最悪である。弱い者には上から当たり散らし暴言罵声は当たり前。強い者 には靴を舐めんばかりにヘイコラ。ヒビキ提督に対する気持ち悪い猫なで声 は、思い出しただけで吐きそうだ。さらには女癖が最低で、金にあかせて何人も愛人を囲い、風俗三昧。もっ と最悪な事にはペドフィリアの気もあるようで、王牙学園の生徒にも何度も 手を出しているという。ここだけの話。危うく手を“出されかけた”被害者が、今エスカバの目の 前にいる。「…あいつを視界に入れるだけで苦痛なんじゃねぇの、ミストレ」見た目だけで充分生理的嫌悪の塊だったが。ミストレにとってはそれ以上 にキツかった筈だ。彼は前に一度、軍の施設の廊下でダイルに乱暴されそう になったことがある。偶々現場にヒビキ提督とバダップが通りかからなけれ ばどうなっていたか。セクハラも怖いが、自分達にとってはパワハラも怖いのだ。権力を翳して 脅されてなければ、ミストレも奴の汚い股間を蹴り飛ばして逃げられただろ うに。 エスカバの言葉に、ミストレは皮肉たっぷりの笑みを浮かべた。「そりゃ勿論。見るどころか名前聞くだけで吐き気がするね。可愛い女の子 に押し倒されるなら歓迎するけど、誰があんな汚ねぇオッサンにヤられたい もんか」 でもオレそんな柔じゃないから、とミストレは言う。「トラウマとかはないよ。超ムカついてはいるけど。ぶっちゃけ、この人生 で珍しいことでも無かったしさ。いやはや美しいって罪だねー」 「なんだそのねじ曲がったポジティブ。うっとりすんな頬染めんなキモいぞ ナルシスト」「なに嫉妬してんの?女っ気ゼロのエスカ君」「喧しいわ!」シリアスな会話も、軽口の応酬が出来ればいつも通りだ。寧ろジョークを 飛ばしていられるうちはまだ自分達は大丈夫だと分かっている。そう。まだなんとかなる。どれだけ敵が強大でも、味方の屍が積み上がっ ていても、上司が無能でも、悲劇ばかりの戦場でも。 自分達はまだ、戦える。まだ絶望に、負けてはいない。「ミストレ、エスカバ」真面目さが滲む、規則正しい軍靴の音。声をかけられる前から彼だと分か っていた。エスカバはコップを置き、テントに入ってきたバダップを振り返 る。「司令部の方針が一応決まった。明日は朝一で偵察を出す。まだメンバーは 未定だが高確率でオーガから出される事になるだろう」「お疲れさん。…やっこさん達、やっと俺らを使う気になったか。…遅すぎ だっつの」「まったくだな」バダップには珍しく、苛ついた口調で同意してくる。余程疲れたのだろう。 頭の堅い司令官達をうまく軌道修正しながら会議に参加するのは、恐ろしく 労力がいる事だ。オーガ小隊の隊長である以上、これも宿命なのだが。「どっかの馬鹿が捨て石作戦を無理矢理推そうとするので全力で止めてき た。おかげで逆上されて宥めるのに苦労した」「うわあ、ご愁傷様〜」どっかの馬鹿、は十中八九ダイル中将だろう。自軍被害がここまで拡大し た原因の大半は奴の作戦のせいである。慎重に包囲、もしくはオーガを使っ てサイドアタックで奇襲をかければ、もう少しマシな結果が得られただろう に。このミッションで、オーガは殆ど後方支援ばかりだった。ダイル中将が自 分の手柄欲しさに、自らが連れてきた本隊を全面に押し出してきた為であ る。戦績優秀なオーガを疎んじているという噂もあった。おかげで自分達の 中ではまだ誰一人手傷を負った者はいない−−いないのだが。オーガならばクリアできたかもしれぬ戦闘で、ダイルの部下達が何百人も 犠牲になった。先程報告しに来た歩兵もダイルの部下である。上司に恵まれ なかった不運を、彼らは嘆いても嘆きれない事だろう。「…少しは、変わるといいんだけどね…戦況」 ミストレが疲れた顔で俯く。「偶に…偶にだけど。思うんだよね。オレ達って、一体何でこんな事やって るんだろう。何やってるんだろう…って」珈琲の香りに混じって、彼からは血の匂いがした。手を、足を、吹っ飛ば され。内腑を潰され、骨を砕かれ、爆炎に全身を焼かれ爛れて。そんな兵士達をずっと救護していたミストレ。今日だけで、彼の目の前で 何人が死んだことか。「世界を、変える為だ」迷い、落ち込みかけたエスカバとミストレに。バダップは凛とした声で言 った。「自分達が正しいと、信じる方へ。世界を変える為。俺達が、俺達の大切な 人達が幸せになれる世界にする為だ」「バダップ…」「だから俺達は、人を殺す。それが正しくなくとも、正しいと信じて」 道標。 彼の言葉はまさしくそうだった。「血で血を洗い流し、誰かの正義を踏みにじり、偽善を貫き通すのだ。…い つかこんな事をしなくても済む日が来るように」バダップの紅い眼に、射抜かれる。彼はただ真っ直ぐ、この国の行く先を 見据えているのだ。 それがどれだけ、血に塗れた修羅の道だとしても。「…お前はいつも…綺麗な事は、言わないのな」 つい、笑みを零しながらエスカバは言う。上の者達の多くが言う−−自分達は正義であり、平和の為に悪を滅するの だ−−という謡い文句を彼は言わない。自分達の正義が誰かにとっては悪で あると認め、その上で信念を貫こうとする。「だから…お前を信じてんだ、俺達はよ」「だね」そんなバダップだから、自分達は安心してついていけるのだ。自分達はこ の戦場で唯一“上司に恵まれた”兵なのだろう。エスカバは束の間、幸福感に浸ったのだった。 NEXT |
戦場、苛烈。